「『EGAKU -draw the song-』展」白浜鴎が音楽と描くことの関係性、絵を描く過程を見せることの意味を語る (2/2)

マンガとイラストの違い

──そんな「EGAKU」の動画内で描かれたイラストの原画などを展示する展覧会「『EGAKU -draw the song-』展」が、11月18日から26日まで東京・新宿マルイ本館にて開催されます。白浜先生はそのキービジュアルを手がけられましたが、「こんな絵が欲しい」というオーダーなどはあったんでしょうか。

いえ、特にはなかったと思います。「ご自由に描いてください」という感じでしたね。

──では、発想の取っかかりはどんなところから?

まずは“絵と音楽”というところをビジュアルに盛り込みたくて。なので音楽を聴いている耳と、絵を飾る額縁をモチーフとしてセットで考えられたらいいなあと思いながらいくつかラフを描いて、まとまりがよかったものを提出させていただきました。

──これはただの個人的な感想ですが、すごく面白い絵だなと感じました。耳にもいろんな耳があって、イヤホンを着けていたり、ピアスをしていたり、ピアスの穴だけが空いていたりと非常に芸が細かい。

「『EGAKU -draw the song-』展」キービジュアル

「『EGAKU -draw the song-』展」キービジュアル

耳の形をいろいろ描きたかったんです。耳ってけっこう人によって形が違ったりするので、そういうところも楽しく描けましたね。

──構図的にも、ポスター素材としての使い勝手がきちんと考慮されている印象です。デザイナーに優しい絵だなと(笑)。なおかつ一枚絵としての完成度もしっかり担保されていて、プロフェッショナルのすごみを感じます。

ありがとうございます。イラストレーションの仕事をしていると、「この絵とこの絵はレイヤーを分けてください」みたいに言われることがめちゃめちゃ多いんですよ。そのノウハウの賜物かなと思いますね。あとから「このファイルください」って言われたら面倒くさいから先に全部用意しとこう、みたいな(笑)。なのでポスターではトリミングされて見えない部分も、のちのち別のところでも使えるように全身ちゃんと描いています。

──一枚絵を描くときに、マンガとの違いを感じる部分はありますか?

マンガだと一連の流れを描くから“どうしても描かなきゃいけないシーン”のほうが多いんですけど、イラストレーションの場合は描きたいシーン以外を排除できるので、一番いいシーンだけを描けるというのはあります。マンガでいう決めゴマだけを描くような感覚ですかね。

「とんがり帽子のアトリエ」最新12巻

「とんがり帽子のアトリエ」最新12巻

──となると、マンガよりもイラストのほうが楽しい?

いや、どっちもしんどい……。

──「どっちもしんどい」(笑)。

あはは(笑)。どっちも楽しいし、どっちもしんどい感じですね。みんなそうなんじゃないかなと思いますけど。

──得意不得意の感覚はあったりしますか?

うーん……難しいな。わからない。自分の場合は、マンガでもちょっとイラストレーション寄りだったりしますし。

──本当にそうですよね。全部のコマが絵画的な美しさを備えている印象が強いです。

でも例えば、「マンガのワンシーンっぽいイラストレーションを描いてください」と言われるとちょっと戸惑います。実際に以前、「みんなで楽しそうに食事をしているシーンを描いてください」と言われて非常に苦労したことがあるんですよ。マンガの中だったら描きやすいんですけど、イラストレーションとして描くのは難しい。

──なるほど。確かに決めゴマ的な絵のほうがイラストとして成立させやすい、というのはなんとなくわかる気がします。

もちろん、作家さんにもよると思うんですけど。私の場合は「自由に描いてください」と言われたときのほうがやりやすいですね。自分の世界に引き寄せて描けるので。

絵を描くことが身近なものになればうれしい

──「EGAKU」きっかけで「自分も絵を描いてみたい」と思う方も少なからずいそうな気がするんですが、そういう方へ何か背中を押すひと言をいただけたりしますか?

いやもう、その「描いてみたい」という気持ちこそがすべてだと思うので、その衝動を大事にしていただけたらと思います。今はデジタルが主流なので「ツールが高くて買えない」とかもあるかもしれないですけど、紙とペンさえあれば描き始めることはできますし。

──描き始めてはみたもののなかなか上達しない、というような場合はどういう訓練がオススメですか?

そうですねえ……うまい人の絵をいっぱい見て、いいところを探すとかですかね。あと、私はけっこうイラスト教本とかに載っている基礎技術を愚直に練習したりすることが好きなので、それもオススメですね。「イラスト上達法」とか「デッサンのやり方」とか「ペンで描く何々」とかそういう本を買ってきて、1からチュートリアルをやるみたいな感じで。私は今でもよくやります。

──今でも! やはり、基礎をひたすら叩き込むのが一番オススメということでしょうか。

そうですね。それこそ「EGAKU」のようなメイキング動画だったり、今はうまい人が教えてくれる動画なんかもいっぱいあるので、そういうのを一緒にやって練習するのもいいと思いますよ。

白浜鴎が出演した「EGAKU -draw the song-」の動画より。本棚には作画に関する資料も並んでいる。

白浜鴎が出演した「EGAKU -draw the song-」の動画より。本棚には作画に関する資料も並んでいる。

──ありがとうございます。では最後に、展覧会「EGAKU -draw the song-展」の見どころを教えてください。

私はどんな展覧会になるのかを細かく知っているわけではないんですけど(笑)、少なくとも動画で観ていた作品の原画を実際に見られるというのは単純に楽しいと思います。“実物の持つエネルギー”みたいなものを浴びられる場になるでしょうね。……デジタルで描かれている方の作品はどうするんだろう?

──「EGAKU」スタッフの方によると、デジタルの作品はアクリルプリントの展示になるそうです。でも確かに、特にフルデジタルで描かれている方の場合は「原画とはなんぞや?」という哲学的な問いが生まれますね(笑)。

そうなんですよね。モニターに表示されている状態が本当のオリジナルってことになりますから……まあいずれにせよ、いろんな作家さんが絵を描く光景や音楽からのインスピレーションの受け方などを目の当たりにすることで、皆さんにとって絵を描くことが身近なものになればうれしいなと思います。

「『EGAKU -draw the song-』展」告知ビジュアル。

「『EGAKU -draw the song-』展」告知ビジュアル。

プロフィール

白浜鴎(シラハマカモメ)

東京藝術大学デザイン科を卒業後、マンガ家、イラストレーターとして活動。現在、講談社のWebマンガサイト・モーニング・ツーWEBで「とんがり帽子のアトリエ」を連載中。単行本は12巻まで刊行されており、アニメ化も決定している。このほかマーベル・コミック、DCコミックス、スター・ウォーズなどのアメリカンコミックスの表紙も手がけている。

田坂健太プロデューサー
メールインタビュー

取材・構成 / 宮津友徳

──まず「EGAKU -draw the song-」というYouTubeチャンネルができた経緯から教えてください。

クリエイターさんが描くイラストレーションを入り口にして楽曲を知っていただいたり、またその逆で、楽曲を入り口にしてクリエイターさんを知っていただいたり、映像をきっかけにクリエイターさんと楽曲、そして楽曲を作ったアーティストの間に新しい絆が生まれることなどを願ってチャンネルを立ち上げました。

「EGAKU -draw the song-」プロモーションムービーより。

「EGAKU -draw the song-」プロモーションムービーより。

──参加されている方もバラエティに富んでいますよね。マンガ家の方で言えば、少年誌・少女誌などのジャンルにとらわれていないのはもちろん、若手からベテランの方まで登場している。

マンガ家さん、イラストレーターさん、アニメーターさんなどさまざまなジャンルやフィールドで活躍されている方にお声がけしながら、イラストレーション×音楽というチャンネルの企画性にご賛同いただいた方々にご参加いただいています。チャンネル運営をしているスタッフの「そのクリエイターさんのことが好きで、ぜひお願いしたい!」という思いを大切にしながら各クリエイターさんにご相談して。参加いただいたクリエイターさんから紹介してもらったこともありますね。

──動画を作るうえでは、どういった部分にこだわっているんでしょう。

映像として、楽曲とあわせて気持ちよく見ることができるカット割りを意識しながらも、ちゃんと1つひとつの作業をじっくり見ることができるシーンや、絵を描くうえで肝になるシーンを1つの映像の中に盛り込めるように心がけて編集をしています。

──個人的には作家の方の手元だけでなく、机周りや道具類なども写しているのが印象的でした。

身の回りの品々や本棚などクリエイターさんごとのバックボーンや制作現場の空気感もまるごと映像内に閉じ込められるよう意識していますね。ドローイングチャンネルとして普段なかなか見ることができない作家さんそれぞれの手技を垣間見ることができる映像になっていますので、映像を観た方が自分も絵を描いてみようかなと思ってもらえるようなきっかけになると素敵だなと思っています。

久米田康治が出演した「EGAKU -draw the song-」の動画より。

久米田康治が出演した「EGAKU -draw the song-」の動画より。

──チャンネルが開設されてから2年になりますが、なぜ展覧会を開催することになったのでしょう。

「EGAKU -draw the song-」を動画チャンネルとして運営する中で、唯一の心残りが、完成した素晴らしい作品を小さなモニター越しでしか見せられないことでした。モニター越しには見ることが難しい、繊細な1本1本の線や、細かな色のグラデーションなどを見る方それぞれの時間軸でゆっくり鑑賞してもらいたいと思い、この展覧会を開催するに至りました。ほかでは見ることのできない、この企画のためだけに描き下ろされた名作たちを、思う存分ご堪能いただきたいと思っています。

──今回、デジタル作画の方のイラストもプリント作品として展示されるんですよね。

はい。イラストの原画はもちろんですが、デジタルイラストレーションについてもプリント作品とすることで、モニター越しでは体感できない、作品と直接対面する時間や空間を楽しんでいただけるとうれしいです。

「EGAKU -draw the song-」第1回に出演したのは相原実貴。デジタル作画において左手をどのように使っているのかがよく分かる内容となっている。

「EGAKU -draw the song-」第1回に出演したのは相原実貴。デジタル作画において左手をどのように使っているのかがよく分かる内容となっている。

──動画と展覧会で見せ方の違いを挙げるとしたらどんなところでしょう。

動画は制作過程や作業工程など時間経過を伴う表現を軸にした作品作りをしていますが、展覧会では完成された作品とリアルな空間で対面できる場所を作ることを意識しています。また企画を通して作られた作品の数々を1つの場所で楽しむことができるのも、展覧会ならではなのではないかと思います。展覧会で初めて出会う作品や楽曲もあるのではないかと思いますので、そんな出会いも是非楽しんでいただければうれしいです。

──では、最後に今回の展覧会の見どころを改めて教えてください。

錚々たるクリエイターさんにご参加いただいておりますが、「誰がどの曲を選んで、どう解釈して絵を描くのか」という絵描きとミュージシャンのガチンコ勝負感をそれぞれの作品から感じ取ってもらえると楽しみ方が広がるのではないかなと思っています。さらに今回の展覧会用に参加作家さんからいただいた手書きの色紙を展示するほか、会場限定で各作家さんのイラストをデザインに使用したオリジナルグッズの販売も行いますので、是非この機会に会場まで足をお運びいただきたいです。

「『EGAKU -draw the song-』展」の会場で販売されるポストカード全24種。

「『EGAKU -draw the song-』展」の会場で販売されるポストカード全24種。