「そしてボクは外道マンになる」平松伸二×ケンドーコバヤシ対談|外道マンガ家が暴露する、週刊少年ジャンプ70~80年代の狂気

「北斗の拳」を見たときは本当にショックを受けた

ケンコバ 先生は「外道マン」の中で、あんなに赤裸々に自分の過去を描いちゃって恥ずかしくなったりしないんですか? 沖縄のソープランドでの童貞喪失事件とか、アシスタントで入ってきた猿渡(哲也)先生の絵に嫉妬して、手をハサミで刺そうとしたエピソードとか。

伸二はアシスタントとしてやってきた猿渡哲也の絵に嫉妬し、潰してしまおうか思案する。

平松 話を盛っているっていうこともあって、「俺とは別の伸二という人間のことだから」っていうのはありますよ。猿渡くんの件に関して言うと、彼が「外道マン」に登場する前に一緒に食事に行ったんです。そのときに「自由にやってください」と了承を得たので、じゃあ伸二が猿渡くんの絵に嫉妬して、ハサミで手を「グサッ」と刺すか思い悩むシーンを描いてやろうと思って。

ケンコバ 何かあれば炎上するようなこんな世の中で(笑)。やっぱり猿渡先生は、当時から周りのアシスタントとは違う光る才能を持っていたんですね。

平松伸二

平松 「外道マン」の中にも描いたんだけど、アシスタントに入るときに持ってきたスケッチブックを見た時点で、「こいつはすごい才能を持っているな」というのはわかったんですよ。3巻には高橋(陽一)くんのエピソードも載ってるけど、高橋くんは絵に関してはびっくりするほどでもなかったんだよね。でもネームがすごくよくて「これは俺にはない感性だな」と思ったのを覚えてます。

ケンコバ 下の世代から新しい才能が出てきたとき、光るものが話と絵のどちらにあったら脅威に感じるもんですか?

平松 うーん……難しいな。でも俺が40年間以上マンガ家をやってきて一番ショックを受けたのは、「北斗の拳」の原哲夫さんの絵を見たときですね。あの絵は圧倒的すぎて「俺はもうダメだ」と思いましたもん。

ケンコバ 平松先生がデビュー作の「ドーベルマン刑事」でタッグを組んだ、盟友とも言うべき武論尊先生の大ヒット作でもありますし。

平松 仮に俺が「北斗の拳」の作画を担当していたとしてもあんなにヒットすることはなかったですよ。それくらい原さんの絵は脅威でしたね。

肝臓を悪くし入院したという武論尊の元を伸二と権藤が訪れると、武論尊は見舞いに来た女性たちにセクハラをしている最中だった。

ケンコバ ちなみに事後報告になってしまって怒られるかもしれないんですけど、僕は武論尊先生のところにも伺ったことがありまして。そのときに「外道マン」に出てくる武論尊先生の登場シーンをお見せしたんですよ。入院先の病院で、見舞いに来た女性にセクハラしているっていう場面なんですけど。そうしたら先生が「あの野郎……」と一言だけ言われていました(笑)。

平松 いや、それはおかしいよ。武論尊さんが出てくるシーンに関しては、事前に担当から連絡してもらってるもん。OKを出したのを忘れてるだけですよ(笑)。

鳥嶋和彦さんに電話したら、「もしかして『外道マン』?」って

ケンドーコバヤシ

ケンコバ 基本的には作家さんとか編集さんが登場するシーンは、事前に確認を取ってるんですね。

平松 ええ。第1話のネームを描いたときも、劇中に出てくる担当編集・権藤のモデルになった後藤(広喜)さんと、俺がアシスタントをしていた「アストロ球団」の中島徳博さんの奥さんのところに伺って、「こういう形でやります。大丈夫でしょうか?」と確認は取っていますよ。

ケンコバ 許可を取る中で怖かった人とかいます?

平松 本宮(ひろ志)先生はやっぱり緊張しましたね。

学ランに下駄という姿で描かれた本宮ひろ志。胸元には“男樹”の文字があしらわれている。

ケンコバ 本宮先生は「外道マン」の中でジャンプ編集部に学ランで殴り込んできたかと思ったら、「マンガ家にもっと敬意を持て」と日本刀で机をぶった切ってましたね(笑)。もちろんあんなことはないと思いますけど、ああいうふうに描きたくなる人ですか。

平松 正直おべっかを使って描いているところはあるんですけど(笑)、そういう男気はある方ですね。

ケンコバ おべっか(笑)。

──2代目担当・魔死利戸のモデルになった鳥嶋和彦さんのところには、直接許可を取りに行ったと「外道マン」でも描いてましたね。

集英社の系列会社である白泉社の代表取締役に就任した魔死利戸は、古巣である少年ジャンプの打倒を目論む。

平松 行きましたね。最初に鳥嶋さんに「もしもし平松ですけど」って電話したら、「えーっ、もしかしてあれ(『外道マン』)?」って言われました。「もうそろそろ来るんじゃねーか」と思ってたみたいです。

ケンコバ すでに噂がいってたんですね。ホントに「このままだとこの漫画は売れないただのゴミで終わる」みたいなことを言われたんですか?

平松 まあ基本的にはああいう感じでイヤミを言う人ですけど(笑)、さすがにあんな皮肉は言わなかったですよ。丁寧に対応してくれました。

初代担当の「マンガ家として認めねえ」発言に怒り

──「外道マン」に登場する平松さんの担当編集者は、後に週刊少年ジャンプの編集長になる後藤さん、鳥山明先生を見出した鳥嶋さんと、そうそうたる人物がモデルですよね。特に思い出深いエピソードはありますか?

後々まで伸二を苦しめることになる権藤の一言。

平松 愛憎入り混じって皆さん印象に残ってますよ(笑)。でも初代担当の後藤さんから「原作付きのマンガを描いてる限り絶対にマンガ家として認めねえ」って言われたのは、「マーダーライセンス牙」の連載を終えるくらいまでずっと引きずっていましたね。こんなことを言うとビッグ錠先生には申し訳ないんだけど、当時のジャンプ連載作で原作者が付いていたのは「ドーベルマン刑事」とビッグ錠先生の「包丁人味平」だけで。

ケンコバ でも当時から「オリジナル作品でやったとしても、周りの作品にも負けない」という気持ちは持っていたわけですよね。

平松 いやいや、まだオリジナルで勝負する力はないと思ってましたよ。後藤さんのあの言葉は本当に屈辱だったけど、あれがなかったらマンガ家として独り立ちできてなかったかもしれないです。今となってはただただ感謝ですね。

ケンコバ 40年近く経ってやっと感謝(笑)。でも「ブラック・エンジェルズ」とか、すごい人気だったじゃないですか。

平松 それが「ブラック・エンジェルズ」が始まったあとに、後藤さんと飯を食いに行ったら「ホームランを打たないと俺は認めないから」って言われて。

左からケンドーコバヤシ、平松伸二。

ケンコバ 「ブラック・エンジェルズ」はホームランじゃない、ツーベースだみたいな。

平松 当時は「はいはい」って聞いていたんだけどね。ちょうどグランドジャンプの「外道マン」の連載が「ブラック・エンジェルズ」編に入ったので、劇中でその食事シーンを描くときは伸二にテーブルをひっくり返させて、(後藤がモデルになった)権藤さんに殴りかかるくらいのことをやってやろうと思っていて。そこを描くのが今から楽しみなんですよ。

ケンコバ ははは(笑)。長年の怒りをぶつけてやろうと。

手塚・赤塚賞のパーティで、審査員から罵倒を受けているのではと思い悩む伸二。

平松 俺は高校時代からジャンプに5、6本読み切りが載って、上京して1年で「ドーベルマン刑事」の連載が始まったので、周囲からはエリートみたいに言われることが多いんです。でも実際は屈辱ばかりの歴史なんですよね。

平松伸二「そしてボクは外道マンになる③」
2018年4月19日発売 / 集英社
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平松伸二の中の悪魔「外道マン」が目覚める……!!
漫画家人生を共に歩むことになる異形の分身は、不意に現れては、伸二の心を今もかき乱す……。
1978年、24歳の伸二は恋人・美奈子と結ばれるが、彼女が処女でなかった事に動揺、落胆する。
連載は「ドーベルマン刑事」から「リッキー台風」へ。
後に大きく羽ばたく新人アシスタントが現れる……!!

平松伸二(ヒラマツシンジ)
平松伸二
1955年8月22日生まれ、岡山県出身。1971年に「勝負」が週刊少年ジャンプ(集英社)に掲載されデビューを果たす。その後中島徳博のアシスタントを務め、1975年に武論尊が原作を務める「ドーベルマン刑事」の連載を週刊少年ジャンプにてスタート。以降「リッキー台風」「ブラック・エンジェルズ」「マーダーライセンス牙」「どす恋ジゴロ」といったタイトルを発表し、現在はグランドジャンプ(集英社)にて、自伝的作品となる「そしてボクは外道マンになる」を連載している。
ケンドーコバヤシ
ケンドーコバヤシ
1972年7月4日生まれ、大阪府出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。現在のレギュラー番組に「漫道コバヤシ」「にけつッ!!」など。