直木賞作家・石田衣良が“異世界転生もの” 「DT転生」を書いた理由「文芸では起こっていない面白さを感じた」

月刊少年シリウス2023年10月号(講談社)で連載が開始した「DT転生 ~30歳まで童貞で転生したら、史上最強の魔法使いになりました!~」(以下「DT転生」)。コンビニ店員のアマツカコウタはある日、車に轢かれて死亡し、気がつくと異世界・ミッドランドに転移してしまっていた。その世界では異世界人を定期的に召喚しており、膨大な「マギ」を持つ救世主を探していたのである。コウタは当初最弱だと思われていたが、辺境のアーチボルト家に送られてから秘められた力が解放され……というストーリーだ。

この「DT転生」の原作を担当するのは、直木賞作家にして「池袋ウエストゲートパーク」や「アキハバラ@DEEP」など数多くのヒット作を手がける小説家・石田衣良。コミックナタリーでは1巻の発売に合わせ石田へのインタビューを実施した。なぜベテラン作家が初のオリジナルマンガ原作として選んだジャンルが異世界ものだったのか。そして、異世界に転移する人間として童貞を選んだのか? その問いの先には、石田衣良流の“異世界観・童貞観”があった。

取材・文 / 太田祥暉(TARKUS)撮影 / 番正しおり

石田衣良がコロナ禍で出会った“異世界転生もの”

──まず、石田先生が異世界転生・転移ものに触れたきっかけから教えてください。

コロナ禍で家に籠ることになって、ひたすら動画サイトを漁っていた時期があったんです。でも、目ぼしいドラマは見つくしてしまって、次に何を楽しむか探していたんですよね。小説を読んでもいいけれど、ちょっとお堅い物語に触れる気力がなくて。そこで目についたのが、小説家になろうやカクヨムで連載されている異世界もののコミカライズだったんです。

──コミカライズを手に取ったとのことですが、もともとマンガがお好きだったんですか?

家にも何百冊とあるくらい、マンガが大好きです。特に「NARUTO-ナルト-」や「からくりサーカス」「HUNTER×HUNTER」「DRAGON BALL」は何度も読むくらいお気に入りですね。なので、今回もコミカライズのほうから読み進めることにしたんです。

石田衣良

石田衣良

──コロナ禍の始めとなると2020年頃ですが、当時はすでに異世界転生・転移ものが日本のみならず世界中で人気を博していました。石田先生はそういったジャンルが人気を集めていることはもともと知られていたのでしょうか。

書店でも徐々にライトノベルコーナーが大きくなって異世界ものが幅を広げるようになっていましたし、AmazonやNetflixでもランキングの上位に異世界ものが入っていましたから、人気があること自体は把握していました。それまでにも「盾の勇者の成り上がり」や「幼女戦記」、「転生したらスライムだった件」(「転スラ」)など何本かはアニメを観ていましたしね。でも、がっつりコミカライズを読みはじめたのはコロナ禍がきっかけでした。

──数多く異世界転生・転移ものを読まれた中で、特に面白いと感じられた作品はなんですか?

通常の異世界転生・転移ものから悪役令嬢ものまで幅広く読んでいますが……やはり「盾の勇者の成り上がり」は面白かったですね。ただ主人公が無双して最強であるだけではなく、ストーリー的なフックもあって、ページを捲らせる力がありました。あと、「復讐を希う最強勇者は、闇の力で殲滅無双する」というダークヒーローもの。残虐な物語ではあるんですが、どこまで暗い展開が続けられるのか、作者の発想力に驚きながら読んでいます。

文芸では起きないことが起きているのがなろう系ジャンル

──異世界転生・転移ものは小説家になろうやカクヨムをはじめ、Arcadiaなどさまざまな小説投稿サイトにユーザーが作品を掲載したことから、人気を集め出したジャンルです。多くのプロ作家も投稿されているとはいえ、アマチュアが作品を書いているケースが多数を占めています。そのような状況は石田先生の目にはどのように映ったのでしょうか。

異世界ものって、適度な面白さが担保されていて、「これなら自分も書けるかも?」と思わせてくれるような気がしているんです。小説の民主化というか、異世界という題材を用いていろんな人が大喜利をやっているんですよね。そして出版社も巻き込んで、一大市場を築いている。そんな状況は現在の文芸では起こっていないので、面白さを感じました。加えて、読者の立場としてもある種の大喜利ジャンルですから、読むことに対しての敷居が低いんですよね。

──異世界がどんな舞台なのか、読者もある種共有した状態で読むことができますからね。

例えば、トラックに轢かれて転生した──という冒頭部分なんて、正直言えば読み飛ばしてもいいわけです(苦笑)。重要なのは、その後に描かれる展開をいかに息切れせずにつないでいくか。そこが異世界ものの特徴だと感じています。でも、その結果、世界各国でも「異世界」という単語が共通言語になっているのだから面白いですよね。

「DT転生」1巻より、コウタがトラックに轢かれるシーン。

「DT転生」1巻より、コウタがトラックに轢かれるシーン。

──石田先生はなぜここまで異世界転生・転移ものが隆盛を極めていると分析されていますか?

これは昨年8月にNHK総合で放送された「今夜はとことん異世界スペシャル」でも触れたことなんですが、日本人もアメリカ人も、現代社会に生きる人なら誰しもこの世界の変わらなさにうんざりしているからだと思っています。自分が声を挙げても社会は変わらないのであれば、人生をリセットしてまた別のところでやり直したい……という気持ちが、心のどこかにあるんじゃないですかね。

石田衣良

石田衣良

──単純に人生をリセットするとしたら、社会人から小学生時代にタイムリープする、という展開でもいいように感じます。実際にそういった「強くてニューゲーム」展開の作品もあるわけですが、それよりも異世界転生・転移ものが流行したのはなぜなのでしょうか。

これは個人的な所感ですが、同じ世界でタイムリープをしたら、また同じ人間として苦労しなくちゃいけないんですよ。でも、異世界ものの舞台は現代社会よりも技術が進んでいない中世ヨーロッパ的な世界観が多いので、僕たちがそのまま転移しても持ち前の知識だけで最初から優位な立ち位置にいられるんですよね。それこそ誰しもが持つ願望だと思うので、ここまで人気を集めているのではないかと考えています。お堅い文学作品とは異なり、自由な文化圏の中から、一読者が「こんなのどう?」と大喜利に参加できる気軽さも、ここまで広がった要因ですよね。だから、もっとみんな異世界ものを書けばいいのにって思っています(笑)。「異世界+〇〇」で思いついたものから出していけばいいですからね。