あえてお金っぽさを強調したネーミング
──トライアル連載以外の施策についても伺いたいんですが、個人的には「報奨金給付プログラム(βテスト)」がすごく気になっていまして。
これはですね……僕らがずっとやってきたことって、作家さんがマンガでお金を得ることの敷居を下げる試みなんですね。トライアル連載もそういう趣旨ではあるんですけど、それでも作家さんをピックアップするのはあくまで僕らであって。もっと第三者の意思が介在しない形で、作家さんと読者さんの関係性だけで成り立つ世界ができるといいなという思いがあったので、であれば「投稿に対して、読者数やお気に入り登録数さえクリアしていればお金が発生する」という形が一番シンプルなんじゃないかと。そういうことで始まったものです。
──言ってみればYouTube的な考え方ですよね。
そうですね。だから最初は広告を入れることも考えたんですけど、その場合は広告の運営会社さんともいろいろな調整が必要になってくるので、まずは確実にお金を発生させることを優先しました。作家さんの意志に着火できるわかりやすいものの1つは、やはりお金なんじゃないかということで、ネーミングもあえてお金っぽさを強調した言い方にしているんですよ。「報奨金」とか「給付」とか。
──広告を入れずに報奨金を支払うとなると、そのお金はどこで回収するんですか? インディーズでは話数課金なども発生しないですよね。
当面は、僕らの懐から出ていくだけですね(笑)。ただちょっと面白いなと思ったのが、「とにかく作家さんには描く作業に集中してもらって、それで収益を上げてもらいたい」ということで始めたものではあるんですけど、それによって作家さんの投稿が増えると、結果として「LINEマンガ インディーズ」に来るユーザーの方々も増えたんですよ。もちろん長期的にはそれも見込んでのことではありましたけど、まさかこんなに早く反応があるとは思わなかったです。
──なるほど。フタを開けてみたらさまざまな効果が生まれていると。
そうですね、はい。現在はβ版ということで給付されるラインをけっこうハードル高めに設定しているんですけど、それを今後どうしていくのかが次の判断になってきますね。ただ、今の状態でもすでに連続で報奨金を受け取られている作家さんもいらっしゃいます。また、もちろんこのプログラムはまだβ版ですので、常に見直しやアップデートを行う予定です。
──あとは、読者が直接課金できる仕組みもあるといいのかなと思いました。応援する作家さんに投げ銭をしたいという方は少なからずいるでしょうし。
それは僕も個人的には入れたいなと思っているんですよ。やはり僕らの仕事はクリエイターさんが増えないことには成り立たないので、作家さんが自立できる形をいろいろ作っていけることが理想です。僕らと一緒に自立する形でもいいですしね。
LINEマンガで連載するとこういう未来が待ってますよ
──今後に向けて、課題に感じていることは何かありますか?
そうですね……やはり課題としては、作家さんから「『LINEマンガ インディーズ』だからこそ投稿したい」ともっと思っていただけるようにしたいというところですね。LINEマンガという媒体を「絶対にここでデビューしたい」と思える存在にまだまだできていない、僕らがそのインプットを世の中に対してやりきれていないという課題があるのかなと。それはどういうことかというと、例えばジャンプルーキー!さんであれば……。
──「ジャンプ」の名前が強力なブランドとして機能していると。
はい。「ジャンプで描きたい」と思われる作家さんは常にたくさんいらっしゃいますよね。それに対して僕らはまだ歴史も浅いですし、「LINEマンガはグローバルに強い」というようなイメージも広まりきっていないと思うんです。さらに「グローバルで勝負するならwebtoonのほうが圧倒的に強い」ということについても、まだまだ僕らの情報発信が足りていないのかなと感じます。「LINEマンガで連載するとこういう未来が待ってますよ」というイメージを、作家さんに向けてもっともっと発信していかなければいけないなと考えていますね。
──そのためには、やはりフラッグシップとなるヒット作が必要になってきますよね。
そうなんです。アニメ化も決まりグローバル配信もしている「先輩はおとこのこ」のような作品をきっかけに、webtoonやLINEマンガの強みも広く知っていただきたいなと思っています。
──そういう意味では、「先輩はおとこのこ」がwebtoon作品だったというのも大きいですよね。
おっしゃる通りです。「LINEマンガ インディーズ」ではもちろんwebtoonだけでなく横読みのマンガも受け付けているんですが、その中で2019年当時にぽむさんがwebtoon形式で作品投稿してくれたことは、僕らにとっても大きな意味を持つ結果になりました。webtoonで作品を描くにあたりいくつか理由があったようなのですが、その中でも「まだwebtoonをやっている作家さんも作品も少ないなら、ライバルが少ないということ。それってチャンスじゃん」みたいな理由もあってwebtoonを選ばれたそうなんですけど、そういう視点を持てる方というのは強いなと思いますね。マンガに限らず音楽でもなんでもそうですけど、そういう考え方のできるクリエイターって強いじゃないですか。
──「誰もやっていないことをやりたい」というタイプの人はクリエイター向きですよね。未開の地にこそワクワクできる人。
でも、これは悪い意味では一切ないんですけど、保守的な方も当たり前にいるじゃないですか。もちろん伝統的な手法を守っていくのも大事なことなので、それを選ぶことが間違いだと言うつもりはまったくないんですけども、新しい表現方法についても理解しておくとより選択肢が広がりますよね。そのうえで「自分の表現とは違うな」となったら戻ればいいだけの話なので。選ばない理由が「知らないから」というのは、あまりにももったいないと思います。そして「知らないから」とさせてしまっているのは僕らのまだまだ力不足な部分もあるので、もっとがんばります。
──音楽で言えば生演奏と打ち込みみたいに、最初は対立する概念だったものが今では普通に並列になっていたりすることは往々にしてありますし。
そうですそうです。打ち込み音楽が出てきた当初は「楽器のプレイヤーが全員仕事を失うのでは」みたいに恐れられていたりもしましたけど、今でも演奏家にはちゃんと活躍の場がありますからね。だからマンガも「横読みのマンガ対webtoon」という対立構造として考えるのではなくて、マンガという広いジャンルの中のどこに自分の身を置くかという目安にしていただくといいんじゃないかと。そこで「やっぱり白黒の横読みのマンガです」というのであればそれは素晴らしいことですし、「コマ割りは苦手だけど、カラーは得意なんだよな」という人はwebtoonをやってみればいい。いろいろと皆さんの中で検証していただけるといいのかなと思います。
──打席に立つ回数を重ねないと見えてこないものってありますからね。
そうなんですよ。だから僕らとしても悩みどころなのが、連載を長く続けることと、早めに切り上げて次の打席を用意してあげること、どちらが作家さんにとっていいことなのかということで。最近は後者のほうがいいんだろうなと思い始めているんですが……というのも、なかなか作家さん自ら「連載をやめたい」とは言えないと思うので。だったら、何か1つ次のステップへ進めそうな兆しを感じる作家さんに対しては、積極的に「次の打席に立ってみませんか」という案内をしたほうがいいかなと今は思っていますね。
──今回、LINEマンガ10周年ということでいろんな方にお話を伺ったんですけども、LINEマンガの方って皆さん共通して「作家に幸せになってほしい」という思いが強いなと感じます。
それは本当に強くあってですね……「LINEマンガ インディーズ」のチームにはクリエイター出身の人間が多いこともあって、今やっている人にはできるだけその道を諦めてほしくないんですよ。その気持ちは今後もずっと持ち続けていきたいなと思っています。
プロフィール
小室稔樹(コムロトシキ)
音楽業界とゲーム業界を経て、2014年にマンガ業界へ転身。2016年にLINE Digital Frontier(2018年の事業継承以前はLINE)に入社し、2020年よりインディーズ企画運用部の部長を務める。2023年にはLINEマンガ編集部とインディーズ企画運用部が所属するContent Production室の室長および、LINEマンガ編集部の1つである第2編集部の部長に就任。「LINEマンガ インディーズ」だけでなく、LINEマンガのオリジナル作品全体の統括を担当する。
ミニ年表コーナー
「LINEマンガ インディーズ」の歩みをミニ年表に!
- 2015年2月
-
マンガ投稿サービス「LINEマンガ インディーズ」がスタート
- 2018年8月
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マーガレット、別冊マーガレット編集部、ココハナ編集部(すべて集英社)とマンガコンテスト「集英社少女マンガグランプリPowered by LINEマンガインディーズ 2018summer」を開催。webtoonの「氷の城壁」が別冊マーガレット編集部選出作品に
- 2019年9月
-
マンガ家志望者を支援する「トライアル連載」が始動
- 2020年4月
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「困ったじいさん」がBSでアニメ化
- 2020年5月
-
投稿者全員に制作活動応援アイテムが贈られる「マンガ家応援プロジェクト」を初実施
- 2021年2月
-
学校でマンガを学ぶ生徒の作品をLINEマンガで紹介する企画「投稿作品ピックアップ」を開催
- 2021年3月
-
「先輩はおとこのこ」が「AnimeJapan 2021」で開催された「第4回アニメ化してほしいマンガランキング」で第3位を受賞
- 2021年8月
-
「先輩はおとこのこ」が「次にくるマンガ大賞 2021」Webマンガ部門で第3位を受賞
- 2022年3月
-
「先輩はおとこのこ」が「AnimeJapan2022」で開催された「第5回アニメ化してほしいマンガランキング」で第1位、「仁藤と田塚の日常」が第3位を受賞
- 2022年6月
-
マンガコンテスト「LINEマンガ インディーズ大賞'22」を開催
「百合にはさまる男は死ねばいい!?」が「次にくるマンガ大賞 2022」Webマンガ部門にノミネート
- 2022年7月
-
「コミュ障、異世界へ行く」がTwitterで話題に
- 2022年11月
-
「LINEマンガ インディーズ 報奨金給付プログラム(βテスト)」がスタート
- 2023年3月
-
「先輩はおとこのこ」のTVアニメ化が決定
「仁藤と田塚の日常」が「AnimeJapan2023」で開催された「第6回アニメ化してほしいマンガランキング」にて第3位を2年連続で受賞
「LINEマンガ10周年」特集
- 祝・LINEマンガ10周年!“最高のプラットフォーム”を目指して、トップを走り続けたこれまでを年表で一挙振り返り
- 「マリーミー!」とは夕希実久にとって“マンガ家としての立ち位置”を与えてくれた存在、完結から4年経った今振り返る
- LINEマンガ10周年特集 第2回 オーイシマサヨシ、大友花恋、小西克幸、斉藤壮馬、鈴木仁、野口衣織(=LOVE)、ティモンディ前田裕太がお祝い!イチオシ作品は?
- LINEマンガ10周年特集 第3回 共同代表インタビュー これまでの10年間と、これからの電子コミック界への期待を語る
- 「先輩はおとこのこ」アニメ化を控える今、作者・ぽむにインタビュー「この子たちを、幸せにすることだけ考えてきた」
- 「外見至上主義」「喧嘩独学」を生み出したT.Junってどんな人?