週刊少年チャンピオン50周年 対談連載第4回 武川新吾(週刊少年チャンピオン編集長)×沢考史(週刊少年チャンピオン前編集長)|編集者の言うとおりに描いてくる作家はダメ!理想は「打ち合わせと違うじゃないですかァァ~!!!」

週刊少年チャンピオン(秋田書店)が創刊50周年を迎えた。コミックナタリーではこれを記念し、武川新吾編集長による対談連載をお届けしている。最終回となる第4回は、同誌の先代編集長である沢考史。約11年半のあいだチャンピオンを支えていた前任者を相手に、「刃牙」の迷アオリ「先生、打ち合わせと違うじゃないですかァァ~!!!」からは打ち合わせの意味と重要性について、「弱虫ペダル」のキャラクターからは男の強さと優しさについて、「BEASTARS」の世界観からは少年誌における過激表現についてなど、多様な話題で盛り上がった。師弟である2人、そして酒の席ならではのざっくばらんな雰囲気の中で進む、「週刊少年チャンピオンとは何か」が見えてくる対談をお楽しみあれ。

取材・文 / 松本真一 撮影 / 石川真魚

マンガのことはずっとこいつに相談してたんですよ(沢)

──昨年、板垣巴留先生のトークショーに行ったんですが、スマホに入ってる写真をモニターで観客に見せるという流れがあって、その中にマンガ大賞の祝賀会での沢さんと武川さんのツーショットもあったんですよ。巴留先生は「この2人は仲がいい」「このコンビを見られるのが週チャン作家の醍醐味だ」と言ってました。

沢考史 えーっ、そうなのかなあ?

武川新吾 そうかなあ……(笑)。

──沢さんが編集長だった時代に武川さんが副編集長で、それ以前からずっと一緒にお仕事をされていた師弟関係なんですよね。だから今日の対談に関しても沢さんから「いつも顔を合わせている人間と対談してもテンションが上がらないので、できればお酒を飲みながらのほうが……」というもっともな提案がありまして、秋田書店近くのバーでの対談となりました。

左から武川新吾、沢考史。

 乾杯しましょう! 歳は俺のほうがタケ(武川)よりも12歳上なんですけど、彼が会社に入ったときからずっと一緒なんですよ。

武川 会社に入ってすぐ、僕はヤングチャンピオンに配属されたんですけど、目の前の机に沢さんが座ってましたから。会社の中では沢さんと一番、濃くて長い時間を過ごさせていただいているかなと。

──チャンピオンの公式Twitterで沢さんのチャンピオン編集長退任が発表されたときに、「次号、週チャン新編集長に武川新吾が就任します。エースいよいよ登板です!」と書かれていました。武川さんはどういった部分を評価されて編集長になったのでしょうか。

 彼はこう見えて非常に野心家というか、「マンガを作ることで何かすごいことができる」というビジョンを持っているんですよ。そしてマンガ家さんがどういう人たちなのかということを非常によくわかっていて、粘り強く付き合うことができる奴なんです。ほかにも「弱虫ペダル」は編集部内でチームを組んで担当してるんですけど、そこのリーダーみたいなことをばっちりやっていましたからね。渡辺航先生の要望に応えつつ、後輩が生意気なことを言ってきても「そういうのじゃねえんだ」って戦いながらチームをまとめるのを見ていたので、いいなあと。

──編集長となるとやはりそういった、人をまとめる能力が必要ということですね。

沢考史

 みんなでやる仕事だから、マンガ家の先生と編集部のみんなで一緒にどこかに向かって走っていかないといけない。そんな部分もちゃんと汗をかけるというか。週チャンの編集長っていうのはなかなか大変な仕事なんですけど、まあタケならがんばり抜いて、雑誌を面白いところへ持って行ってくれるんじゃないかなというふうに思ったので……飲まないとダメだな、こういう話は。(店員に)ビールもう1杯お願いします。

──部下を面と向かって誉めるのは照れもあるかと思います(笑)。

 やっぱり自分が編集長をやっていた時代から、タケのことは頼りにしてましたよ。もちろん編集部みんなそれぞれ役割があって、マンガ以外の雑誌作りの部分をがんばる奴とかもいたんですけど、マンガのことはタケと、いま別冊少年チャンピオンの編集長をやっている松山(英生)、その2人と話していろいろ決めてました。

──マンガを見る目という部分で信頼していた、と。

 面白いものをちゃんと面白いとわかるんですよね。例えば「六道の悪女たち」とか「魔入りました!入間くん」は、全員が「これいいよね」っていう感じで連載になったんですけど、タケが担当だった増田英二先生の「実は私は」は、読み切りのときにアンケートが微妙な結果だったんですよ。俺は「大丈夫かな」と少し不安だったんですけど、でもタケは「これは絶対いけますから」と言っていて、結果として大ヒットですから。

武川 「実は私は」は勝つ自信がありました。

沢さんは編集者として当たり前のことを濃い目にやっていただけ(武川)

──沢さんは武川さんの前に、2005年10月から2017年5月まで、約11年半という長いあいだ編集長を務められていました。武川さんから見て、沢さんはどんな編集長でしたか。

武川 作家さんとの距離感がほかの編集者と違って特殊というか、すごく愛されているな、という印象はありました。沢編集長時代に、誌面やイベントで何か新しいことをやるぞという舵を切ったときには、作家さん、編集部員、みんなが本当に楽しそうについてきていただけるような。沢さんがアクセルを踏めば一気に週刊少年チャンピオン全体が走り始めるんですよ。

 そんなそんな。とんでもないです。

──愛されぶりの証明として、沢さんの編集長退任が発表された際には、いろんな作家さんがTwitterで「沢さんにはこういう形でお世話になった」と具体例を出しつつメッセージを贈っていましたね。例えば「侵略!イカ娘」の安部真弘先生は「『イカ娘』ってタイトルで行こうとしたときに、『侵略!』って付け足してくれたのは沢編集長でした」「侵略!ってついたおかげで話のテーマが決まった所もあるので、これが無かったら本当にすぐ終わってたと思う」と。

 タケに言っておきたいんだけど、編集長の言葉って、特に若い作家さんは重く受け止めてくれるから、気をつけたほうがいいよ(笑)。

武川 わかっています。ただ今のお話は、沢さんが作家さんのためにしっかり寄り添っているから愛されているんだ、というお話だと思うんですけど、沢さんは決して変わったことをしているわけではないと思います。編集者として当たり前というか、一番大切なことを、沢さんはほかの編集者より濃い目にやってらっしゃるから、そういったエピソードがたくさん出てくるのかなと。

「BEAST COMPLEX」の巻末マンガより。

──ほかにも沢さんと作家さんの距離感がわかる1つの例として、板垣巴留先生の短編集「BEAST COMPLEX」巻末のオマケマンガで、巴留先生が秋田書店に持ち込みに行った際、沢さんに真摯な対応をされたという思い出が描かれていました。

 俺が大きい猫みたいな感じで描かれてたやつね。

──「何も実績がない私が持ち込んだネームをすごく真剣に読んでくれた」「しっかり目を合わせてお別れのあいさつをしてくれた」と感動したという話で。沢さん退任時の作家さんのTwitterなどと合わせて、「こういうことの積み重ねで作家に愛されているんだろうな」と納得したんですよ。ただ、いやらしい見方で申し訳ないんですけど、このあと巴留先生は看板作家になったわけじゃないですか。だから「才能を感じたから丁寧だっただけでは?」という邪推もしてしまったんですが、そんなことはないですか。

 どうなんでしょうね。原稿を受け取って「拝見します」って一生懸命読んで、コーヒー代を払って、「ごちそうさまでした」って言われて「どういたしまして」と返すという。そういう感じで30年やってきましたけどね。特殊なことをしたつもりはないですけど、巴留ちゃんはああいうふうに受け取ってくれてうれしいですよ。特別なことはしようもないじゃないですか。いつも20分で終わっているものをこのときだけ40分みたいな、そういうのはなかったと思いますよ(笑)。

──そうですよね、すみません(笑)。ほかにも沢さんがチャンピオン作家に愛されているなと感じるのは、いろんなマンガに沢さんに似たキャラが出てくることです。「浦安鉄筋家族」シリーズの赤門進や、「吸血鬼すぐ死ぬ」の編集長は明らかに沢さんがモデルですよね。

「元祖!浦安鉄筋家族」23巻より、赤門進。小鉄のクラスメイトで、学級新聞の編集長も担当した。名字の「赤門」は、沢が東京大学出身であることに由来すると思われる。
「吸血鬼すぐ死ぬ」9巻より、編集長。秋田書店をモデルにしたと推測される武闘派集団・オータム書店に勤務する。得意な武器はモーニングスター。

 赤門進なんてね、ひどいことをなさるなあっていう。

──覗きが好きっていう設定ですからね(笑)。ああいうのは本人の許可を取らないものですか?

 もちろん。読んで初めて「え、これって俺じゃん」みたいな感じです(笑)。

板垣恵介先生のデビュー作を立ち読みで見つけて「これは変だわ」(沢)

──そんな沢さんの、チャンピオンにおける一番わかりやすくて大きな仕事というと、他誌で活躍されていた板垣恵介先生を引っ張ってきたことかなと思うのですが。

武川 確かにそれは最大の功績でしょうね。

 あれは幸運としか言いようがないですね。俺が秋田書店にまだ入社1年目ぐらいのときだったと思うんですけど、渋谷の駅にあった本屋さんで板垣先生の「メイキャッパー」を見つけたんですよ。

──ヤング・シュートおよびコミック・シュート(ともにスタジオシップ)で連載されていた板垣先生のデビュー作で、タイトル通り、メイクアップアーティストが主人公のマンガです。

 その中で主人公が、神経を集中させて体にとまった鳥を飛び立たせないようにするっていうトレーニングをやっていたのを見て「これ面白いな」と思って。ほかにも「エンドルフィン効果(エフェクト)」っていう必殺技が出てきたのを見て、「これは、変だわ!」と。

「メイキャッパー」1巻より。主人公・美朱咬生による、鍛錬シーン。体にとまった鳥が飛び立つ気配を察知し、そのわずか一瞬だけ手を下げることで、鳥を飛ばさないようにコントロールする。これにより女性の肌に触れるための繊細さを養う。
「メイキャッパー」1巻より、「エンドルフィン効果(エフェクト)」のシーン。脳内麻薬を分泌させるツボを刺激し、恋愛をしたときのような幸福感を疑似体験させ、美容効果を促進する技。

──まぶたの裏の部分に指を差し込んで脳のツボを刺激して、強制的に快楽物質を分泌させるという、画のインパクトが強い技ですね。

 「今までになかったぞ」と興奮して、立ち読みだったのをちゃんと買いました(笑)。先輩の樋口(茂=のちに週刊少年チャンピオン8代目編集長)さんのところに持っていったら「面白いじゃねえか」って言われて、俺は新人だったから「この人に会うにはどうしたらいいんでしょう」って聞いたら向こうの編集部の連絡先を調べて電話してくれたんです。最初は板垣先生の連絡先を教えてくれなかったですけどね。でもそれを聞いた板垣先生が向こうの編集部に「お前に俺の人生を決める権利はない」って言ったらしくて、こっちに連絡くれることになって、出会っちゃった。

──今と違って作家さんがブログやSNSをやってないから連絡を取るだけでも大変そうですが、その行動力が「グラップラー刃牙」に繋がり、沢さんと板垣先生の運命を変えたわけですね。

武川 編集者は読者に楽しんでもらえる作品を誌面に載せることが大事なんですけど、それよりまず、自分が好きなものに対して貪欲でありたいですよね。沢さんはそこが強すぎるぐらいの編集者だったので、今の若い人たちには見習ってもらいたいぐらい。

──沢さんは確か、岩明均先生にもかなり早いうちからコンタクトを取っていたと聞きました。

 「寄生獣」の1巻が出たあとぐらいに植木(康敬=のちにヤングチャンピオン編集長、プレイコミック編集長を歴任)さんと一緒に会いに行きました。岩明先生とはそれから関係が続いていて、ヤングチャンピオンでは「剣の舞」を描いてもらいましたし、少し前まで別冊少年チャンピオンでやっていた(岩明が原作、室井大資が作画を担当する)「レイリ」の担当も最後までやらせていただけて。