チート無双が楽しいのは、きっと最初だけ
梶田 「この世界は不完全すぎる」で面白いのが、世界も全体的に未完成で不完全なんですけど、人間も決して完全ではないところですよね。主人公のハガくんだって異常ですよ、この真面目さは(笑)。デバッグに没頭することで、この世界の現実になんとか耐えていると思うんですけど、普通ここまで仕事に対してまっすぐに向き合っていられるかっていうと、そんなわけないし。でも、いるかいないかで言うと“ギリギリいそう”なラインなんですよね。そのバランス感が絶妙で、周りの仲間とか、旅先で出会うほかのデバッガーもそれぞれ非常に生々しい。嫌なところも生々しいし、愛すべきところも生々しい。左藤先生が世界をどう見ているかがわかるようです(笑)。
鍵田 確かに、人間のダメな部分がすごい出てきます(笑)。
──異世界もの、ゲーム世界ものというより、デスゲーム系の作品で描かれるような極限状況ですからね。
梶田 そうですね。「ゲームの世界でよかった」的な描写もすごく少ない(笑)。普通こういう作品って、つらい現実から逃れるために異世界転生したり、ゲームの中に入り込んだりするはずなんですけど、この作品の場合はゲームの中にいて得をしたり、楽しくて心が安らいだりする瞬間がほぼない(笑)。
大野木 ハガさんは現実と、この世界でゲームデバッグをやっているのとでは、どっちのほうが幸せとかあるんですかね?
鍵田 最初のほうで敵対するデバッガーに「現実に戻ったって何かいいことでもあるの?」と言われたりしますよね。ハガ自身は、あんまり自分が幸せかどうかを、そもそも考えてなさそうというか。“デバッグ職人である”ってことがある種のアイデンティティになっていて……。
梶田 この世界は、デバッグストーンを持っている人たちは無敵じゃないですか。すべてのことが思い通りにできて、最初は楽しいかもしれない。でも、レベルカンストしたゲームを一生やるかどうかと一緒で、それこそ社長が言っていましたよね。「いい加減飽きた」って。最終的に行きつくのはそこですよ。ゲームでチートとか使って無双した経験がある人ならわかると思うんですけど、最初だけです、楽しいのは。その点でこの作品には、チート能力を持って異世界で大暴れする作品に対するアンチテーゼ的な要素も感じる。全部思い通りになって、それで一生楽しいのかどうかって言われると、俺は「楽しいわけないわな」って思うんですよね。きっと現実に帰りたくなる。……いっそデバッグストーンを捨ててしまえば、この世界に住む覚悟が決まるというか。いたじゃないですか、NPCと結婚して子供を作っているデバッガーが。
鍵田 6巻に登場する貝塚くんですね。すごい端役ですけど(笑)。
梶田 でも、あいつが一番勝ち組ですよね。この世界で暮らすのが当たり前になっている。それが理想ですよ。
大野木 ハガさんも、もしデバッグを見つけ切っちゃったり、やらなくてよくなったりしたらどうするんでしょうね。
梶田 ハガはハガで、ニコラに執着している部分があるじゃないですか。デバッグに徹するという自分のポリシーをぶれさせてまで、ニコラのことは頑なにバグとして報告しない。報告したら直されてしまう、消されてしまうっていう懸念があるからこそだと思うんですけど、ある意味ではハガもこの世界に染まりつつあるというか……。何が現実で何が偽りなのかの境界線があいまいになっている感じがしますよね。その点も、人間の一貫性がないところが描かれていて、リアルだなって思いますね。
想像力を持って読むと、この状況がいかに怖いかがわかる
──ちなみに梶田さんは、ゲームのデバッグをやられた経験はありますか?
梶田 いえ、ないですね。ゲームライターは完成したゲームの良し悪しを書くのが仕事で、開発中のソフトをプレイすることはあってもデバッグとはまったくアプローチが違います。とはいえゲーム業界として近しいですから、ある程度デバッグの中身とか、何が大変かとかは耳にしていたので、なんとなくはわかります。でも、デバッガー経験がなくても「この世界は不完全すぎる」のバグネタはわかると思いますよ。そもそも完成品にも残りがちなバグが結構描かれている。だから“あるある”として通用するんです。特に俺が「これをピックアップして描写するか」ってうなったのは、書庫のローカライズがうまくいってないところ(笑)。
鍵田 本のテキストですよね?
梶田 俺は特に洋ゲーが好きなんで、あれはマジでよく見るんですよ(笑)。日本語にローカライズするときに絶対に問題が起こるんですよね。改行がめちゃくちゃだとか、バイト数の関係でページからはみ出していたりとか……。だから、これを読んだときに「あー、めちゃめちゃリアルー!」って笑いました。ゲーマーの共感を誘うのが非常にうまいですよね。
大野木 もう10巻を超える連載なのに、未だにそういう“あるある”で話を作れるのがすごいと思います。
鍵田 そこはやっぱり左藤さん自身の興味ですよね。本当にゲーム好きな人なので。「この間ウメハラさんが……」みたいな話もよくされますから(笑)。
梶田 それにしても、1巻の構成が見事でしたよ。第1話の後半で裏切りがあるのもキャッチーですし、バグを探す話なんだって実感できるところが第2話の壁ズリズリ移動。これが一番わかりやすいですよね。これはデバッガーじゃなくても、俺もゲームで昔やったりしていました。
大野木 こういうバグを逆手にとった裏ワザも、ゲームではよくありますもんね。
梶田 目の付けどころがいいですよね。地面にめり込んで徐々に埋まっていくとか、何も描画されてない空間に落ちていくとか、即死と復活を延々と繰り返すとか……どれもこれもゲーマーとしては「あー!」ってなるやつ。ただ、想像力を持って読むと、この状況がいかに怖いかがわかる。自分がこの立場になったら、いったいこの状態で意識はどうなってるのか……想像するだけでゾッとしますよ。
「『SAO』って、デバッグする人はいるのかな?」
大野木 「この世界は不完全すぎる」は、どういうきっかけでできたんですか?
鍵田 「アイアンバディ」が終わって、次は何をやりましょうかと話をしていた頃って、異世界ものが人気になりだした時期だったんですよ。左藤さんはゲームがお好きで、デバッグについての知識もあって、いろいろ話している中で「『ソードアート・オンライン』とかって、デバッグする人いるのかな?」って話題になって。そのアイデアを、時間をかけて形にしていきました。最初に苦労したのは、デバッグストーンがあまりにも強すぎるという問題。あとは、命の危険みたいなものをどうやって作っていくかがハードルでした。「しょせんゲームじゃん」ってなっちゃうと、怖さが出ないんですよね。それこそ「ソードアート・オンライン」だと、ゲームの世界で死ぬと現実世界でも本当に死んでしまうということが説明されるんですが、「この世界は不完全すぎる」では設定上、現実がどうなっているか誰も確かめられない。ゲームの中のモンスターは大した脅威ではないので、だとしたら同業者しかいない。いわゆるプレイヤーキラーですよね。同業者が頭おかしくなっている状況を作って……というのが次の段階でした。
大野木 意識しているほかのマンガとかありますか? 「ソードアート・オンライン」もそうですが、こういう設定だと「HUNTER×HUNTER」のグリードアイランド編とか、「GANTZ」とかもそうかなって思ったんですけど。
鍵田 いや、あんまりそういう話はしていないですね。その場その場でやっていて……そろそろアクションシーンがほしいですとか、そういうことは言ったりするんですけど。
梶田 作品から見て取るに、左藤先生はけっこう洋ゲーをやりますよね?
鍵田 洋ゲーお好きですね。「スカイリム」とか……。
梶田 ああ、やっぱり「エルダー・スクロールズ」でしたか。自由度の高さっていう面でも世界観とマッチしているんですよね。
鍵田 左藤さんって、あんまりマンガを読むタイプじゃないですよね?
大野木 そうかもしれないですね。
梶田 マンガはあまり読まないんですか?
鍵田 映画とかを参考に、「この章はこういう感じにしましょう」みたいな話をされることはありますけど、それも「ミッドサマー」のようなホラーだったりするんですよね(笑)。
大野木 オカルトとかも好きですよね。
梶田 どおりで、演出がマンガよりも映画っぽいと思っていたんですよ。そういうことなんですね。
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僕たちの考えていた“弁護士像”が間違っていた!