直木賞作家・石田衣良が“異世界転生もの” 「DT転生」を書いた理由「文芸では起こっていない面白さを感じた」 (2/2)

もし童貞が魔法使いになったら……?

──そんな状態を目にして、石田先生も異世界転生・転移ものを書こうと考えついたと。

はい。いろんなコミカライズ作品を読みながら、ふと自分がマンガ原作をやったことがないと気づいたんですよね。ドラマに実写映画、アニメ、舞台もやっているけれど、自分でマンガ原作を書いたことはないな……と。異世界ものはとても自由に書けるので、これなら自分も伸び伸び書けるのではないかと思い、アイデアを考え始めたんです。今なんて、ひろゆき(「異世界ひろゆき」「ひろゆき、異世界でも論破で無双します」)も島耕作(「転生したら島耕作だった件」「逢いたくて、島耕作」)も転生ものになっている時代ですから、なんでもありですし。何を書こうか、楽しみながら考え始めました。そうしてシリウスさんに企画を持ち込んだんです。

「DT転生」1巻

「DT転生」1巻

──まさかの持ち込みだったんですね? 先ほど、異世界に何かを結び付ければ大喜利的にストーリーを考えられるとおっしゃいましたが、今回石田先生が原作を担当されたのは「DT転生」です。童貞が転生するというアイデアはどのように思い浮んだのですか?

まず、異世界もので面白い要素といえば、「転スラ」のような国盗り物語が挙げられます。だんだん仲間が強くなっていって……という展開も作れますし、ダンジョン探索のようなイベントも構築しやすい。そこで思いついたのが、「童貞のまま30歳を迎えたら魔法使いになる」というネットスラングです。もし童貞が本当に魔法使いになって、魔力の測定ミスによって辺境にある貧しい準男爵家に送られたら……。そこからはもう成り上がるだけなので、周辺にいるキャラクターさえ決まれば楽しんで書けるなと思いました。あとは異世界もののフォーマットに合わせて、気軽に書くことを意識した……という感じかな?

──そもそも童貞に対して、どのような考えをお持ちだったんですか?

今、北米でもインボランタリー・セリベイト──自ら望んではいないけれど純潔でいる男性たちが女性を憎んで犯罪を起こすことが増えているんですよ。日本でも未婚率は上がっているし、非モテ同士がネット上では叩き合っている。でも、個人的には童貞のままでもいいと思っていて……。むしろみんなはなぜ、脱童貞できたら人生のステージが一段上がったように思えるのか。そこがずっと気になっていたんです。童貞を脱することがステータスになるのは、もしかしたら昭和の古い価値観なのかもしれないな、と。「DT転生」ではそこまで童貞とは何か、と社会派な踏み込み方はしませんけど(苦笑)。主人公のアマツカコウタは、童貞であることで強大な魔法が使えます。なので、隣に魅力的なヒロインがいるからといって、手を出すことはできません。その道程で、コウタにちょっかいを出してくるほかのヒロインも登場すれば、コメディとしても面白くなりつつ、魔法使いとしての彼の真価も試されるわけですよね。そういう意味では、童貞が転生するお話は面白くなりそうだな、と直感していたのかもしれません。

「DT転生」の主人公・アマツカコウタとヒロインのリタ、リリー。

「DT転生」の主人公・アマツカコウタとヒロインのリタ、リリー。

──直近で書籍化された異世界転生・転移ものの作品を見ると、単なる国盗り物語やスローライフものというわけではなく、特定の職業になったうえでもう一捻りしているように、かなり細分化した大喜利状態になっている印象を受けます。「DT転生」はそうではなく、王道の国盗り物語を展開していますよね。

確かに最新のトレンドに合わせると細分化しなくてはならないと思うのですが、それよりも王道の展開であったほうが読みやすいと思ったんですよ。それに、僕が異世界ものをやるのであれば、一番書きたかったのは王道展開の成り上がりものだったので、それしかないと思っていました。幸いシリウスさんにもその方向性が快諾されて、現在の形で作品を進めることになったんです。

──「DT転生」にはアーチボルト家の姫であるリタとリリー、魔術師のキャンディスなど魅力的なヒロインが登場します。異世界転生・転移ものではやはり魅力的なヒロインも欠かせない存在だと思いますが、本作ではどのように彼女たちを生み出していったのでしょうか?

これは異世界ものの鉄則だと思いますが、かわいい女の子はなるべく増やしたい。それにコウタは魔法を使うために童貞を貫かなきゃいけないので、誘惑する女の子はいっぱいいたほうがいいじゃないですか。そのうえで、メインヒロインには考えが異なっていてどちらもキレイなスタイルを持つ2人を用意しようと考えていました。そう考えていくうちにリタとリリーはすんなりと生まれて……。キャンディスもいわゆる“ロリババァ”ですが(笑)、これまでそういったタイプのキャラクターを書いたことがなかったので、出してみたかったんですよね。僕が書いている現代日本が舞台の小説にはロリババァが出せませんけど、異世界ものならできますからね。なので、これからも異世界ものあるあるなヒロインが登場するような気がしています。

「DT転生」よりリタとリリー。

「DT転生」よりリタとリリー。

「DT転生」よりキャンディス。

「DT転生」よりキャンディス。

──「気がしている」ということは、あまり今後のロードマップも定めていないんですか?

ある程度、結末がどうなるかは決めているんですけど、それまでコウタがどうなっていくのかはまだ曖昧なところがありますね。でも、そこは連載の反応を受けて変わっていくところもあるかもしれません。

石田衣良原作、というところ抜きで手に取ってほしい

──石田先生にとって初めてのマンガ原作となりますが、小説形式でストーリーを書かれているのでしょうか。

いや、脚本形式にしています。地の文ではなくト書きで必要最低限の要素しか書いていないので、キャラクター設定や描写はかなり山田(秋太郎)さんに膨らませてもらっていますね。なんでもかんでも地の文で書いてしまうと、マンガ家さんの想像の余地が減ってしまいますし、実現不可能なことを指定してしまう可能性もあります。加えて、脚本形式のほうがストーリーを書きやすいんですよね。

──これまでにも「池袋ウエストゲートパーク」や「アキハバラ@DEEP」など何作もコミカライズはされてきましたが、そのときとマンガ原作とでは受け取り方も異なりますか?

違いますね。コミカライズの場合は、数年前に書いたものをマンガ家さんが再構成しているので、「ここに注目したんだ!」とか「そこを広げるのか」といった発見感が強いです。でも、「DT転生」の場合は山田先生から上がってきたキャラクターデザインを受けて、このヒロインはもっと活躍させてみようとか、いろんな刺激を受けるんです。これは小説だけを書いていたらできなかったことだと思うので、「DT転生」を書いてみてよかったですね。

石田衣良

石田衣良

──普段の小説執筆と大きく異なる点はなんでしょうか。

例えば「池袋ウエストゲートパーク」だと、非正規雇用されて苦しんでいる会社員とかドラッグが蔓延していて……みたいな描写を書いていくわけですが、今回は童貞とビキニアーマーを着た女の子と魔法発動シーンを描けるわけです。とにかくストーリーを書くのが楽しくて(笑)。

──執筆するうえで特に意識されたことはなんですか?

今回は本当に楽しんで書いているので、これといって特に意識したことはないんですが……(苦笑)。あえて挙げるとするならば、読み手が癒される展開を考えながら書くことです。異世界ものって、どこか主人公が上から目線な展開が多いんですよ。それは現代の科学技術を知識として蓄えたまま中世ヨーロッパ風の世界に行くから起こることですけど、異世界ものを面白くしている要素の1つですよね。こちらでは普通だと思われていることでも、向こうに行けば称賛されるわけです。……と言ってしまうと悪いことのように感じられるかもしれませんが、そういう描写を読んでファンの方々が癒されていることは事実だと思います。なので、そこを肯定して、毎エピソード癒されるようにしていきたいなと考えていました。

──初めてのマンガ原作ということもあり、初めて石田先生の作品を読まれるという方もいらっしゃいそうですよね。

一度石田衣良原作、というところ抜きで「DT転生」を手に取ってほしいですね。それに、今のエンタテインメントの中心はアニメやマンガですし、その中心に異世界ものはあると思います。なので、僕がこれまで出してきた作品が眼に入っていない層も「DT転生」を知る機会があるかもしれません。そのときには下手な先入観とかは捨てて、ただノリのよさとわかりやすさを楽しんでいただきたいです。個人的にも初めてのお仕事ですから、とても新鮮な気持ちで取り組むことができています。

「DT転生」より、コウタが魔法を使うシーン。

「DT転生」より、コウタが魔法を使うシーン。

──いよいよ第1巻の発売となりますが、石田先生はどういった点に注目していほしいですか?

まず第1話で初めてコウタが魔法を使うシーンですね。あそこは最初の見せ場ですし、これから彼がどんな冒険を繰り広げていくのかを象徴する場面になっていると思います。そこから童貞を守りつつコウタがリタやリリーたちとどのように異世界で生き抜いていくのか……。そこがストーリーの肝とはなりますが、皆さんには気負わずに読んでいただければと思います。このヒロインかわいい!でもいいですし、童貞のコウタに感情移入をして日本の将来を考えてくれてもいい。とにかく各々の楽しみ方をしてほしいですね。僕もビキニアーマーのヒロインがいる異世界に行きたいと思うくらい、楽しみながら書いているので、その一端が伝わればうれしいです。

プロフィール

石田衣良(イシダイラ)

1960年、東京生れ。成蹊大学経済学部卒業、広告制作会社を経てフリーランスのコピーライターに。1997年に「池袋ウエストゲートパーク」で第36回オール読物推理小説新人賞を受賞し小説家デビュー。2003年7月「4TEEN」で直木賞、2006年「眠れぬ真珠」で島清恋愛文学賞、2013年「北斗 ある殺人者の回心」で中央公論文芸賞を受賞する。「アキハバラ@DEEP」「美丘」「娼年」など著書多数。