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週刊少年チャンピオン50周年 対談連載第3回武川新吾(週刊少年チャンピオン編集長)×中野博之(週刊少年ジャンプ編集長)|「少年に読ませたい」という思いが作り手にあれば、それは少年マンガ

ターゲットは“少年”なのか“少年心”なのか(武川)

武川 ジャンプの読者層というのは今、どれぐらいの年齢の方が多いんですか?

左から武川新吾、中野博之。

中野 一応、想定している読者は15歳の男の子というところなんですけど、(グラフの)山としてはもう少し上です。たぶん16歳から20歳ぐらいが一番多いですかね。

武川 少年誌って、小さい子供の憧れをいっぱい詰め込んだものっていうところからスタートしていると思うんですけど、時代とともにいろんなものが変わってきてますよね。ターゲットも難しくて、(本物の)“少年”なのか、(それより上の読者の)“少年心”なのか。チャンピオンは読者層の年齢が、ジャンプさんよりは少し上だと思うんですけど、“少年心”を持っていらっしゃる皆さんに届けるという意識を、けっこう強烈に持っています。本当は小学生にもっと読んでもらいたい気持ちはもちろんあるんですけど。

──ジャンプは比較的、小学生をターゲットにしているイメージがあります。最近だと「思春期ルネサンス!ダビデ君」と「ジモトがジャパン」というギャグ2本を同時にスタートさせていましたし、遡ると「世紀末リーダー伝たけし!」や「キン肉マン」も最初は低年齢層向けのギャグだったと思いますし。

中野 そうですね。それより上の読者層を否定するわけではないですけども、小さい子に読んでほしいという思いはずっとあります。だけどそれはジャンプだけではなかなか叶えられないので、最強ジャンプっていう低年齢層向けの雑誌を作ったのは、そこに少しでも火をつけられればという気持ちからですね。

武川 チャンピオンの3代目編集長で阿久津邦彦さんっていう方をインタビュー取材した際に、壁村さんから「子供の読者の前にしゃがんで目線を合わせる感覚を大事にするんだ」と教わったということはすごく言ってました。子供ってちっちゃくて大人より力がなくて、簡単に言うと弱者なわけじゃないですか。でもその弱者の目線に合わせてあげること、上から押さえつけて可能性を封じるようなことをしないような付き合い方をするっていうのが、少年マンガを作る際の考え方かなと思います。今、実際のメインの読者は少年ではないかもしれないけど、どの読者に対してもとりあえずしゃがんで、目線を合わせていけるようなマンガを揃えていくのが大事なのかなっていうことは、阿久津さんの話を聞いてからすごく考えています。

中野 作り手側に「これが少年マンガだ」とか「これは少年に読ませたい」という思いがあればいいんじゃないですかね。とがった作品って大人向けかもしれないけど、逆に「少年はこんなとがったものを読んだことないだろうから、少年が読んでみた反応が見てみたい」っていう、その部分さえあれば少年マンガなのかなとは思っています。作家と編集者は、そこだけは揺るぎなく持っているというか。「これ、ジャンプに載せるの?」っていうような企画が上がってくることもあるんですけど、その根本のところがズレてなければ少年マンガにはなるのかなって。

──最近のジャンプだと「チェンソーマン」の生々しいエッチな感じとか、「トーキョー忍スクワッド」1話で風俗嬢が「セックスモヤスイヨ~」と言っているのは、少年誌にしては過激だなと思いました。

中野 もちろん会議で「過激じゃない?」という話になりますよ。これがジャンプらしい作品なのかどうかというところも含めて。でもそこはぶつけてみて、読者を信じるというか。

──確かに子供って、ちょっと上の層がターゲットのマンガを読んで知らない言葉を覚えることも多いですし、背伸びが好きですもんね。

中野 知らない言葉こそ引っかかってきますからね。

武川 マンガで覚えた難しい言葉をちょっと使いたくなることってありましたからね。「逡巡」とか「躊躇(ためら)い」とか(笑)。

「約束のネバーランド」1巻。外の世界から断絶された孤児院で暮らしていた少女を描く脱獄ファンタジー。優しい仲間たちに囲まれ幸せな毎日を送っていた主人公・エマたちだったが、ある秘密を知ったことで孤児院から脱出することを決意する。作画の出水ぽすかはイラストレーターとしても活躍。©白井カイウ・出水ぽすか/集英社

©白井カイウ・出水ぽすか/集英社

中野 「刹那」とかですよね(笑)。あと例えば「約束のネバーランド」っていう作品も、僕は連載会議では「ちょっと大人向けすぎる」「怖すぎるんじゃない?」という意見を言ったんですけど、今はもうジャンプの中でもトップクラスに低年齢層の支持を集めている作品になっているんですよ。

武川 「約束のネバーランド」は設定がまさに、子供の背伸びしたくなる心理をついていますよね。孤児院で幸せな暮らしをしているんだけど、ちょっとリスクを冒して、行っちゃいけないと言われている外の世界に行くと、いいこともありそうだし、おっかないこともありそうだし、という。

中野 出水ぽすか先生の絵柄も本当によかったんだと思うんですよ。「ここにきてこういう作家が出たか」っていう新しさのある、見ていて気持ちいい絵なので。

「子供相手だからわかりやすく」というのは間違っている(中野)

──中野さんは最強ジャンプの副編集長もやられていたんですよね。低年齢層向け雑誌を経験したことは、ジャンプ本誌を作る際に活きていますか?

中野 そうですね。最強ジャンプには何人か週刊のスタッフも連れて行って、そのスタッフもまた週刊に戻してきているので、ひょっとしたら今の週刊少年ジャンプに反映されているなという気もします。1つは「読者を信じられるようになった」っていうところが大きかったです。というのは、どんどんマンガが売れなくなっていて、「子供たちってマンガを好きじゃないんじゃないか」と思うこともあったんですよ。

武川 不安になること、ありますよね。

中野 最強ジャンプのときに小学生と触れてわかったのは、彼らにマンガを与えるとずーっと読んでるんです。そこで「子供にとってマンガは本当に面白いメディアなんだ」っていう部分は信じられるようになりました。本当に隅から隅まで読んでくれますし。

武川 うちの子供も、雑誌とか単行本を自宅に持って帰って置いておくと、いつの間にか読んでます。「そんなにマンガ好きだっけ」と思うぐらいに。

中野 あともう1つ、さっきお話していただいた「子供を意識して目線を下げる」ってことももちろん大事だと思うんですよ。ただ、それと矛盾するんですけど、「子供をナメない」と言うんですかね。「子供だからこれぐらいわかりやすく」というのは間違っているというのは、最強ジャンプを作ってみてわかりました。本当に子供はみんな背伸びしたがるし、大人向けのものもちゃんと理解できるんですよ。わかりやすい例として、最強ジャンプでは「こち亀名作劇場」っていう再録をやっているんですね。そこで1回、署員旅行の回を載せたことがあって、「面白い回だけど、最強ジャンプの読者的にはどうなの?」とか言ってたら、20作品以上載っている中で5位ぐらいになったんですよ。再録なのに。

一同 (笑)

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」150巻。この巻に収録されている「訳あり、金なし、旅情あり!?の巻」では、署員旅行の幹事を両さんが務めることに。旅行の予算が1人100円ながら立派なホテルや豪華な料理が用意されており、裏には何か理由があるはずと気付いた中川は、不安を忘れるためにワケアリのロマネコンティをがぶ飲みする。©秋本治・アトリエびーだま/集英社

©秋本治・アトリエびーだま/集英社

中野 読者の9割5分が11歳ぐらいの小学生男子なんですけど、旅行先の旅館でロマネコンティを飲むみたいな回が人気に(笑)。

──大人の感覚だと「両さんがゲームとかプラモで遊ぶ回がいいかな」と考えそうです。

武川 本当なら「署員旅行とは」っていう説明からしないといけなそうですけどね。遠足みたいな感覚なのかな(笑)。いやー、すごい話です。少年読者は自分が生きている学校よりも上の世界のことを欲している感じはありますよね。確かにしゃがむことも大事なんですけど、間違っちゃいけないのは、相手も我々と一緒で人間なんだということ。背丈が違うだけなんですよ。目線の高さの合わせ方を間違うと、お互い幸せにならないことってありますよね。

中野 たぶん読者はナメられたくないんですよね。「これは俺らのためにがんばって作ったな」ってわかるもの、押し付けられたものはいらないんでしょうね、きっと。

武川 人間は生来、上から教えられるのがあんまり好きじゃないんだと思います。だけど自分の知らないものを提示してくれる「ちょっと年上のお兄さん」のような人は好きだったりするじゃないですか。そこらへんの感覚が少年マンガには大事なんでしょうね。

──今の子供ってマンガ以外の娯楽が多くて、例えばスマホゲームとかYouTubeが人気だと聞きますけど、マンガを読む機会があればちゃんと読むんですね。

中野 そうですね。僕はいろんなインタビューでも「ライバルはYouTube」って言っているんですよ。ちゃんとマンガを読んだら面白いと思ってもらえる自信はあるんですけどね。

──別のインタビューだと、ライバルとしてコロコロコミック(小学館)もかなり意識されているっていうことを言われてましたね。

中野 そうですね、コロコロコミックさんが一番低年齢層をしっかり獲っていると思うので。しかも紙の雑誌がどんどん厳しくなっている状況の中、ほぼ唯一部数を下げていないんじゃないですか。

武川 コロコロさんって少年誌よりターゲット層がとても狭いじゃないですか。そこで勝負してちゃんと読者を獲っているのはけっこうすごいことだと思います。中高生になってもコロコロを読んでいる人ってなかなかいないと思うんですよ。小学生だけをターゲットにすると、(読者が成長して)出ていく一方の雑誌になりがちなのに、ちゃんと(新規読者が)入ってきているから成立している。

中野 最強ジャンプも、コロコロコミックさんと比べるとまだまだな雑誌なんですけども、創刊してもう丸7年ぐらい、実は読者層が変わってないんですよ。ずーっと11歳前後。だけどこういう幼年誌はホビーと強く結びついている雑誌なので、コロコロを読んでた子供たちをマンガ好きに育てていけるかっていう難しさはあるんですよね。少年誌に行かずコロコロで終わってしまうっていうジレンマはあります。

優秀な作家は時間の魔術師みたいなところがある(武川)

──YouTubeやスマホゲームなど、さまざまな娯楽がある中で、週刊少年マンガがそこに対抗できる良さってなんだと思いますか?

中野 難しいですね。答えにはなってないと思うんですけど、週刊の少年マンガって日本が作った、エンタメを発信する一番優れたものだと思うんですよ。去年、マーベルコミックの編集長とお話ししたんですけど、日本の週刊少年マンガがすごいのは、1人の作家の頭の中から生み出したものという部分だと。もちろんアシスタントとかはいますけど、週刊で1人の作家がこんなものを描けるなんて、うちの国では考えられないと言ってました。

──確かに日本独特ですよね。なぜなんでしょうか。

中野 日本人が勤勉なんじゃないですか(笑)。葛飾北斎とかの時代からの、細かい部分に美しさを感じて、細かいことをずーっとやり続ける忍耐力、勤勉さ。

武川 日本人は仕事を人に預けたくない気持ちとかもあるかもしれないです。

中野 いろんな人の考えが入ると、作品ってマイルドになっちゃうじゃないですか。だけど日本のマンガは作者の1人の頭の中で面白いと思ったものだからこそ、より過剰なものになっているというか。それを週刊というとんでもないスピードで世に届けられているのが一番の違いですよね、という話を、マーベルの編集長としました。ひょっとしたら紙という媒体自体の強みというのはどんどんなくなってきているのかもしれないんですけども、週刊でマンガを生みだすっていう点ではまだまだどこにも負けていないんじゃないかなっていうふうには思いますね。

──なるほど。

左から武川新吾、中野博之。

中野 とはいえマンガはこれからもどんどん変わっていくと思います。デジタルで読む人もどんどん増えてきているので、どこかで紙とデジタルの部数が逆転すると思います。ただ、デジタルのためにマンガを描いている作家さんってまだ日本人では少ないんですよ。僕はまだまだ紙で読んだほうが面白いと思います。優秀な作家さんほど、紙をめくったときの目線を意識したうえで、どこに何を置くかとか、ここが何秒ぐらい目に入るかとか、そういうことも意識して描いているので。スマホだと展開を把握するだけならいいんですけど、マンガの面白さを100%、120%味わうにはやっぱり紙だと思います。

武川 それは同感ですね。マンガが20ページあるなら、優秀な作家さんはその中で物語の起伏だけじゃなくて、読者の読むペースを作って、時間をうまく作ることをやられているんですよね。読者がどこで読むのをいったん止めるのか、どこで一気に動き始めるのかを操る時間の魔術師みたいなところがあるので、そこに関してはやはり紙はすごく優れているっていうのは間違いないです。今はデバイスも大きくなって、デジタルでも見開きも読めるものもあるので、全然それはそれで1つの読み方としてはいいなって思うんですけど、紙のいい部分というか、作家さんの能力とか意匠をしっかり感じられるのは紙ですよ。