弐瓶勉が築いたSFロボットアクションの金字塔「シドニアの騎士」。2014年のTVアニメ化から約7年、シリーズ完結作となる「シドニアの騎士 あいつむぐほし」が今年6月に公開された。未知の生命体・ガウナと人類の戦いはもちろん、主人公でエースパイロットの谷風長道、人とガウナから生み出された少女・白羽衣つむぎら少年少女のドラマの結末が、ポリゴン・ピクチュアズによるハイクオリティな3DCGでしっかりと描き切られた。
コミックナタリーでは「シドニアの騎士 あいつむぐほし」のBlu-ray発売を記念し、吉平“Tady”直弘監督と岩浪美和音響監督にインタビュー。「シドニア」シリーズとともに歩んできた2人に、完結作で辿り着いた映像・音響表現について振り返ってもらった。またBlu-rayにはアニメ本編の音声をDolby Atmos仕様で収録。これまで以上に映画館での上映を意識して作ったという今作を、Blu-rayでどう楽しむべきかのアドバイスにも注目を。
※本記事には「シドニアの騎士 あいつむぐほし」のネタバレが含まれます。
取材・文 / 前田久撮影 / 小山美里
密度の濃い作品として最後まで描き切れた
──今日はグランドシネマサンシャイン池袋で開催された「Dolby Atmos映画祭 in BESTIA」での「BLAME!」「シドニアの騎士 あいつむぐほし」の舞台挨拶後にお話を伺っています。この2作は原作者、メインスタッフ、Dolby Atmosなどいろいろな点が共通していますが、逆に制作時期の違いや経験の差によって映像・音響面で大きく違っている点はあるのでしょうか?
吉平“Tady”直弘 映像制作においてはもちろん本作では最新のテクノロジーを使っていますが、それ以上に作品スタイルの違いが大きいと思います。同じ弐瓶勉先生作品を元にしたアニメであっても、原作の非常に硬質でスタイリッシュな世界観のSFを表現しようとした「BLAME!」と、同じSFであっても少しカジュアルで、ラブロマンスを主体とした本格的なドラマ作品である「シドニアの騎士 あいつむぐほし」では、作品へ求めるものがまるで違っています。特に今作でその特徴がはっきりと現れているのは色遣いですね。「BLAME!」では闇に沈むような黒を主体に、「シドニアの騎士 あいつむぐほし」では色彩鮮やかで“情景色”としてキャラクターの感情も入った色遣いを作品の中で強く意識していました。ただ技術だけが進化したのではなく、あくまで作品に求めた表現を追求する思いと、映像技術の進化やスタッフの献身が掛け合わさって、今回の「あいつむぐほし」の表現に辿り着いたのだと考えています。
岩浪美和 「シドニアの騎士」はTVシリーズがあったわけだけど、今回の「あいつむぐほし」でCGのモデリングをほとんどやり直していますよね?
吉平 今まで出てきたキャラクターたちも、クオリティアップのためにほぼ全部作り直していますね。
岩浪 手描きではなく3DCGでアニメを作る利点は、一度モデリングができあがったらそれを流用できること。普通はTVシリーズでできあがった造形を踏襲する方向で劇場版も作ると思うのですが、ポリゴン・ピクチュアズさんはそうではなくて、イチから作り直そう、最新の技術を使おうとする。言ってしまえば、「ちょっとバカなんじゃないの?」と思うようなことをやる(笑)。そうやって映像がTVシリーズよりも格段にパワーアップすると、必然的に音もパワーアップせざるを得ない。音響というのはひとり歩きするものではなくて、あくまで映像あっての音響なんです。音だけがはしゃぎすぎて映像と乖離している、みたいなことは作品のバランスとして非常にまずい。そういう意味では今回、ポリゴン・ピクチュアズさんが作るCGがパワーアップしている分、さらに僕らががんばらないとな……今回のプロジェクトに関わるときは、そんな意識でした。
──音響チームとしても思いが深かった。
岩浪 そうですね。いろんな原作もののアニメの仕事をやらせていただいていますが、完結まで描き切れることって、実はあまりないんです。原作のいいところまでアニメ化したら終わっちゃうことも多くて。今回、吉平監督が膨大な量の原作をうまいこと凝縮して、密度の濃い作品として最後まで描き切ってくれた。そのこともすごくうれしくて、力が入りました。
──映像に合わせて音響をパワーアップさせるというのは、具体的にはどのようなことをされるのでしょう?
岩浪 そもそも「あいつむぐほし」のように宇宙空間でロボットが立体的にドンパチやる作品ほどDolby Atmos映えする素材はないので、自然にやっていけばパワーアップはするんですよ。吉平さんには「音を付ける物体がフレームアウトしてからも、しばらくそのカットを長く残してね」とお願いしたくらいじゃない?
吉平 それくらいですね。それに、トリオ・ザ・BLAME!(吉平、岩浪、「BLAME!」監督の瀬下寛之によって「BLAME!」舞台挨拶のために結成されたユニット)として各地の映画館を回っていたときに、イベントの裏側でいろいろとDolby Atmosの特性について岩浪さんとお話していたんです。だから、今回いただいたアドバイスだけではなく、そのときに聞いていたことも活かす形で、Dolby Atmos作品ならではの音響での見せ場ポイントを絵コンテの段階から盛り込んでいきました。
──例えばどんなポイントがあるんですか?
吉平 「Dolby Atmosではスピーカーが上のほうにあるから、何かが移動するときは(画面の)下よりも上に抜けていくといいよ」とか、「Dolby Atmosでは画面のこの位置にスピーカーがあるので、ビームを撃つならそのスピーカーに向けて撃ってほしい。スピーカーを舐めまわすようにビームの軌道を振ってくれたら最高」とか。今作では特に映画館での鑑賞を強く意識して絵コンテや演出を考えていきましたね。
──劇場作品も配信で観られることを意識せざるを得ない時代に、そこまで強く映画館を意識されているのは、いい意味で驚きました。
吉平 「BLAME!」の舞台挨拶で回っていたときに、「映画館で映画を体感してもらえること」と「映画を観てくれたお客さんに直接会えること」の喜びを僕らは知ってしまったんですよ。だからこそ、今作は劇場で作品を観てほしい気持ちが強くて、映画館で観たときに作品の魅力がさらに際立つような、何度も映画館に行きたくなるような劇場作品にしたかったんです。
消耗戦ではなく、もっと人の胸を打つ作品を
──今のお話ですと、Dolby Atmosというのはやはり派手なアクションシーンでこそ映えるものなのでしょうか? それとも静かなシーンでも魅力がある?
吉平 確かにアクションシーンは、Dolby Atmosで音が空間を移動してくれる立体音響として印象的な音が付けられることもあって、本作ではものすごい数の音のオブジェクトが映像と同時に動いてシーンを盛り上げてくれています。でもそれ以上にドラマのシーンで「自然にそこにいる」と感じられる没入感の心理的効果が大きく、観ている人の心をより動かしているんじゃないかなと考えています。どうしてそう感じられるのか、僕にはロジカルには説明できないのですが……。
岩浪 例えば、日常のシーンで「画面外から誰かが話しかける」というのは、アニメーションでよくある演出です。そういうときに、「画面外なのにそこにいる」というような存在感が、これまでの5.1chでは「なんとなく後ろにいるな」くらいの精度でしか表現できなかった。けれどもDolby Atmosでは、正確な位置を表現できるので「見えないけれどもそこにはっきりと存在している」という状況が、音響として表現できる。そういう意味では、音響が日常シーンのリアリティに貢献できているのではないかと思いますね。
吉平 そういうことなんですね……Dolby Atmosだと「感情が途切れないな」と思っていたんです。音の位置や聞こえ方に違和感がないから、2人の登場人物が会話しているシーンに、まるで自分が同じ場所にいるかのように、自分の気持ちも自然にスッと入っていける。言葉の外にある感情、セリフとしてあえて言葉にしないけれどもキャラクターが感じている気持ちを表現しようと思って構成した演出が、観てくれた皆さんにきちんと届いているように感じていました。これができると、セルルックCGはド派手なアクションシーンだけをウリにした偏った作品作りをしないで済む。アクションシーンだけで勝負をするのはいわゆる消耗戦で、3DCGアニメの業界にとって未来がない。もっとちゃんとストーリーテリングをして、人の心に長く残る、胸を打つ作品を作っていかなければ、業界としても未来に向かって歩いていけない。3DCGアニメが表現できうる「感動の深さ」をもっと深めたいという考えからも、Dolby Atmosが作品の可能性を広げてくれたのはありがたかったです。
──劇場で拝見すると、艦内でブーン……と唸るような持続音や、環境音を生々しく感じました。
吉平 シドニア艦内の環境音自体は「シドニアの騎士」の1期の頃から入れてくださっていますよね?
岩浪 播種船の中は一見普通の街並みに見えても、空気やガスや水、いろんなものが供給されているからいろんな場所にパイプが通っているはず。だから、いろんな音が周りからするはずだ……とは意識して、音を作っていました。
吉平 おそらくそれがDolby Atmosによって、もうちょっと観ている方に伝わりやすくなったのかなと思います。「何か音が鳴っている」ではなく、「シドニアの構造物の中にある環境音だ」とわかってもらいやすくなったのかもしれないですね。人間は、耳から伝わる情報で僕らが思う以上に多くの情報を脳が把握して、認識処理していますからね。
岩浪 播種船の中は一見外のように見える場所でも実は天井がある。その高さ、大きな船の中にいることがちゃんと表現できるのもDolby Atmosの特徴なので、そこもちゃんとやりたかったんですよね。例えばお祭りのシーンでも、「この祭り囃子やアナウンスは何十メートル上から鳴っているんだろうな」と想定して音作りをしています。普通の作品だと、横位置のスピーカーで左右に空間を広げることしかできないんですけどね。
吉平 そうやってシークエンスごとに環境音が変えられるので、この映画では場所が変わったことを知らせる状況説明のショット……いわゆるエスタブリッシング・ショットをほとんど入れていません。音響が観客の皆さんの理解を的確にサポートしてくれることがわかっていたので、場面転換の不要なカットをなくして物語のテンポは落とさずに、そしてさらに多くの場面を作品の中に盛り込むことができたんです。
音楽は“運命“を語ることができる
──その点では効果音もですが、音楽も印象的でした。
吉平 音楽はフィルムスコアリング(できあがった映像に対して音楽を付けていく、TVシリーズでは珍しいが映画では一般的な手法)で、各シーンに合わせた音楽リストを岩浪さんが作ってくださって、それを手がかりに音楽の片山修志さんと電話越しに密接なやり取りを重ねていきました。「ここではこの楽器でつむぎの感情を表現してほしいです」とか、「セリフの外の2人のすれ違う感情に音楽を付けてください」とか。ドラマでの登場人物たちの感情の距離感にまで踏み込んで、例えば「このシーンでは長道とつむぎの心情を表現する楽器のメロディが噛み合わないようにしてほしい」「逆にこっちのシーンでは互いにフォローして支え合うように響かせてほしい」といったお願いもしましたね。
岩浪 片山さんと、相当細かくやっていたもんね。俺は傍から見ているだけで……。
吉平 そうやって岩浪さんに任せていただけたからこそ、本作ではストーリーをかたどるツールの1つとしてより積極的な演出が実現できたんです。「このコードは音楽的にはきれいだが、キャラの心情からすると明るすぎるのではないか」「ここは悲劇がベースにあってその中で希望があるから、それはこの楽器と和音の濁りで表現するのがいいのではないか」「音楽内で場面が完結したように感じないようにフレーズを途中で終えてほしい。まだ長道の感情はここでは完結していないから……」みたいな話を延々としていました。
──そんな音楽理論に踏み込んだ話もするんですか!?
岩浪 吉平監督はもともとバンドをやっていらして、音楽にも造詣の深い方なので。僕は最初に音楽メニューという設計図を書いて、あとはほぼ100%吉平さんと片山さんにお任せしちゃいました。
吉平 でも岩浪さんのリストがなかったら、そのシーンで何を音楽で表現しようとしているのかを把握せずに片山さんと精密なコミュニケーションは取れなかったですし、岩浪さんと2人で何本も作品を一緒に作りあげてきたからこそ今回実現できたことだと思います。セリフは登場人物本人の意思しか語れないですが、音楽はシドニアで生きてきたすべての人たちの思いや、“シドニアの運命”のような世界そのものを語ることができる。今回の作業を通じて、そうした音楽の力についても、非常に勉強させてもらいました。
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「シドニア」の使用シーンは「神様からのギフト」