劇場アニメ「劇場版 転生したらスライムだった件 紅蓮の絆編」が、11月25日に全国公開された。原作者・伏瀬がストーリー原案を担当した同作では、魔王に進化したリムルが治める魔国連邦(テンペスト)の西に位置するラージャ小亜国を舞台に、リムルの仲間であるベニマルと、劇場版のオリジナルキャラクター・ヒイロを中心とした“絆”の物語が展開される。
ナタリーでは同作の公開を記念して映画、音楽、コミックの3ジャンルで特集を展開。コミックナタリーでは伏瀬、リムル役の岡咲美保、杉本紳朗プロデューサー(バンダイナムコフィルムワークス)による鼎談を実施し、「転スラ」の劇場版制作までの道のりを振り返ってもらった。「作品をよくしたい」という共通の思いを持ち、“大きな危機”を乗り越えた制作陣の裏話トークを楽しんでもらいたい。
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取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 武田和真
まさかこんなに明るい未来が広がっていたなんて(岡咲)
岡咲美保 そもそも劇場版を作るというお話は、水面下だとどのくらい前から動いていたんですか?
杉本紳朗 水面下だと、2019年の後半とか? 岡咲さんにも出ていただいたOADのプレミア上映会(2020年1月26日)のとき、打ち上げをしている裏で先生に伝わったと思います。
岡咲 ええー! そんなに早く!
伏瀬 以前からちょこちょこ「劇場版、どうですか?」という話はあったんだけど、その打ち上げのときはちょっと空気感が違って。本決まりになったのがそのくらいのタイミングということですね。
岡咲 私がちゃんとお聞きしたのは、去年の終わりくらいでしたよね。
杉本 TVシリーズ第2期の最後に劇場版の特報を付けたので、そのナレーション録りのときにお伝えしたと思います。だから2021年の8月とか、そのくらいですね。
岡咲 聞いたときは、めちゃくちゃうれしかったです。劇場版が作られるアニメって本当に限られたタイトルだけですし、よほど愛されている作品でないとあの大きなスクリーンで観ることはできないですから。私としては、以前から杉本さんがちょいちょい匂わせをされていたので……。
杉本 僕、匂わせてました?(笑)
岡咲 アニメのPVが毎回すごく壮大だから、「これ、劇場版できちゃうんじゃないですか?」みたいな感じで私が話してたら、「お、おう」みたいな(笑)。否定も肯定もせずに笑顔で受け止めてくださっていたから、「これはちょっと期待していてもいいのかな?」って。その察知能力が正しかったと証明されましたね。
杉本 第1期をやっているときには、もう構想としてはあったんですよ。だからTVシリーズのPVも、別の現場でご一緒していた劇場予告制作が大得意な川部(智貴)さんというディレクターさんにお願いしたりして。その流れで「劇場版が実現したときにまた作ってもらおう」という目論見があったので、岡咲さんにそう感じていただけたのは狙い通りと言えば狙い通りなんです。
岡咲 そうなんですね。
杉本 オーディションのときって、劇場版のことは考えてました?
岡咲 本当に最初の、リムル役を受けたときの話ですよね? まったく考えてないです。
杉本 当時はまだ本当に駆け出しくらいの頃ですかね。
岡咲 はい、1年目の夏か秋くらいだったので。もちろん「受かりたい」という気持ちで真摯に向き合っていましたけど、オーディションというものは基本的に“当たって砕けろ”なので、あんまり大きなことを妄想しちゃうと落ちたときにすごく悲しくなっちゃうんですよ(笑)。だから、テープオーディションを受けたときはまさかこんなにめちゃめちゃ明るい未来が広がっていたなんて想像もしていませんでした。
当初、劇場版には反対だった(伏瀬)
伏瀬 「劇場版の制作が決まりました」という話をもらったとき、実は個人的には反対の立場だったんですよ。
岡咲 え! そうだったんですか!
伏瀬 いや、「どの話をやるの?」という問題で……。
岡咲 確かに……!
伏瀬 「TVシリーズ第2期のあと、第3期につなげるために劇場版をやりたい」という話だったので。もし第2期の続きを劇場版でやるとしたら、今後も全部を劇場版でやらないといけなくなるから。仮に劇場版で本編をやって、その続きを第3期でやっちゃうと、TVシリーズの中にミッシングリンクが生じてしまう。個人的にそれは嫌だなと。
岡咲 なるほど。
伏瀬 オリジナルの話で劇場版をやるんだとしても、僕だったら「本編と関係ない話だったら、わざわざ劇場まで行って観なくてもいいや」という気持ちになるから(笑)、それもやりたくない。そうなると、本編に絡めた話ではありつつ、それ単体でも成立して、のちの話に直接影響しないものにしなければいけない。それは話を考えるのがめちゃめちゃ大変になるから……。
岡咲 そうですよね(笑)。
伏瀬 せっかく今まで「転スラ」のアニメ化プロジェクトがうまく進んできているのに、ここに来てしょうもない劇場版を出して叩かれるくらいだったら、やめたほうがいい。という、後ろ向きな理由で反対だったんです。
杉本 本編は本編で、最後までTVシリーズでやりたいという思いが我々にもまずありまして。そのために、もっともっと新規ファンを獲得していかないと、シリーズ自体を続けていけないですから。その入口となるようなオリジナルの劇場版というものを定期的に作っていけるコンテンツにしたいということで、今回オリジナルストーリーをお願いしました。
伏瀬 だからこそ、つまらない内容には絶対にできないじゃないですか。ケチが付くようなものを作ってしまうと本末転倒になってしまう。
岡咲 確かになあ。
──ということは、「紅蓮の絆編」的な立ち位置の劇場版が今後も第2弾、第3弾とあり得るわけですか?
杉本 作りたいは作りたいです。そもそもそういう構想があっての「○○編」というタイトルでもありまして。もちろん、構想としてはあっても実現するかどうかはお客さんの反応次第ですし、伏瀬先生にどれだけオリジナルのストーリー原案を出していただけるかにもかかってくるんですけど(笑)。
岡咲 ですよね。先生が一番大変(笑)。
伏瀬 無理に僕を絡めなくてもいいと思いますけどね。最初にも言ったんですよ、「これ、僕が絡む必要あります?」って(笑)。
岡咲 (笑)。
杉本 こちらとしては絡んでもらわないと困ります(笑)。「オリジナルストーリーで、しかも原作者が関わっていない」ということになると、公式感も薄れますし。
岡咲 クレジットに「伏瀬」の2文字があるかないかでは大違いだと思いますよ。
杉本 リムルが強くなりすぎちゃって、新しい話を考えづらいというのもありますよね。
伏瀬 そうなんです。リムルが魔王になったあとの話だと、もう苦戦するような敵なんて、のちのちのストーリーに大きく関わってくるような敵しか出せないので……。劇場版だけの突発的な敵キャラを作ろうと思ったら、どう考えても強い敵にはなり得ないんですよ。Blu-rayの特典になってますが「外伝:コリウスの夢」もそれと似たような発想で、必死に考えてひねり出したものだったんです。それをまた新しく、イチから考えるわけですから。そもそもあれは……。
杉本 その話はまた別の機会にしましょう!(笑)
──そのお話を聞くと、「よくできたな」と率直に思ってしまいますが(笑)。
岡咲 私も今ちょっと危機を感じました(笑)。
伏瀬 今回、大きな危機が何回かあって。詳しくは話せませんけど、これはその1つですね。
杉本 リムルは危機になりにくいけど、現実の危機は容易に発生するという。
伏瀬 本当に強大な敵でしたね(笑)。
劇場版制作は「愛のぶつかり合い」
岡咲 私、全然知らなかったです。そんなに前からいろいろと紆余曲折があって、今回の劇場版につながっていたとは……。我々役者は、よくも悪くもできあがったストーリーに対してどう向き合っていくかという立場なので、それ以前のご苦労をこうやって知れるのはうれしいです。やっぱり伏瀬先生も人間だからいろんな思いがあって、杉本さんをはじめとする制作陣もいろんな思いがあって、曲げられない作品愛みたいなところをいい感じに込めて作ってくださっているんだなあというのがすごく伝わってきました。リハDVDとか、まだ完成していない映像の段階からそれはすごく感じていたんですよね。
伏瀬 劇場版になると特に関わる人の数が多くなる中で、みんなが「これが正しい」という考えを持っているわけじゃないですか。そういう綱引きがあったほうがいいものになりやすいというのは間違いないと思うんですよ。ただ、めちゃめちゃストレスにもなるっていう。
岡咲 大変ですね……。
杉本 Webで連載していたときは、お客さんからのフィードバックがすぐに来ますよね。それもある意味、綱引きではあるんじゃないですか?
伏瀬 まあ、綱引きではあるんだけど、小説の場合は自分にすべての決定権があるんで。聞くべき意見とそうでないものは、頭の中で瞬時に取捨選択できちゃうから、そこまでのストレスではなかったです。
岡咲 うらやましいです。私は逆に、アニメの放送が始まった直後はリムルの声に対していろいろな声があったから、どういう方向性でやっていくべきなのかの取捨選択がすごく難しかったんですよ。
──否定的な意見もあったんですか?
岡咲 否定的というか、皆さまの中のリムルとのギャップですかね。そりゃそうですよね、誰しも小説やマンガを読むときは自分の中でその人のリムルがしゃべっているわけですから。それは間違いなくあるので、自分が思うリムルと、伏瀬先生の小説からずっと見てきている方の思うリムルと、テレビで初めて触れる方にとってのリムルと、どれだけその理想を拾えるか。そのせめぎ合いは、今でも難しいなと思いますね。周りの方からは「あまり見ないほうがいいよ」と言われていたんですけど、やっぱり役者として成長していきたいので、結果的にはさまざまご意見いただいてよかったと思っています。欲張りなので(笑)。
──なるほど。そうして完成した「劇場版 転スラ」を観させていただいた部外者の感覚で言わせていただくと、「見事な着地点を見つけたな」と感じたんです。みんなの思う“正解”がちょうど重なるわずかな面積をピンポイントで射抜いているイメージというか。どうやったらこんなにうまくできるんだろうと思ったんですが……。
伏瀬 どうやったらって、それはもう戦い合った成果ですよ(笑)。僕は基本的に「既存のファンに喜んでもらいたい」という気持ちがベースにあるんですけど、杉本さん的にはそれに加えて新規獲得のほうも優先したい思いが強いから、そもそもターゲット層からして食い違っているわけです。もちろん、言いたいことはわかります。狭い範囲の既存ファン向けに作るよりも、広い範囲の新規ファンに向けて作ったほうがコンテンツの拡がりを大きくできるというのはわかる。理屈として正しいことを言っているのは重々理解しているんです。
岡咲 難しいなあ……。
伏瀬 でも、既存のファンにそっぽを向かれたら絶対に失敗するから。こちらとしては、やはりその線は譲れないんです。狭いほうが納得しなければ、広く構えたところで結局来た人たちもすぐに去っていってしまう。狭い範囲にしっかり楽しんでもらえればそこからクチコミで広がっていくから、結果的に新規ファンの獲得にもつながるんですよ。
杉本 いやいや、僕も既存ファンが喜んでくれるべきと思っていますよ。これまで支えてくれた転スラファンに恩返ししたいし、ファンが楽しんでくれないと、拡がりがすぐ止まってしまいますから。そのうえで新規の方にたくさん転スラワールドに入ってきてほしいです。転スラは裾野が広いので、“既存ファン”とひと言で言っても解釈の違いがありますね。
岡咲 どっちも正解なんですよね。
伏瀬 そう、どちらも間違ったことは言ってないんです。根本的な「作品をよくしたい」という思いは全員同じで、みんな「これが正しい」と信じたことを主張しているんだから。
杉本 やはりプロが集まって1つの作品を作っているので、それぞれがプロとしての信念を持っているわけです。それを言い合えたということが重要だったのかもしれません。
伏瀬 何度も言いますが、ストレスもかかる(笑)。
岡咲・杉本 (笑)。
伏瀬 これが例えば、小説として世に出ている原作を映画化するんだったら「好きにしてくれていいよ」と一歩下がれるんですよ。小説の時点で僕のやりたかったことは伝わっているから、それが映画になる際に「表現としてこう変わったんだな」というのもわかるじゃないですか。その作り方をしていたら、たぶん僕もそこまでムキになって戦うこともなかっただろうなと(笑)。でも今作に関しては、映画として初めて皆さんの目に触れるお話だから、「これが作者の表現したかったものなんだ」と思われても問題ないものにする必要があったんですよ。「いや、妥協している点もいくつかあるんですよ」とは言えないですからね(笑)。
岡咲 なるほど……。
杉本 その作り方をしていたら、それはそれで「違う作り方のほうがよかったのでは?」という話も出ていたでしょうけどね(笑)。
伏瀬 ああ、そうかもしれない。特に今回、映画という形は初めてだったし。
岡咲 綱引きはすごく大変だし、私が伏瀬さんの立場だったら本当に無理だろうなと思うんですけど(笑)、やっぱり各々譲れない意見を持っているからこそ均衡が取れるというか、五角形のグラフがあったらその形がキレイになるのかなと思いますね。
──みんなが全力で引っ張らないと、キレイな五角形にならないですもんね。
岡咲 そうそう。「やりたくない」とは誰も言っていないので。そこは忘れちゃいけないポイントだと思います。
伏瀬 みんな、よかれと思って言っているわけだから。
岡咲 愛のぶつかり合いですからね。
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納得いくものができました(伏瀬)