「時光代理人 -LINK CLICK-」を「いきもの図鑑」シリーズのぬまがさワタリが“アニメの次の10年”を指し示す作品と太鼓判 (3/3)

「時光代理人 -LINK CLICK-」は“アニメの次の10年”を指し示す作品

──ここまで話を伺ってきて、ぬまがささんは「時光代理人」の批評性の強さに惹かれているのを強く感じました。

それもありますが、この作品から感じられる“優しさ”が一番好きなポイントなんです。

──“優しさ”というのは?

「優しさ」と一見矛盾するようですが、「時光代理人」では厳しいルールが貫かれていますよね。過去は過去であり、基本的に変えられない。死者は決して蘇らないし、本当に重要な分岐も変えられません。それって実はとても悲しいことで、ある意味では主人公たちは「見てるだけ」の無力な存在です。だけど、そうした悲しさややりきれなさ、失意や後悔を抱えた人々の過去を主人公が「追体験」して、相手の立場になって想像し、理解し、ひととき寄り添うことで、ひょっとしたら彼ら/彼女らの人生に、わずかな慰めや救いが与えられるかもしれない。時には未来に向かう力になるかもしれない。そういう、人生の悲しさを見据えた先にある、とても優しい精神を感じられるところが本作の素晴らしい点です。さらに言えば、トキたちがやっている「写真に“ダイブ”する」という行為は、私たち視聴者がアニメや映画などのフィクションを観て、他者の物語を追体験することのメタファーなんじゃないかと感じていて。私たちはフィクションを観たところで、その中身を変えられないじゃないですか。

第5話より。過去に“ダイブ”した際に心に傷を負い涙を流すヒカルに寄り添うトキ。

第5話より。過去に“ダイブ”した際に心に傷を負い涙を流すヒカルに寄り添うトキ。

──はい。

その意味では私たちもトキたちと同じように無力なのですが、そういうふうに「追体験」を繰り返し、想像し、理解し、「他者の物語」への解像度を上げていくことで、誰かが抱えている苦しみに思いを寄せることができる。そうした想像力こそが、この世界を少しだけよい場所に、優しい場所に、美しい場所にしていくんじゃないかと思うんです。そういう優しく、美しい精神に貫かれているからこそ、「時光代理人」はフィクションを愛する多くの人たちの心を打つ作品になっているんじゃないでしょうか。

──本作を観るのにとてもいい補助線となる話だと感じます。

大げさではなく、“アニメの次の10年”を指し示すと紹介していい作品だと思います。一口にTVアニメと言っても時代ごとに変化していて、2000年代や2010年代とか、年代ごとにざっくりと特徴を語れますよね。その意味で「時光代理人」は、2020年代のアニメを語るうえで大きな鍵になる作品なんじゃないでしょうか。

第2話より。

第2話より。

シナリオや演出が優れていれば満足度の高いアニメができる

──ここまで本作のストーリーやテーマを中心に話を伺いましたが、絵についてはどう感じますか?

キャラクターデザインのほかには、美術もシンプルによくできているなと。美麗な自然や空の描写などは、李豪凌監督が影響を公言している新海誠作品を彷彿とさせるのですが、先述したような理想化を避けた地方描写など、テーマ的にさらに深く進めようという野心も感じました。

第1話より。深夜に自転車で会社から帰宅するエマ。

第1話より。深夜に自転車で会社から帰宅するエマ。

──本作には新海誠監督作品にも携わっている丹治匠さんが美術監督として参加しているんですよね。

そうなのですね。そうした美麗さも素敵ですが、むしろ私が「時光代理人」に感心させられたのは、作画コストが実はそこまで高くないはずなのに、絵が貧相に見えない、むしろリッチに見えることなんです。もちろん別に作画レベルが低いとかではなく、基本的なレベルは高いんですけど。でも例えば「羅小黒戦記」だとか、日本で言えば新海作品や「鬼滅の刃」などの人気アニメと比べると、明らかに作画コストは低めに抑えられていますよね。

──はい。ただ「時光代理人」ってオープニングのダンスや3話のバスケ、6話の手合わせなど動かすところは動かしているんですよね。

そうなんですよ。アニメーションで魅せるべきところはちゃんとやる。でも基本的には作画枚数が多いとか動きが「ぬるぬる」してるとか、そういう方向性のアニメではない。日本のアニメ界では「ぬるぬる」的な点がやたらと重要なポイントとして語られがちですが、それってあくまでアニメの魅力のひとつにすぎなくない?とはいつも思ってます。絵の的確な見せ方ができて、シナリオや演出が優れていれば、全体としてここまで満足度の高いアニメができるんだなと改めて実感しました。

第3話より。とある事情から、“ダイブ”した先でバスケの試合に出場することになったトキ。

第3話より。とある事情から、“ダイブ”した先でバスケの試合に出場することになったトキ。

──最後に、ぬまがささんは今回語っていただいた「時光代理人」を始めとする中国アニメの魅力をどう感じますか?

私もそこまで多くの中国アニメを観られているわけではありませんが、「羅小黒戦記」や「白蛇」シリーズ、「ナタ転生」などの作品に共通するのは、文化や住む場所が違っても、世界の誰が観ても伝わるような普遍的かつ問答無用な面白さを追求している点だと思います。アメリカのディズニーやピクサー、往年のスタジオジブリが目指していたようなことに、今アジア圏で一番近いことをやっているのは中国アニメの作り手たちなんじゃないでしょうか。「世界に乗り出して行くぞ」というまっすぐな気概があって目を惹かれるし、だからこそ私も「新しい中国アニメ? チェックしなきゃ!」状態になっています。「時光代理人」も、バジェット面はそうした大作と違うでしょうが、映画や海外ドラマなども含めた世界エンタメの第一線に食い込んでやる!という情熱をひしひし感じて、背筋が伸びる気持ちです。私はひとあし早く最終回まで拝見しましたが、最後のとんでもないクリフハンガーもすごく海外ドラマっぽいんですよね。いや、最近は海外ドラマでもあそこまで気になる引っ張り方はあまり見ないですけど(笑)。観た人は全員思うでしょうが、素直に今すぐ続きを観せてくれと思わされたので、すでに本国で制作が決まっているというシーズン2を心待ちにしています。

アイキャッチより。

アイキャッチより。

プロフィール

ぬまがさワタリ

イラストレーター。動物の生態を時事ネタやパロディを交えながら紹介するイラストをSNSで発表しており、これまでの著書に「図解 なんかへんな生きもの」「ゆかいないきもの㊙図鑑」「絶滅どうぶつ図鑑」「ふしぎな昆虫大研究」などがある。3月8日には最新作「ゆかいないきもの超図鑑」が発売された。