打ち合わせという名の雑談しかしてなくて……

──では「どうにかなる日々」についてお聞きできればと思います。もともとこの作品がスタートしたきっかけや経緯を教えて下さい。

「どうにかなる日々」とは関係ない読み切りが、エロエフに載ったのが最初ですね。そこから、次は連載にしましょうと言ってもらって、読み切り形式のオムニバスものにしたいなと。当時「敷居の住人」という長編というか、1話完結ではないお話を月刊コミックビーム(KADOKAWA)で描いていて、たぶんちょっと行き詰まっていたんだと思います。でも具体的なことは何も決まってなくて、「オムニバスだったらもしかしたら描けるかも」ってぐらいの感覚でしたけど(笑)。

──エロエフはその名の通り、「エロ」がテーマの雑誌ですよね。そこでの連載ということで、特に意識したことはありましたか?

「どうにかなる日々」より、「ヨリコさんと田辺くん」。

私、一般誌ではコミックビームが最初なんですけど、その前に成人向け雑誌で短編をちょこちょこ描いてたので、全然抵抗はなくて。むしろエロいのも嫌いじゃないし、エロエフは好きで読んでいた雑誌だったので、お話をいただいたときは「やったー!」って感じでした。描いてみたかった雑誌から話がきて、単純にうれしかったです。

──実際に連載が始まってからは、1話ずつ打ち合わせして内容を決めていたんでしょうか。

いえ全然、打ち合わせという名の雑談しかしてなくて……(笑)。打ち合わせ終わりに、何も今浮かんでないけど「じゃあネーム描いてみますね!」って言って解散するみたいな(笑)。

オムニバスものは、当初は考えてない方向に話が広がっていく面白さがある

──今回アニメになる4編について詳しくお聞きしたいのですが、まず「えっちゃんとあやさん」は女性同士のお話ですね。後に描かれる「青い花」「おとなになっても」などにも通じるのかなと思います。

「どうにかなる日々」より、「えっちゃんとあやさん」。2人は過去に好きだった相手の結婚式で出会う。

最初は単純に男女ものの話が続いたので、次何を描こうかなと考えたときに、まだ女同士描いてないというところからですね。で、描いてみたら自分の中で思いがけず楽しくて、その後の「青い花」につながっていく感じです。

──志村さんは、どんなところに女の子同士のよさや魅力を感じますか?

その質問をされるたびに、いつも「なんだろう、うーん、わからないな」ってなっちゃうんですが(笑)。女同士じゃなきゃ成立しないというよりは、そのキャラクターの組み合わせが女同士だったっていうだけなんですよ。男女ものにしても百合にしてもBLにしても、何かを意識して描き分けているわけでもなく……。そんなに器用でもないので。

──異性同士も同性同士も違いはないと。

それぞれに楽しさはあるけど、私の中では特に違いはないです。でも私が気付いてないだけで、深層心理に何かあるのかも知れないですけど(笑)。

──「澤先生と矢ヶ崎くん」は、逆に男同士のお話でBLというか。

「どうにかなる日々」より、「澤先生と矢ヶ崎くん」。澤先生は教え子の矢ヶ崎に告白されて舞い上がるが、その後は相手からアプローチがなく落ち込んだ。

BLと言うほど踏み込んだ関係にはならずに振られちゃう話ですけどね。これも単純に、じゃあ次は男同士を描こうかなと。先生と生徒っていう組み合わせも、まだ描いてないな、ぐらいの感覚だったと思います。まあ生徒に手を出すなよって話なんですけど、それが許される媒体だったので(笑)。

──澤先生のお姉さんは「ヨリコさんと田辺くん」のヨリコさんですよね。そういったキャラがクロスオーバーしているエピソードも多いですが、最初から決めているんでしょうか。

いや、全然決めてないです。ヨリコさんの話を描いた時点では、彼女の家族構成まで細かく決めていたわけではないですし。次どうしようかなって考えたときに「あ、前に出したこのキャラクターを引っ張ってこよう」みたいな感じ。基本そういうことの繰り返しです(笑)。読み切りや1話完結のものを描くときは、作中でもそんなにバックボーンを語らせることはしてなくて。そうすると後々使いやすいんですよね、「あのとき描いてない部分をついに掘り下げるわよ」みたいな(笑)。

──なるほど(笑)。「しんちゃんと小夜子」「みかちゃんとしんちゃん」も続きものというか、同じ設定のお話ですよね。

このときは先に小夜子としんちゃんがメインの話を描いたので、じゃあ次は幼なじみのみかちゃんの内面みたいなものを描きたいなと思って、続きを描きました。前に描いたキャラクターの別の側面だったり、何年後かの姿を描く楽しさを見つけ始めた頃だったかなと思います。

──この2作はインパクトのある設定というか、AVに出ている従姉がいて、それを観てしまった子供たちのお話で。

「どうにかなる日々」より、「しんちゃんと小夜子」。しんちゃん一家は、AVに出演して親に勘当されてしまった従姉妹の小夜子を一時預かることになった。

これもまだ描いてない組み合わせとか人間関係を考えたときに、じゃあ今度は子供と大人にしようと思って。あと個人的に、ピンク系のお仕事のお姉さんの話が好きっていうのもあって、ちょこちょこ自分の好きな要素を取り入れながらできあがったお話ですね。

──続きを描いてみようと思ったのには、何か理由があるんですか?

やっぱり描いてみてキャラクターに興味が湧いて、バックボーンを広げてみようと思って続きを描くことが多いですね。オムニバスものは、当初は考えてない方向に話が広がっていく面白さがあると思います。でも描いている真っ最中は全然余裕がないので、「描きたいもの? ない! 何も! どうしたらいいかわからない!」って感じで、無理やりひねり出してるんですけど(笑)。

──(笑)。作品を読んでいるとそういう感じがまったくしないです。必死さとは無縁なイメージなので。

いやいや、もう毎回のたうち回ってますよ……。なぜかいつもデッドラインギリギリのところに急にふわっと降りてくるんですよね。1週間前に降りてこいよっていう(笑)。もう最近は、そういうやり方じゃないと描けないのかなって諦めるようになってきて……(笑)。

──(笑)。ちなみにこの「○○と○○」というサブタイトルは、あとから付いたんですよね。

連載時は1話、2話という形でサブタイトルは付いてなかったです。新装版を出すとき、どちらから買ってもらってもいいように1巻、2巻ではなく「ピンク」と「みどり」で出したいという話になって。それでいろんな関係性を紡ぐ話ではあるから、メインになっているキャラクターの名前をピックアップすればいいだろうと。

──まるで最初から決まっていたかのような。むしろ志村さんの作品だと深い意味があるんじゃないかと思ってしまう……(笑)。

いやー、ありがたい。なんでしょうね、そういう考察好きの読者の方が多くてよかったです(笑)。

「しんどい精神状態だから生まれた作品ですよ」と言われ……

──では「どうにかなる日々」のエピソードでお気に入りを1つ挙げるとしたら。

どれか1つと言われると「えっちゃんとあやさん」の話になるのかな。「ああ、楽しいな」って手応えを感じたエピソードだったんですよね。ときどき感じるんですよ、手応え。本当に儚いんですけど(笑)。「青い花」の1話目を描いたときも、すごく手応えを感じたのに、すぐに行き詰まるっていう(笑)。「こんな感じで終わりたい」ってことまで決めていたのに、結局、全然その方向にはいきませんでした。

──(笑)。「どうにかなる日々」の制作当時のことで覚えていることってありますか?

「どうにかなる日々」より、「藤岡さんと小坂くん」。藤岡さんは離婚して一人娘と離れ、現在はお弁当屋でパートをしている。他人との距離感を測るのが苦手で、不器用な性格だ。

正直、あんまり当時の記憶がないんですけど(笑)。最後に描いた「藤岡さんと小坂くん」というエピソードは、私が一番しんどかった時期に描いた作品なので、いろんな意味で記憶に残ってます。ただ覚えていると言っても「あのときすっごいつらかった」っていう感情だけですけど(笑)。当時、仕事場で私だけキッチンがあるダイニングテーブルで作業していて。アシさんが私に質問をしにドアを開けたら、私が換気扇のほうを見つめてぼーっと立っていたことがあったらしくて。可哀想でしたってすごい心配されました……恥ずかしい(笑)。

──なんと……大変な精神状態で描かれてたんですね。

でも思いのほか評判がよくて、好きって言ってくださる人が多いんです。でも、もしあれが映画になっていたらちょっと直視できないかもしれないですけど(笑)。

──「藤岡さんと小坂くん」は、離婚して娘と離れ離れになったパート従業員・藤岡さんと、職場の男子・小坂くんのお話ですね。

以前、よしながふみさんと対談したときに絶賛してくださって。「そういうしんどい精神状態だから生まれた作品ですよ」って言われて、ああそうなんだ……しんどいな、マンガ描くのって、と思いました(笑)。どうしてもマンガを描いている真っ最中はしんどいって気持ちが先行しちゃうんですけど、でもそれも無駄になってないと思うんですよ。後々糧になっているはず。


2020年10月21日更新