「リアルファイティング『はじめの一歩』The Glorious Stage!!」特集 喜安浩平(作・演出)インタビュー|“誰よりも一歩を知っている人物”が語る、舞台版「はじめの一歩」の魅力

現場での葛藤は、ギリギリの減量をするボクサーみたいな感じ

──ボクシングという競技を舞台化するうえで、もっとも難しかった点はどこですか。

喜安浩平

とにかく俳優同士、1対1でしか表現できないということですね。大きい舞台の上には、周りに試合を見ている俳優たちも配置してはいるんですけど、彼らは試合を見て声援を送ることしかできない。観客も含めて、見ているのはリングにいる2人だけ。なおかつ、その2人がお客様のほうに向かって何かをすることはまずないんですよ。

──お互いに向き合っていますからね。

そう、目を離したら死ぬかもしれないわけですよ。そういう目をそらせない競技なんだということを忘れて、余計なものを足してしまうと、ショーとしては成立するかもしれないけれど、「リアルファイティング」と銘打った本作においては、嘘になってしまうかもしれない。ボクシングとしてのリアリティと、演劇作品としての虚構。その境界線をどこに引くかというのが、まあ一番難しいですし、スタッフの方々も含めて、今もみんなで悩んでいるところですね。

──ややもすると、リング上にいる俳優さんが単純に入れ代わるだけの単調な展開になってしまいませんか。

演出の変化は当然、用意します。ひとつにはリアリティをベースにしたボクシングのシーンで見せたり、音楽をベースにしてボクシングのスピード感やフィジカルの強さを際立たせたり。というのも、試合の構成にはファイトコーディネイトの方と、振付の方という、2つのセクションがスタンバイしてくださっているんです。担当を分けることで、試合のカラーによって、あるいは出場する選手によって、さまざまな空気が生まれるよう工夫しています。

──なるほど。

あとは、ストーリーの間にキャラクターのドラマを乗せていく。間柴了なら間柴了の、ヴォルグ・ザンギエフならヴォルグ・ザンギエフの、伊達英二なら伊達英二の、ドラマを表現することで、試合のノリを変えていくというのはあります。と言ってもドラマは膨大にあるので、すべてを舞台上に乗せることは不可能なんですけど。あれも乗せたい、これも乗せたい、という思いはみんないっぱいあるんですよ。でも、我々が使える時間は2時間とか、どんなに贅沢しても3時間とかだから。それはもう、ギリギリの減量をするボクサーみたいな感じです(笑)。これ以上、自分に打てるパンチがあるのかな、と思うところで削ぎ落としていかないといけないんで。葛藤は山のようにあります。

──ヴォルグ・ザンギエフのホワイト・ファングや、伊達英二のハートブレイクショットなど、魅力的な必殺技もたくさんありますが、舞台でも見どころでしょうか。

「はじめの一歩」265話「DEAD OR ALIVE」より。©森川ジョージ/講談社

見せ場ではありますけど、表現はまだ模索しているところがありますね。というのも、いわゆるヒーローものの必殺技とは違うので。最後に必殺技が「ブゥゥゥン、ドーンッッッ!!!」だけで決まっちゃうってことになったら、例えばファイトコーディネイトの方が組んでくださっている「ワン・ツー、ワン・ツー、ここでボディーを入れて……」みたいな構成が無駄になっちゃう気がするんですよ。それではボクシングにならないので、いかに生身の延長線上に必殺技があるかということを考えて表現しなくてはいけない。

──難題ですね。

だから例えば、要所で飛び出すパンチに音をあてようと思っているのですけど、シンセサイザーで作ったような加工された音は使わず、実在するものの音を使おうと考えています。例えば、鋭利なパンチを持つ間柴なら大きな刃ものを研いでいる「シュッ、シュッ」という音とか、爆発力のある一歩ならジェットエンジンやミサイルの音など。つまり、世の中に実際に存在する音で、パンチのすごさを表現しようというわけです。いわゆる「ドカーン、バコーン、特殊効果がブジャー」みたいなこととは、また別の種類のテンションの高さの表現を探しているところです。

一歩役・後藤恭路の決定打は
「幕之内一歩のような人間だった」から

──キャストのオーディションは、どのような形で行われたのでしょうか。

大勢の俳優さんたちに集まっていただいて、最初は主要キャストのセリフを読んでいただきました。そのなかで「きっと彼はこっちのキャラクターのほうが合うだろうね」という話をしながら、別の役のセリフも読んでみてもらうことを繰り返していきましたね。

──どういった点が決め手に?

後藤恭路扮する幕之内一歩。

原作のキャラクターに似ているということも大事ですけど、本作の場合、一歩たちの階級のフェザー級の選手についてはその体型に見えなかったら、いくらカッコよくても採用できないわけですよ。仮に一歩が175センチの俳優さんで決まっちゃったら、ジュニアミドル級の鷹村は2メートルぐらいの俳優さんじゃないと釣り合わなくなってしまう。体型に対するリアリティをなくしてしまったら、もうその時点でダメだと思うんです。だから、まずはフェザー級に見える方。あるいはその体型になるべく近い方をリクエストしました。

──主役の一歩役に、後藤恭路さんを選ばれた理由は?

これはもう単純に、後藤くんが誰よりも不器用で、もっとも幕之内一歩のような人間だったから。技術ではなく、人間性の部分です。そして、僕はそれが幕之内一歩を幕之内一歩たらしめる理由だとも思うんですよ。そこにみんなで賭けようと。僕がやるからには、お客様に伝わるかどうかのギリギリの内面部分にもこだわりたかった。ちゃんと僕が信用して、役を渡せる方と一緒に舞台を作りたいと思ったんです。

──一歩役以外に、見つけるのが大変だった役はありますか。

同じような理由で、一歩のライバルである宮田一郎も迷いました。宮田くんって、間柴との戦い以降、少しメインストーリーから離れる時間があるんですけど、やっぱり「はじめの一歩」という物語を走らせている動力のひとつは、一歩と宮田くんが出会ったことにあると思いますので。その宮田くんには、何か強い説得力がほしい。単に宮田くんっぽい人ではなく、彼が持つ切実さを背負っている方がいいなと思って、滝澤諒くんに決まるまで何回かオーディションを繰り返した記憶がありますね。

──ボクシングの道へ一歩を導いた鷹村守などは、作中屈指の人気キャラクターであり、体格も大きいという設定なので、選ぶのが大変だったのでは?

むしろ候補が多くて大変……というのがありました。185センチ前後で体のできている俳優さんっていうのは、実はたくさんいるんです。それぐらい身長があると、体ができていることが俳優としてのメリットになるんでしょうね。でも、体の大きさは最低条件なんですけど、一歩にとって鷹村さんというのは、太陽のような人じゃないといけないので。ストイックなんだけど、どこか抜けるような明るさやチャーミングさが備わっている方がいいなと思って、最終的に滝川広大くんにお願いしました。

滝澤諒扮する宮田一郎。 滝川広大扮する鷹村守。

本物のリングに立っている一歩や鷹村さんを確かめに来て

──ボクサーとしての体作りや、技術の習得はどのように進められましたか。

早い方だと、去年の春から体を作っていますね。だから1年近くかけているのかな。それと、毎日というわけにはいかないですけど、ジムに集まっていただいて、フォームの練習をしていただきました。今も稽古の前にウォーミングアップとして、シャドーボクシングと試合の動きを組み込んで、なんちゃってパンチにならないようにみんなで気を付けています。ボクサーとしての体と俳優としての体は違うので、演技しながらというのは難しいところもあると思いますが、上半身が裸になることは当然、誰もがわかって引き受けてくださっていますから、非常にストイックにやってくれていますね。ケータリングのところにも、いつもプロテインが置いてあるぐらいですから(笑)。

喜安浩平

──現場全体の雰囲気はいかがでしょう。

和気あいあいとしていますね。そこはなんていうんだろう、後藤くんの一歩っぽさがなせる技だと思います。彼は動きを一発で覚えるようなタイプではないんですが、絶対にサボりませんし、稽古の中で手を抜く様子もない。不器用だけどいつも真剣で一生懸命。しかも「お前、なんでちょっと笑っているんだよ」というぐらいにいつも楽しそうなんです。なんかうれしいんですって。目の前に「はじめの一歩」のキャラクターがいることが。そういう彼の取り組み方が、文字どおりに一歩のようで、その存在がみんなをイキイキとさせている理由のひとつだと思います。

──舞台版の「はじめの一歩」をどんな方に観てもらいたいですか。

やはり原作が好きな方には、どうか観てもらいたいです。僕自身が、TVアニメの頃から感じてきた現場の熱さや誠実さのようなもの。大人の男たちが真剣に戦っている「はじめの一歩」の現場で得た経験を今、一生懸命に注ぎ込んでいますので、原作をお好きな方の期待を裏切ることはないと信じています。本物のリングに立っている一歩や鷹村さんをどうぞ確かめに来てください。

──最後に言い残したことがあればぜひ。

これは僕の願望ですけど、普段はショーアップされた演劇からやや遠いところにいらっしゃるであろうお客様たちにも、足を運んでもらいたいなと。演劇にはたくさんの種類がありますし、同じ少年マンガを原作にした舞台でも、作品ごとに考えていることやスピリットはまったく違っているものです。本作では、「はじめの一歩」という原作を選んでいるからこそ、どこかストイックで、いい意味でアナログな、人と人がぶつかることでしか表現できないものを作っていこうとしています。それは男性のお客様が観て、非常に観心地のいい作品なんじゃないかなと、僕は思っています。難しいことは何もありません。ただただ、2人の男が自分なりの強さを探して戦い合うところを楽しみにいらしてください。

喜安浩平