インバウンドコミック編集部爆誕インタビュー|奥村勝彦(59歳)マレーシアのマンガ始めます(やったるぜ) 元コミックビーム編集総長、あの奥村勝彦氏がマレーシアのマンガを日本に輸入!?

編集人生30年、恋愛マンガにほぼ初挑戦!

──それでは、個々の作品についてうかがいたいと思います。まずは「常夏の国で、君と。」から。著者のFakhrul Anour(ファクルール・アヌール)さんは、どういうマンガ家ですか。

「常夏の国で、君と。 マレーシア16篇の恋」

ごめん。実は著者本人のことはよく知らないんだ(笑)。逆にいえば、プロフィール云々は関係なくて、作品の力だけで選んだというね。たしか、聞いたところでは元マンガ誌の編集者とかで、多才というか、真面目で繊細な人のようだね。それは作品を見てもなんとなくわかると思うけど。

──失礼ながら、編集者としての奥村さんにはあまり恋愛物のイメージはないのですが、これはかなり直球勝負の恋愛マンガですね。

確かに昔からあまり恋愛マンガは得意じゃないね(笑)。読者として読むぶんにはいいんだけど、仕事として編集するのは恥ずかしいっていうか。高校は男子校を出て、大学でも男ばかりのサークルにいた自分にとって、リリカルな世界は縁遠いものだった。というか、この顔で「リリカル」とか言っちゃいかんだろ(笑)。だから30年近く編集の仕事をやってきたけど、純粋な意味での恋愛マンガは1本も手がけていません。

──それでもこの作品には何かを感じたと?

まあ、そういうことになるね。絵的にも内容的にも、40作の中でのランクはかなり上だったから。ちなみに今回の2作は、仕上がってきたセリフの下訳を、マンガのしゃべり言葉として自然なかたちで成立するように自分で直していったんだけど、悲しいかな、「恋愛的フレーズ」なるものが俺の中にはまったくないってことがわかってしまった(笑)。それでも仕事だから一所懸命やってみるわけだけど、どこかギクシャクしてるなってのが自分でもわかるんだよ。それで結局、俺のほうでいったん書き直した下訳のセリフを、さらにアシスタントの“なしゃこ”っていう女性に直してもらうことにした。読んでもらえばわかると思うけど、やっぱり恋愛マンガのセリフ回しは、女性に任せたほうがいいね(笑)。

──サブタイトルにもあるように、本書は16編の恋愛をテーマにした短編で構成されていますが、「運命」をすんなりと受け入れてしまうヒロインの話が少なくないというのが、ちょっと意外というか新鮮でした。日本のマンガだと、主人公は過酷な運命に抗おうとするんでしょうけど、マレーシアのマンガのヒロインたちは、いったんそれを受け入れたうえで、力強く生きていくという。

なるほど、それはあるかもしれないね。確かに「運命」というのは、この本に収録されている作品を読み解くうえでの重要なキーワードの1つでしょう。あと、これもその延長線上にある話だと思うけど、「家」や「家族」の重要さも繰り返し描かれているよね。恋愛してる当人同士の気持ちはひとまず置いておいて、「キーパーソンがおばあさん」っていう話が少なくない。ファクルール・アヌールが描くマンガに出てくるマレーシアの若者は、何かとおばあちゃんに相談しちゃう(笑)。あと、おばあさんだけでなく、とにかく女の人がパワフルで元気。男もそれなりに元気なんだけど、それ以上に馬力がある女性が多いという。

──印象に残っている短編はありますか。

部下の男の子と恋愛関係になる女性の話があるんだけど、結局、物語の最後で恋愛を続けるために会社を辞めるのは彼女じゃなくて、男のほうだったりする。たぶん向こうの女性にとって、「仕事」というものは我々が考えている以上に大事な存在なんだろうね。そういうことは旅行のガイドブックには載っていないっていうか、マンガや映画でしかわからない「現地の感覚」だから、読んで新鮮に感じる人も多いと思うよ。

「ひょうきん族」の「タケちゃんマン」のノリが、今は逆に新しい(かも?)

──では、次は「ライデン」についてお話しください。

「ライデン 暴走変身宅配野郎 イン マレーシア」1巻

著者のZINT(ジン)って奴は、今はアメコミみたいに分業でマンガを制作してるチームの一員として活動してるんだけど、「ライデン」は、そのチームに入る前に彼が1人で描いた作品らしい。個人的には、今チームで描いてる作品よりも、こっちのほうが断然ぶっ飛んでて面白いと思うけどね。

──確かにかなりぶっ飛んだ内容ですね(笑)。いい意味であまり後先考えてないといいますか……。

あまりっていうか、まったく考えてないでしょ(笑)。ひと言でいえば変身ヒーローもののパロディなんだろうけど、もっといえば、昔の「オレたちひょうきん族」の「タケちゃんマン」のノリだよね。「タケちゃんマン」も一応は、ヒーローもののパロディという枠組みはあったわけだけど、実際は(ビート)たけしと(明石家)さんまがワーワー騒いでバカなコントを繰り広げてるだけだった。あのバカっぽい感じが、なんとなくこの「ライデン」にもある気がしたんだよ。

──マンガでいえば「稲中」(古谷実「行け! 稲中卓球部」)などに近いノリも感じました。あるいは「デトロイト・メタル・シティ」(若杉公徳)とか、90年代以降の日本のギャグマンガのドライな笑いといいますか。

ああ、それもあるよね。ファクルール・アヌールのほうはたぶんバンド・デシネの影響なんかも混ざってると思うんだけど、ZINTのほうは完全に日本のポップカルチャーの申し子みたいな存在だから。知らず知らずのうちにそういうものがにじみ出ているんだと思う。メタル系の音楽もよく聴いてるみたいで、デーモン閣下みたいなキャラもマンガに出てくるしね。

──とはいえ、ただ単に日本のポップカルチャーを作品に取り入れているだけでなく、ちゃんと「自分のもの」として吐き出そうとしているのも伝わってきます。

そういう作品じゃないと日本で出す意味はないからね。いずれにせよ、完成度としてはまだまだ荒削りな部分もあるんだけど、コントとしては、逆に今の日本の若い読者にとっては新しく見えるんじゃないかと思ったんだよ。今どきこんないいかげんなギャグは、マンガの世界からもテレビのお笑い番組からもなかなか出てこないでしょう(笑)。でも、マンガっていうものは……特にギャグマンガというものは、昔はかなりいいかげんで、それが作品のパワーにつながってもいた。そもそも俺らの世代は赤塚(不二夫)さんのマンガで育ってきたわけだからね。無責任で、自由で、クレイジー。その場で思いついたことを描いて、意味もなく暴走して、「以上! おしまい!」(笑)。話の整合性なんかは二の次で、とにかく読んでる奴を笑わせられれば勝ち、という。そういうパンクで実験的な作品こそが、俺にとってのギャグマンガだった。そのことを「ライデン」というマンガは、ちょっと思い出させてくれたんだよね。

──セリフを関西弁で訳しているのも秀逸でした。

本当は広島弁のほうが合うかなとも思ったんだけど、俺は関西出身だから、身についている言葉を選んだわけで。でも、関西弁もけっこういい感じでハマってるだろ? 著者はまったくその辺の細かいニュアンスは理解できないと思うけどね。まあ、しなくてもいいんだけど(笑)。ちなみにこの作品は3巻まで出るので、気長におつきあいください。

マンガやマンガ家を縛るものはない。そうだろ?

──それでは最後に、今話せる範囲のことでかまいませんので、今後の展開を教えてください。

奥村勝彦氏

最初のほうでも言ったけど、まずは俺が、インバウンドコミック編集部でやれる仕事の間口を広げようと思ってる。ビームのときもそうだったけど、あとに続いてくれる連中がこの先も自由にやっていけるようにね。とにかくアーカイブの数が増えれば、電子の世界で面白い空間を作れるんじゃないかと思うんだよ。

──当面はマレーシアの作品の紹介がメインの仕事になりますか?

いきなり手を広げまくってもダメだと思うから、とりあえずはね。ただ、別の国にも1人、すでに目をつけてるかなりヤバいマンガ家がいるんだ。今はまだ、どマイナーな版元で描いてるあまり名前の知られていない奴なんだけど、これが驚くべき才能の持ち主でね。今後はそういう連中も巻き込んで、いろいろと面白いことができればいいなと考えてる。さすがに世界は広いというか、既成概念に縛られていない表現者は探せばたくさんいるからさ。で、俺はそういう奴らを見つけて、せっせと拾い上げていきたい(笑)。

──マンガやマンガ家を縛るものはないと?

ないだろ? ちょっとクサい言い方になっちゃうかもしれないけど、「マンガの自由さ」というものを信じて何かを表現してる奴がいたとしたら、俺はそいつを全力で応援する。ファクルール・アヌールもZINTもそういう奴らだし、年齢も肌の色も関係ない。今後は国の垣根を越えて、どんどん面白いことをやっていけばいいんじゃないかな。魅力的な絵と面白いストーリーさえあれば、一気に国境なんか越えられる。それがマンガのいいところだと思うし、編集者としても腹をくくってやらせていただきますよ。

奥村勝彦氏

※取材は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、安全に配慮して行いました。