「初恋の悪魔」プロデューサー次屋尚が振り返る、坂元裕二と5作目のタッグ | 林遣都・仲野太賀・松岡茉優・柄本佑もロスに陥った“奇跡の作品”

坂元裕二がオリジナル脚本を手がけた2022年7月期ドラマ「初恋の悪魔」のBlu-ray / DVD BOXが発売された。

林遣都と仲野太賀をダブル主演に迎え、松岡茉優、柄本佑らが共演した本作は、警察もの・ラブストーリー・謎解き・青春群像劇とあらゆるジャンルが交錯するミステリアスコメディ。停職処分中の刑事、総務課、生活安全課、会計課……警察署に勤めるが“捜査権を持たない”訳あり4人が独自の推理で難事件を解明していく。

本特集では「Mother」「Woman」などに続いて坂元と5作目のタッグを組んだ日本テレビのプロデューサー・次屋尚にインタビュー。今もっとも旬で、“坂元フリーク”なキャストが集結した、まさに奇跡的なドラマを振り返ってもらった。

取材・文 / 前田かおり

3年がかりのスケジュール調整で実現

──「初恋の悪魔」は2022年7月期に放送されて、非常に注目されましたが、放送後の反響はいかがでしたか?

オンエアしてからの反響は坂元裕二さんの脚本ファンの方が強い支持をしてくださって、面白がっていただけたと思います。ただ、今はテレビドラマが苦戦している時代というのもあって、視聴率はけっこう苦戦しました。もっともそれはある程度予想していたことで。それよりも、今までとはちょっと角度の違う作品だったのですが、それに対する評価が我々作り手を支えてくれました。

「初恋の悪魔」より、左から柄本佑演じる小鳥琉夏、松岡茉優演じる摘木星砂、仲野太賀演じる馬淵悠日、林遣都演じる鹿浜鈴之介。

「初恋の悪魔」より、左から柄本佑演じる小鳥琉夏、松岡茉優演じる摘木星砂、仲野太賀演じる馬淵悠日、林遣都演じる鹿浜鈴之介。

──「林遣都さんと仲野太賀さんで、坂元裕二さん書き下ろしのドラマをどうしてもやりたかった」「やっと念願叶いました」と放送開始前にコメントされていましたが、その理由をお聞かせください。

林遣都さんとは、2018年に24時間ドラマの「ヒーローを作った男 石ノ森章太郎物語」でご一緒したことがあって、そのときに、日本テレビでは僕が坂元さんのドラマをやっているのを知っていて「坂元さんのドラマがあったら、必ず声を掛けてほしい」と林さんから言われていたんです。坂元さんは基本当て書きの方なので、出演者に関してすごく慎重で。誰をキャスティングしてどんなストーリーにしようかと話し合う中で、坂元さんはもちろん、制作陣がそろって「林遣都くんがいい」となりました。次は仲野太賀くん。彼はめちゃくちゃ忙しくて、スケジュール的に無理かなと思ったんですけど、しつこくオファーして、しつこくスケジュールを調整していく中で、最終的にコロナ禍の影響であるお仕事が飛んだんです。太賀くんも、坂元さんの作品をやりたいと言っていてくれていたので、最終的に粘り勝ちしました。

──そうだったんですね。

今回の企画はこの2人を主演にして、これまでの坂元作品と違い、コメディに寄せた明るいタッチのものにしようということがまずありました。ご時世的にコロナやウクライナ・ロシア情勢のことがあったりしたのであまり暗い話にしたくなかったんです。そして若者の群像劇にしたかったので、もう少しキャストを集めようとなり、坂元さんとブレストしていく中で松岡茉優さんの名前が挙がり、もう1人男性を入れたくて柄本佑さんが挙がりました。ただ4人のスケジュール調整をするのが大変で。3年がかりになりました。

──ところで、坂元さんは脚本を書き始められると速いんですか?

書き始めるというか、坂元さんは(ストーリーが)見えると速いんです。これだとなると1日ぐらいで書いちゃうんですが、見えるまでが長かったり、見えないまま書き始めて、途中で止まったりとか。

──ドラマが始まる前で、脚本はできあがっているんですか?

坂元さんは、場合によってはオンエアしている段階で(脚本は)3話ぐらいしかないんです。で、オンエアを観て、実際、できあがってきた登場人物のキャラクターを見たり、評判を聞きながらストーリーを転がしていく。もちろん大まかな展開は決まっているんです。「初恋の悪魔」はどうだったかな。1話をオンエアしているとき、確か、まだ4話はできていなかったように思います。

──怖いですね。

怖いですよ。ここはもう本当に我々の辛抱と駆け引きですね(笑)。

次屋尚

次屋尚

坂元さんは世の中への“怒り”で作品を動かす

──坂元さんとは今回で何作目になりますか?

まず「Mother」(2010年)があって、このあとに単発ドラマで「さよならぼくたちのようちえん」(2011年)、そして「Woman」(2013年)、「anone」(2018年)なので、「初恋の悪魔」で5作目になります。

──毎回、坂元さんとの仕事では新しい発見があるんですか?

それは必ずあります。坂元さんは作品のテーマについてあまり話さないんです。作り手がテーマを決めて、視聴者にこう感じてほしいということを言わない。というか、基本的にそういうものを持たない主義。視聴者がどう捉えたかはそれぞれであることが美しいというのが坂元さんの持論なんです。ただ、プロデューサーとしては世の中の情勢を見て、こういうメッセージを入れたい、こういうことを伝えたいと思うこともある。打ち合わせでは、坂元さんに「ストーリーをこういう展開にしたほうがいいのでは……」と伝えるんですが、坂元さんは僕がやりたいことを見抜いていて、「次屋さんのアイデアではおそらく伝わりませんよ」と言われちゃって。僕はちょっと腹立つじゃないですか(笑)。でも2、3日して坂元さんが書いてきたものを見ると、さすがなものができている。こうしたら伝わるのかという発見や、教えられることが多い。そこが、ほかの脚本家とは違う感じがします。

「初恋の悪魔」より、左から安田顕演じる森園真澄、林遣都演じる鹿浜鈴之介。

「初恋の悪魔」より、左から安田顕演じる森園真澄、林遣都演じる鹿浜鈴之介。

「初恋の悪魔」場面写真

「初恋の悪魔」場面写真

──「初恋の悪魔」は日本テレビで4年ぶりの坂元作品というところで、“坂元ワールド”の進化を感じた部分があれば教えてください。

そうですね。10年以上前の「Mother」「Woman」の頃の坂元さんは、自分の中にある“怒り”で作品を動かしていたと思うんです。普段、何も言わない方ですけど、打ち合わせをしていると、世の中に対していろいろな怒りを持っている。つまり具体的なことは言わずとも、世の中に向けて、自分の怒っていることをテーマにして何か言わんとしているものが、坂元ドラマだと僕は思っているんです。ただ、だんだんと“坂元節のセリフ”が着目されるようになって、セリフ回しが個性的で面白くて深いということが評価されるようになりました。例えば山田太一さんとかも、独特のセリフ回しがある。役者さんのセリフの言い方を見るだけで、「これは山田太一のかな」とわかるものがあるじゃないですか。「ふぞろいの林檎たち」からそういう感じがあると思うんですけど。坂元さんのドラマもそう。普段こんなセリフを言うか言わないかは置いといて、セリフを聞くと「これは坂元さんの書いたドラマだな」とわかる。そのセリフの妙とか、特性というのはこの10年ぐらいで坂元さんが昔とだいぶ違ってきたことかなと思います。

──なるほど。

でも、僕自身は坂元さんはストーリテラーだと思っています。セリフのやり取りより、ストーリー展開のほうが坂元さんの持ち味。ストーリー展開が進化することで、セリフもすごく面白いものになっているんだと思います。

「初恋の悪魔」より、左から伊藤英明演じる雪松鳴人、仲野太賀演じる馬淵悠日。

「初恋の悪魔」より、左から伊藤英明演じる雪松鳴人、仲野太賀演じる馬淵悠日。

──4人のメインキャストだけでなく、安田顕さんや伊藤英明さんもクセのあるキャラクターを演じていますが、この方たちのキャスティングも坂元さんと考えられたものですか?

もちろん坂元さんに話をして決めています。毎回そうですけど、坂元さんの作品では“この人じゃないとできない役”を作りたい。特にメインの4人がそうなので、周りも個性的な人にしたかった。それと、今回はなるべく明るい作品にしたかったので、例えば安田顕さんのようにコメディのニュアンスが巧みで個性的で、この人じゃないと演じられないという人をキャスティングしていきました。また伊藤英明さんは水田伸生監督と「ぼくの魔法使い」(2003年)をはじめ、よく一緒にお仕事をされていて。伊藤さんが新しい何かをやりたがっているらしいと聞いてオファーしました。悪役でしたが、引き受けてくださって。今回の伊藤さんはすごくよかった。メインの4人がお芝居で評価されていることも認識しているから、伊藤さんも構えるわけですよ。負けてはならんと。だから現場に来るたびにいろんなアプローチを考えてくる。それが面白かったですよ。