コミックナタリー PowerPush - マダム・プティ

16歳の未亡人、波乱の旅路はオリエント急行からパリへ 新天地で生まれた高尾滋の新たな魅力

時代の空気感を忠実に描きたい

作業机には、作画に使用する資料が数十冊積まれている。

──作業机の上を拝見しただけでも、分厚い本がざっと30冊ほど積まれていますが、だいぶ事実関係を調べられているようにお見受けします。

できるだけ……。マンガ的な面白さを優先して嘘をつくのはいつものことですが、わからないからというだけで適当に描いてしまうと、やっぱり雰囲気が台無しになっちゃうから。

──資料を集めるのも大変なのでは?

オリエント急行に関するものは手に入りづらくて苦労しました。乗客は何を食べていたのか、どんなスケジュールで過ごしていたのか……。ただ当時の時刻表があったので、何時にどこに着く、などは確認できました。

資料から各キャラクターのモデルを決めて、デスクライトにコピーをペタリ。服装や髪型の参考にしているという。

──作画の面ではいかがですか。大正時代が舞台の「ゴールデン・デイズ」でも、部屋の内装や小物に至るまでしっかり描き込まれていた印象を受けましたが。

私はこういう昔の写真集を眺めてるだけですごく楽しいので、全然大変じゃないです。半分趣味のようなものです。逆に、現代ものの資料にはあんまり興味がなくて。普通の校舎の写真とかずっと見ててもしんどいなあって(笑)。

──では今回の連載では好きなものが描けてそうですね。作中で描くのが特に大変だったものは何ですか?

オリエント急行の出発シーン。カケアミはすべて手描きだという。

私は基本的には人物を描いていて、手がかかる背景や小物はすべてアシスタントさんなので……。皆、文句も言わず黙々と描いてくれて本当にありがたいです。オリエント急行の出発シーンで1ページ使ったところなんて、すごく感動しちゃって。このページのカケアミ、全部手描きなんですよ!

──すごい。緻密に描かれてますね。

アシさんが時間をかけて、コリコリコリコリやってくれて……。皆が小さなコマまでがんばってくれているので、「ああ、キレイ」「いいなあ」とかそういう思いを、ディテールから読者さんに感じてもらえたらうれしいです。

「筆が乗るとき……あんまりないですねえ」

──高尾さんは、描いてて筆が乗るなっていうのはどういうとき?

「マダム・プティ」カット

筆が乗る……そういうことは、あんまりないですねえ。マンガって、面倒くさいんですよ。下書きして、ペン入れして、消しゴムかけて、同じ絵を何度も何度も描いて……。しいていえば原稿が仕上がる瞬間が一番好きですね。

──あ、作画よりも、お話を考えるのが好きなんでしょうか。

いや、それもけっこう苦痛です。

──(笑)。

絵を描くのは好きなんですよ。締め切りがなければきっともっと楽しくできるとは思うんですが……でも締め切りがないと、ここまでコンスタントにはマンガ描かなくなっちゃうかもしれない……。

──高尾さんにとって、マンガを描くモチベーションって何ですか。

そうですね……私はすごく少女マンガが好きだったので、子供の頃に読んで夢中になった世界観を私も描きたい、少女マンガを読んで受け取った気持ちを私も伝えたい、というのがすごく大きいです。

ページ数が増えたことで、表現に余裕ができた

──少女誌の花とゆめでずっと活躍されてきましたが、今回の連載からは少し読者の年齢層が上がる別冊花とゆめに場を移しました。執筆する上で何か変えたことはありますか。

大きく絵柄を変えているつもりはないんですけど、主人公の目を小さくしてきています。前回の連載(「いっしょにねようよ」)は主人公の目がすごく大きかったので、今回はもうちょっと大人向けの絵柄にしてもいいんじゃないかしら、と。

「マダム・プティ」第1話カラー扉

──第1話のカラー扉の万里子は、まだかなり目が大きいですね。

前の連載の名残がありましたね。ニーラムも目がぱっちりしていて。少しずつ調整しているので、2巻になるとだいぶ落ち着きます。最近は「ちっちゃくしすぎたかな?」って思って、逆に大きくしたりも(笑)。絵柄がなかなかまだ安定しないんですよね。

──別花では、1話あたりのページ数も花とゆめより増えています。

そうですね。第1話は60ページ、その後数回は40ページくらいだったんですが、担当さんと相談して、最近は36ページで落ち着いてきました。最初は手探りでしたね。花とゆめは30ページだったので、描いてて「あ、まだ(尺が)ある!」みたいな感じになってしまい(笑)。でもページはあればあるだけ余裕を持って描けるので、ありがたいなと思います。30ページだとカットしなきゃいけないような場面も、のびのびと描かせてもらえるし。

──なるほど。

さっきのオリエント急行の発車シーンとかも、たぶん30ページではまるまるカットでしょう。ページ数があれば、背景をドーンと見せたいシーンに大ゴマを持ってこれたりとか、思い切ってページを使えてすごくいいです。キャラクターのここぞという表情や感情の動きも、丁寧に見せられる。

──「マダム・プティ」の中で、この表情は渾身の1枚、っていうところはどこですか?

1巻の大きな山場となる、万里子が初めて涙を見せるシーン。

うーん……やっぱり1巻の最後の万里子の泣き顔。たぶん、時間がかかってます。もともとすごく気が強いタイプの子なので、それが決壊するところはじっくり描こう、初めて泣くシーンはここにしようって最初から決めてたんです。5ページにわたって、感情の昂りをじっくり描けてうれしかった。

──まさに画面を贅沢に使えたシーンということですね。

はい。この連載になってから、コマ数も増えてる気がします。花ゆめ時代に比べれば描く時間も増えているので、細かく描き込んでみたりとか。でも私、放っておくとセリフをどんどんカットしちゃうんですよ。編集さんに「ここは飛ばしすぎで読者に意味が伝わらないから、もう少し補足して」って指摘されて、セリフを足すこともあります。

高尾滋「マダム・プティ(2)」 /発売日 / 000円 / 出版社
高尾滋「マダム・プティ(2)」
あらすじ

時は1920年代。16歳の万里子は新婚の夫である俊とイスタンブールからオリエント急行の旅に出る。俊は万里子の亡父の友人で、30歳ほどの年の差があったが、幼い頃から俊に憧れていた万里子は彼の良き妻になろうと決意する。車中は国際色豊かな乗客で溢れ、万里子は初めてのことばかり。尊大な態度のインド人青年・ニーラムとは微妙な軋轢(!?)も……。だが、翌朝、俊が客室で死亡していた!

高尾滋(たかおしげる)
高尾滋

2月15日埼玉県生まれ。1995年、「人形芝居」が第240回花とゆめまんが家コースHMCで1位にあたる優秀賞を受賞。その後、1996年に「写絵(しゃかい)」が第28回花とゆめビッグチャレンジ賞準入選+編集長期待賞を受賞し、同年花とゆめ13号(白泉社)に「不思議図書館」が掲載されデビュー。1998年、優秀な新人に贈られる第23回白泉社アテナ新人大賞デビュー優秀者賞を「人形芝居」で受賞し、期待の新人として注目を集める。叙情的なストーリーと緊張感漂うセリフ回しが特徴的で、2000年には「ディア マイン」を花とゆめにてスタートさせた。その他の代表作に、旧家のお姫様と彼女を守る忍者の少年の恋を描いた「てるてる×少年」、大正時代にタイムスリップしてしまった男子高校生が主人公の「ゴールデン・デイズ」などがある。 現在は別冊花とゆめ(白泉社)にて「マダム・プティ」を連載中。