アニメ「波よ聞いてくれ」特集 沙村広明インタビュー|ラジオアニメは地味だと誰が言った?

5巻からの展開は、ちょっとやりすぎましたね

──ところで1巻のあとがきで「今度こそ人の死なないマンガを描きたい」的なことを書かれてましたよね。これは単純に「無限の住人」からの反動でしょうか。

そうですね、俺のマンガといえばエログロだったり残虐シーンだったりっていうイメージが強いと思うので、払拭したくて。人が死なないですよ、落ち着いて読めますよ、と言いたかった。

──とはいえ5巻ぐらいからはけっこうとんでもないことになりますよね。詳しいネタバレは避けますが、5巻のオビには「まずいことに作者得意の監禁展開突入」とあります(笑)。

ああ、あれはね、単純に4巻あたりで「画的にちょっと落ち着いたな」「ラジオ業界ものっぽくなってきたな」って思っちゃって。「またかき乱そう」ってことであれを描いたら、めちゃくちゃになりすぎた(笑)。ちょっとやりすぎましたね。

──せっかく平和なマンガにしたかったのに(笑)。でもいまだに「沙村広明と言えば残虐シーン」というイメージって強いんですか。

だと思いますよ。

──もちろん「無限の住人」や「ブラッドハーレーの馬車」といったハードな作品も沙村さんらしいんですけど、「波よ聞いてくれ」や「竹易てあし漫画全集 おひっこし」のような会話劇でのコメディも得意とされていて、その幅の広さを魅力に感じている読者もたくさんいるのではないかと。ご本人としてはどっちも描きたいわけですよね。

そうですね、耽美なのも会話劇もどちらも描きたいです。

「竹易てあし漫画全集 おひっこし」に収録されている「おひっこし」より。セリフの多さは「波よ聞いてくれ」と共通するものがある。 ©沙村広明/講談社

──初めて「おひっこし」を読んだときは「えっ、『無限の住人』の作者って、こんなコメディも描けるのか」と衝撃でした。その会話劇のセンスが「波よ聞いてくれ」ではさらにパワーアップしていると感じます。

会話劇のネタは割とポンポンと楽しく書けますね。「ハルシオン・ランチ」のときとかもそうだったんですけど、コメディを描いてるときって、思いついたギャグを全部携帯にメモってるんです。だからネタのストックは大量にある。それをマンガに出したいんだけど、そのネタを出していい会話に持っていけないときもあるわけですよ。でも「波よ聞いてくれ」だと、それまでの話の流れといっさい関係ない場面でも、ラジオ番組内のリスナーの投稿としてギャグを放り込めるんですよ(笑)。

──溜めていたネタを成仏させやすいのはいいですね(笑)。沙村さんのギャグって時事ネタとか芸能人ネタも多いから、思いついたら早く消化しないといけないし。あ、そういう時事ネタは「波よ聞いてくれ」のアニメだとどうなってるんでしょうか。「琴欧洲のブログは癒やされる」という話とか、連載当時はともかく、いまはちょっと古くなってるのではと思うんですが。

野球選手のネタとかも、もう連載当時とは所属球団が変わっちゃったりしてますからね。だからアニメでは原作と変えている部分もあるし、「日ハムの大野が……」というところは、ミナレが自分で「今は中日にいるけどね」ってツッコミを入れたりしてます(笑)。

本当はビジュアル寄りの作品なんです

──ほかにもあとがきでは「恋愛ものにしたかったのになかなかならない」ということも繰り返し言われてます。今後、恋愛要素はどうなりそうでしょうか。

アニメ「波よ聞いてくれ」より。

そこに関してはもう諦めてますね(笑)。もう、ならないわ。

──そんなきっぱりと(笑)。

最近ね、世相を知るためっていうわけでもないけど、Twitterで読む専用のアカウントを持ってるんです。それでいろんな人の話を読んでるけど、やっぱり俺が描こうとしてた恋愛劇のビジョンはもう古いなということは、今更ながら感じ始めてます。ミナレが男をフッたあと、同居人の瑞穂とクダをまくというか、ちょっとイチャイチャしてますよね。信頼関係を得る相手は別に男女じゃなくて、女性同士でもいいんじゃないかなと。別にレズビアンを描きたいわけじゃないんですけど、人間同士のつながりでドラマが起こればそれでいい。昔みたいに景気がよければ恋愛主体のヒロインでもいいのかもしれないけど、今の人たちって恋愛よりも、どう働いてどう生きるみたいなほうが大事みたいになってるじゃないですか。

──確かに「結婚するのが当たり前」という時代ではないです。

ですよね。恋愛脳みたいなヒロインにリアリティを感じなくなってきたので、ミナレはひたすら流される、「明日はどうしよう」というヒロインになりましたね。

──なるほど。最後に「波よ聞いてくれ」のアニメを観る人に、見どころをアピールしていただけますか。

最初に言ったことと少しかぶりますけど、やっぱり「ラジオを題材にしてる」とだけ聞くと、「パーソナリティがブースの中で話してるだけなのかな」って思う人もいると思うんですよ。だけど絵的に退屈にならないように、マンガでもアニメでも、いろんなビジュアルを用意してます。

──熊だけじゃなくて宇宙人なんかも出てきますからね。

そう。俺が適当に描いためちゃくちゃなシーンを、サンライズという優秀な老舗が動かしてくれるんですよ。だから「ラジオもの」っていう言葉のイメージより、ずっと動きやビジュアルに寄っている。観ている人に飽きさせない、アニメ向きの作品だということは言っておきたいですね。

──ちなみにアニメでは、原作のどのあたりのお話までやるんでしょうか。

俺も最初にアニメ化の話を聞いたとき、「え、どこからどこまでやるの?」って思いましたよ。「ここまでが一段落」みたいなのがないから。でもアニメの脚本を見たら、上手い感じにまとめてくれていて、スタッフさんはさすがだと思いました。終盤はアニメオリジナルの話になるんですよ。ただ、その部分は原作でも描いたあるお話と同じテーマで、同じところに取材してるので、原作と似たエピソードは出てきます。あたかも俺の原作をアニメにしたように見えるかもしれないけど、実はアニメが先行して脚本を描いていて、俺があとから合わせて原作を描いたところがありますね。そのオリジナルの話も含め、楽しみにしていてください。

沙村広明