コミックナタリー Power Push - 加藤元浩 「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」

加藤元浩と有栖川有栖が語る“最上質のミステリー”とは

「小説かよ。面倒くさい」とか思わなかった?(有栖川)

有栖川 普段マンガを描いてらして、「これは小説で書いたほうが効果が上がるな」というネタを思いついてしまったことはこれまでになかったんですか。

加藤 なかったです。私はたぶん、映像でトリックを考えるんです。だから、それを文字にしたほうがいいという発想はないんだと思いますね。

有栖川 なるほど。今回、書類を出すんだったらマンガより小説のほうがいい、と思ったとき舌打ちしたくなりませんでしたか。「小説かよ。面倒くさい」とか思わなかったですか。

加藤 全然思わなかったです。

有栖川 もともと書いてみたかったんですか。

加藤 そうです。

──デビュー以前に小説を書いてみたりとか、そういった経験がおありだったとか?

「捕まえたもん勝ち!」のヒロイン・菊乃。「Q.E.D. iff-証明終了-」「C.M.B. 森羅博物館の事件目録」にも登場する。

加藤 そういうわけではないんですが、いつもマンガを描くときには文章でプロットを書くんですね。だいたい紙で6~7枚、それを編集さんに見せて、了解を取った上でネームを起こすんです。そういう意味の文章は日常的に書いています。それは小説とは全然違うんですけど。あと、作業中に朗読やラジオドラマを聴くのが大好きなんです。2004年に市原悦子さんが朗読した「赤毛のアン」がとんでもなく面白かった。そのへんから「言葉が繋がって作品になっていくというのは面白い」と思い始めたんです。

──なるほど。それで文章表現に関心が向かって。

加藤 大学時代までは濫読するほうで、先輩から積極的におすすめ本を教えてもらったり、ガイド本に名作とあるものは必ず手を出したり、結構小説は読んでいたつもりでしたが、朗読で別の魅力を発見しました。

有栖川 それですぐに小説を書けるのがすごいですね。ふだんネームを切っていらっしゃるとはいえ、小説となると色々勝手が違って、長編のプロットを立てるといっても簡単じゃないと思います。そこはやはり過去の小説読書の体験や、マンガを描きながら知らないうちに、小説執筆に応用できるスキルが身についてらしたんだなあ。

小説はマンガとキャラの立て方が違う、と思い知らされた(加藤)

──困難というか、これまでマンガでは使わなかったテクニックが必要になった個所はおありでしたか?

加藤元浩

加藤 四苦八苦したのがまず出だしでした。全然書けなかったです。何回も何回も書き直さなければならなくて、「ああ、キャラを立てる出だしというものにまだ慣れてないな」と発見しました。マンガだったら何か特別なことをさせながらキャラを登場させて印象付ける、という流れがなんとなくイメージできるんですけど、小説はたぶん違う。「少しずつゆっくり育てる感じ」の出だしが必要なんだろうと気付かされて、「誰もが共感してもらえる出だしってなんだろう」というのをずっと考えていました。

有栖川 書き出しはみんな難しいと思いますけどね。

──有栖川さんも今でもあるんですか。話に入りにくいとか。

有栖川 話が始まる、というけど中の人物はずっと動いていて、どこからカメラを回すか、というだけなんですよ。「ここから始まるのがいい」って確信を持てたときは書きやすいけど、「ここでいいのかなあ。こいつがいきなり出てくるのがいいか悪いかわからない」ってときはしんどいですね。まあ、書き出しであんまり気張りすぎないようにと思うんですけどね。この「捕まえたもん勝ち!」は不思議な出だしです。「いったいなんだろう、このままいくとミステリーじゃなくて別の小説になりそうだけど」と首をひねりながらページをめくらされました。

──ちょっとファンタジックな。

有栖川 最初に出てくる「黒い奴」が気になりますよね。その興味が最後まで持続しました。

加藤 冒頭部分をそういう形にしたのは、試行錯誤の末でした。誰に読んでもらっても最初は「出だしが固い」と言われて。客観的に見て、できてなかったんでしょうね。

「加藤元浩と申しますが」と持ち込みしてみたかった(加藤)

──お話はちょっと変わるんですけど、この小説はどのぐらいの期間で書き上げられたんですか? 月マガでもマガジンRでもすごい量の連載をされているのに、その裏で小説を書かれていたというのが驚きでした。

「Q.E.D. iff-証明終了-」の主人公・燈馬想。同作は「Q.E.D.―証明終了―」の新シリーズとして少年マガジンR(講談社)にて連載中。

加藤 小説を書こうと思い立った後、ちょうど海外に行く機会があったんです。飛行機の中ではずっとプロットを書いていました。それが旅行中にノート1冊くらいの分量にまとまったんですね。でも、それを小説として書き起こすのに時間がかかりました。だいたい1年ぐらいかかってます。

有栖川 1年ですか。毎日少しずつという感じですかね。マンガ家の日常のお仕事がたくさんありますでしょうし。

加藤 そうですね。平日は夜中にカチャカチャカチャカチャとキーボードを叩いて、日曜になったらたくさん書くっていう。

有栖川 働き者ですねえ(笑)。その間マンガの休載はせず。

加藤 ええ。

有栖川 ノート1冊のプロットということは、完全に中身はできてますよね。でもプロットだけでは作品じゃなくて、それを完成形にしていかないといけない、という点は、まあ小説もマンガも一緒か。文章を書くという作業自体は、楽しめましたか。

加藤 自分が読みやすいと感じた北杜夫さんの本とかを買ってきて、読みながら「こういうふうにわかりやすい文章を書くんだ」と自分に言い聞かせてました。あと、高橋源一郎さんの「文章の書き方」を読んで「結局、極意は『素直に書け』ということか」と思い、素直に書こうと(笑)。試行錯誤しながらの1年で、結構文章の勉強になりました。

──ちなみに、加藤さんが小説を書いているということは、編集者は知らされていなかったんですね。誰か文芸担当者が原稿を待っているという状態でもなくて。

加藤 はい、ずっと黙って書いてました。終わってからTwitterで「できた」って。

──編集さんもびっくりしたでしょうね(笑)。

加藤 してましたね(笑)。

「捕まえたもん勝ち!」表紙

──じゃあもしかすると講談社じゃないところから出る可能性もあったんですね。ちょっとやってみたかったんじゃないですか。「加藤ですが」って原稿を持ち込みに行くとか。

加藤 本当にやってみたかったんですよ(笑)。でも新人賞以外で、新人さんの小説原稿の持ち込みを受け付けてるところが見つからなくって。持っていって読んでもらって「ここがね」とか指導を受けたかったんですが(笑)。

──実際に編集者に読んでもらったときはいかがでしたか。小説では新人のわけですから、ドキドキする感じがあったのでは。

加藤 ありましたありました。本当にどういう反応になるだろうと思ってかなりドキドキしてました。「形になってるのかな」とか「これはこれとしてマンガがんばろうね」で終わるかなとか(笑)。

有栖川 「マンガにしたらどうでしょう」とか言われたら、小説の形で書いた甲斐ないですもんね(笑)。

加藤 そうそうそう(笑)。

加藤元浩「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」発売中 / 講談社
「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」illustration / ナナカワ
小説 / 972円
Kindle版 / 810円

念願の刑事となるも、捜査一課のお飾りとして邪険に扱われる菊乃の前に現れたのは、多くの犯罪を解決してきた心理学者・草辻蓮蔵。元FBIで嫌味ったらしい書類の鬼「アンコウ」こと深海安公に足を引っ張られながらも、徐々に事件の真相に近づいていく菊乃だが──。

小説ならではの大仕掛けを含んだ、緻密にして爽快な本格長編ミステリ。

加藤元浩「Q.E.D. iff―証明終了―(5)」 2016年10月17日発売 / 講談社
Q.E.D. iff―証明終了―(5)

加藤元浩の初ミステリ小説「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」よりヒロイン菊乃が登場! 元検察官が自宅で殺され、近くに倒れていた訪問看護師が逮捕されるも、釈放に。捜査に疑問を持った新米刑事・菊乃が、燈馬と共に「不完全な密室」の謎に迫っていく(「不完全な密室」)。大学生の滑落事故、自殺かと思いきや、何者かが入院中の被害者の酸素マスクを外し……!? 証言を集めるため可奈が奔走する(「イーブン」)。

加藤元浩「C.M.B.森羅博物館の事件目録(33)」 2016年10月17日発売 / 講談社
C.M.B.森羅博物館の事件目録(33)

加藤元浩の初ミステリ小説「捕まえたもん勝ち!七夕菊乃の捜査報告書」よりヒロイン菊乃が登場! 秋葉原でメイドによる大捕物騒ぎ! その正体は捜査一課の新米刑事・七夕菊乃。劇団の団長が上演中に背中に矢を受けて死んだ事件を追っており、手がかりを求めて森羅博物館にやって来るが!? 「見えない射手」ほか3編を収録。

加藤元浩(カトウモトヒロ)

1997年からマガジンGREATにて「Q.E.D.—証明終了—」を、2005年から並行して月刊少年マガジンにて「C.M.B. 森羅博物館の事件目録」を連載。2015年、少年マガジンR(すべて講談社)にて「Q.E.D. iff —証明終了—」連載開始。そのほか代表作に「ロケットマン」など。2016年に初のミステリ小説「捕まえたもん勝ち! 七夕菊乃の捜査報告書」を発表。

有栖川有栖(アリスガワアリス)

1959年大阪市生まれ。同志社大学法学部卒業。在学中は同大推理小説研究会に所属。1989年に「月光ゲーム」でデビューを飾り、以降“新本格”ミステリムーブメントの最前線を走り続けている。2003年「マレー鉄道の謎」で第56回日本推理作家協会賞、2008年「女王国の城」で第8回本格ミステリ大賞を受賞。本格ミステリ作家クラブ初代会長。有栖川有栖創作塾にて作家志望者の指導を行っている。