こざき亜衣とジェーン・スーが語り合う、歴史の陰で語られてこなかった女たち「セシルの女王」 (2/2)

なぜこんなに大変な題材を選んだんですか?

スー 史実的にはこのあと、ジェーン・シーモアの息子のエドワードが、エドワード6世として王位継承するじゃないですか。そこからどうやってエリザベスが王女になっていくんだろう? そこが楽しみ。作品としても長くなりそうですよね。

こざき そうですね! そんなつもりじゃなかったのに。

スー (前作の)「あさひなぐ」が……えっ、全34巻!? 高校3年間で!?

こざき しかも厳密には、主人公の高2までを描いているので、2年間なんですよね(笑)。

スー 今回はじゃあ、全然100巻とかいっちゃう?

こざき 今回そこまではいかないと思います。「あさひなぐ」とは時間軸の使い方が全然違うというか。それに、そんなに長くやりたくないって言っちゃアレですけど(笑)、ちょっとカロリーが高すぎるから。

スー 監修の先生も責任重大ですね。実際、この作品では監修ってどういうことをしているんですか?

こざき 作劇部分にアドバイスをいただくというよりは、当時の暮らしに関する資料をお願いすることが多いです。最近だと、王族はどういう文字を書いたとか、とある金額でどのくらいのものが買えたか、ある地点から別の地点までの距離はどれぐらいで、どうやって行き来していたか、とか。当時って、馬車は乗り心地が悪くてほとんど使ってなかったらしいんです。

左からこざき亜衣、ジェーン・スー。

左からこざき亜衣、ジェーン・スー。

スー へえ! じゃあどうやって移動していたんですか?

こざき 馬に乗るんです。基本的には馬に乗れないと移動ができない時代だったようです。

スー なるほど……。それにしても、なぜこんなに大変な題材を選んだんですか?

こざき (笑)。「あさひなぐ」の連載が終わったあと、担当さんたちと3人ぐらいで打ち上げしたんです。そのときに、「次どうしましょう?」「最近ハマってるものは?」という話題になって。ちょうどそのとき、近世イングランドとエリザベス1世について書かれた本を読んでいて、「すごい面白いんですよ!」ってペラペラしゃべったんです。でも、「いつか描いてみたいけど、歴史ものは難しいから」って二の足を踏んでいたんですよね。

スー 普通、ちょっと尻込みしますよね。

こざき でもそのとき、「今描くべきなんじゃない?」と言われて。確かに、結局は興味があるものじゃないと描けないから、だったら今一番興味があるものをと腹をくくりました。体力はあとでつけよう、と(笑)。

──英国史は、もともとお好きだったんですか?

こざき 英国史だけが好きだったわけじゃないですけど、歴史の本を読むのが好きで、いろんなのを読んでいたんです。その中でたまたま、アン・ブーリンの娘がエリザベスだとか、スコットランドの女王であるメアリー・スチュアートとエリザベスの関係だとか、読んでいるうちに、点が線になる瞬間があって。それぞれ別個でかじった程度に知っていた話がつながって、「うわ、すごい話じゃん!」ってなったんです。そこからどんどん調べるようになって、オタク特有の早口で担当さんに説明していたら、すぐに「めっちゃ面白いですね」って言ってくれて。しかも、少なくとも日本ではそんなに手垢のついた題材でもないし、映画もあまりない。

「セシルの女王」第5集より、エリザベスとセシル。

「セシルの女王」第5集より、エリザベスとセシル。

スー 英国国教会は、王様が離婚するために作ったっていうのは知ってたけど、「セシル」を読むと「ああ、こういうことか!」ってなる。学生時代の記憶が引きずり出される感じがあります。

こざき そうそう、ヘンリー8世の立ち姿とか、アン・ブーリンやエリザベスの肖像画は、教科書なんかで単体では見たことがあるけど、それが頭の中でつながっていない。そこを作品としてつなげたら、面白がってくれる人いるかなと思って描いています。あと、王妃たちの個性がすごいんで、いろんな女描けるぞって(笑)。

いい死に様を描いてやろう

──「あさひなぐ」は女子高生の部活ものなので、闘っても怪我ですんでいましたが、「セシル」は近世英国ものなので、実際に人がバタバタと死んでいきますね。

こざき 宗教観的に、死が終わりじゃないという感覚が根付いてるので、死が最大の悲劇というわけでもなかったりするんですよね。どちらかというと名誉が穢されるほうが、彼ら的には大問題。不名誉を被せられるぐらいだったら死ぬ、みたいな世界観が普通でもあった時代だったので、そこも面白いですね。

──個人的に、「セシル」では処刑シーンも見どころの1つだと思っています。写実的で残酷で、好きな人ばかり死んでしまうのでつらいのですが、カタルシスというか、どこかでスカッともします。アン・ブーリンにクロムウェルと、重要人物がどんどん死にますが、描いていていかがですか?

こざき やっぱり、いい死に様を描いてやろうと思っていますね。退場シーンなので、一番の見せ場として「お前の名誉は私が守る!」みたいな気持ちで描いています。

「セシルの女王」第4集より、アン・ブーリンの処刑のシーン。

「セシルの女王」第4集より、アン・ブーリンの処刑のシーン。

──その意味では、アン・ブーリンの兄であるジョージ・ブーリンの死に方もよかったです。性格の悪さがたたったのか、処刑人の腕の悪さか悪意からか、楽に死なせてくれないという……。

こざき あのキャラ、私も好きなんですよね。「ゴミだなお前」って思いながらも、ダメなやつが一瞬だけ見せる輝きみたいなのが好きで。

──冒頭の、「人間、たいがいクソだから」というパワーワードとつながりましたね! ……つながらないかな(笑)。

こざき そうですね(笑)。自分のマンガの中ではクズを愛しているのに、実生活では許せない、という。

スー それは当たり前ですよ!(笑)

男性の生きづらさ/どうしてもわかり合えない人とは…

──連載は2021年の秋スタートし、3年目です。物語で一番の難所はどこでしたか?

こざき 常に「今」って感じですね(笑)。これまで王妃の交代劇を通して女をいっぱい描いていたんですけど、ここから先、男を描くターンに入ってきています。そこで、「男性の生きづらさ」的なものを背負うしんどさを描こうと思っているんですが、女だったらとことん感情移入して描けるのに、男だと「てめえ!」「なんでお前こうなんだよ!」って、描きながらキャラに対してひと怒りする作業が入るので(笑)、そういう意味ではしんどいかもしれないです。

「セシルの女王」第6集

「セシルの女王」第6集

──ひと怒り(笑)。女を描くメンタルとは違うわけですね。

こざき そうですね。やっぱり、男女どちらも、違う種類の生きづらさはあると思います。

──スーさんは、女性とはまた違う、男性の生きづらさについて思うところはありますか?

スー 男の人って、こと「勝ち負け」に関しては、その色濃さが女性とは比にならないところがあると思います。子供の頃から競争にさらされて、「勝つ」以外の正解を教わらない。日本男性の自殺者は20歳から60歳までが多く、「働いていて当然」とされる年代に自殺者が多いのであれば、仕事のプレッシャーが女性とは異なるのだと思います。それは男が弱いからではなくて、仕事で成功する以外の正解がほとんど男性に存在しないからだと思います。

こざき 自己実現の場が少ないんですよね。

スー そう思います。家父長制で得をするのは、トップ集団の一塊。そこを目指す競争です。トップから下は序列がきれいについているだけでなく、弱みを見せたらその時点で負け・退場とされてしまい、上昇の道が閉ざされてしまう。だから、男性はお互いの苦しさや弱さを開示したり共有したりできない。つまり全員が意地を張らなくちゃいけなくて、結果的にはトップの一塊が全部どりという、恐怖のシステムではないでしょうか。女の人は付属品としての役割を期待されるのが腹立たしいですね。

ジェーン・スー

ジェーン・スー

──弱さを見せられないから連帯ができない、だから孤立する。

スー それに、男同士でなかなか繊細な話はできないし、女と違って自分の話をしないですよね。男の人で自分の話をする人って、男連中の中だと「めんどくさいやつ」みたいな扱いになるみたいで、スポーツの話題とか、媒介になる何かが必要。

──男同士も、なかなか厄介ですね。すぐに共感し合える女性とはまったく別のしんどさがある。スーさんは、わかり合えない人との付き合いは、どう折り合いをつけているんですか?

スー そうですね、全然違う主義や考え方の人にだって、その人なりの大義があるんだと思うから、お互いに話を聞くことはできると思います。だけど、「言ってることは理解した、でも賛同できん!」が限界かなと。でも、それでいいと思う。この前、「OVER THE SUN」でも言いましたが、共感と互助をセットにするととんでもない世の中になる。

こざき その話、私も聴いていました! すごくよかったです。

スー ありがとうございます。互助と共感はバラバラにしておこう、というお話で。なぜなら自分が気に入った人しか助けない世の中って地獄なんですよ。

こざき 本当に。だから、「こうありたい自分」や、自分のスタンスをきちんと持ったうえで、人と接していくしかないなと思いました。

「私たちを可視化してくれた」──「OVER THE SUN」の魅力

──先ほどのお話に出ましたが、こざきさんは、スーさんとアナウンサーの堀井美香さんによるポッドキャスト「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」(TBSラジオ、毎週金曜配信)も愛聴しているんですね。

こざき そうなんです。世間的に女性って、30代はまだしも、40代以降は2つのタイプの役割しか与えられないように感じていたんです。メインの主人公的な立場の人に的確なアドバイスを与えてサポートする人か、お局としていじめる人の2タイプ──言ってみれば、いい上司・悪い上司っていう、ステレオタイプな安定感のある役割だけ。今、ここにいる我々のための物語は特別には用意されていない。だけど、実際にはそんな2タイプに収まるわけなんかなくて、みんないろいろある。たぶん20代、30代よりももっと生々しい問題を抱えているじゃないですか。

こざき亜衣

こざき亜衣

スー そうですね。親とか金とか配偶者とか、いろいろありますからね。

こざき そうそう。だけど、それをみんな言わないじゃないですか。まれに話しても、すごく親しい友達だけ、とか。そんな「みんな本当はいろいろあるんだよ」というのを、「OVER THE SUN」という番組が可視化してくれたと感じているんです。「用意された椅子はあるんだけど、私、全然その椅子のカタチしてない。でも、ここしかない、ここに座らなきゃいけないのかな?」というときに、スーさんと堀井さんが「私たち、まだ無理です!」って言ってくれたような気がしていて。

スー 「座らん! ゲラゲラゲラ!」ってね!

こざき そう、「私、そのカタチしてないんで!」って言ってくれる(笑)。ちゃんと私たち40代以降の人間が、まだまだ未完成で生っぽい存在であるってことを、見えるようにしてくれたなと思って。それが私はすごくありがたいんです!

スー そういうふうに意図したわけではないですけど、結果OKですね(笑)。この前、佐賀で講演会をやったんです。来てくれたのはほとんど「OVER THE SUN」リスナーで、無料なので誰でも来れるんですけど、500人もの方が集まってくれたんです。だから、実はいろんなところにたくさんいるんですよ。結果論ですけど、「OVER THE SUN」をきっかけにして、「こんなふうに考えてるのは私1人じゃないんだ」ということが可視化できた。副次的にですが、自分がそこに作用できてよかったなと思います。

こざき 周囲に2、3人ぐらいしかいなかった、すごく親しい友達みたいな人が、層としていっぱいいることが見えるようになったんですよね。

スー そうです。「OVER THE SUN」っておばさんがおばさんを応援しているだけなので、すごく気楽で、令和向けだなと思っています。大人同士なので搾取が起こり得ないんですよ。買い支えなきゃいけないとかもないし、グッズを販売しても、欲しくないものは買わない。これだけ買ったら特典で何かもらえる、とかもないし。イベント用に作った物販では最初にルーペが売り切れたんです。爆笑です(笑)。実用品から売り切れて、ルーペ増産だ!となりました(笑)。

どの時代も変わらない、「ナマの人間」を描いている

──これまでのお話で、こざきさんがスーさんの本やラジオ、ポッドキャストまで、たくさんスーさんを「摂取」していることがわかりました。

こざき スーさんの「生きるとか死ぬとか父親とか」も拝読して、ドラマ(2021年、テレビ東京)もめちゃくちゃ泣きました……!

スー 吉田羊さん(主演・トキコ役)素晴らしいですよね。うちの父親のほうはと言うと、今86歳になりましたけど、本当にヘンリー8世ですよ。人間、いくつになってもダメな人はダメなんだなって(笑)。

こざき (笑)。娘が、お母さんの裏の顔を死んだ後に知ってしまう場面で死ぬほど泣いて。同時に、お母さんの気持ちがめっちゃわかるわ、と。私、去年母を亡くしたんですが、母親の人格みたいなものについて、すごく考えられるようになりました。

スー 母親も、生々しい1人の人間である、ということ。

こざき亜衣

こざき亜衣

ジェーン・スー

ジェーン・スー

こざき わかっていたつもりだったんですが、「OVER THE SUN」で親の世代の方の話を聞いてると、まだ全然「生(なま)」だわ、自分も母親だけど生でいいんだわ、と思って。うちの母も、もっともっと生っぽかったんだろうなって。「生きるとか」を読んで、そこをもうちょっとわかってあげられたらよかったなと思いましたね。

スー それを史実的に生々しく描いたのが「セシル」ですよね。ヘンリー8世が、自分が離婚したいがためにローマから離れて英国国教会を作って……みたいなのは世界史で学んでいたけど、その背景には、跡継ぎの男児が必要だとか、王の出自の話だとかをちゃんとマンガで読めると、すごく納得しますよね。そうだよね、人間が行っていた政治だもんね、と。

こざき 歴史も紐解くと、だいぶ生っぽいですよね。いつの時代も、いつまでも人間は生っぽい、どうしようもない。

スー 親でよくわかる。

こざき 年取っても変わらない。

スー 本当に変わらない。あとは自分で決めるしかない。

第6集の主役は、男と子供たち

──最新刊となる第6集では、6番目の王妃・キャサリン・パーを迎えての、連載始まって以来じゃないかというくらい穏やかな王室が描かれています。これがずっと続けばいいなと思いつつも、そんなに甘くはないですよね。

こざき 即、崩れますね。

スー (笑)。でも、キャサリン・パーって、ヘンリーの最後の奥さんですよね。だから、ヘンリーがこのあと死ぬのかと、すごく気になっていて。

こざき そうですね。死にそうでなかなか死なないヘンリーです。

スー ものすごい図体になっていって、痩せろよ!って(笑)。

こざき どんどん太っていきますね。ハンプティ・ダンプティ(イギリスの伝承童謡マザー・グースに登場する、ずんぐりむっくりな卵型のキャラクター)のモデルになったという説もあるらしいですよ。

スー そうなんだ!

左からこざき亜衣、ジェーン・スー。

左からこざき亜衣、ジェーン・スー。

──今後の展開で、見どころ、描きどころはどんなところでしょうか。

こざき やっぱり男たちの物語、ですかね。それから、子供がいかに大人になっていくのかという、子供の成長をしっかり描いていきたいなと思っています。

──まだ幼いエリザベスやエドワードたちも、王室という場所で汚れを知って、清濁併せ吞むようになる。

こざき 自分に課せられた運命があることを、受け入れるのか受け入れられないのか──この後いろんな子供たちが出てきて、残酷なこともありますが、その子たちもちゃんと描いてあげたいなと思っています。コマとしてだけじゃない、人格を与えてあげたいです。

プロフィール

こざき亜衣(コザキアイ)

「さよならジル様」でちばてつや賞一般部門大賞を受賞。2011年から2020年にかけて、週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「あさひなぐ」を連載。同作は2015年に第60回小学館漫画賞一般向け部門を受賞し、2017年には乃木坂46主演による実写映画と舞台が公開された。「セシルの女王」を2021年10月にビッグコミックオリジナル(小学館)で連載開始。最新6集が3月29日に発売された。

ジェーン・スー

1973年生まれ、東京都出身。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」のパーソナリティとして活躍中。「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」で第31回講談社エッセイ賞受賞。吉田羊主演でドラマ化された「生きるとか死ぬとか父親とか」ほか、「女のお悩み動物園」「おつかれ、今日の私。」「闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由」など著書多数。