「マンガ寄りな世界」と「リアル寄りな世界」がある
──同時期に描いている、のことシゲタだったり、あるいは別の時期に描いている「働きマン」の松方だったり……お描きになるキャラクターというのは、1つの世界の中に存在している感覚ですか? それとも別の世界に存在しているのでしょうか。
「働きマン」は別かなあ。リアルな世界というか。「ハッピー・マニア」とか「脂肪と言う名の服を着て」はもうちょっとマンガの世界に近いです。この世界でなら、すごく高いところから落ちても死なない、みたいな(笑)。
──なるほど。フィクションの世界の“キャラ”というか。ほかの作品も、マンガ寄り、リアル寄りみたいに分けられますか?
大雑把には分けられると思います。「シュガシュガルーン」はそのままマンガの世界ですし、「花とみつばち」もマンガ寄りの世界ですね。
- 「シュガシュガルーン」
- 全8巻 / 講談社
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- 「花とみつばち」
- 全7巻 / 講談社
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──「花とみつばち」のオニ姉妹や山田は、確かにキャラ性が強いですが、主人公の小松はリアルな感じがしていたので少し意外です。ヤングマガジン(講談社)での連載中は、すごく苦しかったそうですね。「苦しさの象徴みたいなマンガです」とインタビューでおっしゃっていました。苦しい中で、こういった笑えるものを生み出していらっしゃるのかという驚きがあったのですが……。
そうですねえ……なんと言っても、自分が男子高校生だったことがないので、本当には実際の男子高校生のことがわからないのがつらかったです。あと、ヤンマガ読者のリアルな男子高校生や男子大学生に「やっぱり女の描いたマンガだから、わかっていない」と感じさせないで読んでもらうにはどう描けばいいか、といつも悩んでいました。今思うと、そんなに無理する必要もなかったなあという気もするんですけど。なんか……いつもね、描きながらジャッジされているような感覚があったから。今はヤンマガにもいろんなマンガが載っていて、幅が広がったというか、女性の読者もたくさんいると思いますが、「花みつ」を連載していたときは、男性向けの作品がほとんどで。作家さんも、今はいろんな方が描かれていますが、当時は連載をしている女性作家はヤンマガ出身の方が何名か。外から来てるのは私だけだったように思います。そういう中で描くのは、しんどかったですね。
──「花みつ」の連載開始は、「働きマン」をモーニング(講談社)で始める4年も前、2000年でしたね。安野さんがそうやって、男性誌での作家さんたちの活躍の場をぐっと広げたというのはあったと思います。
いえいえ、時期的な問題というか……遅かれ早かれそうなっていただろうと思いますよ。
自分と違う視点の人がいる。それをマンガで見てもらえたら
──先ほどおっしゃったように「働きマン」はリアルな世界だというのはよくわかります。
- 「働きマン」
- 1~4巻 / 講談社
- ブックパスで読む
そうですね。一番リアル寄りなのは、やっぱり「働きマン」かなあ。
──あのときも「私の物語だ!」と思った人は多かったと思います。連載で読んでいたときは、松方に感情移入してしまいましたが、改めて読むとやはりいろいろな人が出てきていますよね。松方のような仕事にのめりこむ“働きマン”もいれば、働かなくても許されてしまう梶さんのような“働かないマン”もいたり、いろんな働き方があるよなあと思いました。
ありがとうございます。いろんな人とか、いろんな考え方を描きたいと思っていました。こちら側から見たら、「すごい悪い人だ」「嫌な奴だ!」って思ってしまうような人にも、その人なりの美学とか理由があったりするじゃないですか。これは……割と前から持っている私のテーマの1つなんですけど、最近になるにつれて「自分が正しくてほかの人が間違っている」と考える傾向が、強くなってきているなと思うんです。
──はい、それはすごくある気がします。
自分と違う視点でものを見ている人に同調する必要もないと思うんですよ。だけど、否定する必要はない。違っている中で、どうやって一緒に働いていくかを模索することが必要で。そのためには、お互いにどういう考えなのかを知らなきゃいけないと思うんですけど、最初の印象で「嫌い」「苦手」だと思っちゃうと、踏み込めないままになってしまう。でも「この人はどういう考えをしているのかな」と知ろうとしたら、「そういう気持ちでやっていたんだ。それなら同意はしないけれど理解はできる」というときもあると思うんです。
──ものすごく大切なことですね……。
連載を始めた頃(2004年)は、ヤンマガと同じでモーニングも男性読者が多かったんです。松方のような女性は生意気で苦手、という男性もいるようだったので、女性のキャラクターを描くときは特に、「あなたの近くにいる女の人も、こんなふうに考えて、こんなふうにがんばっているんです」というのを見てもらいたいという気持ちもありました。そういうのってお互い様というか、相手からしてもそうだと思うんですよね。でも普通に日々仕事をしているだけだと、そんなに心の底まで開きあって話すことはないから、マンガでそれを見てもらえたら、まったく同じじゃなくても「あの人も、もしかしてこうなのかな?」と思えるかもしれなくて。そうしたら、なんかちょっと、楽になったりもするかなって思ったんですよ。
──そういう思いで始められたものだったんですね。
もちろんモーニングを読んでくれている男性にも女性にも「もうちょっとがんばろうかな」と思ってもらったり「うまくできてなくてもいいか!」と気を楽にしてもらったりできたらいいな、というのが前提なんですが。マンガって、そういうものですからね。
子供たちには、恋愛はいいものだよと言っておきたい
──「シュガシュガルーン」や「ラブマスターX」など、子供や、10代の方に向けての作品もたくさんありますが、恋愛というものが、すごく楽しくてドキドキするものとして描かれていますね。
そうですね。特に「シュガシュガルーン」のような小さいお子さんが読むものでは、恋愛を憧れられるような、素敵なものとして描いていいと思っていて。大人になったら「なんだよ!」って思うようなこともあると思うんですが、それはそのときに思えばいいことなので(笑)。なかよし(講談社)で「シュガシュガルーン」の連載を始めたときって、子供向けの少女マンガ誌が、エロ真っ盛りの時代だったんですよ。「なんじゃこりゃ!」と驚いて(笑)。確かに、子供はエロが好きなので、エロを描いたら売れるに決まっている。でも、子供が見るエロには、必ず“後ろめたさ”がセットであってほしいというのが持論で。「エロは大人のものであって、自分たちはまだそこにはいけないんだ」ということをわかったうえで、こっそりエロを見てほしい。大人が提供する子供向けの媒体に、バーンと載せるのは明るいちょっとエッチ!みたいなレベルで留めたほうがよいと思います。
──安野さんは高校生くらいの世代に向けた作品では、セックスがセットになった恋愛を描かれています。ダメだとわかっているんだけれど、止められない、というような。
それはティーンエイジャーの特権ですから。10代後半から20代にかけてはもう、自由だと思います。体も仕上がっているし。でも子供のときは、まだいろんなことが仕上がっていないので、気を付けていただきたい。よそ様のお子さんですが、心身ともに、同じ速度で成長してほしいなあと思います。
──自分の子供の頃を振り返っても、マンガにおけるエロ方面への影響力はものすごいものがあったなと感じます。
そうです、そうです。なので「シュガシュガルーン」ではキスぐらいまでにしておきました。子供のときって、性的なドキドキ感と人のことを好きになる気持ちを分けて考えられないので……大人になっても分けるのが難しいくらいですから。心が育つ前に、性的なドキドキ感だけを追い求めてしまうのは、情緒の発達に悪い影響を与えるんじゃないかなと私は思っていて。なので、小学生ぐらいのときは、「なんか、あの人の耳の後ろの線が好き」みたいなことをしつこく思っていてほしい。それって実はエロですからね(笑)。それで育って育って……ついに!みたいなことでいい。
──後から「あれはエロだったのか!」と気付くわけですね。
その途中で、誰かと付き合っていく中で、「ああ、この人はこういうふうに考えるんだな」って、性格や考え方をお互い知ったり、学んだりして成長していくわけですから。個人的には、自分が成長するうえで恋愛をしてよかったなと思っていて。ある程度大人になって、「自分は今に至るまでにこういうルートを通ってきて、恋愛することは選ばない」と決めているなら、それはそれで全然いいと思うんです。ただ、「シュガシュガルーン」のような子供向けのものを描くときには、いろんなルートがあるんだよ、という可能性を見せておきたいなと。いろいろな可能性がある中で、私は、「恋愛というのはこれぐらいいいものでございますよ」と言っておきたいという気持ちがあります。
──なるほど。選択肢のひとつとして、恋愛というものもあります、と。
そうですね。本当に人によると思うし、先ほど言ったように私自身は、恋愛でいろいろなことが学べたので……。もともとは、許せないものが多いタイプなんですよ。「今日この後こうしたい」と思っていることが、人のせいでずれたりするのがすごく嫌いだったんです。でも今は、超マイペースおじさん(夫の庵野秀明)が家にいるので(笑)、自分の思い通りにはできない。もう、何ひとつ!(笑) そうしているうちにだんだん「まあここはいいか」みたいになってくるので、生きやすくはなるのかなと。
──確かに他人とずっと一緒にいると、許さざるを得ない状況になって、自分も変わっていきますね。
徐々に徐々に。私以上にきっちりした人もいて、逆に自分が迷惑をかけたり、だらしないところを怒られたりもしていたんですけど。相手によって、自分の立ち位置が変わったりもするんだなあ、ということもわかるようになりました。
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「自分のために」と「読者のために」
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- 1971年3月26日東京都杉並区生まれ。1989年に別冊少女フレンドDXジュリエット(講談社)にて「まったくイカしたやつらだぜ!」でデビュー。岡崎京子のアシスタントを経て、別冊フレンド(講談社)にて「TRUMPS!」の連載を開始。著作には「ハッピーマニア」「ジェリー イン ザ メリィゴーラウンド」「花とみつばち」「さくらん」「シュガシュガルーン」「働きマン」「監督不行届」「オチビサン」「鼻下長紳士回顧録」などがある。2017年にフィール・ヤング(祥伝社)にて、「ハッピー・マニア」の続編「後ハッピーマニア」を読み切りとして発表。2019年9月に同作の本格連載をスタートさせた。
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