思い出深い明大前、なじめなかった下北沢
──この作品では、“僕”と“彼女”が下北沢や高円寺などさまざまな街で日々を過ごします。映画にも小説と同じ場所がいくつも出てきますが、カツセさんの中で特に印象的なスポットはどこでしょうか?
明大前ですね。下北沢は、どちらかと言えばコンプレックスがあるくらいで。憧れはあるけど、なじめなかった場所でもあります。その点、明大前は実際に大学時代に通っていたこともあってなじみがあるし、憧れの下北沢から数駅離れているという距離感もいい。そういう僕自身のコンプレックスを思い出して、「“僕”も下北に憧れを持っていながらくすぶって明大前にいる」というのが、小説を書いていて最初に思ったこと。しかも明大前のくじら公園(玉川上水公園)も沖縄料理店も、実際に自分が青春時代を過ごした場所で。「これを機にあの沖縄料理店に行く人がいたらいいな」と思っています。
──映画に出てくるお店は、実際にカツセさんが通っていたお店なんですか?
そうです。宮古というお店の2号店。配給会社の方にも「1号店、2号店どっちですか?」ときちんと確認されました。小説を書いているときから、あの店をイメージして書いていたんですよ。「2階のあの半個室にこんな感じで座ってるんだろうな」って。それが寸分の狂いもなく映像化されていたので、僕は序盤からかなりグッときましたね。
──そのほかに映像化されて印象的だったものはありますか?
セットの細かなこだわりには感動しました。例えば序盤に登場するヴィレッジヴァンガードには、2012年当時に売られていたものしか置いていないそうです。小説だったら「2012年です」と書いちゃえばそれで終わりますが、映像ではそうはいかない。そういうディテールへのこだわりが随所で感じられます。あと映画版ではスカイツリーを観に行くシーンがありますよね。「カップルでスカイツリー行くの、めちゃくちゃダサいな」と思ったんですけど(笑)、ふたを開けてみれば2012年ってスカイツリーができた年で。当時の最新スポットとして、時代がちゃんと反映されている。
──なるほど。
しかもスカイツリーを観に行くシーンで、きのこ帝国の「東京」が流れるのですが、松本(花奈)監督は「赤から青に変わる頃に」という歌詞が、東京のシンボルが東京タワーからスカイツリーに切り替わるのを表しているように思えたと話していて。この話を聞いてまたあのシーンを見ると、さらに「東京」がよく聴こえます。(「東京」の作詞作曲を手がけた)佐藤千亜妃さんはそんなふうに捉えて書いたわけではないと思いますけど(笑)。
はっとりさんにDMをして献本しました
──音楽の話題が出たところで、主題歌についても聞かせてください。主題歌はマカロニえんぴつによる書き下ろしの新曲「ハッピーエンドへの期待は」です。小説が発売されたタイミングで、カツセさんは「この物語にエンドロールがあるなら、マカロニえんぴつの『ヤングアダルト』」とおっしゃっていましたが、主題歌をマカロニえんぴつが手がけると聞いたときはどう思いましたか?
小説発売の少し前に「ヤングアダルト」がリリースされたのですが、聴いたときに「今、自分が書いている小説がそのまま4分半に収まっている!」とビックリして。(マカロニえんぴつの)はっとりさんにTwitterでDMをして「初めまして、カツセマサヒコと言います。『ヤングアダルト』が自分の小説とハマりすぎてびっくりしたので、読んでください」と、小説を献本させてもらいました。後日、読んでくださったはっとりさんがとても丁寧に感想を伝えてくれたんです。そのやり取りの最後に「主題歌の指名はぜひ『ヤングアダルト』で」と締めくくってくれて。たぶん、あれは冗談半分だったと思うんですけど(笑)、その後、映画化の話が出たときに「実ははっとりさんとこういうやりとりをした」と話しました。でもその場ではどうなることもなくて。そうしたら、本当にマカロニえんぴつの、しかも書き下ろしの新曲が主題歌に決まっていました。この1年間のつながりにも感動しましたし、改めてあの物語について曲を書き下ろしてもらえるなんてこのうえない幸せだと思いました。
──実際にエンドロールで「ハッピーエンドへの期待は」が流れて、いかがでしたか?
本当にうれしくて、言葉が出なかったです。歌詞も「ヤングアダルト」より少しだけ先というか、この物語の結末に合わせた話になっていて。感謝感謝という気持ちしかないです。そして、具体的には言えないですけど「ヤングアダルト」が好きな方にも安心して観てもらえる作品になっていて感動しました。
戻りたいとは思わなくなったけど、一番輝いていたとき
──この物語は、社会人になるも「こんなハズじゃなかった」ともがく若者の葛藤やきらめきを描いたものですが、今のカツセさんは、あの時期をどう見ていますか?
もう戻りたいとは思わなくなりましたけど、やっぱり一番輝いてたと思います。無防備で無邪気で。僕は今35歳で、周りもみんな結婚して小さい子供もいて、2日徹夜したあとに「飲もうぜ」みたいなことは物理的に無理。今はやれ保険だとか家のローンだとか、親の介護が、人間ドックの結果が、とかですから(笑)。これはこれで今も青春ではあるんですけどね。
──やはりあの時期にしかない輝きがあると。
はい。それでいて、もっと歳が離れていったら「青かったな」で済ませてしまう自分も見える。だから“青かった”時期をちょっと過ぎた31歳のときに書けてよかったなと思っています。北村さんをはじめとする演者さんや松本監督も、ちょうど“僕”たちと同世代で、この作品で描かれている“マジックアワー”というものに思いを巡らせながら撮影してくれたと聞きました。そんな人たちに作ってもらえてよかったです。あとは、どの作品にも言えることですが、映画って「そのうち観に行こう」と思っていたら、あっという間に上映館数が減っていくものだなと、特に最近強く感じていて。だからこの映画が気になった方はできるだけ早くGoogleカレンダーに書き込んで(笑)、映画館に足を運んでもらえたらうれしいです。
プロフィール
カツセマサヒコ
1986年9月15日生まれ、東京都出身。大学を卒業後、一般企業に就職したのち、Webライターとして活動を始める。2020年刊行の長編デビュー小説「明け方の若者たち」は累計14万部を超える話題作に。2021年には2作目「夜行秘密」を発表した。TOKYO FMで毎週土曜26時より放送中の「NIGHT DIVER」でラジオパーソナリティを務めるほか、ファッション誌でのエッセイ連載など活躍の場を広げている。
映画「あけわか」ここに注目!
1. 小説から映画へ、新たな青春映画のバイブル
Twitterフォロワー14万人以上を誇る人気Webライター・カツセマサヒコのデビュー小説を映画化。大学最後の飲み会で出会った“彼女”に恋をした“僕”が過ごす、“沼のような”5年間が描かれる。“彼女”で満たされる日々、夢見た未来とは異なる現実での葛藤、友達や恋人と飲み明かして迎える明け方。「こんなハズじゃなかった人生」に打ちのめされる若者たちの青春をみずみずしく描き出した本作には、主人公たちの同世代はもちろん、彼らより上の世代も身に覚えのある感情ばかり。これからその世代へ突入するティーンは、少しの憧れと“ハッピーエンドへの期待”を持って楽しめるはず。東京スカイツリーやきのこ帝国「東京」が色鮮やかに2010年代の東京を映し出す「あけわか」は、新たな青春映画のバイブルになるだろう。
2. 劇中にちりばめられた固有名詞
本作では“僕”と“彼女”が実在する街や場所でさまざまな時間を過ごす。雨の日にはキリンジ(現在はKIRINJI)の「エイリアンズ」を聴き、夏にはFUJI ROCK FESTIVALに対抗して海に行く。このような具体的な描写により、“僕”と“彼女”をリアルな人物像として浮かび上がらせることに成功している。明大前のくじら公園でハイボールを片手に話す2人を見かければ「“僕”と“彼女”かもしれない」と思い、下北沢のヴィレッジヴァンガードではしゃぐ2人がいれば「“僕”と“彼女”かもしれない」と思う。そして、それはもしかしたらいつかの自分と好きな人かもしれない。そうやって自身の物語へと手繰り寄せられるのが、この「あけわか」の魅力だ。ロケ地選びからセットの1つひとつまで、随所に光る松本組のこだわりにも注目。
3. 今もっとも旬なキャスト陣
主人公“僕”を演じるのは、映画「君の膵臓をたべたい」や「東京リベンジャーズ」と近年ヒット作に引っ張りだこの北村匠海。2021年末には自身がボーカル・ギターを務めるダンスロックバンド・DISH//として、「第72回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たした。原作発表時から「主人公には北村匠海が合う」と読者から声が上がるほどで、自身も「街や音楽が偶然にも僕の“本物の青春”と重なった」と語る北村が、内向的でありながらもまっすぐな“僕”を好演している。ヒロイン“彼女”には、2022年度前期の連続テレビ小説「ちむどんどん」ヒロイン役が決定している黒島結菜。知的で軽やかでありながらどこかミステリアスな“彼女”は、たおやかな黒島が演じることでより魅力的に。さらに“僕”の親友・古賀尚人役には特撮ドラマ「ウルトラマンタイガ」で知られる井上祐貴が起用された。今もっとも旬なキャストたちが、自身の青春と重ね合わせながら同世代の主人公たちを演じ、彼らのマジックアワーを彩る。
4. “彼女”目線のスピンオフも配信決定
1月8日にはスピンオフ映画「ある夜、彼女は明け方を想う」がAmazon Prime Videoで独占配信スタート。実は原作執筆時からカツセが書きためていたという“彼女”の物語で、黒島のほか、物語のキーパーソンとして若葉竜也、“彼女”の友人役で小野花梨が出演している。映画でも小説でも明かされなかった“彼女”の謎が明らかになるスピンオフ。スクリーンで本編を観たあとは、ぜひこちらもご鑑賞を。彼女の胸の内を知ると、きっとまた映画を観たくなるはず。