40歳、軽い気持ちで描き始めた作品でマンガ家デビュー
──「フルーツ宅配便」は「第21回文化庁メディア芸術祭」でマンガ部門の審査委員会推薦作品に選ばれたり、カルチャー誌・フリースタイルによるランキング「THE BEST MANGA 2018 このマンガを読め!」にランクインするなど、評価の高い作品です(参照:「このマンガを読め!」1位は宮谷一彦「ライク ア ローリング ストーン」)。そういった反響に対しての実感はありますか?
まったくないんですよね。誰も読んでないんじゃないかっていうぐらい反応がないので、びっくりしてます。友達が義理で読んでくれているぐらいです。あんまり褒められてもね、いい気になっちゃうタイプなので(笑)。
──周りの方からはどういう反応があるんですか?
それこそ「あれで終わっちゃうの?」という感想をくれる人もいます(笑)。最初は「舞台がデリヘルだ」って言ったら、やっぱりエロ的なものだと思ったらしいです。
──鈴木さんは40歳を過ぎてからマンガ家を志されたそうですね。
志したと言うと大げさになっちゃうんですけど、それまで勤めていたデザイン系の会社を辞めてフリーランスで仕事をすることになったので、通勤時間分の余裕もできるし、詳しくはわからないけどマンガの仕事も増えたらいいな、くらいの軽い気持ちで描き始めたんです。
──それが投稿作でデビューが決まって、「フルーツ宅配便」という連載が始まり、ドラマ化にまでなって。トントン拍子でここまで来られていますよね。
売れない歌手がいきなり紅白歌合戦に出ちゃうぐらいの感じですよね。ただ、ドラマ化も昨日まで知らなくて急に「決まりました」って言われたらドッヒャー!ってなりますけど、「ドラマ化されるんじゃないか」「ドラマ化が決まるかもしれない」と徐々に教えてもらっていたので、かなり心の準備はできている状態でした(笑)。急に言われたら泣いちゃうぐらいうれしかったかな。……まあ、泣きはしないかもしれないけど(笑)。それでもやっぱりうれしかったです。普通の田舎のおじさんなので、TVドラマなんて自分とは関係のない世界だと思ってましたから。
──ドラマは濱田岳さんが主演を務め、「彼女がその名を知らない鳥たち」「孤狼の血」などで知られる白石和彌監督がメガホンを取るということでも話題を呼びました(参照:デリヘル舞台に人間模様描く「フルーツ宅配便」濱田岳×白石和彌でドラマ化)。
それも本当にすごいなと思います。映画監督とか俳優さんとか、言ってみたらほとんど偉人に近い存在なので。野口英世ぐらいの感じですから(笑)。
──実在してるかも怪しいくらいの(笑)。
木更津の片田舎に住む人間からしたらそうですよ(笑)。白石監督とは撮影現場にお邪魔したときに少しお話ししたんですが、めちゃくちゃ気さくでいい人でした。撮影中だったのでちょっとしか話せなかったんですけど、映画の話を伺ったりして勉強になりました。ドラマは白石さんが監督をやるということで、なんとなく映画っぽかったり、普通のドラマとは違った空気が感じられるのかなと期待しています。セリフ回しとかも原作とは違うでしょうから、その辺りも楽しみでしかないですね。
──サキタ役を濱田岳さん、マサカネ役を荒川良々さん、ミスジ役を松尾スズキさんが演じられますが、キャスティングも面白いですよね。
濱田さんのサキタはぴったりですよね。濱田さんが出るから(ドラマを)観るって方もきっとたくさんいらっしゃるでしょう。荒川さんも絶妙に合っているなと。撮影現場でお会いしたらなかなか大きい方でびっくりしました。
──マサカネくんはケンカが強いですし、その感じも合っている気がします。
松尾さんも撮影現場で拝見したら、ミスジのおっかない感じがすごく出てました。普通に歩いてすれ違ったら避けるだろうなっていうくらい怖さが出てましたね。
マンガはIllustratorのツール「パス」で描いている
──今はおひとりでマンガを描かれているんですか?
手伝ってもらっているアシスタントは1人います。それも一緒の部屋でやっているわけじゃなく、離れた場所でパソコンでやり取りしてるので、作業をするときは1人ですね。
──過去のインタビューでマウスで描かれているとお話されていて、それにすごく驚きました。
ああ、そうですね。マウスで描くというのはマウスで線を引くというわけでなく、IllustratorというAdobeのソフトで、パスを切って曲線を描いているんです。コマから何までIllustratorで描いていて。なんならネームからイラレでやっています。
──へええ……! Illustratorでマンガを描いている方って、あまり聞かないですよね。
たぶんいないでしょうね。自分でも手で線を描いたほうがいいかなとは思うんですけど、ここまで来ちゃうとやり方を変えるのにも時間がかかるしなって。手で線を引こうとすると、下描きして清書してって、二度手間になっちゃうので。
──二度手間というか、たぶんそれが普通ですよね(笑)。
それを二度手間に感じちゃうんですよね(笑)。絵の修行をしていないので、逆に時間がかかっちゃうんです。
──下絵を用意することもあるんですか?
複雑な体勢を描くときは、自分でそのポーズを取ったものを撮影して、それをトレースすることもあります。バストアップくらいのコマだったらぶっつけ本番でパスを引き始めちゃいますね。失敗してもやり直せるので。このやり方に付いて来ているアシスタントさんもすごいですよ。たぶん手で描いたらめちゃくちゃうまい方だと思うんですけど、わざわざ僕に合わせてIllustratorで準備してくれるという(笑)。
──鈴木さんもアシスタントさんも本当にすごいと思います。それにしてもこの独特な線や絵柄でデリヘルという舞台を描いているというのも絶妙ですよね。この絵柄のおかげもあってか、変にデリヘルという舞台の生々しさを感じさせないと言いますか。
担当編集 パスでやるからこの淡々とした感じが出てくるんでしょうね。ある種の幾何学的な模様として絵があるから、風俗で生きることや、性交渉を描くところとのいい距離感を保てているんじゃないかと思います。
マンガの絵というより1つひとつのイラストや記号みたいな感じですもんね。手で描くより味がない気がしますけど、味がないところが逆に味みたいな(笑)。
──すごく味のある魅力的な絵だと思います。マンガ家になるまで絵を描いたことはあったんですか?
子供の頃は描いてました。応募作も手で描いたんですよ。ただ人物から背景まで全部手で描くとすごく時間がかかって。パスのほうが絶対速いなと思ったんです。
──影響を受けたマンガ作品はありますか?
子供の頃は「ドカベン」から始まり、有名なマンガはほとんど目を通してるんじゃないかなと。どれがというわけではなく、読んだマンガからは全部影響を受けていると思います。ドラマや映画も好きだったので、物語を作るうえではそっちのほうが影響を受けているかもしれないですね。
──ではもともとマンガが好きで、いつかマンガ家になろうという思いがあったわけでもなく?
そういうのではなかったですね。すっかりおっさんになっていたので、趣味でやろうとも思わず、仕事が増えればいいなと思って始めました。増えるどころか、これ1本になってしまいましたが(笑)。もともとやっていたデザイン系の仕事はできなくなりました。
──実際マンガ家になってみて、楽しいですか?
趣味でやるよりかはやり甲斐があると思います。趣味だったらたぶんやってなかったでしょうけど。子供の頃はどちらかと言うとプロ野球選手になりたかったです(笑)。ただまあ、40歳になってからどれだけ努力してもプロ野球選手は無理だと思うので。
──40歳で突然マンガ家になるっていうのもすごいことだと思います。
冷静に考えたらそうですよね。奇跡的だと思います。
──まさにシンデレラストーリーのようだと思います(笑)。間もなくドラマもスタートしますが、放送をきっかけにいろんな層の方に読んでもらえるといいなといち読者として勝手に願っています。
読者が増えるといいですけどね。
担当編集 高橋留美子先生にも「すごくいい」ってお褒めいただいているんです。担当が同じということもあって、一度ご一緒にお食事する機会もあって。ドラマにもすごく期待していただいているみたいです。
すごくうれしいです。それこそ高橋留美子先生も野口英世のような、歴史上の人物に近い存在ですよ。
──そんな方と、突然マンガの世界に入り込んで一緒に食事をすることになるなんて。
そうなんです。すごいですよね(笑)。
- 鈴木良雄「フルーツ宅配便⑦」
- 発売中 / 小学館
現代社会で行き場のない貧困女子が流れ着く場所、デリバリー・ヘルス。もし、離婚して養育費を受け取れなかったら……。もし、親の介護で、今の仕事を辞めたら……。誰もが陥るかもしれない人生の困難、誰の手も届かない絶望と孤独が、ここにある。
- ドラマ「フルーツ宅配便」
- 2019年1月11日(金)より毎週金曜24:12~
放送局:テレビ東京系(テレビ東京、テレビ北海道、テレビ愛知、テレビ大阪、テレビせとうち、TVQ九州放送)※テレビ大阪のみ翌週月曜24:12~放送
- スタッフ
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原作:鈴木良雄「フルーツ宅配便」(小学館「ビッグコミックオリジナル」連載)
脚本:根本ノンジ
監督:白石和彌、沖田修一、是安祐 - キャスト
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咲田真一:濱田岳
本橋えみ:仲里依紗
小田哲郎:前野朋哉
みず子:原扶貴子
みかん:徳永えり
イチゴ:山下リオ
レモン:北原里英
マサカネ:荒川良々
ミスジ:松尾スズキ
©鈴木良雄・小学館/「フルーツ宅配便」製作委員会 ©鈴木良雄/小学館
- 鈴木良雄(スズキヨシオ)
- 2014年、「田園にかこまれて」で小学館の「第1回ビッグ&オリジナル合同新作賞」の大賞を受賞。2015年よりビッグコミックオリジナル(小学館)にて、デリヘルを舞台にさまざまな人間の悲喜こもごもを描く「フルーツ宅配便」を連載。同作は2018年の「第21回文化庁メディア芸術祭」にてマンガ部門の審査委員会推薦作品に選ばれた。2019年1月からは濱田岳主演によるTVドラマがオンエアされる。