インバウンドコミック編集部爆誕インタビュー|奥村勝彦(59歳)マレーシアのマンガ始めます(やったるぜ) 元コミックビーム編集総長、あの奥村勝彦氏がマレーシアのマンガを日本に輸入!?

マンガ編集者・奥村勝彦をあなたはご存知だろうか。野太い声でいかつい顔、それに精力ビンビンのキャラ立ちしまくった男として桜玉吉のマンガに登場したあの“O村”といえばピンと来る人も多いかも知れない。月刊コミックビーム(KADOKAWA)の“編集総長”を長年務めた氏は現在59歳──もうすぐ会社員として定年を迎える。そんな彼が最後のひと仕事と、新たにプロデュースを任された新部署・インバウンドコミック編集部がKADOKAWAに誕生した。

インバウンドコミック編集部の仕事は、海外作品の日本語訳版を出版すること。第1弾タイトルは、マレーシア発の2作品「常夏の国で、君と。 マレーシア16篇の恋」「ライデン 暴走変身宅配野郎 イン マレーシア」になっている。なぜ奥村氏が海外コミックをプロデュース? マレーシアのマンガってどんなの? ……「暴走変身宅配野郎」って何? 尽きない疑問を抱えたコミックナタリーは、本人を直撃取材。マレーシアを足がかりにした、大きな野望を語ってもらった。

取材・文 / 島田一志 撮影 / 稲垣謙一

「マレーシアのマンガをやれ」と言われて、さすがの俺も3秒くらい悩んだ

──長い間月刊コミックビームの編集長(のちに編集総長)を務められた奥村さんが「次」に何をやるのか、注目しているマンガファンは少なくないと思いますが、なんとKADOKAWAのインバウンドコミック編集部で、マレーシアのマンガの日本語訳版のプロデュースを手がけられるそうですね。今回その第1弾として、「常夏の国で、君と。 マレーシア16篇の恋」と「ライデン 暴走変身宅配野郎 イン マレーシア」1巻の2作が電子書籍として刊行されるわけですが(ComicWalkerでも作品の一部を配信中)、そもそもなぜマレーシアだったのか。その辺りのお話から教えていただけますか。

そもそもということで言えば、世界のあちこちにKADOKAWAの拠点があるんだよ。マレーシアにも1つ、そういう会社(KADOKAWA GEMPAK STARZ)があってね。これは新たに作った会社じゃなくて、もともとマレーシアにあった大手マンガ出版社がグループ入りしたものなんだけど、今は日本のマンガを現地で紹介したり、逆に現地のマンガをこちらに紹介したりというような仕事もしてる。例えば、マレーシア発の「どっちが強い!?」(角川まんが科学シリーズ)という学習マンガは、累計で190万部ほど日本で売れてて、つまり、けっこうバカにならない数字を弾き出してるんだよ。それで、もっと向こうのマンガを日本で紹介できないかと上は考えたんだろうね。

──そこで奥村さんに白羽の矢が立ったと?

ビームの仕事をひとまず終えて、残務処理みたいな作業をしているだけだったから、なんかヒマそうに見えたんじゃない? あとは、俺みたいなわけのわからない奴をほっておくと危険だと判断したってのもあるだろうね(笑)。

──日本の出版界の現状としては、アメコミやバンド・デシネの翻訳の刊行はそこそこポピュラーなものになっていますし、韓国や中国のマンガが日本で紹介されることも少なくありません。でも、今のところマレーシアというのは、マンガの世界ではほとんど馴染みのない国ですよね。「どっちが強い!?」シリーズを愛読している子供たちも、特にそれが「マレーシアのマンガ」だということを意識しながら読んでいるわけではないかもしれません。最初、「マレーシアのマンガ」という話を聞いてどういう印象を持ちましたか。

いや、普通に面白そうだと思ったよ。もともと韓国のマンガ家とは仕事をしたことがあったし、中国ともやろうと思えばやれる。それと、おっしゃるように、今は大きめの書店に行けば、たいていどこもアメコミやバンド・デシネの本を置いた棚があるよね。でも、確かに「マレーシアのマンガ」については俺としてもまったくの想定外だったから、さすがに3秒くらいは悩んだ(笑)。けど、結局は「まったくわからないことに手を出すのもおもしれえじゃねえか」という気持ちが湧いてきた。これがもし、ほかの誰かがやってる仕事を引き継げっていう話だったら、やんわりと断っていたと思う。それで、試しに向こうの会社で出してる現地のマンガ家の作品をいくつかPDFで送ってもらったんだよ。40作くらいあったかな。そのうえでとりあえず選んだのが、今回の「常夏の国で、君と。」と「ライデン」の2作だったというわけで。

わけのわからない本は紙で出せない、でも電子書籍でなら……?

──今回の2作は電子書籍で出版されるわけですが、当面、紙の本を出す予定はありませんか?

奥村勝彦氏

そうだね。個々の作品が話題になったりめちゃめちゃ売れたりすれば別だけど、今俺がやろうとしてる一連の企画については、紙の本として流通させるのはちょっと厳しいんじゃないかな。紙の本だと在庫管理の問題もあるし、すぐに結果を求められがちだけど、電子だとだらだらと長い時間をかけて勝負できるわけじゃない? なので、とにかくまずは電子書籍の作品群というか、自分の目で選んだマンガを集めたライブラリなりアーカイブなりを作りたいと思ってる。まだマレーシアの作品を2作出しただけの段階でこんなことをいうのもアレだけどさ(笑)、ある程度の数が出揃ったらほかの国のマンガもどんどん紹介していきたい。お隣の韓国や中国だけでなく、西洋だろうと東南アジアだろうと「面白ければいい」っていう基準でね。それで数が出揃って、気が付けばそこそこお金になっている、というのが理想というか、当面の俺の目標なの。ただ、俺ももう定年間際の59歳だからさ、とっかかりだけ作って、あとは若い連中にバトンタッチしたいとは思ってる。

──しつこくてすみませんが(笑)、紙の本に思い入れはありませんか?

奥村勝彦氏

当然あるよ。俺はもともと紙の本で育ってきたし、今だって好きなマンガは紙で読みたいと思ってる。でも、今俺がやろうとしてるようなフットワークの軽さが求められる仕事は、電子書籍じゃないとできないからさ。こう言っちゃあなんだけど、いきなり会議で「マレーシアのマンガを紙のコミックスで出したいんだけど」といっても、そんな企画は通りっこない。でも、電子だったらやれるわけで。出版不況だのなんだのといわれている昨今だけど、「トライする」という意味では、今は今なりのやり方がある。特に、ライブラリやアーカイブを作るという点では、電子書籍の世界にはいろんな可能性があるんじゃないかな。30年前のマンガも今のマンガも、日本のマンガも海外のマンガも、ある意味では同じ土俵で戦ってる世界だからね。

──ちなみに、最初に出す2作を選んだ基準みたいなものはありましたか。

強いていえば理屈よりもフィーリング(笑)。さっきも言ったように、最初に40作近いマンガに目を通したんだけど、「常夏の国で、君と。」と「ライデン」の2作からは、現地の匂いっていうのかな、「マレーシアらしさ」みたいなものを感じたんだ。あとは、そのどちらの著者も、「自分の描きたいことを描きたいように描いている」ってところが気に入った。そういうモチベーションは必ず作品にいいふうに反映されるものだし、編集者としても応援したくなる。これから先も、そこの部分は選ぶ側としてもブレてはいけない判断基準だと思ってる。