コミックナタリー Power Push - 加藤元浩 「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」

加藤元浩と有栖川有栖が語る“最上質のミステリー”とは

「Q.E.D.」シリーズで知られる加藤元浩が、初の小説「捕まえたもん勝ち!」を上梓した。加藤の担当編集者は小説を執筆していたことを知らず、書き上がった際に加藤がTwitterで完成報告のツイートをしたのを見て驚愕したという。

コミックナタリーでは“加藤ミステリーの大ファン”と語る小説家・有栖川有栖と加藤のミステリー作家対談を実施。なぜマンガではなく小説だったのか。また上質のミステリーとは何か。2人にじっくりと語り合ってもらった。

取材・文 / 杉江松恋

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加藤さんのマンガはクオリティがまったく落ちない(有栖川)

──有栖川さんは加藤さんの作品をいつからご存じでしたか。

加藤元浩の代表作「Q.E.D.-証明終了-」。マサチューセッツ工科大学を15歳にして卒業し、日本の高校に再入学した天才児・燈馬想と、超元気な女子高生・水原可奈が事件を解決していく。

有栖川有栖 初めに「『Q.E.D.―証明終了―』というマンガがすごく面白い」という噂を聞いたんです。5巻か6巻ぐらいまとめて読みましたから、まあ2000年ぐらいの時期ですかね。原作者の名前が書いてないから「自分で考えて自分で描いてるんだとしたら恐ろしいことだ」と思いました。しかも、いつまで続くかなと思ったらいつまでも続いて(笑)。で、クオリティがまったく落ちない。

加藤元浩 そう言われると「落としたらあかんのや」と思ってしまいます。すごいプレッシャーですよ(笑)。

──加藤さんはミステリーに限らずSFなど幅広く読書をされているそうですし、映画もお好きだと聞いています。その中でミステリーのどういう部分がお好きなんでしょうか。

加藤 そうですね。「最後に驚かせてもらえる」ものが好きです。前に作中で「種明かしをして喜んでもらえる手品をしたかった」という意味のことを書いたんですが、あれが僕のミステリーなんです。最後が「なんだこんな種か」ではなくて「こういう種だったのか」と喜んでもらえる作品が好きっていう感じでしょうかね。

有栖川有栖

有栖川 お描きになるときには「とにかく最後にびっくりさせてやろう」というおつもりだけで話の構成を考えているわけではないでしょう。「暗闇の中で後ろから殴ってでも驚かせる」みたいな強引なやり方じゃなくて。

加藤 そうですね。アイデアを検討しているときには、ずーっといろんなパターンを考えています。そうするとスコーンと抜ける瞬間があって。そのときが「思いついた」ときなんです。うまく説明できないですが、ただ「あ、抜けた」って思うんです。

有栖川 ああ、よくわかります。

──そうやって選択肢を検討している間に、手がかりの並べ方とか、論理の穴とか、種明かしに至るまでの道筋が整理されて、トリックならトリック、プロットならプロットの具体的な突破口が見えてくるということなのかもしれませんね。できれば、有栖川さんから見た「Q.E.D.」「C.M.B.」のミステリーとしての魅力をかいつまんで話していただけるとうれしいです。

有栖川 んなこといったらひと晩しゃべることになりますよ。

加藤 お聞きしたいです(笑)。

有栖川 はあ(笑)。「ミステリーに新しいトリックなんてもうない」というのは1920年代ぐらいから言われてていて、トリックAとトリックBの組み合わせとか、AとBの間にAダッシュを発見したりとか、そういう工夫や演出といった技術革新でここまでがんばってきたわけです。加藤さんの作品はそういう歴史を全部踏まえたうえ上で「まだこんな手があります」と、どんどん提示されておられます。マンガとか映画とか小説とか問わず、ミステリーとしては最上質のものが作品に詰まってる。それはまずはっきり言っておきたい。

──そこは強調しておくべきところだと。

加藤が描くもう1つのミステリー「C.M.B. 森羅博物館の事件目録」の主人公・榊森羅。実は燈馬想とは従兄弟にあたる。

有栖川 そうです。特に加藤さんの作品には「どうやったら人間は錯覚してしまうか」という考察がある。私たちの目は公平にすべてを見ているように誰もが思っているけど、実は心の中に精神の偏りがあって歪んでいるために不可視の部分がある、というようなことに気づかせてくれるんです。加藤さんは理数系にも強いので、数学とか物理とかIT関係の最新の知識なども含めて、今だからできるトリックや錯覚というのをマンガの形でパッと出してこられる。これもジャンルを問わず、現代のミステリーがすべきことです。そういった特筆すべきトピックや取り組むべき課題が自然な形で入っている。しかも今度は小説まで表現の幅を広げて読ませていただけるというね。ファンとしてはありがたいですよ(笑)。

加藤 有栖川先生におっしゃっていただくとたいへん恐縮です。

マンガではなく文章を選択せざるをえない(加藤)

──そもそもの話になるのですが、今回、加藤さんがマンガではなくて、文章という新しい表現手段で「捕まえたもん勝ち!」を発表されたのはなぜだったのでしょうか。

加藤 出発点は、話の中に“書類”を出したかったからです。

有栖川 ああ、出てきますね、いっぱい。

加藤 アイデアを思いついたとき、マンガに書類が出てきても面白くできないだろうと思いました。でも、文章で書けば問題は克服できるだろうと。

──刑事となった主人公の菊乃が、過去の事件の捜査報告書を読み込んでいく場面がこの作品における転回点になります。確かに捜査報告書独自の言い回しなどは、小説の文章に溶け込ませてあったほうが読みやすいと思います。

「捕まえたもん勝ち!」より。

加藤 マンガで書類を出すと、書類の“絵”になるんですよね。それこそ実際の文面をコピーして貼り付けて、書類としての質感を出して、みたいな。そうすると読者はたぶん「書類の絵を見て雰囲気を感じてください」と受け取ると思うんですよ。でも、それは狙いじゃない。「書類に書いてある内容が面白いんだ」ということを伝えるには、表現方法としてマンガではなく文章を選択せざるをえない。

有栖川 ミステリーマンガでヒットを飛ばしている加藤さんがわざわざ小説を書くということは、たぶん文章にしないとできない、絵に描いたらバレてしまうトリックなんじゃないかな、という予想を立てていたんです。「捕まえたもん勝ち!」を読ませていただいてすごく面白かったんですけど、トリックは絵にしても問題ないものでした。だから、小説にされた理由は何だろう、と首をひねっていたんです。その謎が解けました。

加藤元浩「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」発売中 / 講談社
「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」illustration / ナナカワ
小説 / 972円
Kindle版 / 810円

念願の刑事となるも、捜査一課のお飾りとして邪険に扱われる菊乃の前に現れたのは、多くの犯罪を解決してきた心理学者・草辻蓮蔵。元FBIで嫌味ったらしい書類の鬼「アンコウ」こと深海安公に足を引っ張られながらも、徐々に事件の真相に近づいていく菊乃だが──。

小説ならではの大仕掛けを含んだ、緻密にして爽快な本格長編ミステリ。

加藤元浩「Q.E.D. iff―証明終了―(5)」 2016年10月17日発売 / 講談社
Q.E.D. iff―証明終了―(5)

加藤元浩の初ミステリ小説「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」よりヒロイン菊乃が登場! 元検察官が自宅で殺され、近くに倒れていた訪問看護師が逮捕されるも、釈放に。捜査に疑問を持った新米刑事・菊乃が、燈馬と共に「不完全な密室」の謎に迫っていく(「不完全な密室」)。大学生の滑落事故、自殺かと思いきや、何者かが入院中の被害者の酸素マスクを外し……!? 証言を集めるため可奈が奔走する(「イーブン」)。

加藤元浩「C.M.B.森羅博物館の事件目録(33)」 2016年10月17日発売 / 講談社
C.M.B.森羅博物館の事件目録(33)

加藤元浩の初ミステリ小説「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」よりヒロイン菊乃が登場! 秋葉原でメイドによる大捕物騒ぎ! その正体は捜査一課の新米刑事・七夕菊乃。劇団の団長が上演中に背中に矢を受けて死んだ事件を追っており、手がかりを求めて森羅博物館にやって来るが!? 「見えない射手」ほか3編を収録。

加藤元浩(カトウモトヒロ)

1997年からマガジンGREATにて「Q.E.D.—証明終了—」を、2005年から並行して月刊少年マガジンにて「C.M.B. 森羅博物館の事件目録」を連載。2015年、少年マガジンR(すべて講談社)にて「Q.E.D. iff —証明終了—」連載開始。そのほか代表作に「ロケットマン」など。2016年に初のミステリ小説「捕まえたもん勝ち! 七夕菊乃の捜査報告書」を発表。

有栖川有栖(アリスガワアリス)

1959年大阪市生まれ。同志社大学法学部卒業。在学中は同大推理小説研究会に所属。1989年に「月光ゲーム」でデビューを飾り、以降“新本格”ミステリムーブメントの最前線を走り続けている。2003年「マレー鉄道の謎」で第56回日本推理作家協会賞、2008年「女王国の城」で第8回本格ミステリ大賞を受賞。本格ミステリ作家クラブ初代会長。有栖川有栖創作塾にて作家志望者の指導を行っている。