ベリィのキャラが固まった「らぶい!」誕生
──今作の主要なキャラクターたちはどのような形で生み出されたのでしょう?
霜山 自分が参加した段階で大枠できあがっていたのですが、ベリィがあそこまでぐいぐい行く感じにしたのは、絵にするときに追加した要素ですかね。
佐藤 そうですね。日記も霜山監督が参加されてからのアイデアです。モノローグを入れるかどうか迷っていたときに、日記にしたらいいんじゃないですか?と。
霜山 ベリィ、ハック、フィンの3人が主人公ではあるけど、ベリィが核になって物語が進んでいくことを示す意味でも、それがいいかなと。
佐藤 あと、フィンの過去も監督が参加してからのブレストで生まれたもので、エピソードが丸ごと1話分、それでできてます。それまでフィンはもっと謎めいた、ただの几帳面みたいなキャラクターだったんですけど。デコアレルギーの要素も最初はなかったと思います。
霜山 そうですね。デコを着けていない理由をどうするか考えていたときに、サイエンスSARUの中で、スタッフ間で話をしていたら何気なく出てきたアイデアでした。あれはブレストというか、ぶっちゃけ世間話の延長ですね(笑)。サイエンスSARUの社内には、クリエイターチームというか、けっこうな人数のスタッフが社員として社内に入っているんですね。で、単価でお願いする明確な発注じゃなく、雑多なアイデアをそうした人たちのあいだで出すことができる。そのチームの中のひとりがフィンに惚れ込んで、大量の設定を自主的に描いてくれたんです。
──わ、すごい。
霜山 それが面白かったので、会議にも出して見てもらおうということになり、そこからフィンを深堀るエピソードを作ろうとなったという流れですね。
──そこはサイエンスSARUさんならではの制作スタイルというか。
霜山 そうですね。社内で「開発チーム」として作っている、その面白さが出たと思います。
──監督としてはベリィのあのぐいぐい来る、押しの強い感じがお好きなんですか?
霜山 もうそこそこおじさんなので、いわゆる下世話な「好き」という気持ちじゃないんですけど(笑)。絶対、ああいう子が身近にいたら面白いですよね。で、多分、1週間ぐらい近くにいるとイラッとするんですけど、たまに会うと楽しいな、みたいな感じでしょうか(笑)。あと、ちょっとメタな話になりますけど、作り手としてはあれだけ牽引力があるキャラクターがいると、すごく助かりますよね。
佐藤 助かりましたね。やっぱりちょっとうざいぐらいの牽引力がないと、フィンとハックっていう一癖も二癖もある、しかも、我が強い人たちにぐいぐい行きづらい。ピュアなんだけどうるさいぐらいのキャラのほうが、物語を回してくれそうだなと思いながら書いていました。4話でだいぶ彼女を掴めた感じがしました。3話まではまだ、巻き込まれ型の、ある種のわかりやすい主人公。事件があって、それにどう対応していくかしか基本的にない子なんですが、4話以降から変わっていく。シリーズ全体の流れが見えた感触がしました。
霜山 ベリィのキャラクターづけだと、あと、口癖の「らぶい!」が大きいですね。あの口癖ができてから、ベリィがもっと動かしやすくなったなって言ってませんでした?
佐藤 そうですね。「らぶい!」はスタッフからもいろいろ言われたときもありましたが、とにかくもうあれに関しては、僕から、このままでいきましょうとお願いしました。というのも、ハックに負けないキャラ性がベリィに必要だと思っていたんですよね。そこから監督のアイデアで、あの口調になっていったと。
霜山 人間の言葉がカタコトだというのが、俺のアイデアでしたよね。
佐藤 ハックの「ガジガジ」とか「スタコラ」とかも、言葉が強いので、このままだとキャラとしてベリィが食われちゃうなと思ってはいたんです。だからなんか1個、あんまりハマってなくても、それを言えば終わるような強い言葉がほしかった。現代の「ヤバい」みたいな感じですね。
──声が付くとかなりのインパクトのあるフレーズでした。
霜山 川勝未来さんの演技が素晴らしかったですね。
佐藤 ほんとにそう思います。あの声を聞くまで、みんな不安だったんじゃないですか。
霜山 見事に落とし込んでくれて、ベリィが本当に動かしやすくなった。まわりが誰も「らぶい!」と言わない中で、何も気にせずに言い続けるキャラクターだから、普通の人より一歩か二歩か、踏み込んだ言い方をしないとダメなんですよ。
──え、つまり「インスタ映え」とかと違ってベリィの独自用語なんですか。
佐藤 そうです。
霜山 でもそれを、まわりにもちゃんと理解させる押しの強さがあるわけです。
佐藤 クラスメイトは「また言ってんな~」と思ってる。最初の頃はたぶん、「何言ってんだ」くらいは思っていたんですよ。でもずっと言い続けるから、もうツッコむのもめんどくさくなっているのが、今の状態ですね。
──この言葉自体は、佐藤さんにどこから降りてきたんですか?
佐藤 あれは数字の「0」なんですよ。テニスの点数表示の「フォーティ・ラブ(40対0)」とかの「0(ラブ)」で、「らぶい!」。後づけですけど、実はずっとベリィは「0」の話をしていることにしたかったんです。ほかにも「0」とか「ラブ」という言葉は、作品の全体にちりばめたかった。スコアの評価軸に関してもハートマークで表現するのは、けっこう早めの段階で決まったと思います。
──デジタルの象徴といえば2進数の0・1ですし……。
佐藤 ……あ、今思い出しましたけど、これを決める一番のポイントになったのは、打ち合わせで監督が孔雀の話を急にしだしたことじゃありませんでした?
霜山 ああ! そうですね。孔雀の羽は、アルゴスという100の目を持ち、監視の任についていたところを殺された巨人の目が埋め込まれたものだという話がギリシャ神話にあるんです。それで、「自治体のロゴのモチーフに孔雀を使いたい」とアイデアを出しました。結果的に、シリーズを貫く大きなモチーフになりましたね。
佐藤 あのアイデアはすごく大きかったです、確かに。
階層構造の差が明確に出る音楽
──オリジナル作品の醍醐味がいたるところにありますね。クラムボンのミトさん、KOTARO SAITOさん、Yebisu303さんが手がけた劇伴をはじめ、TWEEDEESさん、ココロヤミさんら毎回異なるアーティストが手がけるコラボレーションソングが12曲も作られますし、音楽まわりも意欲的な作品ですよね。
霜山 劇伴をミトさんにお願いすることになったのは、音楽プロデューサーの佐藤純之介さんから候補を何人かいただいた中にお名前があったので、自分がもともとクラムボンが好きだったこともあり、それで。そもそもミトさんに決まる前、パイロットフィルムを作るときに曲をつけるとなって、自分の好きな音楽のイメージを伝えるために参考として挙げた曲がクラムボンの「KANADE Dance」だったんですよ。それが実はミトさんにとっても思い入れがある曲だったそうで、それをスタッフの方が伝えたら乗ってくださった部分もあったみたいなんです。いろいろとつながるものがある作品でした。
──佐藤さんは音楽に造詣が深いわけですけど、そちらからのご意見はあったんですか?
霜山 会議のときに、楽しいネタ出しはしていただいた覚えが。
佐藤 実際の発注は監督のお力ですけど、純之介さんが来る前の段階で、妄想としてイメージはいろいろ話していました。「あんまりデジタル、デジタルした雰囲気にしてほしくない」とか。テクノっぽくしたくない、生っぽくしたい、とか。そんな中、ミトさんが担当してくれると聞いた瞬間、絶対大丈夫だなと思いましたね。デジタルも生もどっちもできる人だし、この作品の世界観をわかってくれる人だろうなと思っていました。なので最初の打ち合わせだけ参加させてもらって、そこからは全然ノータッチでした。
霜山 でも、そうやって大さんがいろいろ面白いアイデアを言ってくれるんで、この企画は音楽で贅沢言えるんだなって俺は理解したんですよ(笑)。
佐藤 ははははは!
霜山 実際、そういう気持ちで頼んだら、プロデューサーの純之介さんも乗ってくれて、劇伴の曲数は多めに作ってくれました。ミトさんはもちろん、KOTARO SAITOさんとYebisu303さんもすごく優秀な方たちで。現実空間とVR、超再現空間の差が明確に出る音楽を作り上げてくれたんです。本当にそこは、この作品の演出で重要なポイントだったので、ありがたかったですね。本編の音楽はミトさん、オープニングもクラムボン、エンディングもパソコン音楽クラブさんにキャラソンを作ってもらって、とても音楽的にも贅沢なことができた作品でした。
テクノロジーが発達した未来はきっと幸せだよね
──あらゆる角度から本当にいろんな語り口ができる作品だとあらためて感じましたが、最後に、おふたりはこの作品、特にどんな方に観て、どんなことを考えてほしいですか?
佐藤 基本的には最初に述べたとおり、「嘘」と「本当」の話です。今、生きていても、どれが嘘でどれが本当か決めづらかったり、決めた後に自分の中でもものの捉え方が変わったり、外側の基準が変わって不安になったり、そういう経験がある人は世代を問わずいるはずです。そういう人たちに、ちょっと元気をあげられたらいいな、ないしは、「わかる」って共感してくれたらいいなと思って書いた作品です。「嘘」と「本当」は自分で決めよう、と考えてくれたら、うれしいです。
霜山 思い入れるキャラクターによって、見えるものが変わる作りだと思うんですよね。何が「嘘」で、何が「本当」か。大さんのいうように、そこも大事なんですけど、今あるもののポジティブな面を見ていくこと、この世界が続いていくことを感じてもらえるといいな、というようなことを、自分としては考えていました。テクノロジーが発達した未来がディストピアになってる作品が多いですけど、そんな可能性ばかりじゃない、テクノロジーがこのまま発達しても、本当は人は幸せになるものだよね、少なくとも、自分はそう捉えた方が未来は面白いなと感じていて、そう考えてもらえることを目指した作品です。
佐藤 それはずっとおっしゃっていましたね。気を付けないと、どうしても多くの作り手は、監視の危険性だとか、ディストピアの想像力に引っ張られてしまう。そこを監督には、すごく気を付けていただいた。
霜山 どうしても不幸な人にフィーチャーしがちなだけで、どんな世界にも幸せな人もいる。今そこにあるもののよい面にもっと気づいてもらえる、そんな作品になっていたらいいなと思います。ぜひ、最後まで追い続けてもらえたらありがたいですね。
プロフィール
佐藤大(サトウダイ)
19歳の頃、放送構成・作詞の分野でキャリアをスタート。その後、ゲーム業界、音楽業界での活動を経て、現在はアニメの脚本執筆を中心に、さまざまなメディアでの企画、脚本などを手がけている。2007年、ストーリーライダーズ株式会社を代表取締役として設立。代表作に「カウボーイビバップ」「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」「サムライチャンプルー」「交響詩篇エウレカセブン」「サイダーのように言葉が湧き上がる」「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021」、2022年10月公開の「ぼくらのよあけ」などがある。
霜山朋久(シモヤマトモヒサ)
アニメーター、アニメ監督。「ARIA The ANIMATION」「夜は短し歩けよ乙女」「バースデー・ワンダーランド」「DEVILMAN crybaby」などに作画監督で参加。「SUPER SHIRO」ではチーフディレクター、キャラクターデザインも務めた。