映画「野球部に花束を」キャスティングは原作超え? クロマツテツロウが語る作品の誕生秘話から実写化に至るまで

近年、「ドラフトキング」や「ベー革」など、野球マンガのヒットメーカーとして活躍が著しいクロマツテツロウ。彼の出世作として知られる「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」が今夏、「野球部に花束を」のタイトルで映画化されることになった。野球部ならではの「あるある」を描いたコメディである同作が、なぜ今、実写版としてスクリーンへ映し出されることになったのか。

コミックナタリーでは、原作者であるクロマツテツロウにインタビューを実施。映画化に至った経緯、オススメの見どころ、制作現場の裏話、さらには原作の秘話など、幅広く聞いてみた。原作を知っている人も、知らない人も、ぜひ楽しみながら読んでもらいたい。

なお映画ナタリーでは、黒田鉄平役の醍醐虎汰朗と、同級生役・黒羽麻璃央の対談を掲載中だ。対談内では、監督・飯塚健から2人への手紙が届くというサプライズも。併せてチェックしてみては。

取材・文 / ツクイヨシヒサ撮影 / 石橋雅人

飲み友達の飯塚監督から、突然の電話が来た

──いきなりですが、今日は映画「野球部に花束を」のインタビューなのに、思いっきり「ドラフトキング」(クロマツが現在連載中のマンガ)のTシャツを着ていらっしゃいますね。

いや、掲載誌であるグランドジャンプ(集英社)側が着ていってくれっていうから(笑)。「野球部に花束を ~Knockin' On YAKYUBU's Door~」を連載していた秋田書店もいいよって。

──そうですか、ちょっと気になったもので(笑)。さて、映画の話ですが、いつ頃先生の耳に映画化の話が届いたんでしょうか。

まず、今回の映画の監督・脚本をやってくださった飯塚健さんは、年齢は僕の1個上の先輩なんですけど、7~8年ぐらい前から飲み友達だったんですよ。最初は共通の知人を介して知り合ったんですけど、僕の作品を面白いと言ってくださったこともあり、一緒に飲む機会が増えた。もともとは僕が飯塚作品のファンで、当然、「野球部に花束を」もお渡ししていたんですが、なぜか連載終了から約5年が経って「あの作品、空いてる?」って言われて。「空いてるって何ですか?」って返したら、「メディア化とかの話ってある?」と。そこから「だったらガラ空きですよ」「ちょっと映画で動きたいんだけど、いいかな」「ホンマですか! ありがとうございます」という話の流れがあった感じです。それが昨年の秋ぐらいだったと思います。

──連載終了から時間が経ち、その間に先生は「ヤキュガミ」の原作をはじめ、「ドラフトキング」「ベー革」など、革新的な野球マンガを生み出されてきました。「なぜ今、終わった作品を?」という違和感はありませんでしたか。

いや、僕は素直にうれしかったですね。今もいろんな作品を描いてますけど、むちゃくちゃカロリーを使った作品だったので。1話1話を作るのも大変だったし、内容がコメディだったじゃないですか。コメディはネタの手数が多いのと、テンポも大事なんでやっぱり大変なんですよ。その作品を飯塚監督の手によって最初に実写化してもらえるということで、「やってきたことは間違ってなかったんやな」と思えたので救いにはなりましたね。しかも一番、実写化できひんと思っていた分、うれしさも大きかったです。

クロマツテツロウ

クロマツテツロウ

──映画化はすぐに決まったのですか?

すぐでしたね。最初にお話が出てから、とんとん拍子に進み、気が付けば撮影して、編集して、完成していました。飯塚監督にとってはハードなスケジュールだったのではないかと思います。オーディションも、僕は完全にノータッチだったんですけど、飯塚監督は「原作から絶対に崩したらいけないところは野球部感、グルーヴ感、そして坊主になれるかどうか。こだわるところはきちんとこだわりたい」と、逐一連絡をくださいましたから。

──そのオーディションの結果、主役の醍醐虎汰朗(黒田鉄平役)、黒羽麻璃央(桧垣主圭役)らをはじめ、かなりのイケメンたちが揃いました。

はじめは想像できませんでした。僕の中では野球部イコールじゃがいも軍団なので……(笑)。いざ開けてみれば、素晴らしい方々が揃いました。僕のマンガにはイケメンが出てこないんですけど、彼らはイケメンなのにバッチリはまっているなあと。主役の醍醐虎汰朗さんがすごくよかったですね。あんなさわやかになるんですね、野球部の話が。普通にやったら「泥臭くなりそうやなあ」と思っていたんですけど、彼が演じてくれたおかげで、パッと花が咲くような明るさが出てました。それから黒羽麻璃央さんの桧垣がまんま桧垣で爆笑しました。原作の桧垣はあんなにイケメンじゃないんですけどね。本当に桧垣にしか見えなかったです。あと、ヒロインのユキちゃんを演じてくれた浅野杏奈さんも、めちゃくちゃかわいくて。作品自体は、野球部連中の群像劇なんで、恋愛要素は少なめで仕方ないと思うんですけど、浅野さんの存在感がすごすぎて、もっと観たいなと思ってしまった。

映画「野球部に花束を」より、醍醐虎汰朗演じる黒田。

映画「野球部に花束を」より、醍醐虎汰朗演じる黒田。

──「3年生がおっさんに見える」というのは、割とありがちなネタだと思うのですが、実際に本物のおっさんが3年生にキャスティングされているのは笑いました。

驚きますよね、3年生の吉村先輩役の田中謙次さんは、46歳や言うてましたから。田中さんも「まさか制服を着るとは思わなかった」と自分で言っておられましたし。おっさんに見える存在の役におっさんをぶつけてくるという、このキャスティングがとにかく素晴らしいんですよ。マンガって、自分の引き出しからしかアイデアを出せないじゃないですか。やっぱりちょっと限界があるんですよね。僕のおっさんの幅も、コンプラも含め、当然のように限界がある。実写がすごいのは、そこをリアルに超えてくるところなんですよ。

お気に入りのシーンは、先輩とのティーバッティング

──先生は撮影中、現場にも足を運ばれたそうですが、そのときの印象はどうでしたか?

部室を筆頭にいろんな場所が原作とリンクするというか、背景や道具や世界観が徹底的に作り込まれているところに、「映画ってすごい!」と感銘を受けました。ユニフォームはもちろん、(主人公たちが通う)三鷹東高校の校歌まで作ってしまうわけですから。「ああ、ここまでやるんだなあ」と思いましたよ。

──劇中に登場するノックのシーンにも立ち会われたそうですが。

そうなんです。ストーリーの途中で、部員たちがノックを受けるシーンがあるんですけど、ホンマに激しいノックをちゃんと受けてるんですよ。スタントマンみたいな代役を使うわけでもなく、全部、自分たちがやるんやなあと。しかも、1つのシーンを何度も撮ったり、いくつも作業を重ねたりするんですよ。各々の職人さんたちが集まって、時間をかけて1つの作品を作っているところが、一番驚いたし、見ていて楽しかったですね。ホンマに僕、朝から晩までいましたもん。「いつ帰ってもいいからね」って、飯塚監督にちょっと心配されたくらい。でも、撮っている人たちのほうがすごく体力を消耗するじゃないですか。僕のマンガの作画スタッフも連れてお邪魔をさせてもらったんですけど、熱量があって素晴らしい現場だったので、よい刺激をたくさん受けたみたいでみんな大喜びでしたね。

──現場では原作者として皆さんに紹介されましたか。

はい、恥ずかしかったです。紹介してくれるのも、いつも飲んでいる“飯塚さん”じゃないから。けっこうなオーラをまとった“飯塚監督”だったので、ドギマギしてしまいました。改めて、ものすごい人数の人たちの手によってこの作品は作られているんだなあと実感したのを覚えています。

映画「野球部に花束を」より、左から駒木根隆介演じる亀井、醍醐虎汰朗演じる黒田、髙嶋政宏演じる原田監督。

映画「野球部に花束を」より、左から駒木根隆介演じる亀井、醍醐虎汰朗演じる黒田、髙嶋政宏演じる原田監督。

──そうして完成した映画ですが、もっとストーリー仕立てになるのかと思いきや、本当に原作そのままでした。

原作と変えてくれたところも本当に素晴らしいですよね。飯塚監督はやっぱりコメディも撮れちゃう人なんで、そこはもう信用してましたけど。原作に対する愛情というか、大切にしてくださってうれしいです。しかも主題歌がいいですよね。電気グルーヴの「HOMEBASE」。電気グルーヴ大好きなんで、もう感無量です。

──細かいところにも、原作愛を感じました。例えば、劇中ではあまり説明していないけど、桧垣はかなり野球がうまいということが匂わされていたり。原作を知らない人でも楽しめるが、原作を知っているともっと面白い、という絶妙なバランスになっていると感じました。

それはすごく僕も感じました。飯塚監督はオリジナル作品も書かれている方なので、いろんなアイデアや仕掛けを入れ込んでくださったんだと思います。とてもうれしく思いました。

──先生のお気に入りのシーンはありますか?

ティーバッティング(打撃練習の一種)のボールを先輩に投げてもらうシーンですね。先輩が「お前も打ってみろ」と交代してくれるシーン。オチは言わないですけど、あそこのネタが最高ですね。原作にあるネタでも、だいぶ前に描いているんで、実は僕あんまり覚えてないんですよ。どんなセリフ回しだったかなんて特に。だから、ティーバッティングのシーンは、客観的に見ながら普通に笑ってしまいました。ティーバッティングって先輩にボールを上げるのも緊張しますけど、先輩が上げてくれるボールを打つっていうのも、また緊張するじゃないですか。そういうトラウマのような記憶を思い出しました。

映画「野球部に花束を」の場面写真。

映画「野球部に花束を」の場面写真。

──これも詳細は観てのお楽しみにしますが、黒田たち1年生が廊下を並んで歩いていくシーンの評判がよいみたいですね。

めっちゃカッコいいですよね。“おもろカッコいい”というか。ずっと観ていられるくらい好きなシーンです。関係者の間では通称「アルマゲドン」って呼ばれているらしく、それを聞いてもっと好きになりました。