映画「野球部に花束を」キャスティングは原作超え? クロマツテツロウが語る作品の誕生秘話から実写化に至るまで (2/2)

登場する先輩の名前は、そのまま本名を使っている

──ここからは、主に原作を中心に質問をしていきたいと思います。もともと原作はどうやって始まったのですか。

僕は「野球部に花束を」を連載するまで野球マンガを描いたことがなかったんですけど、あるとき秋田書店の人たちと草野球をやったんですよ。で、その中の1人に、のちの担当者となる編集者さんがいまして、「一緒に野球マンガをやりませんか」と声をかけてくださったんです。あとから聞いたら、僕の読み切りとかいろいろ読んでもらっていたみたいで。でも、僕としては「野球マンガって、もうやり尽くされているからなあ」という気持ちだったんです。なので、「逆に野球をやらない野球マンガをやるのはどうっすか」と言ったら、「いいっすね!」と答えてくれて。それで野球部マンガを描くことになったんです。

──そこからはもう、スムーズに話が進んだ感じですか?

いや、最初はもっとコメディの要素が薄くて、どっちつかずな感じで描いていたんです。それが、がっつりコメディでいきましょうとなって、振り切った状態にしたら企画が通ったという。僕自身はコメディも野球ものも初めてで、初めて尽くしの作品ではあったんですけど。

クロマツテツロウ

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──それが今や、野球もののタイトルばかり手がけられるようになりました。

ありがたいです。

──先生は元高校球児ということですが、作中の野球部ネタはどこらへんまでが事実とリンクしているのでしょうか。

まあまあ近いです。僕は基本的にキャラクターの名前を考えるのが得意じゃなくて、登場する先輩の名前とかも、そのまま使っているし。だから、当時の先輩たちからSNSへメッセージがすげーくるんですよ。「困っているからやめてくれ」って。申し訳ない思いでいっぱいです。コンプラ全無視の野球部の監督も実際の当時の監督と類似している部分は多いです(笑)。ただ、今の時代に合わない人かもしれないけど、僕にとっては恩師ですし、感謝もしてますんで、そのことはしっかりと言及しておきたいと思います。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」1巻第4話「野球部には明日がある」より。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」1巻第4話「野球部には明日がある」より。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」1巻第4話「野球部には明日がある」より。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」1巻第4話「野球部には明日がある」より。

──野球部の監督もそうですが、先生の作品では「近所にいそうなオヤジ」「どこかで見たようなおっさん」がたくさん登場し、とてもいい味を出しておられます。それについては、どう思われていますか。

ありがとうございます。僕が昔、何かの新人賞をいただいて、雑誌に載ったときの話なんですけど、ニックネームのようなものを付けられるんですよ。「不世出の鬼才!」みたいな。僕の場合は、その時点で「圧倒的オヤジ描写力」でしたからね。当時はいやいや、僕はまだ若いねんけど……と。でも、あのときからオヤジを描く力を見抜いてもらえていたのかもしれないですね。っていうか、若いキャラクターも描きたいし、実際に描いてんねんけどなあ(笑)。

亀井のような人は、会社や学校に1人はいる

──「野球部に花束を」のキャラクターでは、黒田たちの同級生・亀井大作の存在感が際立っていたように思います。絶妙に周りをイラつかせ、かといってハブられるわけでもない。絶妙のバランスで成り立つ彼は、どのように生まれたのでしょう。

うーん、でもいません? 会社や学校に1人ぐらい、「なんで今それ言うの?」みたいな人。そういうのを同学年のメンバーに入れたかった。「野球部で一緒じゃなかったら、絶対に友達になってへん!」みたいな、同じ野球部だったからこそ築けた関係っていうのがあるんですよ。結局、なんだかんだで、そいつと一生ツルむようになったり。そういうのってリアルだなあと思うんですよ。だから、亀井をメンバーに入れたんですよね。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」4巻第23話「期末テストに花束を」より。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」4巻第23話「期末テストに花束を」より。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」4巻第23話「期末テストに花束を」より。

「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」4巻第23話「期末テストに花束を」より。

──映画では駒木根隆介さんが亀井を演じています。あえて亀井のルックスを原作から大きく変えているかと思うのですが、それについては?

いやー、あの亀井は亀井で最高じゃないですか! 飯塚監督には亀井がこう見えていたのか、と思いました。亀井役の駒木根隆介さん、すごくいいですよね。映画「SR サイタマノラッパー」の主演をされていた、存在感抜群の役者さんですよね! 天才的なキャスティングだなと思いました。確か41歳でいらしたはず……。ノックを受けるシーンも倒れるまでトライされていて。最後には酸素を補給しながら、横になられていました(笑)。原作者として、こんなにありがたいことってないなあと思いました。

クロマツテツロウ

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──作品は9巻で完結。主人公の黒田たちが2年生の立場で終了しました。これは最初から狙った終わり方だったのでしょうか。

もちろん、3年生を描くかどうかについて、「どうする?」という話はありました。ただ、最上級生になったら、もうしんどいことがないじゃないですか。これは“野球部の奴隷の話”という思いがあったんで、奴隷から中間管理職になって、王様になったらもうダメというか。なので、「ちょっと1回、切ったほうがいい」「3年生編をやるなら、また違う形がいいんじゃないか」と。それと単行本の背表紙にある巻数のナンバリング部分がスコアボードになっているんですよ。これが9巻でちょうど終わるのは、野球マンガらしくていいというのもありました。単行本に関してはね、デザイナーのアベキヒロカズ氏がとても才能豊かな方で。目立つし、キレイな色でポップに仕上げてくださったので、周りもみんなむちゃくちゃホメてくれて、ホンマにありがたい限りです。

──今、振り返ってみて、先生にとってこの作品はどんな作品でしたか。

こういう時代もあったんだよと、自分の学生時代を描き残したいという気持ちがありましたし、さっきも言いましたが、個人的に監督への恨みはないんで、そこだけは読んでいる人が不快に思わないように、気を付けて描いていましたね。そのうえで笑えて、ホロッとできて、友情が芽生えるっていうのがたぶん青春だと思うんで、そこを切り取りたかった。この作品でコンプラ全無視の監督や怖い先輩とのやり取りをネタとして描いたのは、そこで笑いを取りたかったからなんですが、今の時代って、そういうので笑いが取れないじゃないですか。教えてもらう側の人間の立場のほうが強くなりすぎて、指導者と選手とのパワーバランスがおかしくなっているという気持ちも実際、僕の中にあるんですよ。暴力は絶対によくないですが、誠意ある指導者はもっと尊敬されるべきやし、教えてもらう側の人間が強くなりすぎちゃいけない。僕の言うことが必ずしも正しいわけじゃないですけど、ちょっと笑いを交えて、そこに何か一滴でも垂らせたらいいかな、という思いがありました。

──コメディの裏に、熱い思いが込められた一作。映画も原作も、どちらも多くの人に深く味わってもらいたいです。

クロマツテツロウ

クロマツテツロウ

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プロフィール

クロマツテツロウ

奈良県出身、右投右打。2005年に第52回、第53回のヤングマガジンちばてつや賞の準優秀新人賞を立て続けに受賞し、2011年に第68回小学館新人コミック大賞で入選を果たす。2013年から2017年にかけて、月刊少年チャンピオン(秋田書店)で「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」を連載。2016年にヤングマガジン(講談社)で連載開始となった次恒一による「ヤキュガミ」、2019年にマガジンポケットで連載された鳴海聖二郎による「鎌倉キャノン」では原作を務めた。2018年よりグランドジャンプ(集英社)で「ドラフトキング」、2021年よりゲッサン(小学館)で「ベー革」を連載中。またグランドジャンプ(集英社)では、2020年よりマルヤマによる「山本昌はまだ野球を知らない」の原作を手がけている。