「Arc アーク」|いとうせいこう、小島秀夫、佐久間宣行が称賛!永遠の命を得た女性描くSFファンタジー

中国系アメリカ人作家ケン・リュウの短編小説を、「愚行録」「蜜蜂と遠雷」の石川慶が映画化したSFファンタジー「Arc アーク」が6月25日に公開される。

舞台はそう遠くない未来。不老不死が実現した世界で、30歳の体のまま永遠に生きていくことになる女性・リナの運命が描かれる。リナ役で「累-かさね-」「ファーストラヴ」の芳根京子が主演。寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、中川翼、中村ゆり、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫がキャストに名を連ねた。

この特集では「Arc アーク」の見どころを4つの切り口で紹介。映画をひと足早く鑑賞した、いとうせいこう、小島秀夫、佐久間宣行ら8名のコメントも記載した。なおコミックナタリーでは後日、マンガ「トニカクカワイイ」の作者・畑健二郎が本作の感想を語るインタビューを掲載する。

文 / 小澤康平

人類初、永遠の命を得た女性が見る景色とは

人類の夢としてさまざまな作品で取り上げられてきた不老不死。21世紀を代表するSF作家ケン・リュウは、30歳の肉体のまま永遠に生きることになる女性を主人公に、永遠の命を得た人間が見る“景色”を鮮やかに表現した。「日常の延長線上にある未来に興味があった」と語る監督の石川慶は、「愛がなんだ」の澤井香織に共同脚本を依頼し、映像化に向けたストーリーを構築。ケン・リュウの「この小説をディストピアとしては描いていない」という考えにもとづき映画を作り上げた。40代の石川とケン・リュウは、子供の頃にテレビゲームの隆盛を経験し、「ゲームばかりやっていると将来はろくなことにならない」と批判された世代でもある。しかし、その世代の人々が高度情報化社会である現代の一翼を担っていることは明らかだ。そんな背景も「Arc アーク」がテクノロジー自体を善か悪かジャッジしないSF作品になっている要因である。

センス・オブ・ワンダーを刺激する4つのポイント

17歳から100歳を超えるまで、芳根京子の挑戦

芳根は最初にオファーがあったとき、今の自分ではリナの深みを表現することが難しいと感じ、その思いを石川に伝えた。石川は2018年放送「連続ドラマW イノセント・デイズ」の撮影でベテランの共演者たちに食らい付いていく芳根を見ていたことから、彼女ならリナを演じられる確信を持っていたという。石川の思いに応えた芳根が、30歳の肉体のまま永遠に生き続けるリナを演じるにあたり意識したのは、無駄をなくすこと。話し方や行動に、常に最短の道を進むことができるリナの余裕をにじませた。

遺体を永久保存?プラスティネーションでの“舞”

遺体を在りし日の姿で保存する“ボディワークス”の仕事に就くリナ。その過程ではプラスティネーションと呼ばれる施術が必要になる。遺体とつながった糸を引っ張ることで美しく見えるポージングを探り、保存状態を形成する作業だ。原作では人形を操るような表現になっているが、映画では“舞”の要素を加味。リナ役の芳根とリナの師・エマ役の寺島しのぶは、ダンサーの三東瑠璃による振り付けをベースにした華麗な舞を披露している。事前準備だけでは通用しない現場だったと振り返る芳根は「普段は演じている役として追い込まれるのですが、この作品では“芳根京子”が追い込まれていました」と笑った。

岡田将生のハマリ役、天才科学者・天音

天音はプラスティネーションの技術を発展させ、不老不死を実現する若き科学者。岡田は、過剰にマイペースで我が道を行く天音の人物像を、本心がうっすらと透けて見える表情を駆使して表現している。しかし石川が「『不老不死』の薬を作った悪魔のようには見せたくない」と語る通り、天音は非道徳的な人物というわけではない。自分のためではなく、未来の人々にとって不老不死が不可欠であると信じ、研究に没頭しているのだ。彼はどんな未来を思い描いているのか? 人類の行く先は映画を観て確かめてほしい。

新しい表現方法としてのモノクロ

2018年製作のアルフォンソ・キュアロン監督作「ROMA / ローマ」を観て、モノクロを新しい表現方法だと感じたという石川。ポーランドのワルシャワに行った際、「COLD WAR あの歌、2つの心」を手がけたカラーリストにグレーディングのやり方を見せてもらい、白黒の映像に興味を持った。撮影は香川・小豆島や兵庫・淡路島で行われ、自然豊かな美しい映像をカラーとモノクロのコントラストで表現。モノクロパートで特に注目すべきなのは、港でたばこを吸う渋すぎる小林薫!

COMMENTS

いとうせいこう(作家・クリエイター)

ケン・リュウの原作短編もひたすら人間を描いてやまない。いや人類を。
映画もまた、その重厚さと奥行きと演者の身体で私たちの世界について考えこませてくれる。

上田岳弘(作家)

手に届くものはもう“夢”ではなくて、予期される未来もまた“夢”ではない。
不老不死、その人類の“夢”が叶うかはまだわからないけれど、いま・ここと地続きなものとしてこの作品はそれを確かに受肉させている。

「Arc アーク」
「Arc アーク」

小島秀夫(ゲームクリエイター)

皺だらけの新生児と皺を刻んだ老人。腐敗しない死体(プラスティネーション)と老化しない永遠の肉体。
時間を止められた様な島の懐かしい風景と素朴な住人。止まった時間の永遠と、流動する刹那の美しさ、本作はそのコントラストを対比し、生と死を問う。こんな“絵”を撮れる日本人監督がまだいたのか!と驚く。
そして、この映画そのものが、未来へと流れる時間を記録する役割を担った、色褪せない円弧(アーク)そのものではないのか。

佐久間宣行(テレビプロデューサー)

心ごと物語に持っていかれて
生と死について考え続ける2時間
その世界の是非や悲しみに思いを馳せるうちに
いつしか、自分の今までとこれからの人生も見つめ直してる
とても素晴らしいSFでした

佐々木敦(思考家)

不老不死という人類の見果てぬ夢に真正面から取り組んだ端正にして精密なケン・リュウの短編SFを、こんなに見事に「日本映画」化出来るとは、驚嘆を拭えない。コロナ禍の今だからこそ、観るべき映画だ。

貫井徳郎(作家)

ケン・リュウ作品をこんなふうに料理するのか!
自作を映像化してもらった経験があるからこそよくわかりますが、物語を映画にする石川慶監督の力は本当にすごい。
原作ファンも映画ファンも、腰を据えて観るべきです。

「Arc アーク」
「Arc アーク」

針原伸二(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 助教)

医学の進歩により死の原因である病気を克服し、美容技術により外見を若くする。
不老不死はかなわぬ夢だが、現実はこの映画の世界に近づいている。人類はそれで幸福なのか?

古田貴之(千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター所長)

近年、老化のメカニズムと老化因子の「リセットスイッチ」の仕組みの解明が急速に進んでいる。
老化抑制技術は10年以内に必ず実用化され、健康な人の寿命は120歳を超える──この事は我々科学者の間ではほぼ常識となりつつある。
「Arc アーク」の世界同様に、不老化技術の扱いと、それを受け入れた時の生き方について、今こそ議論を深めるべき時である。


2021年6月22日更新