「シナリオ上の存在意義」を求められるジレンマ
──世間を見ていると「わかりやすい単一のメッセージ」が求められているようにも思います。作品を作るうえで、その障壁を感じることはありますか。
吉田 人ってついつい自信家の人や、ドーンとした答えに惹かれますよね。そしてそれが多数派の圧となりがちでもあります。私自身はその圧を自覚していきましょうよと思って書いていて、壁をすぐになくすことはできないけどヒビが入ればいいと思っています。別にわかりやすい答えを求めたい人は求めてもいい。でも、求めるのと他者に押し付けるのは違うじゃんっていうのを、常に物語で言っていますね。でも本当に受け手次第なので、「うるせえな」と思われている気もします(笑)。「あれ、なんか無自覚に誰かを傷つけていたかもしれない」って思う人がちょっとでもいればいいですよね。そんなに即効性のパワーは期待してないです。
トイ 私の場合、私が物語の中で描いていることって、遠い部分もありつつすごく近しい風景なんですね。もちろん日本で育つと、自分は“日本”にだけルーツがある──そう思っている人たちとか、シスジェンダー・ヘテロロマンティック/セクシュアルだけに囲まれて異性愛規範の中だけで育つ人──そう思い込んでいる人も多いのだとは思うんですけど、自分はまったくそうではない環境で育った。だから世間から見るとマイノリティである人たちを中心に置いた物語を描くことは、私にとっては特別なことではないんです。それに違和感を持つ人もいるだろうし、これまで描かれることが少なかった物語であれば、描き方に改善点や課題は見つかっていきますよね。作品を発表して感想や批評をいただくことで、この先のよりよい表現につながっていくんだろうなと思います。例えば「内日さんに共感して読んだからこそ自分との違いが大きく感じられた」という声や、「多聞さんを一番近しく感じたけれど、多聞さんのような人が1人しかいない特別な人物のように描かれたのがつらかった」という声もありました。内日さんのつらい気持ちは内日さんが実家に帰ってきたときに思い出すものであって、今はいろいろなアロマンティック当事者であったり、さまざまなグラデーションの中にいる友人たちと楽しく生きたりしている側面もあるんだよという話や、多聞さんのような人は物語にも現実にもたくさんいて、その中の1人なんだよという話も、もっと描きたかったですね。
──「多聞さん」は最終的に全12話となりましたが、連載開始当初は目次コメントに、全5話の想定だと書かれていましたよね。
トイ 枠のしっかり決まった中で作品作りをされている吉田さんの前で大変話しづらいのですが(笑)、最初は単行本1冊にまとまる予定でした。でも、内日さんや内日さんのような人たちが経てきた人生の選択にどのような時代背景があり、どのような制度上の問題があったのかをちゃんと描かないと、“多聞の友達”たちの物語が、すごく差別的な言葉や考えに取り込まれてしまう不安があったんです。そうした点を丁寧に描こうとしたら、長くなりましたね。
──テレビの世界の場合、走り出す前に、尺や構成がかなり決まっているかと思います。後から、「やっぱりこれを入れたい」と調整することもあるのでしょうか?
吉田 私はゴールが見えないと書けない人なので、想定されるゴールはしっかり決めて、逆算で物語を書きます。ただ、書きたい要素を丁寧に書いていくと、どうしても取捨選択が必要になることがありますね。例えば「恋せぬふたり」では当初、当事者同士が集まる交流会シーンを1話使ってやりたかったんです。それが、尺の都合で「物語の展開に必要あるものではないし、削ることも検証しよう」という話になってしまったんですね。でも私としては、セクシュアリティのグラデーションというか、バリエーションの存在を示すのに必要な要素だと思ったんです。主人公2人だけがアロマ・アセクですという見え方にしたくなくて、短くてもどうにか残そうとなりました。
トイ 私、あの交流会のシーン、大好きです。
吉田 シナリオって稿を重ねていくと、ディテールを削る話が出てくるんですね。やはり1つ場面を撮影するとなると、ロケ地とかキャストとかが必要になるわけです。時間やお金の制約は出てくる。尺調整やエピソード削除がどうしても出てしまうので、そこの戦いはありますね。自分の中ではまとまっているし意味のあるシーンのつもりでも、「とっ散らかっている」と評価されてしまうこともありますね。それに抵抗しようとすると、そのキャラクターの存在理由とか意味を付け加えることになるんですよ。で、カギカッコ付きの「存在感」みたいな、わざとらしい感じが生まれるジレンマもあります。
──確かに「いろいろな人がいて」というシーンほど、物語の本筋に必要かどうかという観点では削除対象になりやすそうです。
トイ 1人や2人じゃなくて何人も登場するって、すごくいいことだと思います。やっぱり描かれることがまだまだ少ないので、あの描かれ方を見たときに、よかったなあ、こういう場面がもっと見たいなあと思いました。視聴者として、すごく安心を感じられました。残してくださって本当にありがとうございました。
「書ける」人が取りこぼさないためには
吉田 すごく褒めていただいて恐縮です。一応反省点も話しますと(笑)、現状、日本のドラマには“1作品1セクシュアルマイノリティ”しか出せないという暗黙のルールがあるんですよ。それ以上のセクシュアリティを持つ人物を出すと「盛りすぎだ」なんて言われてしまう。つまり「恋せぬふたり」ですと、アロマ・アセクってことですね。それが嫌だなあと思って、レズビアンの幼なじみを出したんですが、そうしたらレズビアンを不幸に描いたことについての批判をいただきまして(※)。「いろいろな人を出す」ことへの思いが強くて、そこまで考えが至ってなかったんですね。あれはすごく落ち込みました。無意識にやってしまっていて。
※「恋せぬふたり」には、門脇千鶴というレズビアンのキャラクターが登場。作中において、彼女の物語は報われないまま終わる。フィクションにおいてレズビアンのキャラクターが描かれる機会は依然として多くなく、加えて、過去のメディアでは同性愛者の登場人物が悲劇的・不遇な結末を迎える傾向があるとして問題視されてきた背景がある(いわゆる「Bury Your Gays」トロープ)。
トイ マジョリティの特権性ってまさに「気づけない」ところにあって。そこに前もって気づくのは難しいこともありますよね。でも繰り返し描いて、その吉田さんの作品をよりたくさんの方が見ることでさまざまな批評が集まる。生み出されて積み重なってよりよいものが生まれていくのだと思います。
吉田 そうですね。100%のことを書けるわけがないとは思っています。あまり強い言葉だと落ち込んでしまうこともありますが、いろいろな意見を受け取って視野は少しずつ広がってきたかなと思います。「言ってもらえる」のはありがたいですね。一方、繊細なクリエイターですと、批判を受けると「じゃあもう書かない」となってしまう話も聞きます。
トイ 健全な批判空間というか、前提を共有したうえで、「じゃあどういう表現が必要だろう」と語り合える風潮が広がっていくといいですよね。
吉田 作り手も、対話したり学んだりしないと、表現を進めていけないので、話し合うことに慣れていく必要があると思います。ただ、意見を言われるともう「否定された」と思ってしまう場合もある。自分は歳を重ねたので、そこを業界としてどうにかしたいなあ……と思います。
トイ 中間管理職の悩みのような(笑)。
吉田 あまり強くなるとね、いろいろなものを見る目が粗くなるので、それはそれで気をつけないといけないんですけどね。
トイ 物語を「書ける」こと自体、危険と隣り合わせですよね。「書ける」時点で一種の特権性があるから、どうしても取りこぼすものがある。その力の問題を、物語の中だけで解決するのは難しいんじゃないかという気持ちも強いです。どうすればいいんだろう。
吉田 こうやって考えたり会話したりするのって、すごく労力を使うことなので、バーーンとした答えを出すほうが楽なのはありますよね。悩んでる人ほど「答えが欲しい」となるところもあるでしょうし、私もそういう気持ちのときもあります。
トイ 矛盾を抱えながら執筆されていますよね。吉田さんの作品を観て、いつも、めちゃくちゃすごいことをやっている……と思っていたので、悩みがあるんだということを知れて、うれしいです。
──最後に、吉田さんが「多聞さん」という作品をひと言で薦めるなら?を伺ってもいいでしょうか。
吉田 今抱えている答えが出ないものの答えか、その鍵になるものがこの作品の中に転がっているかもしれないよ、という感じでしょうか。誰しも漠然と、モヤモヤしていること、言語化できていないことがあるはずで、それに効くかもしれない“宝石箱”のような作品だと思います。ジャラッといろいろなものが入っていて、その一粒一粒が、誰かにとっては宝物になるかもしれない。全然、ひと言で言えてないですね(笑)。
プロフィール
トイ・ヨウ
マンガ家。「多聞さんのおかしなともだち」は2024年5月に月刊コミックビーム(KADOKAWA)でスタートし、2025年6月に単行本上下巻が2冊同時発売された。刊行の際には、大阪の天満橋にある常設LGBTQセンター・プライドセンター大阪でトーク&サイン会を行った。
吉田恵里香(ヨシダエリカ)
1987年11月21日、神奈川県生まれ。脚本家・小説家。2022年に脚本を手がけたNHKよるドラ「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。2024年にはNHK連続テレビ小説「虎に翼」の脚本を担当し、大きな話題を集めた。TVアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」「前橋ウィッチーズ」などでも脚本を務めるなど、ジャンルを横断して活躍している。
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