コミックナタリー PowerPush - 蟲師
監督と総作画監督が語る「みんなで観る最終回」とは
馬越さんにしか描けない表情のオンパレード
──馬越さんも特別に緊張なさったりしましたか?
馬越 劇場だからといって、そんなには心境の変化はなかったです。ただ最後だから力は入ってるかな。
長濱 最終回だもんね。普通のTVシリーズでも第1話と最終回はやっぱり力が入るものなので。
馬越 でもいわゆる「最終回」っていう終わり方じゃないじゃないですか、「蟲師」って。
長濱 話が終わるわけではないですからね。「日蝕む翳」も最終回の後に発表されたエピソードだし。
馬越 終わらない、まだまだ続くっていう。ただ「鈴の雫」は結構ギンコが動的ですよね。だから特別な感じがあって、自然と力んでるんだと思うんですけど。
長濱 力んでるっていうか、「鈴の雫」は物量的にものすごく絵を入れてるんですよ。馬越さんは総作監という立場なので、いつもはどちらかというと(作品的に)押さえるべきところを押さえていくんですけど。今回はスタートの段階から、馬越さんがものすごく絵を描いていて。それを見ると、「ああ最終回っぽいな」と思うんですよね。馬越さんのアップばっかりあるし、(人物のサイズが小さくなる)ロングも馬越さんが描いていたりするので。やっぱり力を入れてるなあって思いました。
馬越 最初に力を入れすぎた(笑)。
長濱 やりすぎた? でも最初に描いたのはクライマックスシーンだよね。だからクライマックスはもう全部押さえちゃったよね。
馬越 クライマックスが一番(人物が)動かないけど(笑)。
長濱 「蟲師」らしいですよ。
──「鈴の雫」のクライマックスシーンとは、蟲の宴とギンコが語り合う場面でしょうか?
馬越 そこです。ギンコたちは止まってるんですけど、周りに鬼火みたいなのがウニョウニョウニョって動いてるんですよ。
長濱 あそこはギンコもカヤも馬越さんにしか描けない表情のオンパレードで。カヤの表情は1歩間違うとすごく悲しい顔になったり、ギンコも1歩間違うとすごく怒った顔になるんですけど。強く言い切っているわけでもなければ、ふらふら信念がないわけでもないという顔が、あのシーンは連発するんですよ。あの顔は馬越さんじゃないと描けないので。
馬越 あそこは難しかったですね……。漆原さんの(原作の絵が)眉毛なのかまぶたなのか、1本の線しかないときがときどきあって。アニメーションのほうは、基本的にはどっちも描くんですが、眉毛の位置が下なのか上なのか……。
馬越 これがね、数ミリ単位で違う表情になっちゃうんだよね。
漆原さんには毎回質問状を投げかける
──漆原さんのお話が出ましたが、「鈴の雫」の制作にあたってやり取りなどは?
長濱 そうですね、漆原さんには毎回質問状を投げかけて、それに対して答えを頂いてるんですけど。今回も「このキノコなんですか?」「シロシメジです」とか「この薬草はなんですか」「ナンバンギセルです」といった細かい部分まで明確な返事をいただいています。
──漆原さんの中に、綿密な設定があるんですね。
長濱 そうです。ほかには、ギンコが山頂で蟲くだしを作るんですけど、そのときに巻物を広げるんです。原作だと巻物に書いてある文字は読めないんですけどアニメだと画角が広がって見えちゃうので、その文字を漆原さんに考えてもらったりしてます。「棘のみち」にも淡幽の書簡が出るんですけど、その文面も漆原さんが考えてくれたり。
──信頼関係があるからこその徹底ぶりですね。
長濱 逆に原作とは違うところなんですが、カヤの髪にグラデーションをつけました。「蟲師」の登場人物の髪色はほとんど黒。髪の色が違うってことは、ギンコの髪が白いように何かの理由がある。カヤは人間ではなくヌシなので、差をつけるためにグラデーションをあしらったんです。(「冬の底」に登場した)亀のヌシから生えてる葉っぱにも、漆原さんのカラーに合わせて何色かのグラデーションを入れてるんですけど、その色と近い。
──なるほど。「蟲師」は説明が少ないということが特徴の1つだと思いますが、説明したくなることってありますか? 例えば、「鈴の雫」には「ふたつめの瞼の裏」という言葉が出てきますが、わからない人も多いかと思います。
長濱 わからない人、いるでしょうね。でも「わかんないから面白くない」って人は、このストーリー自体が合わない人だと思うんですよね。面白いなって思った人は、わかんなかったら「蟲師」を知ってる人に聞くんじゃないかな。「蟲師」のストーリーの全部の完結がここ(「鈴の雫」)にあるって思って劇場に来た人は、そうじゃないことに愕然とするわけですよ。カヤの話は終わった。だけど光の輪がなんなのかもわからなかったし、ギンコのこともわからなかった。
馬越 ええ。でも「蟲師」のファンは、はっきりしたことを提示されればいいって人たちではなく、それとなく匂わせるところがちょこっと出るだけでニヤリ、って人たちが多そうな気がしますよね。
長濱 またいつか、ちょっとだけ事実が明かされる漆原さんの原作が生まれるかもしれないし。全て説明されて、全部が理解できるっていうのは、この先も「蟲師」に関してはないんじゃないかなあ。
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- 「蟲師 特別編『鈴の雫』」
- 2015年5月16日 劇場公開
- 「蟲師 特別編『鈴の雫』」
ヒトから生まれ、ヒトとは成れぬ事を定められたモノが在った。
摩滅しゆく心に灯るは無数の光──己を取り巻く総ての生命という輝き。
往くべき処を悟るモノ、還るべき温もりを示す者。
其々が其々の“生”を全うする刻、かの地に鳴り渡るのは──幽寂なる調べ。
スタッフ
- 原作:漆原友紀(講談社 月刊アフタヌーン 所載)
- 監督・シリーズ構成:長濵博史
- キャラクターデザイン・総作画監督:馬越嘉彦
- 美術監督:脇威志
- テクニカルアドバイザー:大山佳久
- 撮影監督:中村雄太
- 編集:松村正宏
- 音楽:増田俊郎
- 音響監督:たなかかずや
- アニメーション制作:アニメーションスタジオ・アートランド
キャスト
- ギンコ:中野裕斗
- 声:土井美加
- カヤ:齋藤智美
- 葦朗:小川ゲン
長濱博史(ナガハマヒロシ)
1970年生まれ。1990年、マッドハウスに入社。「YAWARA!」などさまざまな作品に参加した後、フリーランスになる。1996年に「少女革命ウテナ」のコンセプトデザインを担当し、以降はプリプロダクションとしての作品参加も増えていく。2005年には「蟲師」にて初監督を務め、高い評価を獲得。東京国際アニメフェアでは、第5回東京アニメアワードのテレビ部門にて優秀作品賞を受賞した。このほか代表作は、OVA版「デトロイト・メタル・シティ」「惡の華」など。(長濱の「濱」は正しくは旧字体)
馬越嘉彦(ウマコシヨシヒコ)
1968年生まれ。「魁!男塾」などの東映作品の動画を経て、「ママレード・ボーイ」からキャラクターデザインに携わる。「ハートキャッチプリキュア!」のキャラクターデザインで、東京国際アニメフェア2011・第10回東京アニメアワード個人部門キャラクターデザイン賞を受賞。長濱監督とは「蟲師」のほか、「十兵衛ちゃん」などでタッグを組んでいる。
©漆原友紀/講談社・アニプレックス