長井短が語る「エマ、愛の罠」|ルールや常識を壊して進む、どこまでも自分に正直な新時代のヒロイン

「自分を愛さなきゃ」って思うことに疲れてきた女性にこそ観てほしい

──長井さんは小さい頃にご覧になった「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」シリーズがきっかけで役者を志したそうですが、普段はどのような映画がお好きですか?

「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」みたいなエンタメ200%やり切ってる作品か、すっごい暗い作品かのどちらかが好きなんです。エンタメど真ん中ではない作品なら売れるかどうかは考えずにやり切ってほしいですし、「エマ、愛の罠」はきっとみんながやりたいことをやりたいように作ったんだろうなってところがすごく面白かったです。

「エマ、愛の罠」

──舞台を中心に活動されてきて、近年はドラマや映画にもご出演されている長井さんですが、エマのようなミステリアスなキャラクターは演じてみたいですか?

私、実際に会った人には「ミステリアスだね」と言われたことはないんですよ。でも、紹介文とかにミステリアスと書いていただけることがあるので「あ、いいんすか?」って気持ちになるんです(笑)。そうやって思ってくれる人がいるならぜひやってみたいなとは思います。

「エマ、愛の罠」

──すごくお似合いになると思います。

ありがとうございます。あと、話は逸れてしまうんですけど、これに出たいとかこれに出たくないとかって今まではなかったんですよ。でも例えば「けっこうまだ女性差別あるね? 大丈夫これ?」っていう脚本が回ってきたとしたら、私はそれを断れるんだろうか、断ることが正解なんだろうかって最近考えるんです。私がやらなくてもその作品が世に出るとしたら、いっそ内部に入り込んで「それ変じゃないですか?」って突っ掛かって嫌われたほうがいいのだろうかと。どうやって俳優を続けていくのがいいんだろうっていうのが最近の悩みなんです……すみません急に(笑)。

──いえいえ、とんでもないです! そういう作品がある中で、本作のような先進的な作品が出てくるのは意義のあることですね。

はい。エマがもし男だったら、そういうヤバい男の人が出てくる映画って今までもたぶんあったじゃないですか。でもヤバい女の子が主体の映画が果たして同じくらいあったのかって考えると、そうではないと思うので、こういう映画ができてよかったです。

「エマ、愛の罠」

──本作は観たあとに感想や解釈を語り合いたくなる作品でもあると思いますが、どんな人に観てほしいですか?

うーん、とても優しい人に観てほしいです。私の周りにも全方位的に気を使ってくれる友達がいるんですけど、そういう人がエマの姿を見たらもう少し気を使わなくてもいいかもって思える気がするので。優しい人にこそお薦めです。女性が主人公の映画って、「力をもらえる!」とか「背中を押される!」みたいな、ポジティブな気持ちになれるっていうことでお薦めされがちじゃないですか。でも、私たちに必要なのは前向きな気持ちだけではないはずなんです。「女性が輝く〜」とか「自分を愛する〜」とか謳われることが本当に多いけど、エマの生き方ってそういうんじゃない。輝くとかはまったく思考になくて、どこまでも自分の意思に正直でいるっていうのが、たぶん彼女の芯で、そこを貫くことにすべてのエネルギーを注ぎ込んでいる。自分を肯定も否定もしないし、ただ本心に集中しているっていうシンプルさが、私たちが彼女を魅力的だと感じる理由だと思います。「自分を愛さなきゃ」「自己肯定感を高めなきゃ」って思うことに疲れてきた女性にこそ観てほしいです。何かから解放されると思います。

狙った獲物は逃さない、新たなるヒロインの誕生

「エマ、愛の罠」

美しくミステリアスな容貌を持ち、男性も女性も虜にしていく主人公・エマ。彼女を生み出した監督のパブロ・ララインは、「彼女はさまざまなキャラクターを体現しているのです。娘、母、姉、妻、恋人、そしてリーダーであり、とてもパワフルでハッとするような美しい女性らしさを備えています。徹底した個人主義で、自分が何を望んでいるかを明確に知り、周りの人々を巻き込んで自分の運命を変えることができます」と説明する。

複雑な魅力を持つエマを演じきったのは、注目の新星マリアーナ・ディ・ジローラモ。ララインは「彼女からは強い謎や神秘性を感じました」と会って10分で主演をオファーしたという。ジェンダー格差やフェミニズムに焦点を当てた映画が増える一方で、まだまだ女性に対する抑圧が残る現代社会に、常識やモラルを軽々と踏み越えていく新たなヒロイン・エマが誕生した。

世界を牽引する監督が捉えたチリの現在

パブロ・ラライン

チリ・サンティアゴで生まれ、現在44歳のラライン。チリの現代史を題材にした「トニー・マネロ」「Post Mortem」に続く「NO」は、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるなど世界的に高い評価を得る。「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」ではナタリー・ポートマンを主演に迎え、初の英語作品に挑戦した。

さらに2020年6月には、新型コロナウイルス感染拡大における外出制限下で撮影した短編集「HOMEMADE/ホームメード」を発表。同作では発起人の1人として、世界中のクリエイターに参加を呼びかけた。国際的に活躍するフィルムメーカーである彼にとって、現在のチリを舞台にした映画は今作が初となる。エマをはじめとする若い世代を描いたことについて、「彼らは自分の体や音楽で自己表現をしますが、それは私の世代とはまったく違います。新鮮で、発見に満ちた魅力的なプロセスでした」と振り返った。

ヒットチャートを席巻するレゲトンが彩るダンスシーン

「エマ、愛の罠」

ヒップホップとラテン音楽が融合したレゲトンミュージック。プエルトリコで誕生し、2000年代初頭にスペイン語圏を中心に普及して以降、今や世界中を席巻するまでの人気ジャンルとなっている。2017年にリリースされたルイス・フォンシとダディー・ヤンキーが歌う「Despacito」は、全米ビルボードチャートで16週連続1位を獲得し、YouTubeのMVは再生回数69億回を突破した(2020年9月現在)。

本作ではエマの魂の解放を象徴する音楽として、レゲトンをフィーチャー。「レゲトンダンスは文化的なエクササイズのようなもので、独自の道徳観や美学を備えています」と語るララインの言葉通り、エマの強靭な意志と情熱的なエモーションが垣間見えるダンスシーンは、劇中で強烈なインパクトを放っている。