左藤真通のマンガ「この世界は不完全すぎる」がTVアニメ化され、2024年7月5日よりTBS・MBS・BS-TBSの「アニメイズムB2」枠で放送される。また時期を同じくして、左藤が原作を手がけるマンガ「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」(作画:富士屋カツヒト)が、主演・中島健人でTVドラマ化。テレ東の「ドラマ8」枠で、7月19日よりオンエアされる。
かたや“世界の異常に抗い・挑む冒険ファンタジー”、かたや“ネット炎上やSNSトラブル案件を解決していくリーガルマンガ”。2作のジャンルはまったく違うと言えるが、どちらのタイトルも多くの読者に愛され、今夏の映像化にいたった。なぜ左藤の描く世界は、我々を惹きつけるのか。
コミックナタリーでは両作品を愛読するマフィア梶田と、「この世界は不完全すぎる」の担当編集者である講談社の鍵田真在哉氏、「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」を担当する白泉社の大野木貴史氏による鼎談を実施。熱心なゲーマーであり、タレントという立場からデマや誹謗中傷も“他人事”ではない梶田ならではの見どころ、担当編集によるそれぞれの作品の立ち上げにまつわる裏話、放送を控えるアニメ・ドラマへの期待などをたっぷりと聞いた。
取材・文 / 鈴木俊介撮影 / ヨシダヤスシ
「この世界は不完全すぎる」
「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」
「こう来たか!」と膝を打ちました
マフィア梶田 左藤真通先生を最初に認識したのは、「アイアンバディ」っていう作品が始まったときで……。あれは確かモーニング(講談社)の連載でしたよね?
鍵田真在哉 そうです!
梶田 モーニングを定期購読していたので、「面白いマンガが始まったな」って読んでいたんですけど、左藤先生が奇遇にも、俺の専門学校時代の先輩の友達だったんですよ。その先輩もマンガ家で、「あーとかうーしか言えない」の近藤笑真さんなんですけど、その近藤先輩に学生時代かわいがってもらっていまして。左藤先生とご友人だというのは、近藤先輩から話を聞いて知っていたので、「この人が左藤さんか」と。左藤さんご自身と直接面識はないんですが、作風も独特ですし、ツボにハマるマンガだったのでずっと印象に残っていました。それから左藤先生のマンガをチェックするようになって、「この世界は不完全すぎる」も単行本1巻が出た当時に買って読んだら、これが非常に面白かった。やはりアプローチが独特ですよね。
──というと?
梶田 完全没入型VRっていう世界観は、ぶっちゃけ定番化していてそんなに珍しいものじゃないですよ。でも、主人公がデバッガーで、ストーリー進行がバグをベースに進んでいくというのは新しい。「こう来たか!」と膝を打ちました。しかも、その描写がすごくリアルなんですよね。ある程度ゲームに明るい人であればニヤリとしてしまう“あるある”が随所にあって、それを物語に活かすのがまた非常にうまい。バグのおかげでピンチを脱したり、逆にピンチに陥ったり……。この世界の場合、バグの深刻さが生死に直結しているじゃないですか。普段、俺らがゲームをやっていてバグに遭遇しても、笑えたりムカついたりで済むんですけど、この世界に閉じ込められている人たちにとっては死活問題。ホラー的な要素としてもうまく機能してるんですね。とにかく非常に面白くて、単行本を購入し続けています。
鍵田 ありがとうございます!
梶田 「しょせん他人事ですから」のほうは、何かきっかけがあって読み始めたんですけど、なんだったかな……。
大野木貴史 「他人事」は、よくWeb広告を出してもらっていました。
梶田 いえ、広告がきっかけではなかったと思うんです。誰かにオススメしてもらったのか……。あるいは、自分は最近Kindleでマンガを買っていて、気に入った作品があったら、その作者さんが描いているものをまとめて買うんですよ。「しょせん他人事ですから」も“左藤先生の作品を全部読んでみよう”と思って、そうやって買って読んだのかもしれません。
──では左藤さんが原作を務められていると、最初から意識して手に取られたんですね。
梶田 そうですね。「この世界は不完全すぎる」とは作品ジャンルも全然違いますし、こっちは作画も富士屋カツヒト先生がやられているわけですけど、やっぱり左藤先生のテイストがよく出ていると感じました。両作品に共通して言えるんですが、いろんなことを俯瞰して見るのが上手なんですよ。キャラクターの立ち振る舞いとか思考回路とかが、変にベタベタしていない。湿っぽくないというか、本当にドライなんですよね。左藤先生自身、あまり人を信用していないんだろうなっていうのが、作品から伝わってくる(笑)。
鍵田・大野木 (笑)。
梶田 でもだからこそ、法律をテーマにした「しょせん他人事ですから」は、非常に左藤先生の作風にハマっているように感じたんですよね。作中でも言及がありますけど、単純な善悪の話ではない。法はあくまでも法であり、その法を道具としてどう使うかという話なので。
情報開示請求、俺も1回やってみたい
梶田 「しょせん他人事ですから」は、描かれている事件とか相談事も身近なものばかりで、共感しきりでした。誹謗中傷からの訴訟とか情報開示とか、最近よく話題になりますけど、どんなことをやっているか知っている人なんてそんなにいないじゃないですか。そのあたりをマンガでわかりやすく描写している点に腕前を感じます。事件解決には読んでいてカタルシスもあるんですが、当人たちは完全にすっきりとはいかず、解決した後にもいろんな問題が残ったりする。そういうことも端的に伝えてくれますよね。……この作品を読んでいて、「俺も1回やってみたい」って思いました。
鍵田 訴訟を?(笑)
梶田 ええ(笑)。情報開示請求とか。すごく好奇心を刺激されたんですよね。俺は好奇心がかなり強いタイプで、試せることは全部試したくなる。今まで、誹謗中傷とかでそんなに困ったことはなかったし、気にしたこともあまりなかったんですけど、「しょせん他人事ですから」を読んだら、相手に痛い目見せてやるのも面白いんじゃないかと。金や手間はかかるけど、このマンガみたいに情報開示請求された相手がものすごく焦ったり、絶望の淵に叩き込まれたりすることを想像すると……やってみたい(笑)。
鍵田 めちゃくちゃサディスティックですね(笑)。
梶田 でも、因果応報じゃないですけど、“反撃を食らうんですよ”ってことを知らしめるためにも、こういうのはちゃんとやっていくべきですよ。「しょせん他人事ですから」の作中でも、アイドルのエピソードで取り上げられていましたけど、すごく共感したんですよね。「確かにそれはそうだ」と。俺は今まで、誹謗中傷をしたり、変なデマを振りまいたりする輩はたまたまキーボードの叩き方を覚えてしまった邪悪なチンパンジーで、同じ人間としてのステージにそもそも立っていない相手だと思っていたんです。だけどこのマンガを読んだら、そういう相手が人間に思えてきて……。
鍵田 顔が見えてきたというか。
梶田 そうですね。「こういう感じなのか」と。口汚い言い方ですけど、「暇で馬鹿なんだ」と。だったら、そんなに暇ならば、人生に少し刺激を与えてやってもいいんじゃないかな?と(笑)。そう思わせられるくらい、興味をそそられました。次チャンスがあったらやってみたいですね。
みんな普通の人、だけどちょっとズレている
梶田 今日はぜひお聞きしたかったんですが、左藤先生ってどんな人ですか?
鍵田 梶田さんのことはご存じですよ。近藤さんとの関係もそうですし、もともとゲーム好きな方なので、梶田さんのお仕事周りの活躍もご存じのようでした。ただ、ネット上に自分の痕跡を残すのは怖いから、こういったインタビューの場に出るのは避けたいとおっしゃっていて……。
梶田 かなり慎重な方なんですね。あれ、もしかして左藤先生って、「この世界は不完全すぎる」のハガみたいな人ですか?
鍵田・大野木 ははは(笑)。
鍵田 多少あると思いますね(笑)。基本あまり前に出たがらない人ではありますけど、「他人事」を始めてからは特にかもしれません。
梶田 でも、「しょせん他人事ですから」をやっていることこそ、最大の防御だと思いますけどね。このマンガを読んでいて、それでも噛みつこうって人がいたら、そいつは相当イカれていますよ(笑)。
大野木 鍵田さんはデビュー作からのご担当ですか?
鍵田 先ほど梶田さんが触れてくださった「アイアンバディ」が左藤さんの連載デビュー作で、そこからご一緒しています。それまでは月刊コミックビーム(KADOKAWA)で中国の科挙を題材にした読み切り(「儒林外奇譚」)を発表されたりしていらっしゃって、僕はそれを読んで声をかけさせてもらいました。僕自身も入社1年目でわからないことも多く、左藤さんと一緒に「モーニングのマンガってこんな感じだよね」と手探りで作品を作っていきましたね。
大野木 左藤さんの描くキャラクターって、みんな普通の人で、いわゆるマンガのキャラクターっぽくはない。だけど、みんながみんなちょっとだけ変で、どこかズレているように感じるんですよね。さっき梶田さんがおっしゃったような、ドライさとかベタベタしない感じもあると思います。そういう左藤さんならではのキャラクター描写が、僕も好きで、面白く感じています。
鍵田 僕は、あえて2つの作品に共通しているポイントを挙げるとするなら、恐怖心の煽り方だと思いました。
梶田 ああ、わかります。ゾッとすることがかなり多いですからね、両作ともに。
鍵田 ご本人も怖い話とか、ホラー映画とかがお好きらしいんですけど。たびたび恐怖を感じさせる描写が出てくるので、最近そのことを聞いてみたら、やっぱり「怖がらせてやろう」という気持ちがあると。「読者に対していいことをするつもりではやっていない」とおっしゃっていました(笑)。
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