コミックナタリー Power Push - 「ヒメアノ~ル」
古谷実ファンの吉田恵輔監督が語る“集大成に「ヒメアノ~ル」を選んだ理由”
森田剛主演による実写映画が目下公開中の「ヒメアノ~ル」は、「行け!稲中卓球部」でマンガ界に新風を巻き起こした古谷実の連載第7作。しょぼくれた清掃員の男性と、殺人を犯したときの快楽のみのために生きる男性の心情を並行して描き、2008年から2010年にヤングマガジン(講談社)にて連載された。
コミックナタリーでは、映画「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔監督にインタビューを実施。映画「銀の匙 Silver Spoon」で爽やかな青春ストーリーを紡ぎ出した吉田監督は、「『ヒメアノ~ル』なら集大成になる映画ができると思った」と明かす。その真意、映画初主演となる森田剛を起用した理由、古谷の新作「ゲレクシス」の魅力をたっぷりと語ってもらった。
取材・文 / 三木美波
「稲中」はやべえぞ!
──映画「ヒメアノ~ル」の公開、おめでとうございます! さっそくですが、吉田監督と古谷実作品の出会いを教えてください。
もう完全に「稲中」(「行け!稲中卓球部」)ですね。俺が通ってた高校って、授業中ずっとマンガ雑誌をクラスメイトの間で回し読みしてる学校で。「稲中」もヤンマガに1話目か2話目が載ったときに読んで、「うわ、なんじゃこりゃ!すごいのが始まった……!」って盛り上がりました。
──ブームになりましたよね。古谷さんの新連載が4月にイブニングで始まったんですが、その応援コメントで木尾士目さん、和久井健さん、宮下英樹さん、幸村誠さんら数多くのマンガ家が「『稲中』に影響を受けた」「衝撃的だった」と言っていました。「稲中」の連載がヤンマガでスタートしたのが1993年です。
じゃあ高校2、3年くらいですね。「これはやべえぞ!」ってなったのを今でも覚えています。その後も古谷作品はずっと追いかけています。
──一番好きな作品はなんですか?
俺はやっぱり「稲中」が好き。思い入れが強いってのもありますが、それ以降の作品は「稲中」をどう変化させていくかみたいなところがあると思っています。「ヒメアノ~ル」や「ヒミズ」とかギャグマンガじゃない作品も、「稲中」が原点にあるんじゃないかと思うんです。
──確かに「ヒメアノ~ル」や「ヒミズ」では残酷な描写や絶望的な展開が描かれましたが、その時代の多くの人が共感できる普遍性みたいなものは「稲中」から一貫して感じます。吉田監督が「ヒメアノ~ル」を映画化しようと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?
「ばしゃ馬さんとビッグマウス」「麦子さんと」「銀の匙 Silver Spoon」とハートフルな映画が続きましたが、それ以前は割とダークトーンなものを撮っていて、またそっち側をやりたいなって思いました。実録ものをやろうか、とかいろいろ考えた結果、「ヒメアノ~ル」がプロデューサーとの話題に上がって。まさにストライクな作品だったんですが、古谷さんの作品を映画化する許可が出るとは思ってなかった。でも「ヒミズ」が映画化されて、「あ、できるんだ」みたいな(笑)。ただ自分も撮れるとは思ってなくて、諦めるために一度権利元と話をしようと。そしたら話が進んでOKいただけて、「嘘でしょ!?」って。
──なるほど(笑)。映画「ヒミズ」は、2012年に上映されましたけど、その頃には映画「ヒメアノ~ル」の企画も上がっていたんですね。
そうなんです。「銀の匙」を撮影するときにはとっくに脚本もできていましたね。
2部構成の映画の集大成を作りたかった
──マンガの「ヒメアノ~ル」で印象に残っているシーンはどこですか?
たくさんありますが、最終話で森田が泣く見開きのシーン。あとは、安藤とよくわからないおじさんの平松がPKするシーンはすごく好きです。頭がおかしい2人が並んだ絵面って超やばいなと思って。
──あのシーンは笑っちゃいますよね。
笑えますよね。そのコメディとサスペンスの同居も、「ヒメアノ~ル」に惹かれた理由のひとつですね。これまで、前半ラブコメで後半サスペンスといった、前半と後半で全然違う映画をよく作ってるんです。「ヒメアノ~ル」もそうですが、古谷さんの作品もそういうの多くないですか? 自分がやりたいことと、古谷さんがやってることは近いと思ったんです。そういう、“2部構成の映画”の集大成を作りたくて、「ヒメアノ~ル」だったらできるなって。
──映画はまさに前半と後半でトーンが変わる2部構成でしたね。映画の真ん中、ラブコメとサスペンスが入り混じるシーンで、「ヒメアノ~ル」というタイトルやキャストのクレジットが入ってきました。
そこはポップなトーンからダークトーンへの架け橋で。具体的に言うと岡田とユカのラブシーンと、森田が四つん這いの女を後ろから殴って殺しているシーンのカットバックは、この映画の主軸ですね。日常と非日常、コメディとサスペンスが融合する映画のキーになるシーンで、ここから逆算して前半と後半を作っていきました。ここは脚本を書いていても撮っていても楽しかったです。
──前半のコメディパートはクスクス笑ってしまいました。特にムロツヨシさんが演じる安藤が本当に面白くって……。
天才ですよね(笑)。最初に「ヒメアノ~ル」を読んだとき、「安藤ってすごくムロさんっぽいな」って思ったんです。ムロさんに受けてもらえなかったら、ほかに誰がいるんだよ、とまで思っていて。誰よりも最初にキャスティングが浮かんだのは、安藤のムロさんでした。
──後半は殺人鬼・森田のタガが外れて緊張感のある展開が続きましたが、ムロさんが出るとやっぱりちょっと面白い。
後半の緊張感とトーンを崩さないように、どれくらい抑えていくかは考えましたね。ムロさんはでしゃばりで出たがりなんだけど(笑)、キャリアも下積みも長いから今回は空気読んで抑えた演技をしてくれました。でも安藤が森田に銃で撃たれるシーンで「安藤が森田をボクササイズで威嚇」「安藤が股間を撃たれる」って俺がト書きに書いちゃって。完全に水を得た魚のような演技を……。
──やっぱりあのシーン、股間を撃たれてたんですか? そうじゃないかと思いつつ、それはないだろうと……。
うん、「これ絶対ダメでしょ」って思ったんだけど、やりたくなっちゃって。森田の異常性というか、ゾワッとする感じが流れたあとのシーンだから、壊しちゃいけない。だからチンチンを撃たれても、雰囲気を壊さないようにリアルな演技をしてくれました。
──なるほど。
股間って言っても、ちょっと外したところを撃たれた。どセンターよりちょっとだけずらした。
──どセンター?
右タマ飛んだくらいな感じ。本当にどセンターを撃たれていたら、結構早い段階で死ぬらしいんですよ。やっぱり血流のいいところだから。
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不安と不満が人間を作る──。やりがいや夢、大切な人、みんなが持ってる何かを僕は持っていない……。不安や不満を抱えた普通の人間と、快楽殺人者の心情を並行して描いたリアルストーリー。
映画「ヒメアノ~ル」 / 2016年5月28日よりロードショー
「なにも起こらない日々」に焦りを感じながら、ビル清掃会社のパートタイマーとして働く岡田(濱田岳)。同僚の先輩・安藤(ムロツヨシ)に、想いを寄せるユカ(佐津川愛美)との恋のキューピット役を頼まれ、ユカが働くカフェに向かうと、そこで高校時代の同級生・森田正一(森田剛)と出会う。ユカから、森田にストーキングされていると知らされた岡田は、高校時代、過酷ないじめを受けていた森田に対して、不穏な気持ちを抱くが……。岡田とユカ、そして友人の安藤らの恋や性に悩む平凡な日常。ユカをつけ狙い、次々と殺人を重ねるサイコキラー森田正一の絶望。今、2つの物語が交錯する。
- スタッフ / キャスト
- 原作:古谷実「ヒメアノ~ル」(ヤングマガジンKC所載)
- 監督・脚本:吉田恵輔
- 音楽:野村卓史
- 出演:森田剛、佐津川愛美、ムロツヨシ、濱田岳
吉田恵輔(ヨシダケイスケ)
1975年5月5日生まれ、埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作しており、塚本晋也監督の作品制作では照明を担当。現場では、映画のほかにプロモーション・ビデオ、CMの照明も経験。2006年に「なま夏」を自主制作、本作で同年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭・ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門でグランプリを獲得。その後も、塚本作品などで照明技師として活動する傍ら、2008年に小説「純喫茶磯辺」を発表、同年自ら映画化した。2013年に「ばしゃ馬さんとビッグマウス」「麦子さんと」、2014年に「銀の匙 Silver Spoon」などが公開。
©2016「ヒメアノ~ル」製作委員会
©古谷実/講談社