映画紹介マンガにするなら、ロビーとお父さんの関係を核にしたい
──ぜひ(笑)。リージェント・ストリートの「ROCK DJ」以外にも印象的なミュージカルシーンやライブ場面がたくさんありましたが、ヒューマンドラマの部分についてはいかがでしたか?
前半、テイク・ザットがスターダムに駆け上がっていく部分は文句なしに楽しかったです。グループを集めたマネージャーが、けっこう胡散臭くてね。最初は場末のクラブみたいなところからキャリアが始まるじゃないですか。で、言われるままに働いていたら、人気に火がついて。全然モテなかった男の子がいきなり、女の子にキャーキャー言われて有頂天になっちゃう(笑)。そこはテンポのいいサクセスストーリーとして、ワクワクしながら観てました。ほかの4人のメンバーも、それぞれキャラが立ってていいんですよね。曲作りを担当している人の、優等生っぽくてちょっとモッサリした感じとか。
──ゲイリー・バーロウさん。テイク・ザット時代、大半の曲でメインボーカルを務めた中心人物です。
そう! 才能に溢れたバーロウさんに対して、ロビーはずっと劣等感を抱いてるじゃないですか。子供の頃から詞を書き溜めてるんだけど、恥ずかしくて誰にも見せられない。グループ内で何か主張しようとしても、周囲から「お前は黙って踊ってればいい」みたいなことも言われてしまって。どんどん悪ぶって、メンバーとの距離が生まれてしまう。そういう描写は妙にリアルで、生々しくて。観ていてけっこう身につまされました。ロビーみたいな成功者でも、内心ああやってコンプレックスに苛まれることがあるんだなって。
──大友さんはいろんな映画の紹介マンガを描かれていますよね。例えば近著「泣ける映画大全」なら、どんな長編も見開きの8~12コマにぎゅっと要約されています。
はい、そうですね。
──これって自分の感想を相当吟味し、取捨選択しないとできない手法だと思います。あえて無茶振りの質問ですが、もし「BETTER MAN/ベター・マン」を紹介するとしたら、どこに焦点を当てますか?
うーん……確かに難しい(笑)。ちょっと現実的な話をしますと、自分が紹介マンガを描くときは、あまり重たくなりすぎないよう気をつけてるんです。例えば「プラダを着た悪魔」(2003年)だったら、アン・ハサウェイ演じる新人アシスタントが、メリル・ストリープが演じる鬼編集長にコテンパンにやられる部分が面白いわけじゃないですか。でもそこにコマを使いすぎると、読者の方は「楽しそうだから観てみよう」って気持ちになりにくい。むしろ、これから2人の関係性がよくなっていく予感のところで紹介を終わらせたほうが、反応がいいという経験則があって。それで言うとやっぱり、前半のテイク・ザット時代は入れたい。
──なるほど。
それこそ、リージェント・ストリートの音楽シーンとかね。でも……(しばらく熟考して)核にしたいのは、ロビーとお父さんの関係かな。映画を観ていて、一番シンプルにぐっときたのがそこだったので。
──ロビーの生き方に大きな影響を与えた父親、ピーター・ウィリアムズですね。彼自身もピーター・コンウェイという芸名の、売れないスタンダップコメディアンだった。劇中では英国の名コメディアン、スティーヴ・ペンバートンが演じています。
映画の冒頭、まだ子ザルだったロビーが、お父さんと一緒にテレビの歌番組を観ますよね。貧相な住宅のリビングで、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」を熱唱する。あの場面が僕、すごく好きだったんです。このお父さん、世間的にはけっこうどうしようもない男なんだけど、幼いロビーは心から憧れている。父親から才能を認めてもらえなかったこと、少年時代に彼が自分のもとを去ってしまったことが、すべてのコンプレックスの源泉のような気がして。何だっけ、お父さんの口癖があったでしょう。
──「沸かせろ(Light 'em up)」ですね。
そう、それ! ロビーって、人生の勝負どころでは必ずそれを言うんですよね。オーディションを受けるときも、大事なライブの前も、どん底から這い上がるときも。あのセリフはなんとか、少ないコマに盛り込みたい気がします。家族の描写で言うと、大好きなお祖母ちゃんとソファに座って、テレビのブラウン管を眺めるところもよかった。小ザルのロビーがポテトチップを食べるとき、まず表面をペロッと舐めるんですよね。後から効いてくる大事なシーンだと思うので、あそこも描いてみたいな。めっちゃ難しいとは思いますけど(笑)。
自身のコンプレックスがロビーに重なる
──映画紹介マンガを描かれる際、ほかに大事にしているポイントはありますか?
一番心がけているのは、その作品を観て自分の感情が動いたところを絶対マンガにしてあげること。さっきの話とも繋がるんですけど、これって自分の中ではけっこう難しいんです。魅力を伝えるといっても、やっぱり1本の映画にはいろんな要素がありますし。なるべくスマートに伝えたい、できれば読んでくれた方から賢く思われたいという煩悩も、やっぱり抱えているので(笑)。
──先ほど大友さんがおっしゃっていた、テイク・ザット時代のロビーにも通じる葛藤ですね。
あ、確かにそうかもしれない(笑)。自分に引き付けて考えてみると、根っこのところにウソが交じると、マンガも伝わらないんですよ。逆に言いたいことが1つ決まると、それ以外の要素はけっこう削ぎ落とせる。なので純粋にストーリー紹介として読むと、僕のマンガは全然足りてないと思います。でも、そうしないと人に伝わるレベルのものが描けないという実感が、自分の中にあるので。
──じゃあ創作プロセスの中でも、その見極めにはかなり時間がかかったりする?
はい。ネーム作りや作画もありますが、結局そこを考えるのが一番しんどいです。だから、感動できなかった映画とか好きじゃないジャンルの紹介は、結局できないんですよね。プロとしてどうかと思いますけど、例えばラブロマンスなんか本当に苦手(笑)。ほとんどアップしてないと思います。
──そのお話を伺ってふと思い出したのですが、グループから追い出されてソロシンガーに転じたロビーが、起死回生のメガヒット曲を生み出すシーンがありましたよね。
ありました、ありました。ピアノが弾けるプロデューサーを迎えて、スタジオで一緒に曲作りをする。で、ロビーが披露したラップみたいなのが酷評されるんですよね。「どこかで聞いたような言葉のツギハギで、お前自身の言葉が1つも入ってない」って。それでようやく、子供の頃から誰にも見せなかった歌詞ノートを出してきて。たどたどしい文字で綴られていた言葉が、やがて美しいバラードになっていく。あれもめちゃくちゃ、ぐっとくるシーンだったなあ。
──ガイ・チャンバースを共同制作者に迎えた「エンジェルス」(1997年)。世界中で多くのアーティストにカバーされた名曲です。あのシーンでロビーは、少年時代に身にまとった心の鎧を脱ぎ捨て、初めて生の感情を晒します。それで初めて、大衆の共感を得るポップミュージックが生まれたというのが面白い。今の大友さんのお話とどこか通じるものを感じました。
スケールはめっちゃ小さいですけど(笑)。でもこうやって話していて、自分がサルのロビーに共感したポイントがちょっとだけ見えてきた気がします。というのも僕が映画紹介のマンガを描きだしたのも、今から思えば自分の口下手に対するコンプレックスがきっかけだったと思うんですね。
──と言いますと?
僕の場合、コロナに罹って自宅療養中、創作のインプットもかねて映画を観始めたんですね。それでドハマリしたものの、プロっぽい映画の見方はまったくできないし。鑑賞歴が短いので、知識だってほとんどない。それでも感動を伝えたくて、最初は「こんな面白い映画を観たよ!」って周囲の人に話してたんです。でも必ず「ふーん」って薄いリアクションしかないんですよね。それで飲み会が盛り下がっちゃったりした経験が何度かあって(笑)。心底、自分は言葉で伝えるのが苦手なんだなって。
──ああ、なるほど。でもマンガなら、もっとも心が動いた部分を抽出できると。
うん。それが一番大きなモチベーションだった気がします。考えてみれば小さい頃からずっと、絵の世界に没頭したり、1人で空想を巡らせるのが好きだったので。ロビーにとっての歌とは規模がまるで違いますけど、マンガを通して自分を表現し、いろんな人とコミュニケーションをとってる部分は大きいですね。映画の中で、大スターになったロビーが劣等感に苦しむ場面が何度も描かれるじゃないですか。盛り上がっている客席内に、自分自身が紛れ込んでいて。「お前は空っぽだ、何も成し遂げられない」みたいに呪いの言葉をかけてくる。
──怖かったですよね。サルだけに表情が剥き出しで。
そうそう(笑)。ああやって自分の言葉で自分を傷つけちゃう感覚は、僕もリアルにわかります。日本人の僕には「サル=人より劣った存在」という感覚はまったくないけれど、ロビーという大スターの中にも自分と同じようなコンプレックスがあって。彼がずっとその感情と戦ってきたことは、痛いくらい伝わってきた。
──その切実さはロビー・ウィリアムスのファンだけでなく、彼のヒット曲やバックグラウンドについてあまり知識がない人にも同じように伝わるはずだと。
だと思いました。例えば日本のスターに置き換えたとき、ここまで赤裸々に自分をさらけだせる人って、少なくとも僕は思いつかない(笑)。それだけでも観ることができてよかったです。
プロフィール
大友しゅうま(オオトモシュウマ)
マンガ家。東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業。2021年に少年ジャンプ+で「ゴリラ女子高生」を連載。同作の完結後、面白かった映画を紹介するショートマンガをSNSに投稿しはじめ、話題を集める。映画紹介マンガを収めた書籍「泣ける映画大全」がKADOKAWAより発売中。