自身のSNSからスタートし、TVアニメ化まで果たした「うらみちお兄さん」の5年の歩みを振り返る、マンガ家・久世岳インタビュー

「うらみちお兄さん」は、教育番組「ママンとトゥギャザー」の体操のお兄さん・表田裏道(おもたうらみち)31歳の日常を描くブラックコメディ。爽やかで元気いっぱいな体操のお兄さんでありながらも、純粋な子供たちを相手に大人の本音を垣間見せる、そんな裏道の個性的なキャラが話題を呼び、これまでにドラマCD化、TVアニメ化もされた。2017年にcomic POOLで商業連載がスタートした同作は、5月12日に5周年を迎えた。コミックナタリーではこれを記念し、作者・久世岳氏のインタビューを実施。この5年間で変わったこと、変わらなかったこと、描き続けた「うらみちお兄さん」への思いを語ってもらった。

取材・文 / サタケコズエ

裏道の“裏表”がなくなったら、たぶんそれはもう最終回です(笑)

──5月12日に「うらみちお兄さん」が連載5周年を迎えました。おめでとうございます。連載当初と、連載開始から5年経った今、作品を描くときに変わったこと、変わらなかったことを教えてください。

連載を始めたときは、まずはSNSで(「うらみちお兄さん」に)注目してもらうということが一番の目標だったので、肩肘を張って伝えたいメッセージをわかりやすく前面に出していたように思います。最近はキャラクター同士の絡みや、軽い小ネタなどを中心に描きながらも、たまにキャラクターの内面的な部分も交えていくよう、意識しています。いろいろな読者の方に楽しんでもらえるように、徐々に見せ方をシフトしているイメージです。ただ、主人公の裏道の人間性というか、彼が持つ“裏表”の部分だけは絶対に崩さないように気を付けていますね。一面しかない人には絶対にしないぞ、と。裏道の“裏表”がなくなったら、たぶんそれはもう最終回です(笑)。

「うらみちお兄さん」1巻

「うらみちお兄さん」1巻

──連載当初から非常に話題を集め、その後はドラマCD化やTVアニメ化も果たしました。そんな状況をどのように思われていましたか?

TVアニメ化については正直、うれしかったけれどめちゃくちゃ忙しくて気が付いたら過ぎ去ってしまった……という感覚で、今思うともったいなかったです。そんな中でも、私が考えた変な歌詞を全力で素敵な楽曲に仕上げていただき、さらに豪華な声優の方々に全力で歌ってもらえたことはとても感動しました。もし時間を巻き戻せるなら、読者の皆さんと一緒になってTVアニメを全力で楽しみたいです。次にまたアニメの話がきたら、今度こそスケジュールに余裕を持たせて、リアルタイムで一緒に楽しみたいですね。

──5年間の連載で、特に読者からの反響が大きかったエピソードやネタはなんでしょうか。

裏道が変な絵を描く回は反響が大きい印象です。最近、みんなで紙芝居をリレーして描くという話があって(第60話)、そのときにもすごくたくさんのコメントをいただきました。裏道の絵はただ下手というのとも違うなと思いながら描いているんですが、たまにうまく描きすぎてしまって描き直したこともあります(笑)。「アメトーーク!」という番組に「絵心ない芸人」という回があるじゃないですか。あれに登場する芸人さんって、絵が下手なだけではなくて、ちゃんとそれぞれ絵のタッチに個性的なクセがあるんですよ。やっぱり絵には性格とか内面も出るのかもしれないなと思って、裏道の絵を描くとき、参考にさせていただきました。

──なるほど。確かに裏道の絵にはかなりインパクトがありますよね。

あとは、熊谷の弟・はち太の登場回(単行本5巻収録・第38話)も反響が大きかったです。初登場のときからかなりキャラが立った弟だったので、しっかり爪痕を残してくれました(笑)。それと担当編集さんから聞いた話では、裏道が赤ちゃん言葉を使う“ばぶぅ回”(単行本6巻収録・第47話)も反響が大きかったそうです。

──やはりクセの強いエピソードが人気なんですね(笑)。では久世先生的に印象に残っているエピソードを教えてください。

印象に残っているというか、一番ネーム作業がしんどかったのは「ボンジュールマン」が登場した回(単行本4巻収録・第33話)ですね。オチが決まらなさすぎて、めちゃくちゃ落ち込みました……。深夜になってもできなくて、どうしようとなったあげくに出てきたのが「ボンジュールマン」だったという……(笑)。アイデアが思い浮かばず必死な(演出家の)アモンと同じ気持ちになっていました。本当にあの回が一番つらかったという記憶がこびりついてます。あとは、連載当初の1、2巻あたりのエピソードは、自分が抱く仕事や社会に対する恨みつらみをこれでもかと描き込んでいたので、読み返すとちょっと感慨深くなります。もう自分にとって日記みたいなものですね。

──ちなみにこの5年間でネームや原稿を描くときのスピードは変わりましたか?

……速くなっていてほしいです(笑)。最初にTwitterに投稿したときは線画を鉛筆で描いて、パソコンに取り込んだものを公開していたのですが、連載を始めるタイミングで完全デジタルに切り替えたんです。フルデジタルで原稿を描いたのは「うらみちお兄さん」が初めてだったので、最初はなかなか慣れない感じで進めていたんですけど、5年経ってようやくひと通りは覚えたかなと思います。

5年間で一番印象が変わったのは、主人公の裏道

──読者から一番人気があるのはどのキャラクターでしょうか。

個人的には、一番人気があるのは裏道だと思いたいんですけど(笑)。どうでしょうか、ちょっとわからないです。ただ、コロナ前のイベントなどで、お客様方にリクエストをいただいて絵を描いたことがあったのですが、そのとき「裏道の“裏の顔”で!」という、ピンポイントの指定をいただいたことが何度かありましたね。

──では久世先生が特に愛着を持っているキャラクターというと?

やっぱり描いている数的には裏道ですかね……。あと裏道は性格というか、考え方が自分に一番近いということもあり、愛着があると思います。

──一番描きやすいキャラクターは誰でしょうか。

5年も経つとみんな自分の知っている人のように思えてきて、全員描きやすいです。その中でも、いろいろな立ち位置で機敏に動き回ってくれるのは兎原(跳吉)ですかね。初めの頃はどうしようもないボケキャラだと思わせておいて、最近はツッコミ役に回ることも多くて。ボケにもツッコミにもなれるので、ある意味描きやすいですね。あと、絵柄的には着ぐるみのウサオとクマオが描きやすいです(笑)。

──キャラクターに対する思いに変化はありましたか?

うーん、キャラクターに対する思いとは違うかもしれませんが、5年間で一番印象が変わったのは、主人公の裏道かなと。初めはとにかく子供に悪態をつくという闇深い設定からスタートしたのですが、最近の裏道はただただ可哀想な目に遭っている話が増えて、もう普通に可哀想な人になってきていて……(笑)。

──確かに……。なぜそんなふうに変化したのでしょう?

連載が続くにつれて、どんどんキャラクターが増えてくるじゃないですか。途中から出てくるキャラクターはやっぱり個性が強くなりがちなので、そのクセの強い新キャラたちと絡んでいくうちに、オフのときのいろいろな人に振り回されやすい裏道の不幸体質な部分が浮き彫りになってきたんだと思います。もともと持っていた裏道の本質の部分が出てきた感じですかね。

木角と上武が愛されキャラになるとは

──裏道自体もかなり個性的なキャラクターではありますが、そんな裏道を振り回すような個性的なキャラクターは、どんなときに思い付くのでしょうか。

MHKエンタープライズの販売企画部・木角半兵衛とデジタル企画部・上武栽人に関しては、初期の段階から構想があって、いつ出そうかなと様子を窺っている状態でした。「CAT KICK」の店長・猫田又彦や熊谷の弟・はち太も、同じく初期から考えていたキャラではあって、順々にいいタイミングで出せたかなと思います。

──木角と上武が出てきたとき、読者の反応はどうでしたか?

かなり反応がよかったですね。彼らがこんなに愛されキャラになるとは、正直意外でした。私は好きで描いていたのですが、そこまで受け入れてもらえるタイプのキャラだとは思っていなかったので。木角は、若干躁鬱気味なところが裏道とは被りそうで被らないというか、そういうところもよかったようです。裏道が木角に対し、似た者同士なんじゃないかと少し心を開きかけるけど、すぐにまた閉じて離れるっていうエピソードがあるのですが、本質的には2人は似ているのかもしれませんね。裏道が心の扉を開くときがくるのか、それとも永遠にこないのか……。そのあたりにも注目して読んでいただければと思います。

──キャラクターを作るときに心がけていることがあれば教えてください。

あまり突発的に新キャラを出すことはなくて、できあがってからしばらく温めて、数カ月後に出すことが多いです。唯一、突発的に出てきたキャラが布隅冬作。パクったキャラでグッズを作ってインターネットで無断販売するという、いろいろとグレーなキャラなんですが(笑)、「うらみちお兄さん」は、嫌なことを笑いに変えられたらという発想からきている作品なので、そういう商品に対する恨みつらみも込めつつ、ちょっと笑いに昇華してしまおうという勢いで誕生しました。初めは読者の方々に嫌われるかなと思っていたのですが、思いのほか愛されるキャラになったので、このまま準レギュラーという形で残していけたらと思っています。