大好きな「銃夢」の映像化に関われるなんて、
感謝しかない
──まずは映画をご覧になった感想を聞かせてください。
作品として純粋に面白かったですね。僕は原作の「銃夢」を高校生のときに連載で読んでいたので、ストーリーはもちろん知っていたんですが、モノクロの世界に色が着くってこういうことなんだと。近未来のSF、サイバーパンクというと、絵面的に「ブレードランナー」のような薄暗い世界になるのかなと想像していたんですけれど、クズ鉄町にもしっかり色が着いて、青空が広がっていて。そういったところも含めて、すごく新鮮に楽しめました。
──一番印象に残っているシーンはどこでしょうか。
最初のイドがアリータを見つけるところかな。原作もあのシーンからスタートするんですが、イドがアリータの顔を空に掲げる絵をはっきりと覚えていて。ああ、ちゃんとこういうところまで再現してくれているんだと。
──日本のマンガを原作に、ジェームズ・キャメロンが製作、ロバート・ロドリゲスが監督を手がけるということで、非常に注目を集めています。本作に関わることになったことについてどう感じますか。
もちろんすごいことだなって思います。なおかつ感謝ですね。自分が高校生のときに夢中で読んでいた「銃夢」が、25年も前にジェームズ・キャメロンに見初められて版権を獲得された、というのも驚くべきことですし、さまざまな映画をヒットさせてきたジェームズ・キャメロンという人が「銃夢」を満を持して映像化する。そこに、日本語吹替版とはいえ自分の名前がクレジットされるというのは……。もう感謝しかないですよ。
──なるほど。
完成するまでの紆余曲折や年月、自分の気持ち、周りの環境や立ち位置の変化も含めて、いろんなことに感謝する出来事ですね。「銃夢」を読んでいたころはまだ声優になろうと思ってもいませんでしたから、こんな未来が来るとは想像もつかなかったです。
自分がザパンのような役を表現できるようになるなんて
──今回演じられたザパンというキャラクターについて、どんな印象をお持ちですか。
ザパンは原作でも重要な存在で、アリータの成長に欠かせないキャラクターの1人。ただ今回、映像化されるにあたり、アリータの「賞金のすべてを顔に注ぎ込んだアンタには……」というセリフにあるように、最初から顔に自信がある人物として描かれているんですね。それに実写では生身の人間がキャラクターを表現するにあたり、顔だけは人間のまま残しているので、そういった意味でも「顔にアイデンティティがある」というザパンの側面が押し出されたのは面白いなと思います。原作でも後々顔に対する執着が描かれていきますから、そういうところを拡大解釈して「アリータ」のザパンになっているんだろうなと。改めて、ジェームズ・キャメロンは「銃夢」のことを愛していて、いろんな要素を「アリータ」の2時間という短い時間につぎ込んだんだな、という印象を受けました。
──そんなザパンを演じることについて、どう思いましたか。
オーディションでザパン役に決まったときは「まさか自分が」という驚きが強かったですね。僕の中には、ザパンというキャラクターに関して何もないというか……(笑)、正直、自分がこういう役を表現できるようになるなんて、これっぽっちも思ってなかったので。
──神谷さんがザパンのような悪役というか、言い方は悪いですがチンピラに近いようなキャラクターを演じるというのは、少し意外な気がしました。演じてみていかがでしたか?
すごく楽しかったですよ。そもそもオーディションで僕が呼ばれたキャラクターは、ザパンではなくイドだったんです。「イドを受けてくれ」と言われて、あのイド・ダイスケですかと(笑)。それは僕ではしんどいよと。まったく勝負にならないよと思って。
──“勝負にならない”とは?
原作のイメージからするとそこそこ若い感じがしますけど、実写ではイド役の役者さんが60歳を過ぎていらっしゃいますからね。でも自分が高校生のときに読んでいた作品が、ジェームズ・キャメロンの手によって映像化される。そのオーディションの対象として僕の名前が入っているというだけで、こんなに名誉なことはないなと思ったので。負け戦だろうなとは思ったけれど、自分ができる範囲でイドという役を表現しようと思ってオーディションに挑んだんです。ところが、音響監督の打越(領一)さんに「神谷くん、この役もやって」と言われて。ヒューゴを受けさせてもらえるのかなと思ったら、ザパンだったんですよ。
──どちらかというと悪役のザパンよりは主人公の相手役・ヒューゴのほうが、神谷さんのイメージに近いと言いますか、しっくりきます。
僕も予想外の提案に驚きましたけど、うれしかったというかありがたかったですね。というのも、ガリィはアリータに、イド・ダイスケはダイソン・イドに、マカクはグリュシカにと名前が変わっている中、ザパンは変わってないんですよね。確かに、先ほどおっしゃったように、チンピラみたいな役ではあるんですよ。でも僕は、声優としてお仕事を始めて25年の月日が流れて、こういう役に対するレンジというか、アプローチの仕方も経験として積んできている。なかなか演じる機会はないタイプのキャラクターではあるけれど、自分の培ってきた経験値や積んできたものを表現させてもらえる、新しい場をいただけた気持ちでした。もし演じることができたらうれしいなと思ってオーディションを受けて、「楽しかったなあ」と思いながら帰ったんですよ。そしたらマネージャーから電話がかかってきて「受かりましたよ!」と。すごくうれしくて、その感情のままアフレコに行ってました。チンピラとは言え、今回「アリータ」の中では重要なヴィランの1人ではあるので。立派なヴィランとして機能できていればなという思いでやらせていただきました。
──演じていて、印象に残っているシーンやセリフはありますか。
やっぱり一番最初に開口するシーン。バーに入ってきたアリータに対して「ハンターとはこういうものだ」とザパンが教えるシーンですね。自信たっぷりにハンター仲間を紹介して「そして、俺がザパン。ダマスカスブレードを持っていて……」と、まあ要は延々と自慢するわけですよ。ダマスカスブレードさえも、強い奴を殺して手に入れたんだぜと自慢する。本当にちっちゃい奴だなと思うんですけど(笑)、でもそういうわかりやすい人間性が、このワンシーンだけで伝わる。このキャラクターがどういう奴でどういう立ち位置なのかをちゃんと知らしめるシーンになっていて、素晴らしい。本当によくできてますよね。
洋画の吹き替えとアニメとは計算するところが違う
──洋画とアニメでは、演じるうえで違いを感じますか。
本質は同じだと思うんですが、違いがあるとすれば絵があるかないかでしょうね。日本のアニメも絵はありますが、想像力に委ねられている部分が大きいと思うんですよ。しかもアフレコ状況としてはコンテ撮だったり、よくて原画撮、かろうじてキャラクターの動きがわかる設計図で……ということもままある。ちょっと話が逸れますが、僕、アニメになる前の、原作のマンガを声に出して読むのが苦手なんですよ。例えば「アリータ」に臨むにあたって、「銃夢」のザパンのセリフを読みながら声に出してみたりしたんですけど、全然読み進められないんです。
──それはなぜでしょうか。
木城先生が描いているコマの中に存在しているザパンが完璧なんですよね。木城先生が描いている以上、もうそれが答え。僕の中では最高の音が鳴っていて、そこに存在しているザパンの声は僕の声じゃないんです。だから僕がセリフをしゃべってしまうと「ああ、全然違うな」と思ってしまって。でもアニメのアフレコは完成前の段階で、まだ完璧ではないものに対して声を吹き込む作業。だから僕ら演者にも余地があって、自分の声で補っていこうという思考が働くんです。アニメに対してはそういうアプローチの仕方をするんですよ。
──なるほど。
だけど実写の場合、完成形がそこにあるので、マンガと同じく答えが出ている。音楽も鳴ってるしSEも付いているし、役者さんの芝居は監督が求める計算しつくされた表情と音で構築されているわけです。アニメなら絵が完成されてない分、芝居がよければ後から絵の方を直しますと言ってくださることもあるけれど、実写では絵を直すことは不可能だから、どうしてもこの動きに合わせてくれ、になるんですよね。もちろんそれは技術でカバーしていくしかなくて、英語の発音のニュアンスから想像しながら、今どういうつもりでこいつは目配せしているんだろうとか、どういうつもりで表情を変えているんだろうと、かなり繊細に寄せていくんです。だからアニメとは計算するところ、考えるところが違いますね。
なんの疑問もなくアリータがそこにいて喋っている
──今回、アリータを演じた上白石さんは洋画の吹き替えは初めてということなのですが、彼女のアリータはいかがでしたか。
可憐で素敵だったと思います。僕は残念ながら、彼女の芝居を聞きながら収録はできなかったので、吹替版を観て初めて知ったんですけど、まったく違和感なかったですね。声優業を本業とされてない方が声優をやるとき、一番苦労されるのってアクションシーンなんですよ。怒気をはらんだ声や、自分の体を動かしたときに出る声って、なかなか日常で出す機会がないじゃないですか。会話のお芝居はなんの遜色もなく演じられますけど、どうしてもアクションシーンだけは迫力に欠けるっていうことはままあるので。
──かなりアリータに感情移入して演じられていたようで、泣くシーンなんかはテストのときから泣いてしまってたみたいですね。
やっぱり女優さんはさすがですね。シンクロ率の高い状態で参加されていたんでしょう。観ていても、なんの疑問もなくアリータがそこにいてしゃべっていると感じました。リハーサルでさんざん原音を聞いていたはずですけど、原音のことをまったく意識しないで観られましたね。
──イド役は森川智之さん、ヒューゴ役は島﨑信長さんが演じているのですが、おふたりの演技はいかがでしたか?
森川さんは本当に自由自在にキャラクターに自分の声、感情をアジャストできる人なんだなと。やっぱりすげえ人だなっていうのを改めて思い知りましたね。ありとあらゆる作品で森川さんの声を耳にしますけれど、観ていてご本人の気配を感じないんですよ。イドに関しては、森川さんにとってもだいぶ年上のキャラですし、森川さん自身も挑戦だったのかなっていう気がするので、どんなアプローチをされたのか聞いてみたいです。
──では島﨑さんはいかがでしょう。
弊社の後輩で、今売れている信長くんに関してはですね(笑)。僕が知っている信長ではあるけれども、僕の知らない信長がいるなと感じました。「銃夢」がアニメ化したとき、ヒューゴは(山口)勝平さんが演じていて、ザレムに憧れる純粋な少年という感じだったと思うんですが、今回、ヒューゴ役の俳優さんがとても色気のある方で。アリータとの恋愛要素も加味されているので、原作と比べると大人っぽいヒューゴになっている。そういった意味では、信長の声はとてもマッチしていたし、表現も優れていたなと思います。
絶対に日本語吹替版で観るべきだと思う
──では最後に、本作の魅力と、これから観るファンの人にメッセージをいただければと。
なんと言っても「アバター」「タイタニック」という世界興行収入1位2位を獲得している人が作り出す世界っていうのは、ものすごく説得力はありますし、絶対に観る価値があります。そして、企画が立ち上がっても日の目を見ない作品も多い中、「アリータ」は世界のトップクリエイターが日本のコミックを映像化し大成功している例だと、僕は間違いなく思っています。日本のアニメやコミックは、世界の超一流のエンタメと戦える、評価してもらえるものだと思っていましたが、やはり日本が世界からの評価の対象になるエンタメはアニメでありコミックであると、「アリータ」を観て確信した気がします。
──本当にそう思います。
あと僕としては、日本語吹替版がとてもマッチした作品だなと思いますね。僕は日本語で伝えていくことしかできないですし、日本語に縛られて仕事をしている人間なので、どうしても吹替版というものに対するプライオリティが高くなってしまうんですが、ぶっ飛んだアクションを撮らせたら世界一のロバート・ロドリゲス監督が、これだけのアクションを観せてくれるわけですから、絶対に日本語吹替版で観るべきだと思う。
──確かに、字幕を読んでいる場合じゃないですよね。
ええ。特にモーターボールのシーンなんかは、古舘伊知郎さんの名調子も最高ですし。字幕で観ていたらあっという間に見失います。そういった作品に関われたことを僕は誇りに思うし、とても感謝しています。