コミックナタリー Power Push - さいとうちほ×幾原邦彦対談

さいとうちほの絵が醸し出す“官能”と“陶酔感”

原作のバーバラ・カートランドはダイアナ元皇太子妃の親族(さいとう)

幾原 先生がロマンス小説をコミカライズするとき、原作は自分で選んでいるんですか?

さいとう イチから選ぶわけではなくて、私が興味を持ちそうな作品を、編集者さんがいくつか提案してくださって、そこからピックアップする流れです。

──最初に刊行した「バルターニャの王妃」はヴィクトリア朝のイギリスが舞台、その後18世紀のモロッコを舞台にした「誘惑のシーク」、次が現代ものの「青い悪魔のセレナーデ」。今回の新刊は「バルターニャの王妃」と同じで、イギリスのベストセラー作家バーバラ・カートランドさんの作品ですね。

幾原 カートランドさんが好きなの?

「バルターニャの王妃」

さいとう カートランドさんはすごいんですよ! すでにお亡くなりになったんですが、今でも「ロマンスの女王」って呼ばれています。生涯で700冊以上の本を出して10億部を売り上げたとも言われていて、ギネスブックに載っているんです。

幾原 え、ウルトラ金持ちじゃないですか。

さいとう ウルトラ金持ちですよ(笑)。爵位も持っているし、実はあのダイアナ元皇太子妃の親族でもある。血は繋がっていないようですが。ダイアナ妃もカートランドのファンだったらしいです。もともと貴族社会にゆかりの深い方なので、作品の中の登場人物たちの言動にも、ヨーロッパの貴族階級の人たちの考え方や人間観が色濃く出ていて、興味深いですよ。

幾原 どういうことですか?

さいとう 支配者の考え方というか、物事を判断する際の価値基準がきっちりしていて、これがいいとかあれが悪いとかが明確なんですよね。日本人と全然違う。

恋とは、魂のようなものを好きになること(幾原)

担当編集 カートランドさん原作の「バルターニャの王妃」には、王家を存続させる政略結婚のために家系図を見ながら適切な人間を探すというシーンがあるんですけど、さいとう先生のマンガ版では、その場面をものすごく詳細に描かれていたのが印象的でした。

さいとう ああいう、国の存続がかかっている恋愛であることが伝わる場面が好きなんです。ロマンスでは、たまたま男女の相性がよくて恋愛が生まれるパターンが描かれますけど、うまくいかなかったら一族同士で殺し合いですよ。

「伯爵と果敢な乙女~ノーフォークの古城~」

幾原 貴族にとって、結婚と恋愛は別ですもんね。結婚は家を存続させて食べていくためのもの。恋愛の概念自体はフランスで生まれたと聞いたことがあるけれど、その時点では恋愛には価値なんてなかったし、結婚に伴うものでもなかった。

──なるほど。

幾原 恋っていうのは、なんとなくふわっとした魂のようなものを好きになるということで、それは誰かにある種の付加価値を感じてそれを所有したい、支配したいということ。まあ、「彼女と結婚すれば家が手に入る」というのも付加価値だと見ていいのかもしれないけれど、それは魂とは違う。でも、恋愛という概念がまだぼんやりとしていたときでも、その人の境遇なりにある種の感情移入をしてしまって、リスクを負ってでもその人に加担をしたいという感情が芽生えていたら、それはもう恋や愛なんですよね。

さいとう 赤の他人に肩入れしてしまうと、今までの世界をひっくり返して壊しちゃうこともあるので、ある種の革命ですよね。それもあって、幾原さんは画集のキャッチコピーに「恋は、革命。愛は、正義。」という言葉をくれたんですよね。

「伯爵と果敢な乙女~ノーフォークの古城~」より。

幾原 そうだったのかも?(笑) まあ、それが現実世界の政治や革命と関わっていないとしても、恋愛には常に命がかかる可能性があるだろうなあという気がしますね。命がかかるからロマンチックなのかなとも思うし。

さいとう だからこそ、やっぱりヒーローは命をかけられる人じゃないと。

──「伯爵と果敢な乙女」のヒーローとヒロインも、地下牢に閉じ込められて水責めにあい、そこからなんとか窮地を脱出することで心の距離を縮めますもんね。

幾原 水責め!?

さいとう そこに反応するの?(笑) 

私の運命が変わった1枚(さいとう)

──あはは(笑)。今回の画集の中で、先生が一番気に入っているイラストはどれですか? 

「さいとうちほ画集 NEE LA ROSE-薔薇に生まれて-」に収録されたプチコミックの表紙イラスト。幾原監督がさいとうちほを見出した1枚。

さいとう うーん、やっぱり、62ページのプチコミックの表紙イラストですね。このイラストを見て、幾原監督が「ウテナ」のキャラデザを私に頼もうと思ってくださったんです。私の運命が変わった1枚ですから。

幾原 1996年にはもうウテナの企画に入っていたから……95年とかだよね。20年近く前。

──20年経った今でも、引き込まれるイラストですね。2人とも目を閉じているのに、強く訴えかけてくる何かがある。

さいとう 表紙イラストを描くときは人物の目力が重要だと言われているんだけど、目を閉じているほうが2人の世界に没頭している様子が出せるなあと思ったんです。それで何枚か目を閉じているものを描いたんですけど……今改めて眺めても、好きですね。

幾原 自分で決めておいてなんですけど、さいとう先生のイラストの中でもこの1枚を見て「キャラデザをしてもらおう」って思うの、すごいですね。女性は横顔しか描かれていないのに。でも官能的で、すごく目をひいたんですよ。

さいとう なんでこの絵で決意できるの?と不思議に思いましたよ(笑)。

幾原 この1枚に、さいとう先生のイラスト、とくにカラーイラスト全体に通じる艶っぽさが表れていたんですよ。それで声をかけたところはあります。

さいとう カラーを褒めてもらえるのはうれしいですね。今はCGで彩色をしていますが、当時はアナログで作業していたので、画面全体の色味の統一感を出すのが大変でした。「こういう色の取り合わせにしたい!」というのを意識したまま彩色できるように、最終的に目指す色を塗った紙を目の前に貼って作業していました。私は肌の色にこだわりがあって、しかも濃く描きたいほうなんですが、それこそ失敗すると大変で。肌の色の出し方にはすごく気を使っていました。成功例しか載せていないから綺麗に見えるかもしれませんが、失敗もたくさんしましたよ。

幾原 昔はエアブラシとかでやってたもんね。

さいとうちほの仕事部屋より。

さいとう そう。エアブラシって室内で使うと汚れちゃうから、室外に出てシャーーーッてやってたんだけど、夜中にやると色が見えないから室内で見たら「うわあ~~!」ってなることもあって(笑)。ただ、そうやって苦労したぶん、成功したイラストには思い入れがありますね。

──この画集には藤本ひとみさんのノベルの表紙イラストなど、初期の作品も収録されていますね。さいとう先生がイラストを描くときにこだわっているパーツなどはありますか?

さいとう やっぱり“くぼみ”ですかね。顔はもちろんかわいく描きたいんですけど、鎖骨とか胸のまわりとか腋の下とか、そういうところを強調して描いているときがすごく楽しいですね。女の人の身体には、昔はそこまでこだわりがなかったんですけど、「ウテナ」のキャラデザのときに幾原監督に女性の身体についていろいろ指摘を受けてから考えるようになりました。

幾原 そうだったっけ?

さいとう そうですよ(笑)。昔からバレエやダンスはよく見ていたので、体の官能性についてはすごく考えていましたけどね。なんとか自分で描き表したいとは思ってやってきました。くぼみ以外だと、手にも気を遣っています。手のポーズの付け方次第で、全然違うイラストになるし、表現力が増して絵の中から磁力が発生するんですよね。画集を見返しても、そのあたりへの自分のこだわりは感じます。

さいとうちほ画集「NEE LA ROSE-薔薇に生まれて-」 / 2016年5月11日発売 / 1728円 / 宙出版
さいとうちほ画集「NEE LA ROSE-薔薇に生まれて-」
さいとうちほ画集「NEE LA ROSE-薔薇に生まれて-」 / 1728円
さいとうちほ画集「NEE LA ROSE-薔薇に生まれて-」 / Kindle版 / 1728円

絢爛豪華なイラスト満載!ドラマチックロマンスのカリスマ・さいとうちほ珠玉のイラスト集。宙出版刊行物の全カラーイラストのほか、懐かしのイラストや、本邦初公開のイラストも収録の大ボリューム。

さいとうちほ「伯爵と果敢な乙女~ノーフォークの古城~」 / 2016年5月11日発売 / 宙出版
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さいとうちほ「伯爵と果敢な乙女~ノーフォークの古城~」690円
さいとうちほ「伯爵と果敢な乙女~ノーフォークの古城~」Kindle版 / 540円

19世紀英国。祖父の代に失った、一族ゆかりの古城を心のよりどころに家族とつつましく暮らすミネルヴァ。貧しいながらも平穏な日々は、突然終わりを告げる。新たに城の主となった放蕩者の伯爵が兄を賭けで窮地に追い込み、家族を守るため、ミネルヴァは伯爵と対決する意思を固める。その出会いは思いがけない事件を呼び込んで──?

さいとうちほ 既刊作品の電子書籍も同日発売! 2016年5月11日発売 / Kindle版 各540円 / 宙出版
「青い悪魔のセレナーデ」
「誘惑のシーク」
「バルターニャの王妃」
※5月11日から期間限定で半額セール実施中
さいとうちほ
さいとうちほ

1982年にコロネット(小学館)でデビュー。テレビアニメ「少女革命ウテナ」のキャラクターデザインを担当し、同作のマンガ版も手がける。現在「とりかえ・ばや」「VSルパン」など連載中。別冊ハーモニィRomance(宙出版)の表紙イラストや、海外ロマンス作品のコミカライズも務める。

幾原邦彦(イクハラクニヒコ)
幾原邦彦

12月21日生まれ。徳島県小松島市出身。テレビアニメ「少女革命ウテナ」「輪るピングドラム」「ユリ熊嵐」などの監督を務める。