吉田恵里香×芹澤優「前橋ウィッチーズ」はキラキラしたものだけでは癒されない傷に効く“軟膏”、自身を重ねて感情を爆発させた栄子役を語る (2/2)

自身と重なる感情を乗せた膳栄子

──初回のお客さんとして来店した際は、前橋ウィッチーズに背中を押されて「がんばってみよう」と思うけど、その結果として栄子は傷ついて絶望して前橋ウィッチーズと敵対してしまう。芹澤さんはそれぞれどんなモードで演じられていたんですか?

芹澤 1話のときは純粋に前橋ウィッチーズのキャラクターたちと出会って、私自身も実際に声優の皆さんと初めて会ったんですけど、膳栄子としての前に芹澤優として「あなたたちは恵まれているよね」という感情が若干あったんですよ。それは悪い意味じゃないんですけど、こんなに面白い台本があって、自分たちをメインにキャスティングしてもらえて、いろんな活動ができるって素晴らしく恵まれていることだし。でも、私は声優としてデビューしたかったけど、アイドルデビューが先で「声優がやりたいのにやれない」みたいな時期も長かったから……もうデビューから13年ですけど、ベースとしてうらやむ気持ちがあった。だから、彼女たちが「このセリフ、どう思う?」みたいな感じでキャッキャしている姿を見て、お姉さんとしてすごく「いいね!」と思う気持ちと、私があの子たちと同じ世代で同じ空間にいたら絶対に嫉妬してしまうなっていう。そのどっちの感情も自分の中にあったので、栄子にはすごく入っていきやすかったですし、すごく申し訳ないけど、あんまりしゃべりかけないようにしていました(笑)。

芹澤優

芹澤優

芹澤優

芹澤優

──なるほど(笑)。でも、すごい話。そこまでリアルな自分と演じるキャラクターがシンクロすることってあるんですね。

芹澤 こんな話をして、あの子たちに怖がられたくはないんですけど(笑)。でも、1話の時点で「仲良くなりすぎない。今、この絶妙な感情のままで、悪に染まる後半までいけたらいいな」と正直思っていました。

──芹澤さん以外の配役は考えられないと思わせるエピソード。

芹澤 1年ぐらい前にキャスティングの話はもらっていて「ぜひ芹澤さんで。と言ってくださっています」と聞いていたので、私としても「ぜひ!」と思っていたけど、台本を読んだら、まさかのここまで自分と重なるキャラクターとは思わなかったから驚きましたし、同時に「これは入り込めるな」って。なので、最終話の「そういうとこ! 楽しそうなとこ!」ってなるシーン。すごく怖いじゃないですか。でも、すごく納得できて。テストで泣きすぎてしゃべれなくなっちゃうぐらい、役に入り込んでいました。あんなに役に入り込めることはなかなかないので、本当に泣きすぎて台本が読めなくなっちゃって(笑)。

──それは先ほど話してくれたような感情が爆発してしまって?

芹澤 爆発しました。それまで感情をずっと溜めていた感じだったんです。9話、10話、11話とアフレコに行くたびに楽しそうな彼女たちを見て、実際にみんなどんどん仲良くなっていくから「自分がもし同世代でここにいたら」と思ったら、自然と「楽しそうにしているのがなんかイヤだ」みたいな感情が溜まっていっちゃって。先輩としてはあんまりよろしくない感情かもしれないけど、そうやってどんどんどんどん溜まっていたものを最後、ビンをバァーン!って割ってぶちまけるみたいに爆発させていました(笑)。

芹澤優

芹澤優

──今の話を聞いて鳥肌立ってます(笑)。これは脚本家冥利に尽きる話なんじゃないですか?

吉田 いやー、うれしい! 監督たちと「栄子ちゃんを誰にするか?」話し合ってご依頼させていただいたんですけど、芹澤さんって声優さんが本来口に出すのをためらってしまうことをめっちゃ言うじゃないですか(笑)。それがすごくいいんですよ。顔を出して演じられている声優さん、特に女性の方は繊細な言葉選びやさまざまな面からの配慮を求められることが多いと思います。でも、芹澤さんのラジオとか聴かせてもらったときに「この子、こんなしゃべり方するんだ! すごいな!」と思って。私は強い人が好きだし、芯があって、ちゃんと言葉にする人が好きなので、本当にやってもらえてよかったなと思っているし、そんなに感情を込めて演じていただけたことは作家としてもうれしいし、前橋ウィッチーズの子たちもすごくいい経験をさせてもらったと思います。プロとして上手に現場をまわすことも大事だけど、感情をぶつけたり、時には泣いてしまったり、そういう思いは作品にも反映されますし、チーム全体にもすごくいい影響を与えるんですよね。なので、前橋ウィッチーズの子たちにもこの記事を早く読んでほしい!(笑)

──今すぐ読んでほしいですよね(笑)。

吉田 私は前橋ウィッチーズの子たちがすごく大好きで大切に思っているから、どうしても守りの姿勢になっちゃうんですよ。「傷つかないでほしい」とか、ありがたいことにライブやイベント稼動が多いから「ちゃんと寝れているのかな?」とか。もしかしたら心ない言葉を浴びるかもしれないから「エゴサしないでほしい」と思ったり。ほとんど保護者というか親戚のお節介おばちゃんの感覚(笑)。でも、その一方で、芹澤さんみたいに感情をぶつけて演技する先輩の、一種の洗礼も受けてほしいんですよね。いい方向で、心が揺さぶられてほしい。彼女たちが芹澤さんの立場になったとき、後輩たちに対してできることがきっと変わってくると思うので。私はそういう連鎖が好きだから。今日はすごくいい話を聞かせてもらえました。

吉田恵里香

吉田恵里香

「栄子ちゃんのために観た」みたいな人がいてくれたらいいな

──吉田さんが脚本を手がけるうえで、栄子に持たせたテーマって何だったんですか?

吉田 本当は手を差し伸べたかったり、感情をぶつけたいときに人が躊躇してしまうのって、その相手が栄子みたいな感情を持っているかもと思うからなんですよね。同じぐらいの環境にいる同士だとしても、手を差し伸べるほうが人間ができている感が出てしまうし、すごく恵まれている人だと上から偉そうに来ている感じがするし、下からでも「なんであなたに施されなきゃいけないの?」と思われてしまうかもしれない。そんな感じで、余裕がなければないほど善意を受け止められない。

──確かに。

吉田 あと、すべての人がそうじゃないけど、アニメ作品に救いや居場所を求めている人が多くいる中で、その人たちのすべてがキラキラの「がんばれー!」「現状維持はダメだよ。前に進めー!」みたいなものを浴びたいとは思えなかった。それは「健気なこの子たち、かわいいわー」というのがセットじゃないと難しいというか、そっちの路線を「前橋ウィッチーズ」は早々に捨ててしまったので(笑)。その中でやっぱり栄子という、前橋ウィッチーズの5人を俯瞰で見つつ、ちょっとネガティブに見る存在は絶対に必要な軸としてあったんです。だから、あんまり仲良くなってほしくないというか、精神的にはどんどん近くなるけど、ベタベタはしないし、前橋ウィッチーズには入らず独自の道を行くので。そういう関係値も必要だなと思ったんですよね。あと、観てくれた人が全員好きじゃなくても、このキャラは褒めてやろうとか(笑)、そういう人がいてほしいなと思って。ユイナもアズもみんな嫌いだけど、栄子ちゃんの気持ちはわかるとか「栄子ちゃんのために観た」みたいな人がいてくれたらいいなという思いもありました。

吉田恵里香

吉田恵里香

芹澤 私が作品を俯瞰で見れたのは、最終話まで視聴して「やっと」だったので。やっぱり作中は自分からの目線で演じていたけれども、今の話を聞いて「本当にそうだな」と思いました。明るくがんばって前を向いている人がイヤな感じに見える日もあるし、でもそれってめっちゃ気分の話だから。栄子が刺さった日もあれば、栄子に「水差すなよ! やっと9話でみんなの問題が解決して仲良くなったのに!」と思う日もあるし(笑)。きっと観る年齢とか、そのときのコンディションでも栄子の印象は変わってくる。それがすごくいい。あと、自分がお姉ちゃんとして前橋ウィッチーズとめっちゃ寄り添う選択肢もあったけど、それを選ばず、誠心誠意まっすぐに栄子を演じてよかったなと改めて思いました。

──ちなみに、最終話の後の栄子にはどんな人生を歩んでほしいなと思いますか?

芹澤 最終話のラストでユイナが空を飛んでいて、てくてく歩いていく栄子ちゃんを見て、そこで栄子ちゃんがふと笑うシーンがあるじゃないですか。その距離感でずっといてほしい。ここから前橋ウィッチーズが6人編成になるみたいな未来は……正直あんまり見たくない(笑)。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より、膳栄子。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より、膳栄子。

──「敵対していた同士が仲間になった! 熱い!」みたいな(笑)。

芹澤 もしかしたらそれが熱い人もいるかもしれないし、栄子ちゃんがそこに交わっていくことが栄子ちゃんにとって幸せのパターンもあると思うんですけど、イチ芹澤さんの意見としては、同じ前橋に住んでいるからちょっとすれ違うぐらいの距離感でいてほしい。

──もし「前橋ウィッチーズ」の続編があるとして、吉田さんはどんな栄子の未来を描きたいと思いますか?

吉田 私はゲストキャラを使い捨てみたいにしたくない気持ちが、シリーズになればなるほどあるので、どういう関わり方になるかはわからないけど、栄子ちゃんだけじゃなくてほかのお客さんたちとも一緒に物語を紡いでいきたい。それこそ前橋愛がみんなあるし、栄子が前橋のどこかでバイトしている描写があってもいいだろうし、そうやってみんなの人生が進んでいく感じを描けたらいいなと思うから、続編はやりたいんですけどね!

芹澤 やってほしいです! 続編があれば、私もまた出られるし! あと栄子ちゃんの本当の性格がまだ全部見えていないじゃないですか。クラスの女の子ともそんなに心を許して話している感じがなかったし、距離をすごく感じたから、心を許した相手にどんな表情をするのかは見てみたいなって。それがユイナになるのかもしれないし。「意外と毒舌でツッコんだりするのかな」みたいな(笑)。

左から吉田恵里香、芹澤優。

左から吉田恵里香、芹澤優。

キラキラしたものだけでは癒されない傷もきっとある

──「前橋ウィッチーズ」というアニメ作品が生まれ、少なからず世に受け入れられた要因って何だと思いますか?

吉田 作品をつくるときには、絶対に誰かに寄り添ったり、誰かの心を揺さぶったり、心の硬いシールドにヒビを入れられるようなものにしたいと思っているんですけど、その中で「前橋ウィッチーズ」はもしかするとアニメにおいて空いていたスペースに運よく入れたのかなと思います。あと、やっぱり、誰しも生活や人生はしんどいし、キラキラしたものだけでは癒されない傷もきっとあると思うので、そこに軟膏的に「前橋ウィッチーズ」が響いたのであれば、ありがたいなと思いますね。オリジナルだったし、1クールしかないし、前橋ウィッチーズの子たちのことは愛していますけど、新人声優が主役を演じる……そこの難しさはあったんです。原作がないから、本当は知名度のある人たちで固めないとなかなか観てもらえないんですよ。今は驚くぐらいたくさんのアニメがあるから、0話切りされちゃう。でも、こうやってフレッシュな子たちと組んで、なかなかのチャレンジングな作品をつくる以上は「やってよかった」と出演者のみんなに思ってもらいたい、楽しんでもらいたい。それはチームのみんなが思っていたことだから、それが前橋ウィッチーズの5人に伝わって、出演者の皆さんにも伝わって、お客さんにも伝わって。いい連鎖ができている作品だと思っています。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

TVアニメ「前橋ウィッチーズ」より。

前橋ウィッチーズ。左から赤城ユイナ役の春日さくら、三俣チョコ役の三波春香、新里アズ役の咲川ひなの、北原キョウカ役の本村玲奈、上泉マイ役の百瀬帆南。(撮影:曽我美芽)

前橋ウィッチーズ。左から赤城ユイナ役の春日さくら、三俣チョコ役の三波春香、新里アズ役の咲川ひなの、北原キョウカ役の本村玲奈、上泉マイ役の百瀬帆南。(撮影:曽我美芽)

──そんな今も着実にファンを増やし続けている「前橋ウィッチーズ」に脚本家として、声優として携わったおふたりから見て、今のアニメ業界ってどんなふうに映っていたりしますか?

吉田 今は視聴者が自分の欲しいものを多くの中から選べる時代じゃないですか。なので、その中で「前橋ウィッチーズ」という作品をチョイスしてもらえたらうれしい。純粋にそれだけなんですけど、視聴者ではなくアニメ業界というくくりでは、作り手の多忙さ余裕のなさが最近は気になりますね。今は本当にとんでもない本数のアニメが毎クール放送されていて、みんな忙しい。収入面で常に不安定さのある業界で生活のためには本当にしょうがないんですけど、気を抜くと、どうしても成果物への愛情が薄まっていってしまう気がするんです。でも、チームとして「売れている作品だから」とか関係なく「この作品が大好き」と思って制作していけば、キャラクターや物語自体への愛情も変わってくるはずだし、ひとりの人間としても偏見とか差別とか蔑視とかに加担しない存在であろうと思えてくるはずなんです。そういう偏見とか差別意識があるといい作品は生み出せないと思うし、だからこそ何事に対しても愛情を持つことが重要です。そういう意味では生活面や精神面での余裕が必要だし、もっとスタッフ全員が報われるシステムができるといいなと思います。業界全体でアップグレードしていく努力が必要なんですよね。

芹澤 私はアニメシーンの中にいるんですけど、声優ってキャスティングしていただいて、セリフを読ませていただく側だから、吉田さんみたいに作品内に自分の「こうなってほしい」みたいな思いを言葉にして残すことはあんまりできないんです。だからこそ、吉田さんとか制作陣の方々が「この作品はこんなに大きいメッセージがあって、これを観た人が何かを感じてくれるんじゃないか」と思う作品に選ばれる自分でありたいし、そういう作品に参加するためにも自分の価値を上げていきたいと思っています。それで「この思いを持っている人たちと作品をつくりたい」というチームの仲間になれる自分でいたいなと思いますね。

左から吉田恵里香、芹澤優。

左から吉田恵里香、芹澤優。

自分の新たな可能性を見出せた栄子役

──では、最後に、そんなおふたりの脚本家/声優人生において「前橋ウィッチーズ」はどんな存在になったか、聞かせてください。

芹澤 自分が若い頃はメインヒロインとか、真ん中に立つようなキャラクターとか「この作品を背負います!」みたいなポジショニングを目指して、そこでがんばることが私にできることだと思っていたんです。そういう20代を経て30代になったタイミングで「前橋ウィッチーズ」と出会って。真ん中には若い子たちがいて、杉田智和さんというすごく安心できる柱があって、私はどちらのポジションでもないけれど、膳栄子という役をいただいて「自分にはここでもこんなにできることがあったんだ!」ということをすごく感じることができたし、新しい視点を持つことができたんですよね。自分の新たな可能性を見出せたし、メインヒロインでなくてもやれることがたくさんあることを知れた。むしろ、このポジションだから私はここまでできたのかもしれないと思うから、この視点をこのタイミングでもらえたことはすごくありがたいと思っています。

芹澤優

芹澤優

吉田 これから両方やっていけるということですもんね。すごい。なんでもできちゃう! 両方知っている人がいちばん優しくも厳しくもできるから。

芹澤 そうなりたいです!

吉田 私にとって「前橋ウィッチーズ」は、原案も原作もない初のオリジナルのTVアニメだったんですけど、「これでもうオリジナルの仕事が来なくなってもいいや」というつもりでやり切ったんですよ。そのときの私の全部を好きなスタッフさんたちとつくることができた。そしたらこうやって反響を生んだから、すごく恵まれてラッキーだなと思うし、原作ものとオリジナルは面白味が全然違うから、ここからはその両方をやっていけたらいいなと思えるぐらい自信にもなったし、すごく大事な作品になりました。こんなに保護者目線で演者さんを見たことはないし(笑)。もし続編がつくれるなら、変わらずこの気持ちで、1作目では描けなかったことをやりたいなと思うし、またご一緒できるようにがんばります!

左から吉田恵里香、芹澤優。

左から吉田恵里香、芹澤優。

公演情報

「『前橋ウィッチーズ』ライブ ~Welcome to WITCH-VERSE!!~」

「『前橋ウィッチーズ』ライブ ~Welcome to WITCH-VERSE!!~」

日程:2025年12月26日(金)、27日(土)
時間:
<DAY1>18:00開場/19:00開演
<DAY2>昼の部13:00開場/14:00開演、夜の部17:30開場/18:30開演
会場:東京都 Zepp Haneda(TOKYO)
出演:春日さくら(赤城ユイナ役)、 咲川ひなの(新里アズ役)、本村玲奈(北原キョウカ役)、三波春香(三俣チョコ役)、百瀬帆南(上泉マイ役)
ゲスト:
<DAY1>グレート-O-カーン
<DAY2 昼の部>芹澤優(膳栄子役)
<DAY2 夜の部>杉田智和(ケロッペ役)

チケット:グッズ無しチケット8800円、グッズ付きチケット12100円
※Blu-ray封入先行、CD封入先行あり

チケットはこちら|イープラス

プロフィール

吉田恵里香(ヨシダエリカ)

11月21日生まれ、神奈川県出身。脚本家・小説家。2022年に脚本を手がけたNHKよるドラ「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。2024年にはNHK連続テレビ小説「虎に翼」の脚本を担当し、大きな話題を集めた。TVアニメ「神之塔 -Tower of God-」「ぼっち・ざ・ろっく!」「前橋ウィッチーズ」などでも脚本を務めるなど、ジャンルを横断して活躍している。

芹澤優(セリザワユウ)

12月3日生まれ、東京都出身。81プロデュース所属。主な出演作に「プリパラ」シリーズ(南みれぃ役)、「黒岩メダカに私の可愛いが通じない」(川井モナ役)、「彼女、お借りします」(八重森みに役)、「3D彼女 リアルガール」(五十嵐色葉役)などがある。声優アイドルユニット・i☆Risのメンバーとしても活動中。ソロアーティストとしても活躍している。