コミックナタリー Power Push - 「夜廻り猫」
深谷かほるインタビュー
人生うまくいかない人が、簡単に絶望しないために
悩みに対して「これが正解だよ」って言える頭じゃない
──「夜廻り猫」はTwitterで発表されていることもあって、深谷さん宛てに「僕も悩みがあるんです」という相談的なリプライがたまに来てるのを見かけます。あれは大変そうだなと思うんですが、いかがですか?
いえいえ、返事ができる程度の数しか来ないですよ。それに私の人生経験では返事ができないことの場合は、フォロワーさんが答えてくれますし。この間も「就活が上手くいかなくてつらい」っていうリプライがきたんですけど、ほかの人がドッと答えてくれてました。その翌々日くらいにそのツイートを見直してみたんですよ。そしたらアドバイスがとても多くの人から来てたので、きっとこの人は悩みごとを言ったことを後悔しているだろうなって(笑)。
──あはははは。どんな答えがありました?
なんていうか、正反対のアドバイスが両方出ちゃうんですよね。
──「こうしたほうがいい」っていうのもあれば、真逆の「これはやっちゃいけない」というような意見も。逆に悩みが深まっちゃいますね。
それが現実なのかもしれないですけど、悩みを打ち明けた人は余計に疲れたかもしれない(笑)。
──相談した人は、少なくとも「答えはひとつじゃない」というのはわかったんじゃないかと……。そう考えると、やっぱり猫が他人の悩みに答えを出すのは間違ってますね(笑)。
そうそう。私自身が「これが正解だよ」って言えるような頭じゃないですしね。
山本さほ、糸井重里が広めてくれた
──そもそもこの作品を描かれたきっかけについてなんですが、Twitterでは「夜廻り猫を描き始めたのは家族の闘病の気晴らしにと思ったからでした。しばらくして闘病する家族のためではなくて看病する自分の気晴らしだと気付きました」と書かれていました。
そうですね。1、2本目あたりは家族に見せるためだけのものでした。でも息子が「Twitterに上げたら?」って言ってくれたんです。
──最初はネットに上げる気もなかった?
何も考えてなかったです。病院にいるときに待ち時間が長かったので、手持ち無沙汰で「何か描こうかな」って、それだけでしたね。最初にたまたま持ってたB5の用紙にサインペンで描いたので、切り替え時を見つけられずに、今もずっと、コピー用紙に描いてます。
──そこから書籍になるのも面白いですね。「夜廻り猫」は2015年の10月からTwitterにアップされてますが、最初の反応はどうでしたか?
当時バタバタしていて覚えていないんですけど……反応がゼロだったらやめようと思っていたので、ゼロではなかったんだと思います。
──そこから口コミで広まり書籍化に至ったわけですが、何か大きく広まるきっかけはあったんでしょうか。
たぶん、糸井重里さんが何回もリツイートしてくださったので。そこから急に読んでくれる人が増えました。
──フォロワーが120万人以上いますもんね。糸井さんはどこで知ったんでしょう。
山本さほさんが「夜廻り猫」をリツイートしてくださって、それを糸井さんが読んだみたいです。
──糸井さんがコラムで「山本さほさんのマンガに注目している」ってことを書いてるのは見たことがあります。面白い繋がりですね。
山本さんと直接お会いしたことはないんですけど、読んでいただいているみたいですね。
単行本でイラスト102枚描き下ろし
──そうやって読者が増えてきたからなのかなと思うんですが、1、2話はシンプルだった絵に、回を重ねるに連れてどんどん描き込みが増えてますね。
はい。ちょっと色気が出てきましたね(笑)。
──深谷さんはほかの作品では細かく描き込みをされる方ですが、「夜廻り猫」に関して言えば最初は商業的なマンガではなかったわけですし、「ストーリーの本質さえちゃんと伝われば、そこまで描き込まないでもいいのでは」と思ったことはないですか。
場合によりますけど、「暗い山道を歩いてる主人公たちが振り返ったら、さっき道を聞いたおばあさんがまだ玄関の前にいて見送ってくれてた」というシーンだと、それは「夜の山道である」とか「ポツンと明かりがある」ってことはある程度描かないと説明がつかないですよね。
──絵に説得力を持たせたいということですね。
1話のような、病院で気分転換にササッと描いた絵のままだと、知らない人からは「まともな絵が描けないんですね」って思われちゃうし(笑)。でも絵を描き込むのは楽しい作業ではありますね。ストーリーは頭を悩ます部分ではあるけど、話ができちゃえばあとは単純作業に近いですから。
──とはいえ、いくらでも手を抜くことはできてしまうと思います。サービス精神が旺盛なんですね。
普段から人としてサービス精神が旺盛かって言われるとそうではないですけど(笑)。でもマンガに関しては、人に見てもらえるのは貴重な機会ですから、がんばってしまいますね。そしてせっかく読んでもらえてるんだから、何秒かでサッと手短に読めて、納得しやすい内容にするように心がけてます。自分が読むときも、30ページぐらい読んでも話がどこに向かうかわからないマンガって苦手なんですよ。もちろん、ものすごく空気感のいい作品だったらもっと惹きつけられるかもしれないですけど、自分のマンガがそうじゃないのはわかっているので。
──いえいえ、そんなことはないですよ。でも確かに、「夜廻り猫」は基本的に8コマでストーリーが完結してますし、1話読めば面白さがわかります。しかも8コマとは思えないほどストーリーが深い回もありますよね。例えば87話は、描かれてない部分までいろいろ想像できます。
だけど8コマで描き切れてない部分とかもあると思うので、単行本ではほぼ全部のマンガの横に、補足的なコマを描き下ろしてます。それがマンガの導入になったり、逆にオチになってればいいなと思って。
──描き下ろし量、とんでもないですよね。
はい。マンガが4ページにイラストが102枚、あとはカバーと、初回限定版にはカバー裏に「夜廻新聞」っていうのを描いてます。
──読者としてはもちろんうれしいですけど、サービス精神が過剰ですよね(笑)。
サービス精神っていうか、自分でいろいろやるのが好きなんでしょうね。
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- 深谷かほる「夜廻り猫(1)今宵もどこかで涙の匂い」/ 2016年6月30日発売 / KADOKAWA
- 「夜廻り猫(1)今宵もどこかで涙の匂い」
- 1080円
- Kindle版 / 1000円
ひとり泣くものに寄り添う夜廻り猫の遠藤平蔵。
「泣く子はいねが~~」。涙の匂いのするところに現れる夜廻り猫の遠藤平蔵。
老若男女、犬猫問わず、涙する人とともに呑み、笑い、ときに励まし、ときに見守り、いつも彼だけはそっと寄り添う。
「む。涙の匂い」。今夜の夜廻り猫はあなたの元を訪れるかもしれない。
Twitterで連載中の話題作がついに書籍化!
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深谷かほる(フカヤカオル)
2015年10月よりTwitter上で「夜廻り猫」を掲載開始。当初、毎夜1話ずつ更新された「夜廻り猫」は瞬く間に多くの共感を得る。代表作に「エデンの東北」「ハガネの女」「カンナさーん!」などがある。