週刊少年チャンピオン50周年 対談連載第4回 武川新吾(週刊少年チャンピオン編集長)×沢考史(週刊少年チャンピオン前編集長)|編集者の言うとおりに描いてくる作家はダメ!理想は「打ち合わせと違うじゃないですかァァ~!!!」

打ち合わせとネームが違った場合、だいたいよくなっている(武川)

──武川さんが「弱虫ペダル」以前からずっと担当されていた渡辺航先生も、もともと集英社や講談社で描かれていた方ですよね。今でもほかの出版社で描かれている作家に声をかけることはあるんですか。

武川 編集部それぞれ、いろいろと会いに行っていますね。(集英社のジャンプスクエアで連載していた)西修先生も若手の編集部員が惚れ込んで、声をかけさせていただいて「魔入りました!入間くん」を描いてもらうことになったと聞いてます。各編集者、自分が好きで読んでいるマンガで、しかも少年誌で活躍できる可能性がある作家さんのことはしっかり見ているんじゃないでしょうか。新人作家を育て上げるのも大切ですけど、いろんなマンガを読んで「この人のマンガを自分の雑誌で始めたい」という気持ちがあってなんぼの商売だし、待っていたって何も始まらないですから。

 編集者は人に惚れる仕事ですからね。今こうしてあなたにインタビュー受けててもね、「この人はどんなこと考えてるのかな」「こうやっていろんな人に話を聞いているんだから、面白いマンガが描けるんじゃないかな」とか思いますから。あなた、何か描いたら僕のところに持ってきてくださいね!

──マンガは描いたことないですが、検討します(笑)。だけどそうやって人に興味を持つのが大切ということですね。編集者という仕事の楽しさはいろいろあると思いますが、ほかの雑誌から見つけてきた作家さんが自分のところでヒット作を出すのって、楽しいことのうちでかなり上位に入りそうですよね。

武川 それはそうですよ。お声がけした作家さんに作っていただいた作品がどんどん広がって結果を残す、それを最初から見ることができる醍醐味というのはすごくあります。当然、ビッグタイトルになればなるほどうれしいですよね、なかなか機会のないことですし。

左から武川新吾、沢考史。

──そのほかに編集者として楽しさを感じる部分というと?

武川 そうですね……作家さんと打ち合わせをして、「次回はこういう内容で」と決めて、それから数日後にネームの第1稿が上がってきますよね。打ち合わせをしているんだから当然、「こういうものだろうな」って予想をしているわけですけど、ネームを受け取って1、2ページ目で「打ち合わせと全然違うな」っていうときがあるんです。だけどそれでもいいものができていることがあるんですよね。それを最初に体験できる喜びというのはあると思います。

──打ち合わせと違うのであれば、当初の案よりつまらないこともあるんじゃないですか?

武川 それがほとんどの場合、よくなっていますね。むしろ予想外すぎて読むのをやめられなくなることもあります。「全然違うけど、こっちがあったか!」という感じです。

 作家さんも、打ち合わせと変えてまでそれを描きたいわけですから、そりゃあ自信満々で描いてくるわけですよ。「これが絶対正解!」って確信を持ってるネームですから、それは面白いですよ。

編集者が無駄弾を撃って、作家さんに当たりを引いてもらう(武川)

武川 「刃牙」の雑誌掲載時のアオリで、「先生、打ち合わせと違うじゃないですかァァ~!!!(担当)」と書いてあったことがあったと思うんですけど、打ち合わせと違うのは基本的に喜ばしいことなんですよ。

「範馬刃牙」より。野人・ピクルとの一騎打ちに敗れたジャック・ハンマーは病院を抜け出し、再びピクルの元へ。19巻に収録された150話「人の一刺し」は、雑誌掲載時には「激闘必死の第2ラウンド緊急開戦ッッ!! 更なる決着を求めて…本当の闘争(たたか)いはこれから!! 先生、打ち合わせと違うじゃないですかァァ~!!!(担当)」とのアオリが入れられた。

 「打ち合わせと違うじゃないですかァァ~!!!」は何回かあるんですけど、アオリで最初に出てきたのは「範馬刃牙」のときですね。その頃は俺じゃなくて横井(佑来)という人間が担当だったんですけど。打ち合わせだと、ジャック・ハンマーがピクルにやられたあとの病院のシーンで終わりだったらしいんですよ。だけどネームを受け取ったら、打ち合わせで話した部分は10ページぐらいまでで終わっていて、そのあとジャックが病院を抜け出して、包帯をバーっと取って、闘技場に戻ってからピクルの顔にストンピング、という終わり方だった。それを読んだ横井が思わず「打ち合わせと違うじゃないですか!」って言ったら、板垣先生から「よし、それをアオリにしよう!」と提案されたみたいです(笑)。

──なるほど!(笑) 正直な話、「打ち合わせと違うじゃないですか」っていうアオリを読んだときに、「ネームの時点でそれはわかっていたのでは」と思ってたんですよ。「なんで編集者は打ち合わせの通りに描かせないんだろう」って。それはお門違いなんですね。

武川 「打ち合わせと違うじゃないですか!」じゃなくて「打ち合わせと違うじゃないですか!(笑)」なんですよね、ニュアンス的に。

 そのネームを受け取ったとき、横井は鳥肌立ったらしいですから。

──決着がついたと思った試合だったのに、第2ラウンドが始まっちゃったわけですからね。

 新しいですよね。板垣先生の中では、ネームの途中で「この試合、まだ終わんねえな」って火がついたんでしょう。

武川 打ち合わせで「こうしなきゃいけない」って作家さんとしっかり決めたときって、意外と厳しいネームになったりしますよね。

 そう。言った通りに描かれたときはもう本当にダメ。例えで「雨の日に、捨てられた犬のところに不良が傘を置いて去っていくのが感動的っていうことあるじゃん」って話をしたら、まんまその通りに上がってくるみたいな。そういうときは暴れたくなりますよ。「この感動をあなたならどう表現するんだ?」っていう話をしているんだから。その場でぐるぐるとでんぐり返ししたくなります。

──ぐるぐると(笑)。

武川 作家の経験値やケースにもよりますが、「打ち合わせ通りに描かれたマンガはダメ」ということになると、これは編集者の責任にもなってくるんですけど、だからと言って打ち合わせは無駄じゃないんですよ。しっかり打ち合わせをして、たくさん無駄弾を撃ったからこそ、作家さんから生まれてくるものってあると思いますから。

──なるほど、いろんなアイデアを出したうえで、それにボツを出したからこそ正解を出せる確率が上がる。

武川 そうですね。無駄弾を撃って撃って、最終的に作家さんに当たりを引いてもらうっていう感じが一番近いですかね。そうやって打ち合わせで自分の意見とか客観的なデータとかを出させていただいたうえで、2日かそこらで、打ち合わせを超えるネームができあがってきたら、その喜びはすごいですよ。

 そもそも編集者が言ったとおりに描かれたマンガで、読者を楽しませることができるのかって話ですから。少なくとも編集者には読む楽しみがなくなってくるし(笑)。

武川 クリエイティブの中心はやはり作家さんですからね。僕らは何も生み出せないですから。こんなこと言うと責任感がないように思われるかもしれないですけど、クリエイティブな部分が編集のほうに寄りかかってくるようになると、いいことはそんなにないと思いますよ。

 まあ、いろんな作家さんがいていいし、いろんな編集者もいていいわけだから、言われた通りに描くのが重要な場合もあると思いますけどね。

「先生、なんでロードレーサーに乗せないんですかァ~!!!」と入れたかった(武川)

──なるほど。「打ち合わせと違うじゃないですか」は「刃牙」特有のものだと思ってましたけど、これまでのお話を聞くとよくあることなんですね。武川さんが担当されていた「弱虫ペダル」でもあるわけですか。

武川 ありますね。「刃牙」でも「弱虫ペダル」でも、連載を始めたばかりの新人作家さんでもあります。基本的には打ち合わせ通りそのままのネームが上がってきた場合のほうが、寂しい内容となりがちですね。

──打ち合わせと違うことを描くのは、板垣先生クラスの大御所だからできることなのかなと思っていましたが、新人でもあることだと。「弱虫ペダル」だとどんな例があるんでしょうか。

武川 打ち合わせ通りにいかなかった部分としては、主人公の小野田坂道がなかなかロードレーサー(ロードバイク)に乗ってくれなかったことですね。渡辺先生には「とにかくカッコいいロードレーサーをさっさと登場させて、坂道を乗せましょう」って繰り返し言ってたんですよ。当たり前ですよね、ロードレースマンガなんだから。

 ずっとママチャリだったもんね。「先生、なんでロードレーサーに乗せないんですかァ~!!!」ですよ。

「「弱虫ペダル」3巻より。ロードレーサー未経験で自転車競技部に入った小野田坂道は、1年生対抗レースにもママチャリで参加していたが、自転車の故障をきっかけに初めてロードレーサーに乗ることに。

武川 「刃牙」じゃないからそのアオリは入れなかったですけど、気持ち的には言いたかった(笑)。結局、坂道が最初にロードレーサーに乗ったのが3巻。でも今では先生も僕も、最初ずっとママチャリに載っていたのは正解だったと思ってます。坂道は最初からロードレーサーに乗るタイプのキャラクターじゃないですから。そもそもロードレースというスポーツ自体を読者の多くが知っているわけじゃないという状況もあり、渡辺先生が一生懸命考えたうえで、「このマンガはロードレースの素人である坂道の視線から丁寧に作っていく」というスタイルが非常に大事だったんです。結果論かもしれないですけどね。もちろんこっちも商売ですから、「早くロードレーサーに乗せましょう」とは言い続けてたんですけど、それはそれで無駄ではなくて、先生にいい刺激を与えていたのではないかと思いたいです(笑)。

──しつこく言わなかったら4巻、5巻でもママチャリだったかもしれない。

 それにしても「弱虫ペダル」はいまだに「どっちが勝つんだろう」とか思わせてくれてすごいですよね。読者さんって愛してくれた作品のことは「この先はどうなるんだ」とかいろいろ予想してくれるじゃないですか。でも作家さんはそこを超えていくんですよ。だから打ち合わせと違うネームが来たら、編集者は基本的には(胸の前で両手を組んで)「さすが先生、そう来るとはっ!」って言うしかない。

武川 今の「さすが先生、そう来るとはっ!」の言い方はぜひ、原稿でもなるべく再現していただきたいです。

──かなり調子がいい奴というか、太鼓持ちっぽいトーンだったと書いておきます(笑)。

左から武川新吾、沢考史。

 先輩の樋口さんに、「編集者が『さすが先生、そう来るとはっ!』とだけ言って終わるのが最高の打ち合わせだ」って教わったんです。本当は1ページ目のこのコマがどうとか、採点みたいな感じで細かくやったほうがいいとは思うんですけど。「さすが先生!」で終わらせたいというイメージもちょっとありますね。

武川 そうですね。本当は細かい部分を直すだけでネームの印象って大きくは変わらないですよ。ネームを描いてもらう前の時点で、編集者と作家で「面白いマンガとは」というものを共有できてないといけない。それができていれば、ネームを見せてもらって「さすが先生!」で終わるのではないかと。

 「BEASTARS」なんて、毎週「さすが先生、こう来るとはっ!」って思わせてくれるもんね。巴留ちゃんは今、ノってるんだろうな。

武川 いい感じのドライブ感がありますよね。