コミックナタリー Power Push - 清水玲子(原作)×大友啓史(監督)が語る「秘密 THE TOP SECRET」

“「タブーを作品に昇華すること」

「これ、大丈夫なの? 公開できるの?」(清水)

──清水さんは映画化のオファーが来たとき、どんなお気持ちでした?

左から清水玲子、大友啓史。

清水 うれしかったですよ。大友さんは「ハゲタカ」のイメージがあって、少女マンガを読まないタイプの人かなと勝手に思っていたので、「少女マンガを、しかも私のマンガを読んでくれてるんだ」と。

大友 初めてお会いしたのが2011年。「るろうに剣心」の撮影に入る前でした。いやあ、「秘密」は脚本がまとまらなくて! こんなに脚本に時間をかけた作品はないです。2011年には初稿ができてたんですけど、なかなか納得いかなくて。何回も何回も書き直しをして、2013年の初頭で7稿はいったかな。その後2015年のクランクインまで何回書き直したかは、もう覚えてない(笑)。実は今の形に辿り着くまでに、case1の大統領の事件を日本で映画化したらどうなるか考えたり、外務大臣の娘を誘拐したcase10「千堂咲誘拐事件」の脚本を作ったり。

清水 ああ、「千堂咲誘拐事件」は監督に撮っていただいたらすっごく迫力が出そうです。海上保安庁の全面協力が必要ですが。

大友 スケールの大きい話ですからね。ただこのエピソードは、脳内映像を見るというシステムが定着した後の事件なので。

清水 そうですね。一番最初に映像化する事件ではないかもしれません。

──清水さんは映画をご覧になって、いかがでしたか?

「秘密 THE TOP SECRET」より。

清水 こう言ってはあれですが「すごくちゃんとしてる!」とほっとしました(笑)。やっぱり大友さんなので、上品できれいな画で撮られてる。でもクランクイン前に脚本を見せていただいたときはR指定どころじゃなくて、「これ、大丈夫なの? 公開できるの?」って(笑)。

大友 ははは(笑)。

清水 それこそ脚本の段階では、大友監督を前にして松竹の方々に「この脚本で本当にいいんですか?」って言ったこともあります。そしたら「いいんです」って。

大友 「みんな頭おかしい!」みたいな(笑)。

清水 いえいえ(笑)。でも生田(斗真)さんをはじめ、みんなが脚本を読んで「これに賭けてみよう」と思ったのは、監督が信頼されているからだと感じました。それに映画を観終わったら、脚本から受けたエグい印象とは全然違っていて。脚本は活字だから、想像力が最大限に発揮されてしまっていたようです。

薪を演じることは、俳優にとって大きな挑戦になる(大友)

──生田斗真さん演じる薪は、危うさや脆さはありつつも原作より男らしい室長になっていると感じました。清水さんは生田さんの薪を見てどうお感じになりました?

清水 実は最初にキャスティングを聞いたとき、ちょっとイメージと違うんじゃないの、と思ったんです。

薪は原作マンガの初登場時、33歳。

大友 生田くんはか細いイメージではないから、原作の薪が持っている少年のような、女性と見間違われるような眉目秀麗な美しさを持つことができるかは課題でした。薪のルックスのモデルは、hyde(L'Arc-en-Ciel)でしたよね?

清水 そうです。いくつになってもかわいらしい人が現実にもいるから、薪が若く見えてもいいじゃん、と思って(笑)。で、生田さんに決まってからいろいろ出演作を観させていただいて、「こんなに演技力のある方だったのか」と遅ればせながら気付いて。撮影現場の見学にも行かせていただいたんですが、不安がどんどん期待になっていき、映画を観終わったときは「薪はこの人しかいない」となりました。

──薪はすごく難しい役ですよね。

清水 ええ。アクションが多かったり、たくさんしゃべって感情を表現するキャラクターではないので、それこそ薪らしさを滲み出させるしかない。

映画「秘密 THE TOP SECRET」より、薪の親友・鈴木。

大友 薪というキャラクターのことを考えてみると、すごいバックグラウンドですよね。警察庁という日本最大の組織で、脳内映像を見る「MRIスキャナー」は次世代の捜査として期待されているわけです。でもまだ正式な捜査機関としては認められていない。30代の若さでその室長を背負わされているというのは、ものすごいプレッシャーですよね。しかも死者の脳内を覗くという行為は、神の領域を侵す行為ではないのかという道徳的・倫理的な問題もある。その重さを知っていながら、日々脳を覗いている。しかもですよ、 悲惨な事故現場を見慣れている刑事ですら頭がおかしくなってしまう、貝沼のような人間の脳内を覗き込んでいるストレスもある。それに、自分の親友を失った事件や、貝沼の28人殺害の背景もあって。本当にピンと糸が張り詰めて、少し触れるだけでも崩れ落ちそうな精神状態で生きてる。背負っているもの、十字架が大きすぎる人物。僕が今まで預かったキャラクター上、トップクラスのトラウマとストレスとプレッシャーを抱えているんです。

──改めて聞くと、凄まじいですね。

生田斗真演じる薪。

大友 そう考えると、薪を演じられる人はそう簡単には見つからない。ルックスだけなら近い人を見つけられるかもしれないけど、今述べたような重圧の中で生きているという、それを表現する力を持っている人となるとね、なかなかね。でも生田くんは役者として、数々の訓練と大きな経験を積んできている。年齢的にも俳優としても、まさにこれから脂がのってくる時期にあります。原作の薪の印象よりも男らしいかもしれませんが、実写映画にするには、登場人物たちにも社会で生きているリアリティというものが必要で、地に足をつけた設定や存在感を考慮する必要がある。彼に対しては「美しく」と「くたびれた美青年」というワードを与えていって、少しずつ役を作り上げていきました。

設定を変えたのは、岡田将生の演技を太くするため(大友)

──映画を観て気になっていることがあって。薪は、いつもハイネックを着ていますよね。これにはどんな意図が……?

大友啓史

大友 薪は「自分を殺すなら脳を撃って殺してくれ」と言っているので、脳を撃たなきゃ死なないように防弾チョッキを着ているんです。だからハイネックは、防弾チョッキをカモフラージュするための衣装プランニングという面もあります。防弾チョッキを着ているから、普段の生田斗真より少々ガタイがいいように見えているはずです。

清水 鈴木や貝沼との回想シーンでは、ハイネックを着ていないんですよね。

大友 そうなんです。それにハイネックは生田斗真をいかに薪に近づけるかの手法の1つでもあります。俳優の場合はルックスと同時に、内面に対してのアプローチもしていかないといけない。どうやって生田斗真に日常的にストレスを与え続けるかは、演出的な課題でした。撮影は初夏でしたからね、彼は相当脱ぎたくてストレスが溜まったと思いますよ(笑)。

──生田さんには「くたびれた美青年」というワードを伝えたとのことですが、青木役の岡田将生さんは、監督から「自分の腹の中に太い幹を作れ」というアドバイスを受けたと完成報告会見でおっしゃっていました。監督は役者さんにキーワードを伝えて、そこから役作りをしていくんでしょうか?

東大法学部卒の捜査員・青木一行。約190cmの長身。

大友 撮影に入る前にとにかく言いたいことを全部言います。結局クランクインして「用意スタート!」って掛け声をかけたら、もう誰も手を差し伸べることはできない。「さあ、自分が考えた青木を演じてみてくれる?」という感じです。岡田くんは最初に会ったときに「原作の青木と比べるとちょっと身体の線が細いかな」と思って。青木はガタイがいいじゃないですか。その前後にやっていた役の影響もあるでしょうが、最初に彼に感じた線の細さや軽さをどうやって払拭するか、というアプローチを内面からする必要があった。

清水 なるほど。

岡田将生演じる青木一行。

大友 いつもとは違う岡田将生の演技が見たかったんですね。彼は現代的な青年とかそういう役は抜群にいい味を出してくる。でも、今回は真逆ですからね。おかれた状況もあって、生きていることを、若さを謳歌できずにいる。と同時に、警察官は問答無用で柔道、剣道、格闘術ができますからね。青木はキャリアですけど一石二鳥だと思い、当初は撮影に使うかわからなかったけど、柔道の練習をとにかくしてもらった。

清水 柔道のシーンは最初に少しありましたね。岡田くんの青木で気になっている部分があって。マンガの設定とは少し違って、家族が惨殺されてお父さんだけが植物人間状態で生きていますよね。

大友 それも岡田将生の演技を太くするために、設定を変えさせていただいたんです。

清水 ああ、納得しました。岡田くんのインタビューを読んだときに「青木はどす黒い部分も持っている」って言っていて。「どす黒い? どういうこと?」とずっと考えていたんです。でも「死者の脳内映像が見える」という設定と、殺された家族、植物状態の父親のことを突き詰めると、映画版・青木の黒い部分がわかる。

大友 青木の内面を演じてもらうときに、岡田くんにそこまで考えて芝居をしてもらわないとやっぱり軽い演技になってしまうんですよ。

清水玲子と大友啓史。

清水 この映画は、気が付く人は気が付くけど、気付かない人はぼーっと見逃してしまう、という芝居や演出が多いですね。

大友 ある意味、そこは狙いでもあって。何度も観ていただいてその都度違う発見を楽しんでいただけるようにと。デヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」とかを観ると、映画って「わからないから面白い」という側面もある。記号や伏線がちりばめられていて、どこで何に気付いたかを友人や一緒に観た人たちとお喋りして楽しむ。僕は、そういう映画の楽しみ方をして育ってるんです。ネガティブな意味合いだけではないんですが、テレビの「わかりやすさ信仰」が人々の考える力を低くしているのは間違いないですからね。わからなさを楽しむ面もあっていいのではないかと思っています。

清水 あまり説明しすぎたくない、という。

大友 そうです。でも観客に「わからない」と言われたら「ごめんなさい」と言うしかない職業だから、批評は甘んじて受けます。その点、「秘密」は原作がチャレンジングだから、映画もチャレンジできました。

「秘密 THE TOP SECRET」2016年7月6日全国ロードショー

「秘密 THE TOP SECRET」

ストーリー

被害者の脳に残った記憶を映像化し、迷宮入り事件を解決するMRI捜査。その特殊な捜査方法が導入された警察庁の特別機関・通称「第九」で若くして室長を務める天才・薪剛や新人捜査官の青木一行らは、行方不明の少女の捜索に取り掛かる。単純な捜査かと思われたが、事件は次々と連鎖し、やがて決して触れてはならないとされる日本を震撼させた貝沼事件へとつながっていく。そこには、第九捜査官であり、今は亡き薪の親友・鈴木が命を懸けて守ろうとした“第九最大の秘密”が隠されていた……。

スタッフ

監督:大友啓史
脚本:髙橋泉、大友啓史、イ・ソクジュン、キム・ソンミ
原作:清水玲子
主題歌:SIA「ALIVE」

キャスト

薪剛:生田斗真
青木一行:岡田将生
貝沼清孝:吉川晃司
鈴木克洋:松坂桃李
三好雪子:栗山千明
露口絹子:織田梨沙
斎藤純一郎:リリー・フランキー
露口浩一:椎名桔平
眞鍋駿介:大森南朋
今井孝史:大倉孝二
天地奈々子:木南晴夏
岡部靖文:平山祐介

清水玲子(シミズレイコ)
清水玲子

東京都在住。1983年、「三叉路物語」でデビュー。秀麗な画風と独創的な作品世界で多くの読者の支持を得る。メロディ(白泉社)を中心に活躍中。代表作に「月の子」「輝夜姫」「秘密 THE TOP SECRET」など。

大友啓史(オオトモケイシ)
大友啓史

1966年岩手県盛岡市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1990年NHKに入局、秋田放送局を経て、1997年から2年間L.A.に留学し、ハリウッドにて脚本や映像演出に関わることを学ぶ。 帰国後、連続テレビ小説「ちゅらさん」シリーズ、大河ドラマ「龍馬伝」などの演出を手がける。2009年に映画「ハゲタカ」の監督を務める。2011年4月にNHKを退局し、大友啓史事務所を設立。 同年、ワーナー・ブラザースと日本人初の複数本監督契約を締結する。代表作に映画「るろうに剣心」シリーズ、「プラチナデータ」など。2016年は「秘密 THE TOP SECRET」「ミュージアム」の2作が公開を控え、2017年には「3月のライオン」が封切られる。