コミックナタリー PowerPush - 蟲師
監督と総作画監督が語る「みんなで観る最終回」とは
来たる5月16日、「蟲師 特別編『鈴の雫』」が封切られる。「鈴の雫」は漆原友紀による原作「蟲師」の最終エピソード。2005年に産声をあげたアニメ「蟲師」は、2014年に制作された「蟲師 続章」を経て、劇場公開される「蟲師 特別編『鈴の雫』」にて原作の全話アニメ化が完了する。
コミックナタリーではこれを記念し、長濱博史監督と、キャラクターデザインと総作画監督を務めた馬越嘉彦にインタビューを敢行。約10年かけて関わってきた「蟲師」への想いを存分に語り合ってもらった。
取材・文・撮影/三木美波
ファン同士が同じ場所で観るイベントになってほしい
──今日は5月16日に劇場での公開を控える「蟲師」についてたっぷりお話を伺えたらと思います。早速ですがインタビュー前に長濱さんが馬越さんのことを「にいやん」と呼んでいるのを聞いてしまいまして……。ここから聞いてもよろしいでしょうか?(笑)
馬越 親しみと軽蔑がない交ぜになった呼び名なんじゃない?
長濱 なってないなってない(笑)。「にいやん」だと、先輩としてもリスペクトしつつ、親しみもある感じが出せるじゃないですか。
──「お兄さん」という意味の「にいやん」?
長濱 そうです。馬越さんとは距離をあけないようにしてて。距離があると馬越さんが描いているものに対して意見を言いづらい。「馬越さんこうしてよ」っていうと棘がある気がするんだけど、「にいやんよろしくです」とか「にいやん修正お願いします」みたいにやってれば壁をひゅいひゅいって超えていけるなあって。
──なるほど。おふたりの信頼関係がわかったところで、「鈴の雫」について教えていただければと思います。まだ制作中と伺っていますが……(この取材は4月下旬に行われた)。
馬越 んー、「やばい」っていう……。
長濱 どうやばい感じ? 作画の物量が?(笑)
馬越 そうですね、今は最後の追い込み中なので……。でもなんとかするつもりでいます。スクリーンで観られるのが楽しみですね。
長濱 馬越さんの言っているとおり、俺もスクリーンで観るのが楽しみです。実は「蟲師」は劇場公開するこのエピソードもTVシリーズもほぼ同じような作り方でやってるんです。(映画館は)5.1chだから音響の面も違いますし、画面が大きくなるから美術も作画も注意を払ってはいますけれど。でも努めてTVのときと変えないようにしている部分もあって。
──それはなぜでしょうか?
長濱 TVシリーズの延長線上の最終回を、みんなで同じ場所で観るイベントみたいなことになってくれればいいなあと思っているんです。今までずっと家のTVで「蟲師」を観てた、パーソナルに作品と向き合っていた人たちが、たくさんの人と同時に同じ場所で同じ時間を共有するって、想像がつかなくてわくわくしてます。劇場だと周りの人の顔も見えますし。
──2期の「続章」シリーズに先駆けてTVで放映された特別篇「日蝕む翳」も、TV局の枠を超えて同時刻にオンエアされましたね。
長濱 何人もの人間と同じものを共有する出来事って、「蟲師」においてすごく特別な意味を持ってるんです。第1話の「緑の座」にも「感覚を分かちあうのは難しい」というセリフがあります。自分の触れたものとか感じているものを、他者と寸分違わず共有することは難しいんだ、っていうのが漆原さんのテーマの中にもずっとあって。難しいけど、少しでもわかり合えたって思えた瞬間に大きな喜びがある。同じ感覚を共有する、共鳴で成り立っている作品だと思っているので。
アニメーターや声優が出しゃばらないほうがいい
──先ほどは劇場で上映されるということで、作画に注意を払っているとおっしゃっていましたが……。
馬越 TVだったらこのくらい(親指と人差し指で大きさを表す)のキャラクターが、スクリーンだと人間の実寸より大きくなる。だからどうしても丁寧になりますよね。時間がかかる。アクションもののアニメだったら、動くからいいやってなる部分もあるんですけど。
長濱 そうそう、アニメのアクションシーンって、動きと動きの間の絵は目にも止まらないじゃないですか。だから動きの最初と最後だけちゃんと描いておけば、なんとかなるんですけど。
馬越 (アクションの動きが)止まるところだけちゃんと描いておこうか、みたいな。
長濱 だけど「蟲師」って、こういうふうに(ゆっくり)動いているので。
馬越 だから純粋に丁寧に絵を描くようになってると思います。ちょっとビビってるんだと思うんですよ、スクリーンに。
長濱 これ実はどの部署の人もそうなんですよ。先日音響監督のたなかかずやさんと、効果音とか音楽とか全部つけていく作業があったんですけど。5.1chならではの微調整に、今までにないくらい時間がかかったんです。たなかさんが(後方を指して)「もっと回り込む感じがほしいんだよね」みたいなね。作り手側の意識が、さすがに劇場で上映されるからこれくらいはやっとかないと、となってると思います。
──馬越さんが「ここはやっとかないと」と思われたシーンはどのあたりなのでしょうか?
馬越 うーん……不思議なんですけどね、この作品はクライマックスのシーンだから力を入れるっていうのではない。ほかの作品をやってたときにはあんまりない感覚なんですよね。まんべんなくというか……。
長濱 (指で波形を描きつつ)こういうふうに波があってっていうのではなく、(一文字の線を描きつつ)ずーっとこういう感じ?
馬越 そうですね、均す作業。クライマックスだからここだけ上手い人に頼んで突出した作画をしてほしい、とかはないんです。全体的な流れを壊さない作画というか。
長濱 ああ、よくわかる。なるほど。
馬越 「蟲師」はアニメーターが出しゃばらないほうがいいんです。アニメーターさんはどうしても、「俺うまいだろう」っていうのを見せたくなっちゃうこともあるので。
長濱 「蟲師」の場合、それが雑音になるんですよね。役者さんもそうで、「俺、うまいだろう」って芝居やった瞬間に「蟲師」の世界では浮いてしまう。
馬越 そうそう。
長濱 「こいつ嘘ついてんなあ」って芝居になっちゃう。(「声」を担当した)土井美加さんもよくおっしゃってたんですけど、何かをやろうと欲を出した瞬間にふわっと手から離れていくから、欲は出さない、と。悲しいところだったら、悲しいことを声にのっけるんじゃなくて、ただ悲しいと思えばいいと言ってたんですよ。悲しいと思ってセリフを言うだけでOKが出るって。だからすごく難しいって言ってました。自分の感情が少しでもブレちゃうと声に現れて、「今、ちょっと不明瞭になりましたね」って言われるもんだから、ずーっと緊張してるって言ってましたよ。1回も慣れなかったって。
次のページ » 馬越さんにしか描けない表情のオンパレード
- 「蟲師 特別編『鈴の雫』」
- 2015年5月16日 劇場公開
- 「蟲師 特別編『鈴の雫』」
ヒトから生まれ、ヒトとは成れぬ事を定められたモノが在った。
摩滅しゆく心に灯るは無数の光──己を取り巻く総ての生命という輝き。
往くべき処を悟るモノ、還るべき温もりを示す者。
其々が其々の“生”を全うする刻、かの地に鳴り渡るのは──幽寂なる調べ。
スタッフ
- 原作:漆原友紀(講談社 月刊アフタヌーン 所載)
- 監督・シリーズ構成:長濵博史
- キャラクターデザイン・総作画監督:馬越嘉彦
- 美術監督:脇威志
- テクニカルアドバイザー:大山佳久
- 撮影監督:中村雄太
- 編集:松村正宏
- 音楽:増田俊郎
- 音響監督:たなかかずや
- アニメーション制作:アニメーションスタジオ・アートランド
キャスト
- ギンコ:中野裕斗
- 声:土井美加
- カヤ:齋藤智美
- 葦朗:小川ゲン
長濱博史(ナガハマヒロシ)
1970年生まれ。1990年、マッドハウスに入社。「YAWARA!」などさまざまな作品に参加した後、フリーランスになる。1996年に「少女革命ウテナ」のコンセプトデザインを担当し、以降はプリプロダクションとしての作品参加も増えていく。2005年には「蟲師」にて初監督を務め、高い評価を獲得。東京国際アニメフェアでは、第5回東京アニメアワードのテレビ部門にて優秀作品賞を受賞した。このほか代表作は、OVA版「デトロイト・メタル・シティ」「惡の華」など。(長濱の「濱」は正しくは旧字体)
馬越嘉彦(ウマコシヨシヒコ)
1968年生まれ。「魁!男塾」などの東映作品の動画を経て、「ママレード・ボーイ」からキャラクターデザインに携わる。「ハートキャッチプリキュア!」のキャラクターデザインで、東京国際アニメフェア2011・第10回東京アニメアワード個人部門キャラクターデザイン賞を受賞。長濱監督とは「蟲師」のほか、「十兵衛ちゃん」などでタッグを組んでいる。
©漆原友紀/講談社・アニプレックス