羽海野チカを大歓迎したヤングアニマルの大恩人2人
──挙げればきりがないと思いますが、忘れられない作品、特に思い出深い作品はありますか?
友田 やっぱり「ふたりエッチ」かな。この作品で初めて「自分の担当作がものすごく売れる」という経験をした。ものすごい勢いで売れていったし、アンケートも15年くらいずっと1位だったよね? 「売れるってこういう感覚なんだ」って体感した。
永島 100巻も目前ですが、今でもアンケート1位を取ることがありますからね。
荻島 一度調べたことがあるんですけど、単行本1巻が3年くらい毎月重版されてた時期があるんですよね。
中澤 「ふたりエッチ」は電子でも売れましたからね。ガラケー向けの1コマごとに並べていく形式の時代に、白泉社の電子配信のベースを作った作品でもある。いろんな意味でエポックメイキングな作品でしたね。
友田 女性読者も多かったんだよね。単行本でも隠れ女性読者が多かったと思うけど、電子になったことでより女性が買ってくれたんじゃないかと思ってます。単行本を部屋に置くのはちょっと恥ずかしいけど、携帯の中なら大丈夫という感じでね。基本的には誰も傷つかない話だし、女性にも読んでもらえる素養はあった。それが、電子という形でうまく広がってくれたのはとてもよかったなと思います。克(・亜樹)さんもすごくがんばって描いてくれましたし。勉強好きでたくさん知識を仕入れて、いろんなことをやってくれる。で、真面目に描くんですよ。本誌で描いて、増刊で描いて、コマ配信の電子用を別に考えて、とかものすごい量描いてくれてた。電話して「先生、今どの『ふたりエッチ』描いてるんですか?」とか聞いてましたよ(笑)。ヤングアニマルの大恩人です。
──本当にすごい作品ですね。
友田 ええ。もちろん三浦(建太郎)先生も羽海野(チカ)さんもそうだし、森恒二さんもそうなんだけど、ヤングアニマル発の作品でここまで売れたのはこの作品が初めてでしたからね。売れてなかったアニマルを三浦さんと2人で一気に軌道に乗せてくれた。だから、羽海野さんがヤングアニマルに来てくれたとき、克さんと三浦先生がすごく喜んで歓迎してくれたんですよ。「ようこそアニマルへ!」って。三浦先生なんか羽海野さんと初めて会ったときに「友田さん、これで僕はちょっと休めるね!(笑)」なんて言ってたし、克さんも「羽海野さんが描きます」って言ったら「アニマルの格が上がりますよ」って言ってくれた。本当に大歓迎で、羽海野さんは「おふたりには感謝でいっぱいだ」って常々おっしゃっている。
忙しさは売れたことを実感できる編集の醍醐味
中澤 僕はやっぱり「藍より青し」が思い出深いです。自分の担当作で一番ヒットした作品ですが、それだけでなく、メディアミックスでいろいろなことを経験できました。僕は会社に入る前からずっとメディアミックスをやりたかったんです。学生の頃はセーラームーンが流行っていたりしたのもあって、マンガだけでなくマンガから派生するアニメだったりグッズだったり、今でいうキャラクタービジネスみたいなことに興味がありました。マンガだけだと売り場は1つしかないけど、アニメになったらテレビがあるし、グッズになればそういうショップにも置かれるじゃないですか。ほかの会社は割とうまくやっているのに、当時の白泉社はそこまでメディアミックスに熱がなくて、土台になる作品を作りたいと思っていたんです。それで立ち上げたのが「藍より青し」でした。
友田 めちゃくちゃでかいバスタオル作ったりしてたよね?
中澤 等身大○○みたいなものは死ぬほど作りましたよ。タオルも作ったし、抱き枕も作ったし……。
永島 会社のそこら中に葵ちゃん(※「藍より青し」のヒロイン・桜庭葵)のグッズがありましたね。
中澤 たくさん作ったし、全部監修してました。今はキャラクタービジネスを担当する部署もありますけど、当時はまだ部署どころか会社としてほとんど経験がなかった。だから、誰かに教えてもらえるわけでもなく。フィギュア付き限定版とか、ドラマCD付きの単行本とか、自分にとって初めてのことばかりでしたね。
友田 結局章ちゃんしかできなかったから、グッズの話が来れば章ちゃんに回すという感じだったね。永島が「デトロイト・メタル・シティ」を担当してたときは、永島にいろんなことが集中していったし。大変だなって思いながら見てたけど。
中澤 でも、それが編集の醍醐味でもありますからね。「売れてる」と実感できる。
永島 東京キャラクターショーとかすごい行列になってましたよね。それを中澤さんが2階から見下ろしてて、「これが勝つってことか」って思いました(笑)。
中澤 (笑)。
永島 僕も皆さん同様ヒットした作品はもちろん思い出深いですが、友田さんから引き継いだ最初の本誌連載「みたむらくん」はとても印象的でした。ギャグマンガなんですけど、当時編集部のバイトだった三田村鉄男さんって人が主人公のモデルになってて。その人が本当にマンガに描かれているままで、すぐバックレるし、しょうもない嘘をつくし、無茶苦茶なんです。
──そんなにそっくりなんですか?
中澤 (性格や事件を)マイルドにしてたよね?
永島 マンガ向けに柔らかくしてましたね(笑)。いろいろやらかして怒られてもいたんですが、どこか憎めないキャラでみんな面白がっていて。それでマンガになった。目の前に面白い人や面白いことがあったら、それを作品にしてしまえるのがマンガ編集のいいところだなと思ったんです。これがアニメや映画だったら関わる人も多いし、もっと大がかりになっていくんですが、マンガは作家と担当編集者が面白いと思えばすぐに形にできる。マンガ編集っていい仕事だなと思いました。
──マンガのようにやらかしが多い人って普通は疎まれそうなものですが、叱りつつそれを面白がって大事にもしていたというのがヤングアニマルらしいですね。モデルの三田村さん自身も長く編集部にいて、ヤングアニマルのイベントなどにも出ていたりしましたし。
永島 実際モデルの三田村さんの変な行動で僕らは笑わされてしまいました。それは頭で考えて笑ってたわけじゃなく、素直な感情で笑っていた。だとしたら、その面白さに嘘はないなと思ったんです。ギャグマンガを作るうえですごく参考になりました。
荻島 僕は森恒二先生が印象に残ってます。入社して2年目くらいに前担当とともに、「自殺島」の立ち上げから関わらせていただいたのですが、取材に行ったり、資料として弓をアメリカから取り寄せたり、いろんな経験をさせていただきました。何より森先生のエネルギーがすごくて。連載をやっている作家さんはこんなに真剣勝負をしているんだというのを目の当たりにした。
──エネルギッシュな方なんですね。
荻島 はい。打ち合わせをすると、話自体も面白いんですが、3~4時間しゃべりっぱなしで。圧倒されます。
友田 これだけしゃべる僕と中澤が合いの手を入れられないくらいだからね。ずっとしゃべってる。すごい迫力があるよね。
荻島 あのエネルギーがすごいですよね。
「ヤングアニマルらしさ」は呪いの言葉
──ヤングアニマルは「ベルセルク」と「ふたりエッチ」と「3月のライオン」が同居する雑誌とよく言われます。不思議な雑誌だなと思うんですが、これを核にしようみたいな編集方針はあるんですか?
友田 最初の頃はそんなこと考える余裕なかったよ(笑)。とにかく次号の台割を埋めなきゃいけない状況だったわけだから。そういう状況じゃ、なんでもいいから載せちゃえってなる。面白いものさえできればそれでいい。今会長になった菅原(弘文)さんが編集長だった頃なんかも、ネームさえ面白ければけっこう載せてくれた。だから、一生懸命作家さんといっしょにネームを作って出すわけですよ。そのジャンルとか方向性とかを見るような余裕なんてどこにもなかった。
──とにかく面白ければいい、と。
友田 ネームを出す以上、全部最高の作品だと思って出してたからね。だから、落とされたら「見る目がねえな」と思ってた(笑)。だから、タイミングも考えてましたよ。もう次号が(ページが埋まらなくて)ヤバいなってギリギリのタイミングで「こんなネームがあるんですけど」って持ってく。そうすりゃだいたい通るんだよ。
──(笑)。
友田 実際一度落とされたネームを、ギリギリのタイミングでもう一度出したことあるけど、通ったよ。「ちょっと修正しました」なんて言って、実際は何も修正してないのに。「いいじゃないか、なんでこれを出さなかったんだ」なんて言われてね(笑)。
──友田さんの中には「面白さ」の基準ってあるんですか?
友田 そういう質問をよく受けるんだけど、ないね。自分が読んで面白いと思うかどうか。結局編集が頼りにするのはそこだけなんです。ほかの3人は違うかもしれないけど、僕は読者のほうを見て考えたことなんてない。
中澤 そこは僕もけっこう同じですね。読者って見えないものだから。作っているときは目の前の作家さんと自分の考えしかない。作品をどうするかなんて前もってアンケートで聞けないじゃないですか。それと、「らしさ」って呪いの言葉だと思ってるんです。長くやっているうちにだんだんその雑誌らしさ、アニマルらしさが固まっていくんですけど、固まってしまうことのほうがデメリットだな、と。だって、新しい読者を連れてこなければ雑誌は拡大しないわけです。「アニマルらしい」とか「アニマルっぽい」っていうのは自分の可能性を狭めることだから、言うべきではないと思っていたし、編集長時代もそう言っていました。逆に「らしくない」作品のほうがブレイクスルーする可能性を持っている。「ベルセルク」と「ふたりエッチ」と「3月のライオン」が同居するというのも、たぶん「らしい」というのを考えてないからだと思います。
友田 永島がやった「デトロイト・メタル・シティ」なんかがその最たるものだよね。第1話、第2話出てきたときなんか衝撃的だった。売り方も、永島が考えることって従来のコミックスの売り方とはちょっと違ってた。アパレルとコラボしてTシャツを作ったりとか、見ていて新鮮だった。新しいことって面倒くさかったりするんだけど、当時はそういう新しいチャンネルも通しちゃえ!って雰囲気だったね。永島の考えていることを通そうみたいな意識があった。
永島 僕らもそういう先輩を見て育ったので、アニマルらしさを考えようという意識は全然ないです。「ベルセルク」「ふたりエッチ」「3月のライオン」が看板張っている雑誌に方向性もクソもないですから(笑)。「アニマルらしくないからダメ」なんてことはまったくなくて、編集が面白い、編集長が面白いって言えば載る。その代わり編集は本人が本当に面白いと思っているものを持ってこなかったら絶対に通さないですし、それが結果的に他誌には載らなそうな、ヤングアニマルだから生まれたと思える作品を出す土台になっているのかなと思います。
荻島 ただ、編集それぞれの担当作品っぽさみたいなものは感じますね。例えば、中澤さんが担当されていた作品は「ああ、中澤さんの担当作だな」と感じるし、絶対わかる。永島さんもそう。友田さんはあらゆるジャンルをカバーするのでわからないですが。そういう担当編集らしさみたいなもの、自分の中の面白さの軸みたいなものはすごく考えました。
面白ければなんでも載るヤングアニマルの今の注目作は?
──いろんな編集者のいろんな「面白い」が集まってできているから、いろんな作品ができあがる、と。
友田 個人商店の集まりみたいな感じだね。それがいいところだと思う。さっきも言ったように面白いと思ったらそれを形にできる。マンガじゃないけど、ヤングアニマルZEROなんか創刊したときにみんなで滝行してヒット祈願したりしてたよね。
荻島 そうそう、友田さんにインタビューしたら「お前ら、滝に打たれてこい!」と言われて(笑)。
永島 ヒット祈願と言えば、と。
友田 あと護摩行だな。
荻島 それを記事にして載っけちゃうところもヤングアニマルだなと思います。またなんかやってるなっていう感じ。
永島 あかほりさとる先生と原田重光先生のBLマンガ(「サトルとシゲミツ」)を作ったりとか。別にそれで雑誌の売り上げが上がるとは思ってないんですけど、ただ「見てみたい」ということで描いてもらった(笑)。そういう方針だから、編集長としても本当にいろんなマンガを読めるのが楽しいですね。今はアニマルにも女性社員が入ってくるようになって、より多様な視点が持てるようになっています。それだけ多様な読者に向けた作品が出せる。新しい提案を見ていても楽しいですね。
──最後に、現役のヤングアニマル編集長、ヤングアニマルZERO編集長から、とりあえずこれを読んでほしいという作品を挙げていただければ。
荻島 やっぱり自分の担当作になってしまうんですが(笑)、森恒二先生の「D.ダイバー」です。亡くなってしまった三浦建太郎先生と語り合った最後の作品で、森先生もすごい思い入れを持ってやってらっしゃる。ぜひ読んでほしいです。森先生は増刊のほうで「創世のタイガ」もやっていて、これも壮大なスケールでここからさらに盛り上がっていくので、併せて読んでいただければ。
永島 すべて読んでほしいので絞るのが難しいですが、今は「ドカ食いダイスキ!もちづきさん」かなと思います。アニマルはいろんな作品を作っているので、そういう中から何年かに1回とても大きなヒットが出るというのが経験則としてある。「もちづきさん」はまさにそのパターンの作品なんじゃないかと思っています。これもアニマルだからこそ出てきた作品だと思いますし。個人的にはZEROで連載している福山リョウコ先生の「聴けない夜は亡い」という作品をぜひ読んでいただきたいです。福山先生とは花ゆめ時代から一緒にやっていて、青年誌だったらこういうマンガが作れるんじゃないかと企画し実現した作品です。少女マンガの作家さんが青年誌というまた違う世界で自由に作品を描いたらこういう作品ができるんだというのを感じられる作品になっています。とてもいい作品なので、ぜひ読んでほしいです。
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