「武川はチャンピオンに新しいタイプのカッコいい男を連れてきた」(沢)
沢 (店員に)すみません、ラフロイグのロックをお願いします。
武川 ギアチェンジをされましたね(笑)。
沢 (唐突に)そうだ、思い出した。こいつね、今はこんなにちゃんとして、クールキャラみたいな感じじゃないですか。だけど新入社員のときには、まだ夏も始まってんだか始まってないんだかって頃から素肌に薄いYシャツで、乳首が透けてるっていう状態で俺の前に座っていたんですよ。それでヘソも見えててさあ、こいつのヘソを見ながら仕事しなきゃいけなかったんだよ。
武川 ヤンチャン編集部の自由な空気を謳歌してましたからね。
沢 その頃に、本当に殺してやろうと思ったこいつのセリフがあって(笑)。飲み会でちゃんと話したときに、タケが「僕はね、カッコいい大人になりたいんです」って言ったんですよ。それを聞いて、俺のことはカッコよくないって言ってるのか?と思って。
武川 それ、沢さんに向けて言ってないと思いますよ(笑)。
──被害妄想ですよね(笑)。……いきなりなんの話ですか?
沢 何が言いたいかっていうと、俺は「弱虫ペダル」ってカッコいい男が出てくるマンガだと思うんですよ。俺より12歳下の、いつもヘソを出していたような武川が、ちゃんと自分の中に「カッコいいというのはこういうことだ」というビジョンを持ってたことに感動したんですよね。しかも「弱虫ペダル」のキャラは、坂道とか巻島とか、体の線が細いじゃないですか。それまでの週刊少年チャンピオンのキャラクターたちは「刃牙」も「ドカベン」もそうですけど、割とバルク(筋肉の量)があるイメージなんですよ。男のカッコよさって、時代によって違うじゃないですか。市川右太衛門がカッコよかった時代もあれば、松田優作がカッコよかった時代もある。あの頃はジャニーズ系っていうかバルクのない感じがカッコいいということになってきていて、ジャンプにもそんなキャラが増えていた。
武川 華奢になってましたよね。
沢 その時代の中で、タケはヘソを出しながら「カッコいいとはこういうことだ」みたいなのをしっかり自分の中に作って、持っていたんだと思うんですよ。それを「弱虫ペダル」でちゃんと世の中に伝えてヒットマンガにしたのがすごいなという話です。週刊少年チャンピオンのカッコいい男のパターンを増やした。新しいタイプのカッコいい男をチャンピオンに連れてきた編集者だっていうふうに思ってますね。体型ひとつとっても、カッコよさっていろいろありますから。俺はラグビーの選手がカッコいいと思うけど、体操の内村航平選手みたいなのもいるわけだし、水泳選手だって機能的でカッコいいし。
自分の中に明確な「カッコいい」があるのは大事ですよ(沢)
──武川さんは、「チャンピオンの“カッコいい男像”を変えてやる」みたいな意識があったのでしょうか。
武川 変えようと思ったことはあんまりないですね。たまたま渡辺先生と僕の中での「カッコいい」の感覚が似ていて、その結果そうなっただけかなと。作家さんと編集者のあいだで、感覚の共有ってやはり重要なんですよ。「弱虫ペダル」の人気キャラって巻島、東堂、荒北といろいろいますけど、ひと目見ただけでは、必ずしもカッコいいキャラだと判断しづらいですし、さっき言ったみたいな「雨の中で子犬に傘を差す不良はカッコいいよね」っていうような、約束事を明確にやっているキャラではないんですよ。
──テンプレートなカッコよさというよりは、いろんな要素が複雑なバランスで成り立っている魅力ということですね。荒北なんて決してルックスがいいわけでもないですが、くすぶっていたところから努力を重ねる姿や、周囲のキャラクターとの関係性が非常に魅力的です。
武川 ひねくれている奴が一生懸命に、自分をかなぐり捨ててがんばったときに結果を出すというカッコよさを、渡辺先生が描ききってくれました。だけど細かい部分に関しては、先生とああだこうだ言わなくても共有できるというのかな。そういう感覚的な相性のよさはありました。
──その結果、今までのチャンピオンとは違う新しいカッコよさが生まれたと。
沢 「弱虫ペダル」が始まったことで、チャンピオンに新しいタイプのカッコいい男の子たちが大挙して出てきたのはうれしかったですね。タケのキーワードは「カッコよさ」だと思うんですよ。自分がカッコいいと思うことには命を懸ける男だから、これからのチャンピオンもカッコいい雑誌になると思いますよ。
──ジャンプの中野博之編集長との対談では、武川さんが考えるチャンピオンのキャラのイメージは「強いのに優しい」とおっしゃっていました。
沢 あれじゃないですか、(レイモンド・)チャンドラーの「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」っていう。俺も強くて優しい奴だと思われたいよ。それ以外に望むことなんてないもん(笑)。
武川 強いだけはダメで、優しいだけではダメで、強くて優しいのがすごく大事だと思うんですよ。
沢 タケは要するにカッコいい奴になりたかったんだよな。
武川 なれてませんけど、なりたかったですね。
沢 少年マンガはそこがすげえ大事なことで。カッコいいと思ってるやつにみんななりたいんだよね。で、なりたいけどなかなかできないことに価値があるわけだし。だからタケみたいにね、自分の中に明確な「カッコいい」があるのは大事ですよ。
4大少年誌の中では、意外と人が死なないのがチャンピオン(武川)
──今、チャンピオン本誌および50周年記念サイトでいろんなレジェンド作家のインタビューを読めますが、「覚悟のススメ」の山口貴由先生のインタビューでは「チャンピオン以外ではまずお目にかからないヒーローっているんですよ。反社会的勢力や囚人がヒーローのマンガ誌なんてほかにないし(笑)。でも、そういうヒーローたちの発する『オレもその痛みを知ってる』という言葉だからこそ、素直に受け取れる子供もいると思うんです」とおっしゃっていました(参照:“覚悟のススメ”山口貴由先生レジェンドインタビュー|週刊少年チャンピオン50周年記念サイト)。武川さんの言う「強くて優しい」にも通じますし、非常にチャンピオンらしさを表す言葉だなと。
沢 山口先生は偉いなあ。
武川 チャンピオンのマンガには、弱者にちゃんと目が行く感じのキャラが多いんじゃないかと僕は思っています。まごまごしてる人のこともちゃんと見てあげるっていうか。無頼な雑誌みたいに思われてますけど、優しさみたいな部分は強い雑誌なんじゃないかなって。マガジンの栗田(浩俊)編集長との対談では、栗田さんが「自分が作ったマンガはたくさん人が死んでいる」って言っていたじゃないですか。だけどチャンピオンは意外と人が死なないんですよ。少し前に、とある週の週刊少年マンガ誌4誌を並べて調べたことがあるんですけど、チャンピオンが一番、人が死ななかったんですよ。
──確かに、例えば「刃牙」はずっと戦っているマンガではあるものの、死人が出ると「このマンガで人が死ぬことってあるんだ」というインパクトはあった気がします。
武川 「意外とうちが一番健全じゃないか?」って(笑)。強いキャラはたくさんいるけど、人は意外と死なないです。ケンカのシーンが多いおっかない雑誌というイメージがあるかもしれないけど、不当な、無意味な暴力を振るっているシーンは少ないんじゃないかと思ってます 。
沢 俺はチャンピオンという雑誌は、ダメ人間に優しい雑誌であってほしいな。人間、「俺は全部わかってる」って人ばっかりではないじゃないですか。全体の3割ぐらいは明日というものに震えたり困ったり悩んだりしている人だと思うんですよ。そこに「大丈夫だよ」って言うのがチャンピオンの役割。俺もダメだし、タケもダメだし。誰も明日のことなんてわからないですよ。でもそこに「明日は来るぞ」「きっと楽しいぞ」って言ってあげられるようなマンガ雑誌をやるっていうのは最高ですよね。少年マンガ誌の仕事っていうのは、「国境なき医師団」とか国連に勤めているのと同じレベルで素晴らしいものだと思いますよ。
武川 スケールがずいぶん大きくなりましたね。