アニメ「波よ聞いてくれ」特集 沙村広明インタビュー|ラジオアニメは地味だと誰が言った?

“ラジオ業界を描いたマンガ”ではなく“読むラジオ”

──原作の話も伺いたいのですが、そもそもなぜラジオ業界のお話になったんでしょうか。

これはですね、強く「ラジオ業界を描くぞ」と思っていたわけじゃなくて、最初は「仕事をする女」の話にしようと思ってたんですよ。

──お仕事ものみたいな感じで。

そう。その次に、北海道の話にしようというのが決まったんです。

──これも気になるところなんですけど、沙村さんは千葉出身ですよね。なぜ北海道が舞台なんですか?

アニメ「波よ聞いてくれ」より。

これは話せばちょっと長いんですけど……。まず、今の担当編集は男性なんですけど、連載立ち上げのときは女性だったんです。「働く女の話にしよう」ってなったときに、その女性の編集さんが「沙村さんの描く口の汚い女が、盛大にフラれて、暴言を吐くシーンが見たい」って言い出して(笑)。

──確かに沙村さんの描くキリっとした女性キャラって、フラれてからウイットに富んだ罵詈雑言を吐く絵が似合いそうです。それがなぜ北海道につながるんでしょう?

じゃあその大失恋シーンを序盤で描こうと。そして現代劇で、仕事もしていると。そういうビジョンを詰めていった結果、まず舞台を選ぶときに、働く場所がある都会なんだけど、すげえ失恋をして逃げ込む大自然が近くにある土地がいい、ということで札幌になりました。そこまで決まったうえで、担当さんと飲みながら話してたら、第1話のプロットが全部できちゃったんですよね。

──ミナレが失恋して、バーでクダを巻いてたら録音されて、それをラジオで流されて、ラジオ局に乗り込んで、しゃべることになって……という流れが。

沙村広明

そう。担当さんがラジオを好きだし、俺も聴くし、みたいなところから、じゃあラジオを出そうみたいな。先に「舞台を札幌にしよう」って決まった時点で北海道に取材に行って、写真は撮ってたんですけど、当然ラジオ関係の写真は全然なくて(笑)。第1話のネームを描く段階で、慌ててJ-WAVEさんに取材に行きました。だからマンガの第1話に出てくるラジオのシーンは全部J-WAVEなんですよ。

──1話の時点では先のことなんか全然考えていなかったと。「ラジオ大好きな人がラジオ業界を目指す」ではなくて、「素人が成り行きで番組をやることになる」というのはどういう意図なのか、という質問も用意していたんですが、まず「失恋した女性を描く」からの流れなんですね。

そうですね。あとはあまり業界ものにしたくはなかったという理由もあります。ラジオがテーマのマンガではあるけど、“ラジオ業界を描いたマンガ”ではなくて“読むラジオ”みたいなマンガにしたかった。

──“読むラジオ”ですか。

ラジオって、パーソナリティが延々しゃべってるだけでその時間が成り立つじゃないですか。それと同じで、話の縦筋がわからなくても、ヒロインが延々としゃべってるだけで、マンガが成り立つ。そういう意味で“読むラジオ”になればいいなと。

──さっき「この作品の魅力はミナレの魅力によるところが大きい」と言いましたけど、そこは確かにラジオとの共通点かもしれないです。

アニメ「波よ聞いてくれ」より。

熱心にラジオパーソナリティになりたがってる主人公を作っちゃうと、もうラジオ業界のマンガになっちゃう。だから「ラジオってそんなに聴いてる人いるんだ」と思ってるぐらいのふわっとしたやつが業界に入ってくるぐらいがいいのかなと。実際にJ-WAVEを取材した際に、あるパーソナリティの方にお話を伺ったんですけど、その人がラジオ番組を持つきっかけが、ある番組でゲストとして呼ばれてトークをして、帰ろうとしたときにディレクターにポンと肩を叩かれて「君、番組持ってみない?」って言われたからなんですって。その話を聞いて面白いなって。テレビ業界ってそんな感じでは入れないじゃないですか。第1話でミナレに起こったことは、あながちなくもないっていうね。

──シンデレラストーリーが起きうる。

それもあるし、そのユルさが面白いなって。ユルいところまで含めて描いてみたかったんです。

ラジオはリスナーとの関係性が魅力

──沙村さんの考える、ラジオというメディアの魅力ももう少し掘り下げたいと思います。作中では「ラジオの強みはリスナーとの距離感」というセリフが出てきましたよね。

アニメ「波よ聞いてくれ」より。

そうですね。ラジオはとにかく、リスナーがみんな好意的に聴いているのがいいと思います。テレビを観ているのって、なんでもかんでもクレームを送りつけてくるような人が多いイメージなんですけど、そういう人がラジオリスナーにはほぼいないと思います。パーソナリティが多少ミスをしたところで怒らないっていうか。

──僕もラジオはよく聴くんですが、ラジオリスナーってトラブルをむしろ面白がる印象です。

パーソナリティとお互いに信頼しあってるというか、いい関係性がありますよね。例えばオリエンタルラジオの番組で、2人が放送中にめちゃくちゃケンカしたことがあるんですよ。

──生放送中、エヴァンゲリオンに関してのおふたりの知識の差が原因で口論になった回ですね。

そうそう。それで番組がマジで7分ぐらい中断したんですよ。

──ジングルで無理やり話を終わらせて、音楽やCMでなんとか繋いでいました。

「こんなことが起こるんだ!」って、あのライブ感は興奮しましたね。あんなこともテレビではありえないですよ。これを「ラジオの良さ」って言っていいかわからないんですけど(笑)。

──今の「ラジオはユルいからいい」「ラジオリスナーはトラブルも面白がる」というお話は、取材で得た知識ではなく、沙村さんが普段からラジオを聴いているからこその実感がこもってました。

まあ、今はほぼ芸人さんのラジオしか聴いてないんですけどね。いわゆるDJがリスナーのお悩みとか曲リクエストに答える形式の番組もほとんど聴いたことがなくて。だからマンガの中のラジオは、俺が子供の頃に父親の車に乗っていたときに流れていた番組の記憶で描いてます。FM局に取材に行ったのに、マンガに出てくるのは完全にAMのノリですよ(笑)。