大人たちにもそれぞれ隠している気持ちがある
──キャラクターも素晴らしかったです。柊やツムギはもちろん、親世代や旅先で出会う人々も印象的ですよね。帽子を薦めてくるカフェの店主や、タバコをやめられない旅館の旦那さんなど、登場シーンは少なくても記憶に残ります。
ありがとうございます。基本は2人のロードムービーなので、道中で出会う人々をただ優しいだけにしてしまうと、どうしてもご都合主義の映画になってしまうのが難しいところでした。なので、優しさだけでなく厳しさも描こうと思いましたし、大人たちにもそれぞれ隠している気持ちがあるという視点は大切にしました。あとはアニメーション特有の記号的な表現。例えば照れたときの頬タッチや汗の漫符などに頼るばかりでなく、行動やセリフの裏に見え隠れする微妙な表情の変化など、細かい表現を大切にすることで、キャラクターを単純化しないように気を使いました。
──なるほど。例えば、古着屋を始めるために車で全国のフリーマーケットを回る竜二と澪の兄妹コンビが登場しますが、柊たちと別れたあと彼らがどうなったのかすごく気になります。澪が竜二のことを遠くからスマホで撮影しているシーンも意味深でしたし、彼女が抱える悩みはなんだったんだろうと。
澪が鬼になりそうになる流れは決まっていたんです。でもその理由を詰める前に絵コンテを進める必要があって、描きながら僕が考えました。最初は「フリマなんてやりたくなかった」みたいな理由が置かれていましたが、「いやいや、そんなことでは人は鬼にはならないな」と。それで、いったいどんな事情があればそうなるのかを考えた結果、もしかすると強いブラザーコンプレックスのような、秘めた思いかもしれないと思い至りました。
──そうだったんですね。ちなみに今のお話だと、シナリオ作業と絵コンテ作業は並行して進んでいたということでしょうか。
そうですね。特に中盤以降の鬼の世界に入ってからの展開はなかなか固まらなくて。結果として絵コンテを描きながら決めていくシーンが多くなりました。
──それにしては、隠の郷や鬼ヶ島の描写はとても作り込まれていました。
美術や設定はプリプロ(※編集部注:「プリプロダクション」の略。映像制作において、撮影に入る前に必要な準備作業のこと)としてずっと進めていたんです。シナリオに合わせて対応できるようにある程度の余白を持たせつつではありますが、どんどんと掘り下げて世界観を深めていきました。
アニメで“雪”を描くのって難しい
──ビジュアルはもちろん、住人たちの生活風景なども含めてとても説得力のある世界観でしたが、どんなところにこだわりましたか?
テーマとしてはリアルで繊細なものを扱っているので、鬼の世界をふわっとしたファンタジーとして描いてしまうと一気に説得力に欠けてしまう気がして、現実世界と地続きの雰囲気は出そうと意識しました。あとは、そこで暮らす人たちを肯定してあげたいという思いもあったので、厳しいけれど魅力的な世界として描くこともポイントでした。
──雪の描写にもかなりこだわりを感じました。
そうなんです。そもそもアニメで“雪”を描くのって難しいんですよ。雨よりも実物感があるので、降る方向や強さ、粒の大きさ、重さなどをシーンごとに設定して一貫性を持たせる必要がありますし、それに加えて積もり具合だったり、キャラクターが歩いたときの足跡だったりも重要なので、演出で緻密に設定していきました。違和感なく自然に見えるのがベストなので、気付いてもらえないことは成功なんですが、実はかなりこだわった部分です。
──山形へロケハンにも行かれたそうですが、現地の風景はどのように作品に生かされましたか?
山形はどこもロケーションが素晴らしくて、ロードムービーに向いているなと感じましたね。特に印象的だったのが、蔵王の御釜という火口湖です。僕たちが行ったときはひどい霧で「今日は無理ですね」と言われたんですけど、ごはんを食べていたら急に晴れ出して、慌てて走って行ったら見事に晴れ渡った景色が広がっていました。これは鬼ヶ島のモデルにもなっています。もう1つ、白川湖の水没林も幻想的でした。雪解け水でヤナギ林が水没して、湖から木々が生えているように見えるんです。そこをカヌーで進むことができて、これはとても映像映えするなと思いましたが、残念ながら今回は直接的に使う機会はありませんでした。
僕は「映画は旅のようなもの」だと思っていて
──最後に、物語の結末についてもお伺いします。映画は柊とツムギの2人の物語として着地しましたが、この点はいかがでしたか?
ラストはなかなか決まらなかったですね。王道のファンタジーであれば2人が鬼の世界の問題を解決するオチになる。でもここまでロードムービーとして進んできて、いきなり彼らにこんな大問題を背負わせるのは荷が重いし都合がよすぎますよね。なので最後はあくまで2人のドラマとして終わらせつつ、同時に鬼の世界にも影響を与えるというオチにまとめました。結果としてよかったんじゃないかなと思っています。
──これからBlu-ray / DVDで本作をご覧になる方へメッセージをお願いします。封入特典であるスペシャルブックレットの見どころについても教えていただけますでしょうか。
僕は「映画は旅のようなもの」だと思っていて、観ている間は現実を忘れてその世界に入り込んで、観終わったあとには現実と向き合う元気をもらってほしい。Blu-ray / DVDならいつでも観られるので、そういう気分のときにぜひ手に取っていただけたらうれしいです。力を入れた雪の描写などは、大画面でじっくり観ていただけると。あと、ブックレットには設定関係を詰め込めるだけ詰め込みました。オリジナル作品なので試行錯誤が多く、本編に使われなかったアイデアや設定もたくさんあるんです。例えばユキノカミのデザインも、本当にたくさんの魅力的なアイデアを出していただいて、それらのイメージボードもたくさん収録されています。ブックレットでしか見られないものなので、ぜひ多くの方に楽しんでいただきたいです。
プロフィール
柴山智隆(シバヤマトモタカ)
1977年9月2日生まれ、愛知県出身。スタジオジブリに仕上げとして入社し、「千と千尋の神隠し」などに参加したのち作画に転向。2015年にアニメーション映画「心が叫びたがってるんだ。」で演出を務め、2018年には「ペンギン・ハイウェイ」の絵コンテを担当。2020年にスタジオコロリド制作の「泣きたい私は猫をかぶる」で映画監督デビューを果たした。