高橋しん「雪にツバサ」「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」

青年誌・女性誌・少年誌…… 雑誌ジャンルをまたぎ活躍する使命感

単行本は手元に残るものだから、最適な形に

──50ページもですか!

「本屋の奥さん」単行本の巻末には書店員さんと私の座談会が収録されてるんですが、そこでいただいた意見を本編に反映させていたりします。「書店の仕事は力仕事が多いので、奥さんが重いものを持つシーンが見たかった」って言われたこととか。

──本屋の仕事がよりリアルになったんですね。

はい。もともとこの話はおとぎ話として描きたかったので、雑誌で描いてるときはなるべく直接取材はしないで、担当さんに聞いた話とかをベースにしてたんですね。でも一旦連載が終わってストーリーの流れがすべて定まったのを受けて、単行本では完成バージョンとして、より描写を掘り下げたいなと思いました。

「雪にツバサ」7巻P194~195に相当する、ヤングマガジンに掲載されたページ。
「雪にツバサ」7巻P194~195。雑誌版から大きく描き変えられている。

──高橋さんは、単行本化の際に大幅に加筆修正することが多いそうですね。試しに「雪にツバサ」7巻を全部ヤンマガ版と見比べてみたら、大きくページの順番が入れ替わっているところもあれば、キャラの表情が微妙に違うところもあり。毎巻ここまで細かく手を入れるのはなぜなんだろうと思っていたんです。

ミュージシャンでいえば週刊連載はライブで、単行本はアルバムだと思うんです。週刊連載は限られた時間の中でどこまで読者さんに見せられるかっていうのが勝負で、リズムが大事。20ページなら20ページの「ポン、ポン、ポン」っていう心地いいリズムがあるはずで、単行本はまた単行本で、一番グッとくるリズムがあると思うんですね。それを自分なりに表現したくて。昔、ちばてつや先生が少年マガジン(講談社)で描かれてた頃の単行本って、扉が一切入らないで全部話が連続してたんですよね。「おれは鉄兵」って剣道のマンガとか、好きだったのでよく覚えてるんですけど。

──単行本では、より物語を通して楽しめるように工夫されていた。

はい。扉絵は巻末にまとめられてました。見せ方が最適化されていたっていうことなんだろうなと。子供の頃に夢中になって読んでいたあの感覚は、途切れないでずっと読めたというところにあったのか、とマンガ家になってから気付いて、それを私もやりたいんです。

──とはいえ、連載しながらの改稿は作業的にかなり大変ではないですか?

高橋しん

そうですね。でも連載を読んでる人が単行本で読むときに、新鮮な気持ちで読んでいただきたいなっていうのがまず第一です。あとはやっぱり雑誌は流れていくものだけど、単行本は手元に残るものなので、最適の形にしたいというのもありますね。新古書店の影響なんかもあって、新刊でマンガを買う人がだいぶ少なくなってきていると聞きます。作家は作品に手をかけることしかできないですから、「この作品は手放したくない」と思ってもらえるように出来る限り描かなくてはと。……まあ偉そうなことをいっても、私よりも大変なのはスタッフさんと担当さん、そして編プロさんに印刷会社さんです。先日も小学館から「スピカ」を出させていただいたとき、編プロの方が打ち上げにいらしてたので、謝罪をさせていただきまして……。

──ははは(笑)。

「きみのカケラ」の頃からお世話になっているプロダクションさんなんですけど、「これほど(大変)だとは思わなかったです……」と言われてしまいました(笑)。トータルで100や200では済まない修正点があり、ゲラを3~4回出していただいたりするので、それは大変なはずです。でも作家本人の前ですから、「携われてよかったです」ともおっしゃってくださって。なるべく皆さんへの負担を少なくしていかなくては……とは思っています。

作家として完成していたくない

──「雪にツバサ」は青年誌、「本屋の奥さん」は少女誌、そしてこれまでは「きみのカケラ」で少年誌と、幅広い媒体で活躍してこられました。どのように頭を切り替えているんでしょうか?

「雪にツバサ」より、迫力あるヤクザがコンサートに詰めかけるシーン。

描きたい作品が目標とする誌面をまず読者として楽しんで読みます。すると独特の空気のようなものが、頭の中で育つと思うんですね。自分の脳内の言い回しとかが誌面に近くなったり。サンデーさんを読んでいくと、理屈を言う前にまず行動しているような少年期の動きや、青春期の空気が頭の中に作られているし、メロディさんのような少女誌なら、モノローグと実際の言葉との垣根が低い、より繊細に掘り下げたシーンが生まれてくる。 ヤンマガさんだったらヤンマガさんをまず読んで、その空気感をしっかり掴むようにしています。

──なるほど。その甲斐あって、「雪にツバサ」のヤクザは迫力があるんですかね(笑)。

ははは(笑)。最初は私含め、スタッフ皆全然描けなかったんですよ。「ヤクザ、ヤンキー、チンピラ、どう違うの?」みたいな。描き分けが難しかったですね。「不良図鑑」ってキャラ表を作ったりもしました(笑)。

──高橋先生の絵は線が柔らかいですが、作画の面でヤンマガに合わせているところはありますか。

まず枠線を太くして、ベタも多くしています。以前編集部の人に「(ヤンマガは)ラーメン屋に置いてある雑誌ナンバー1を目指してる」と言われて。ぱぱっとライトにマンガを読む人が多いということなので、画面を黒めにしてメリハリをつけるように。あとはコマを横組にして整然と並べたり、言葉を強く見せるために吹き出しを大きめにもしています。

──細かな工夫が多いんですね。

「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」より。人物を枠線からはみ出して配置する、少女マンガ的な演出がなされている。

せっかくこれまでに経験のない雑誌で描かせていただくので、長年で積み上げた癖などをなるべく捨ててイチから勉強して、いままでと違った読者さんに読んでもらいたいと思っています。逆に少女マンガのほうは、枠のないコマを多めにして広がりを持たせるようにしてます。

──「雪にツバサ」と「本屋の奥さん」は同時期に連載されていましたが、そうやって描き分けていて頭が混乱することはなかったですか。

それは大丈夫ですね。「いいひと。」や「最終兵器彼女」を描いてる頃は本当にもう1つのことだけしか考えられなかったので、読み切りの話とかが来ても「ちょっと無理です」ってお断りしていたんですけど。いまはだいぶ、脳みそがマルチタスクを覚えたので。

──器用に並行してできる。

1つのものに集中してると、作業量が多くなってきたときにだんだん手癖で描けるようになってしまうんです。そうではなくて、できれば素人臭くというか、作家として完成していない状態でいたいんですね。例えば「スピカ」を描いてるときは、「雪にツバサ」と「花と奥たん」だったかな、3つぐらい同時にペン入れをやってました。手癖で描くことは別に悪いことではないんですけど、自分はできるだけ1つひとつ、新鮮な気持ちで描いていきたくて。

──慣れたくないんですね。

はい。常に頭をリセットできるようにしてます。「いいひと。」のとき、最初Gペンで描いてたんですけど、Gペンってすごく描きやすいので良くないなと思って、途中で丸ペンに変えたんです。「きみのカケラ」のあたりで丸ペンにもだいぶ慣れてしまったので「雪にツバサ」は、最初はボールペンで描いていました。

──そうなんですか! 全然わからなかったです。

3巻目くらいからはデジタル化して、ComicStudioを使用してます。

不良なのにイジメられっ子、でも実は超能力者のツバサ。声を失ってしまった女子高生・雪先輩の心の「うた」が、彼にだけは聴こえてくる。北国の寂れた温泉街で出会った彼らは、やがて超能力探偵団なるものを結成することに……。

それぞれに切ない痛みを抱えたまま、2人の物語が静かに重なり始める──。

ここにある本を全部読んだら、あなたのことがわかるかしら──。

時は昭和中期。亡くなった旦那様の本屋を継いだ、小さな奥さん。これは、商店街の人々をまきこみながら独自の書店商売を繰り広げる奥さんの「恋物語」です。

高橋しん(たかはししん)

高橋しん

1967年9月8日北海道生まれ。1990年「好きになるひと」で第11回スピリッツ賞激励賞を受賞、週刊ビッグコミックスピリッツ増刊号(小学館)に「コーチの馬的指導学」が掲載されデビューとなった。1993年、週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「いいひと。」の連載を開始。お人好しの主人公が人々の幸せを願い努力する様子を描いた同作はヒットを記録した。2000年より同誌で連載を始めた「最終兵器彼女」では、世界の崩壊を背負った男女の壮大なラブストーリーを展開し、セカイ系の先駆けとして新たなファンを獲得。現在、同誌にて「花と奥たん」、ヤングマガジン(講談社)にて「雪にツバサ」を連載中。 また、メロディ(白泉社)から少女マンガ「トムソーヤ」「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」が刊行されるなど、幅広いジャンルで活躍している。