初ジャマイカは1999年、青春の甘酸っぱい思い出
──ちなみに窪塚さん自身は、いつ頃ボブ・マーリーを好きになったんですか?
そこは正直、はっきり覚えてない。自分の中のスタンダードとして、気付けば当たり前に聴いてました。ただ、レゲエってジャンルを明確に意識したのは、たぶん19歳ですね。地元の高校を卒業して、東京に出たての頃。裏原宿の仲間と出会ったんですよ。当時、YOPPIくん(江川芳文)とマガチン(真柄尚武)が立ち上げた「HECTIC」ってショップがあって、2人としょっちゅう一緒に遊んでたのね。マガチンは渋谷の「HARLEM」ってクラブでよくヒップホップのDJもやっていて、俺はそこにも入り浸ってた。ところがある日、マガチンが突然「俺はレゲエをやる!」って言い出してさ。今でも忘れられないんだけど、朝方「HARLEM」の入口の前でヒップホップのお皿(アナログ盤のレコード)を投げ捨てたの。「もう要らない」って。
──へええ、すごい光景ですね。
でしょ(笑)。若いヘッズたちが急いでそれを拾い集めたりしてね。一方マガチンは、すぐジャマイカ行きを決めちゃったんだ。で、面白そうだから俺もくっついて行ったんです。実際には仕事の都合で一緒には行けず、あとから1人で追いかけたんだけどね。初めての海外一人旅だったので、緊張する瞬間もいろいろあって(笑)。それが1999年。それでジャマイカが大好きになって、結局トータルで5回くらい行ってます。
──2000年代に入ると窪塚さん自身、俳優業と並行して「卍LINE」名義でレゲエの活動を始めます。
俺がやってたのはもっとビートの激しい、ダンスホール寄りのレゲエですけどね。ボブ・マーリーの楽曲ほどメロディアスな感じじゃない。でも現地に行ってみて実感したけど、やっぱり根っこではつながってるんですよ。表面的な音楽のスタイルというよりは、その奥底にある価値観とか生き方の部分で。当たり前だけど、ダンスホール系の人たちからも、ボブはめちゃめちゃリスペクトされてますし。
──今回の映画を観て、そういった個人的記憶も刺激されましたか?
されましたね、すごく。青春の甘酸っぱい思い出が頭の中を駆け巡って(笑)。何とも言えない気持ちになりました。何度目かの渡航かは忘れたけど、映画に出てくるボブ・マーリーの家にも行ったんだよね。
──おお、キングストン市のホープロード56番地に!
そうそう。それで言うと今回の映画は、俺が好きなジャマイカの空気感がそのまま切り取られていたのも魅力的でした。カリブ海のまったりリラックスした時間と、雑多な人が行き交う首都キングストンの猥雑さの両方ね。あと、メインキャストはもちろんだけど、脇の人たちが全員すげーいい顔してるんだよね。例えば対立するギャング組織のボスがいたじゃない? ボブ・マーリーが亡命中のロンドンに、「自分たちはもう和解するから平和コンサートを開いてくれ」って頼みに来る2人。
──クローディー・マソップとバッキー・マーシャル。どちらも実在の人物です。
ああいうヤバい感じの人、キングストンのストリートには実際いるからね(笑)。これって映画作りにおいてすごく大事なことなんですよ。エキストラさんを含めて、ちょっとした役柄の人までいかに説得力のある顔をそろえられるか。それによって作品の質が全然違ってきますから。リアルなジャマイカを描いたレゲエ映画では「ハーダー・ゼイ・カム」(1972年)や「ロッカーズ」(1978年)などが有名ですけど、今回そこに新たな名作が加わった気がする。しかも映像とサウンドは、しっかり今の水準にアップデートされてますし。
──主演したキングズリー・ベン=アディルはいかがでした?
素晴らしかった。途中からはもう、誰かがボブ・マーリーを演じてる感じがまったくしなかったくらい。違和感ゼロでした。役者にとっては理想の状態だよね。実在のモデルがいる役柄であそこまで作為を感じさせないって、なかなかできることじゃない。近年だとNetflix映画「浅草キッド」(2021年)でビートたけしさんを演じた柳楽(優弥)もすごかったけど、俺の中ではそれと並ぶ名演でしたね。
──具体的にはどういった表現に惹かれたんでしょう?
声、ですかね。ちょっとした表情とか所作も似てるんだけど、しゃべり方が俺の知ってるボブ・マーリーそのものだった。パトワ(ジャマイカ訛りの英語)もそうだし、声質や間の取り方もそう。たぶん昔のインタビュー映像を相当研究したんじゃないかなあ。しかも単なるコピーじゃなくて、ちゃんと自分の言葉になっている。そこに感動しました。今回、エンドロールで本物のボブ・マーリーの写真がたくさん映るじゃないですか。
──はい。劇中のシーンと対応するショットが、楽曲に合わせて次々に映し出されます。
俺、あそこで涙が止まらなくなっちゃったんです。終盤のライブシーンからずっとウルウルしっぱなしだったんだけど、最後の最後で決壊してしまった(笑)。たぶんこの映画が見せてくれたボブ・マーリーと、実際に生きたボブ・マーリーとが、時空を超えてつながっちゃったんでしょうね。そういう特別な感情を抱けたのは、やっぱり作品の力だと思った。俳優陣の演技、映像のディテール、ジャマイカやロンドンの空気感、それからオリジナルの楽曲。すべてが完璧に噛み合わないと、なかなかそうはならないよね。さっきも話したように、この映画で描かれるエピソードの多くは、ファンには有名なものじゃないですか。
──中心になるのは、1976年12月から1978年4月までの1年半。ロンドン亡命を挟んだ激動期ですね。当時のジャマイカは、2大政党の対立が高じて内戦寸前になっていて。国民的スターのボブ・マーリーはその政争に巻き込まれてしまいます。
うん。彼はもともと平和のための無料ライブを企画してたんだけど、その直前に誰かが家に侵入して。自分と家族、バンドメンバーが銃撃されてしまうんだよね。負傷した彼が、それでもフリーコンサートのステージに立ったこと。その直後に故郷を捨ててロンドンに亡命し、レコーディングに専念したこと。でもやっぱり、分断された人々を和解させなきゃと思い直して、ジャマイカに戻って平和コンサートに出演したこと。すべて知識レベルでは知っていました。でも「ボブ・マーリー:ONE LOVE」は、そこに血を通わせてくれた。なぜ彼が命を賭けてまであのコンサートで演奏したか、本当の意味で実感できた気がする。
巨大なグルーヴが生まれる瞬間に鳥肌が立ちました
──じゃあ、これから観る人のために、好きなシーンをいくつか挙げていただいてもいいですか。
うーん……1つはロンドン亡命中に、ボブ・マーリーがザ・ウェイラーズのメンバーと名曲「エクソダス」を録音するシーン。インスピレーションが降りてきたボブがアコースティックギターを鳴らすと、共同生活をしている仲間たちが楽器を持って次々そこに加わっていくんですよね。メロディとリズムが噛み合って、あの巨大なグルーヴが生まれる瞬間が描かれていて。鳥肌が立ちました。メンバーを演じた俳優陣もみんな、演奏めちゃうまかったじゃん。
──ちなみに今回、ベースのアストン・バレットを演じているのは、実の息子さんなんだそうです。そのほかにもザ・ウェイラーズの子孫に当たるミュージシャンが複数出演されていて。
へええ、そうなんだ! 知らなかった。そりゃリアルなはずだわ(笑)。
──製作にはボブ・マーリーの妻であるリタ・マーリー、息子のジギー・マーリー、娘のセデラ・マーリーも名前を連ねています。音源や写真の使用も含め、家族が全面参加したからこそ実現できた企画という側面もありますね。
なるほどねえ。もう1つ心が震えたのは、世界ツアーに出たボブ・マーリーが、まさにそのリタとパリの路上で真っ向から対峙するシーン。内容はぜひ映画館で観てほしいんだけど、言葉の1つひとつがすごく刺さるんですよね。天才の夫にすべてを捧げてきた奥さんの感情が、一気に噴き出して。当たり前だけど、彼女には彼女の人生があったという事実を突き付けてくる。リタを演じたラシャーナ・リンチが、またいいんですよね。その流れで俺が一番好きな「ノー・ウーマン、ノー・クライ」が流れるんだけど、映画の中で出会い直したことで曲の奥行きがぐっと増した気がしました。祈りを込めたラブソングに、人生の苦みと切なさが加わったって言うのかな。
──なるほど。最後にもう一度、本作に寄せる窪塚さん自身の思いを聞かせていただけますか。
俺は10代の頃からずっと、ボブ・マーリーに支えてもらってきました。世の中にはいろんな権力とか権威が存在するでしょう。自分を殺してまでそのシステムに適応するよりは、人生の真の豊かさを見つめなさい、と。そういった俺の中での指針を歌ってくれてた人なんですよね。ただ若い頃は、彼の音楽の「抵抗」という側面に目が行きがちで。無理に突っ張って、あつれきを引き起こした部分もあったと思うんです。それはそれで後悔してない(笑)。でも歳を重ねて、それこそ「ワン・ラヴ」という言葉の重みもわかってきた気がするんですよね。つまり違いを受け入れたうえで、できるところで手を取り合うことも大事なんだなって。「ボブ・マーリー:ONE LOVE」は、そんな今の俺にもすごく響いた。ボブ・マーリーを知らない若い人から熱烈なファンまで、いろんな受け取り方ができると思う。なのでぜひ、多くの人に観てもらいたいですね。
「ボブ・マーリー:ONE LOVE」
サウンドトラック配信中
プロフィール
窪塚洋介(クボヅカヨウスケ)
1979年5月7日生まれ、神奈川県出身。1995年にドラマ「金田一少年の事件簿」で俳優デビューを果たす。ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」で注目を集め、映画「GO」で第25回日本アカデミー賞新人賞と史上最年少で最優秀主演男優賞を受賞した。2017年に封切られたマーティン・スコセッシ監督作「沈黙-サイレンス-」でハリウッドデビューを飾る。2019年に公開されたBBC×Netflix制作の連続ドラマ「Giri / Haji」でもメインキャストを演じ、海外にも積極的に進出。4月からWOWOWにて放送・配信中のハリウッド共同制作オリジナルドラマ「TOKYO VICE Season2」にも出演中。映画を中心に国内外問わず多数の話題作に出演し、舞台でも活躍するほか、モデル、執筆と多彩な才能を発揮。2006年に卍LINE(マンジライン)名義でレゲエDeeJayとしての音楽活動を始め、2017年のオリジナルアルバム「真説~卍忍法帖~福流縁」リリース後、活動を休止中。また、自身のYouTube番組やゴルフアパレルブランドなどのプロデュースにも注力している。
2024年5月2日更新