「シドニアの騎士 あいつむぐほし」もっと人の胸を打つ作品を──吉平“Tady”直弘監督&岩浪美和音響監督が語る、シリーズ完結作で辿り着いた表現の地平 (2/2)

「シドニア」の使用シーンは「神様からのギフト」

──音楽面では、挿入歌2曲も印象的です。これはどういった狙いで?

吉平 小林艦長が歌唱を行う「うつせみ」は、原作にもある名場面ですよね。小林艦長が今まで心に秘めてきた心情を表現するために、中田ヤスタカさんとも劇中の小林艦長の願いや、映画として表現したい感情をしっかりとお話しさせていただいたうえで、中田さんの視点から、言葉と愛を紡いでいただきました。そしてangelaの「シドニア」は──。

岩浪 あれは最初の音楽のプランだと、あそこで流れるはずじゃなかったよね?

吉平 なかったですね。岩浪さんの音楽リストには「出陣の勇ましい感じで」とメモがありました。

岩浪 「メインテーマ・出陣」みたいな。

吉平 でも、あの曲はファンの皆さんが何より聴きたいだろうし、僕個人としてもどうしてもあの「シドニア」をかけたいと。それも、音楽的なモチーフとして劇伴の中でメロディを使うとかではなく、一番盛り上がるところで原曲をそのまま流したい!……とずっと悩んでいたら、制作中に3つの奇跡が合致したんです。

──気になります。

吉平 1つ目は、そもそも脚本ではなかったダブル出撃シーンを絵コンテの段階で足したことです。出撃シーン自体はTVシリーズのころから見せ場でしたし、岐神と長道が目配せをして出撃する場面は非常にエモーショナルなものになるので、絶対にやらせてほしいと制作陣に懇願して足させてもらいました。

「シドニアの騎士 あいつむぐほし」より。

「シドニアの騎士 あいつむぐほし」より。

──2つ目の奇跡は?

吉平 すでに音楽リストをいただいていたので、後出しの形になっていたのですが、どうしても「シドニア」がかけたい、それにかけるならこの出撃シーンが最高の場面なんじゃないか……と。もし片山さんが先にこのシーンのための曲を書いていたら必死に謝るぞ! 岩浪さんに嫌われるかもしれないけど、やらせてくださいって言うぞ!と覚悟を決めながら、編集済みの映像に自分で「シドニア」を乗せてみたら、映像でも出撃準備から発進までがぴったり音楽と同じ長さだったんですよね。

岩浪 あれはびっくりした。ポリゴン・ピクチュアズの作品は通常のアニメの作り方と違って、未完成の素材が少しずつ完成した絵に差し替わっていくんだけど、ある日、もらった素材にいきなり「シドニア」が入っていて、おお!?と(笑)。でもすぐ、「これ、最高じゃん!」となりました。

左から岩浪美和、吉平“Tady”直弘。

左から岩浪美和、吉平“Tady”直弘。

吉平 僕は編集も自分でやるので、音楽を映像に仮当てすることができるんですが、「シドニア」を流すところは、「音楽を始めるなら、この手をつないだタイミングがベストだろうな」と試しで合わせてみたら、あたかもこの曲のためにこのシーンが作られていたかのような形で出撃までの映像が構築されていて、作業していてすごく興奮しました。そして、3つ目の奇跡として歌詞まで「誰がために 我は征く」で岐神や長道の思いとバッチリとシンクロしている。もう、神様ありがとう……という気持ちでした(笑)。もし、最初から劇場版のラストに「シドニア」をかけようと考えていたら、このアイデアは生まれなかったと思います。angelaさんも含め、「シドニアの騎士」に関わってくれた多くの方々の作品への思いが重なった結果として、創作の神様からもっとも心が躍るシーンをギフトとしていただけたのではないかと思っています。逆に狙って使おうと考えていたら、もう少しあざといシーン構成になってしまっていたかもしれませんし。

──それにしても、あの出撃が絵コンテで追加されたとは驚きでした。舞台挨拶でも話題に上がりましたが、監督は非常に岐神がお好きなんですね。

吉平 今の時代に、何度も失敗した人がもう一度立ち上がって、泥まみれになってでも自分のなろうとしていたものに向かって進んでいくって、本当にすごいことだと思うんです。岐神のそんな姿が僕の心にはすごく刺さる。人生は失敗したから終わりではない、諦めずにやりつづけることで、もしかしたら報われる日も来るかもしれない……そんなメッセージを岐神を通じて伝えられたらと思っていて、そういう意味で大好きなキャラクターなんです。

キャラクターごとの楽器の割り振りに注目を

──なるほど。少し質問の角度を変えさせていただいて、本日もそうですが、今作はこれまで劇場ではさまざまなこだわりの形で上映が行われてきました。劇場で観る価値も語っていただいたのになんですが、Blu-rayの発売をきっかけに家で楽しむ方もいると思いますので、ぜひ、家での楽しみ方へのアドバイスもいただけたら。

吉平 Dolby Atmos仕様の音声は今回のBlu-rayが初収録ですよね。すでに配信が先行していますが、こちらは音声は2chなんです。

岩浪 とはいえ、なかなかDolby Atmosの環境を家に整えるのは大変ですよね。できる人は僕のTwitterだとか、いろいろなものを参考にして環境を作ってみてほしいけど、ヘッドホンでお聴きになっても充分立体的に聴こえるような音作りにはなっています。ご家族がいたりして、なかなか大音量を出しづらい方の場合は、ヘッドホンで大きめの音量で、こんなこと言ったら怒られちゃうけど、部屋を暗くして観てください。

吉平 「部屋を明るくして観てね」のガイドラインと逆ですね(笑)。

岩浪 個人の責任でお試しください(笑)。そのほうが、「シドニアの騎士」の世界に入り込めるかなと。

吉平 もしも周囲から怒られない環境をお持ちの方は、自己流の重低音ミックスでゴリゴリ響かせて聴いてもらえたら面白いかもしれませんね。また今回の初回生産限定版特典にはサウンドトラックも入っているので、キャラクターごとの楽器の割り振りに注目しながら映像と一緒に楽しんでもらうのもいいかもしれません。長道はオーボエや中低音のヴィオラ、つむぎはヴァイオリンやピアノといった中高音域の音、ガウナ系はストリングス系の高音を割り振っています。セリフのやり取りをしている裏で、音楽として違う楽器のパートもお芝居をして、ハーモニーを奏でたり、どちらかが一方をリードしたり、掛け合ったりして、きれいな和音を響かせたりしているんですよ。セリフと音楽によってシーンごとに作り出されるハーモニーを意識しながら観ると、また違った印象になると思います。

「シドニアの騎士 あいつむぐほし」より。

「シドニアの騎士 あいつむぐほし」より。

──では最後に、長かった「シドニアの騎士」を大団円で終えて、この先におふたりでやりたいと考えていることを、差し支えない範囲で教えてください。

岩浪 言えないよねえ(笑)。

吉平 まだ言えないです(笑)。

岩浪 まだ言えないけど、がんばってます。

吉平 1つ言えるのは、僕は映画というものがすごく好きなんです。だからこれからも、映画館でみんなで一緒に感情を共有できる、映画館で上映できる作品を岩浪さんと一緒に作っていきたいと強く願っています。それはDolby Atmosかもしれないし、もしかしたらもっと未来の新しい規格かもしれない。それがどんな形態であれ、皆さんのエモーションをたくさん刺激できるような最高の作品をこれから先も手がけていけたらいいなと思っています。

岩浪 さすが。もうこのコメントで大丈夫です。

──そうおっしゃらず。例えば、岩浪さんがDolby Atmosを使った表現でさらに追求してみたいものはありませんか?

岩浪 あります。あるけど、やっぱり映像ありきなんですよ。自分から「こうやりたい」と言うもんじゃない。「こういう映像なら、どういう音を付けるか?」という発想をすべきなんです。でもその意味で、ポリゴン・ピクチュアズさんは作品ごとに如実に画作りが進化していく会社なので、僕も次回作をワクワクしながら待っています。進化した映像を観て、それじゃあ、今度はどういう手を使ってお客さんを喜ばせたり、びっくりさせたりしようかと考えたい。映像とともに音も常に進化していけたら、うれしいですね。

左から岩浪美和、吉平“Tady”直弘。

左から岩浪美和、吉平“Tady”直弘。

Blu-ray初回生産限定版に付属する1/450スケールフィギュア。

Blu-ray初回生産限定版に付属する1/450スケールフィギュア。

プロフィール

吉平“Tady”直弘(ヨシヒラタディタダヒロ)

ポリゴン・ピクチュアズ所属の映像演出家。アニメーション映画「GODZILLA」全3部作の演出・副監督、「BLAME!」副監督・CGSV、「シドニアの騎士 第九惑星戦役」副監督などを経て、TVアニメ「空挺ドラゴンズ」で監督デビュー。

岩浪美和(イワナミヨシカズ)

音響監督。国内アニメで初のDolby Atmosを採用した「BLAME!」をはじめ、「ガールズ&パンツァー 劇場版」「劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス」「スパイダーマン: スパイダーバース(吹替版)」、「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズ、「ソードアート・オンライン」シリーズなど多数の作品に携わる。