大高忍が考える“ファンタジーの必要条件”とは
──ちなみに1992年のアニメーション版はよくご覧になっていましたか?
はい。小さい頃に観ました。ただ2009年に「マギ」の連載を始めたときは、あえて参考にはしなかった。有名だし、作品の力があまりにも強すぎるので、ちゃんと観返すと影響が出ちゃいそうで怖かったので。
──長編マンガ「マギ」も、今回の「アラジン」と同じく「千夜一夜物語」を下敷きにした物語です。当時なぜこのモチーフを選んだのでしょう?
実は最初は、ローマ帝国の剣闘士を描くつもりだったんです。でも、あまりに暗くなりそうだったのでやめて……。担当さんとも相談し、思い切って舞台を中東に移したんです。「千夜一夜物語」をいろいろ調べてみると、設定はおとぎ話っぽいのに意外と現代の価値観に通じる要素も多くて。自分の描きたいファンタジーの題材にはぴったりだと思うようになった。それが大きかったです。
──へええ。大高さんが思うファンタジーの必要条件というのは?
なんだろう……。たぶん私にとっては、2つある気がします。1つはシンプルに、未知の世界に連れていってくれること。これは映画「アラジン」のテーマとも繋がる気がするんですが、こことは違うどこかに行きたいって気持ちは誰でも持っているでしょう。それを叶えてくれるのがファンタジーじゃないかなと。その点で「千夜一夜物語」が生まれた中東のエリアは、視覚的にも文化的にも日本から一番遠いイメージがあったので。そこを舞台に、魔法が飛び交う話を作ってみたくなったんです。そして2つ目は、たとえ現実とはまったく違う作り話であっても、登場人物の誰かに自分を投影したり、物語内で起きている出来事を自分の身の回りに置き換えて楽しめること。
──そこもまた、映画「アラジン」と「マギ」の共通点ですね。
だとうれしいんですけど(笑)。「千夜一夜物語」を読んでいると、「俺は貧乏だから金持ちの女と結婚するんだ!」みたいなストレートな欲望の持ち主も、かなり頻繁に出てきます。それはきっと、昔から人が抱えた普遍的なもので。だから1000年以上たった今も、古びず残っているんだと思う。ただ、そういった欲望を現代のドラマとして描くと、生々しくてちょっとつらいじゃないですか。でもファンタジーだと、不思議と素直に入ってくる。どんな野望でも、願いは願いとして純粋なかたちで受け取れる気がするんです。
──今回「アラジン」に登場するアラジンやジャスミンも「マギ」に描かれたアラジンとアリババも、何者かになろうともがくところは似ています。
そうかもしれないですね。確かに「マギ」では、物語全体を通していろんなキャラクターが、自立を求めて戦っていたような気がします。描き終わって、すごくそう思う。ただファンタジーがしんどいのは、それを成立させるためにディテールをしっかり作り込まなきゃいけない。そこが疎かになると、世界観自体が揺らいでしまって、読者が異世界を楽しめなくなってしまう。実写版の「アラジン」を支えているのも、実は映像の細部だと思うんです。
──最初に話に出た、“ビジュアルの完成度”ですね。
まさに。例えば冒頭のバザールにしても、屋台の果物の積み方から、道行く人たちの歩き方、しゃがみ方。はては道ばたの石ころやささくれた縄のような小道具まで、完璧に意識が行き届いてるでしょう。私自身、「マギ」を描いているときは、1コマごとの描き込みに苦労したので。美術担当さんの気合いを感じました。本当に、会ってこだわりを伺いたいくらい(笑)。衣装がまた、素晴らしいですよね。補色の使い方がとっても上手で。
──どういうことでしょう?
たとえばドレスの配色が赤と緑だったり、ピンクと水色だったり、一番対照的な組み合わせを多く使っている。だからコントラストが鮮烈で、印象に残りやすい。それでいてここぞという場面では、ジャスミンが緑一色のドレスを着ていたり……。ストーリーに沿って色遣いを変えている。視覚的にも細かく計算し尽くされているなって感じました。
「変わりたい」という思いを「それでいいんだよ!」と力強く肯定してくれる
──今日は吹替版を見ていただきましたが、声の演技については?
素晴らしかったです。アラジン役の中村倫也さんは、貧しい庶民のときも王子様になってからもずっと変わらず高貴な響きがあったし。ジャスミン役の木下晴香さんも、気が強いんだけど根は天真爛漫なプリンセスの感じがすごく出ていました。悪役のジャファーを演じた北村一輝さんは、あまりにも違和感なさすぎて、スクリーンに映っている俳優さんの顔がだんだんご本人に見えてきちゃったぐらい。ジャファーにはどんなつらい過去があって、あんなひねくれた性格になってしまったのか、私的にはむしろそっちも描いてほしかった。
──影のあるキャラクターがお好きなんですね(笑)。
だけど圧巻だったのは、やっぱりジーニー役の山寺宏一さんかな。山寺さん、1992年のアニメ版ではロビン・ウィリアムズが演じたジーニーの吹替を担当していらっしゃるんですよね。それから27年たって、今度はウィル・スミス演じるジーニーを完璧に演じている。その間ずっと一線を走り続けてこられたのは、すごいことです。そこまで仕事を極めた方に、ランプの魔人に叶えてほしい“3つの願い”を聞いたら、一体どんなものを挙げるんだろうって気になりました。
──ご本人はその質問を受けたときに、お仕事をずっと続けるために「絶対に枯れない強靭な声帯が欲しい」とおっしゃっていたそうですよ。
そうなんだ! それはもう、素敵すぎる願いだなあ(笑)。
──では最後に。今回の実写版「アラジン」が伝えようとしているメッセージって、大高さんにはどういうふうに見えますか?
そうだなあ……。強い願いを持つのは、決して悪いことじゃないと。そういうメッセージは強く感じた気がします。例えば現状を肯定してくれる物語って、観ていて気持ちがいい。でも今回の「アラジン」はそうじゃなくて。心にしっかり願いを宿したキャラクターが、たくさんちりばめられている物語だと思うんです。
──主人公だけでなく、悪役も含めて。
そうです。悪役のジャファーも、彼なりに必死でがんばっている。やっぱり人間は心のどこかで「変わりたい」「新しい世界に踏み出したい」という思いを抱えているはずですよね。そういう当たり前の願いを、この映画は豪華絢爛な映像とディテールの力で「それでいいんだよ!」って力強く言ってくれている気がします。そういう前向きな姿勢って、現代においては挑戦的だと思うし。その意味では勇気のあるエンタテインメントだなと。
──また劇場で観てみたいですか?
もちろん! ファンタジーの醍醐味はなんと言っても没入感ですから、もっと大きなスクリーンで「アラジン」の世界に飛び込みたい。あとこの映画って、高低差がすごく重要だと思いました。アラジンとジャスミンが空飛ぶ絨毯に乗って「ホール・ニュー・ワールド」を熱唱するシーンの高揚感から、文字どおり2人が地の底に突き落とされる場面まで、物語のアップダウンが物理的な高さの表現と見事に連動している。その演出を確かめる意味でも、今度はぜひ字幕版を観にいきたいと思います。
- 「アラジン」
- 公開中
- ストーリー
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“ダイヤモンドの心”を持ちながら、本当の自分の居場所を探す貧しい青年アラジンが巡り合ったのは、王宮の外の世界での自由を求める王女ジャスミンと、“3つの願い”を叶えることができる“ランプの魔人”ジーニー。アラジンとジャスミンの心が重なるとき、昨日と同じ世界が “新しい世界”となって輝き出し、2人はこれまで気付かなかった願いに気付いていく。この身分違いの恋を見守るジーニーもまた、宇宙で最も偉大な力を持ちながらも、ランプから自由になることを密かに願っていた。この運命の出会いによって、彼らはそれぞれの“本当の願い”を叶えることができるのだろうか……?
- スタッフ
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監督:ガイ・リッチー
脚本:ジョン・オーガスト、ガイ・リッチー
音楽:アラン・メンケン
- キャスト
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アラジン:メナ・マスード
ジャスミン:ナオミ・スコット
ジーニー:ウィル・スミス
ジャファー:マーワン・ケンザリ
- プレミアム吹替版キャスト
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アラジン:中村倫也
ジャスミン:木下晴香
ジーニー:山寺宏一
ジャファー:北村一輝
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- 大高忍(オオタカシノブ)
- 2003年、ガンガンパワード(スクウェア・エニックス)にて「芥町」でデビュー。2004年のヤングガンガン(スクウェア・エニックス)創刊号より「すもももももも ~地上最強のヨメ~」を連載。同作は2006年にTVアニメ化されるなどヒットを飛ばす。2009年からは、かねてからの夢であった週刊少年マンガ誌での連載を果たすべく、週刊少年サンデー(小学館)に移籍。同誌で2009年から2017年にかけて、魔導アドベンチャー「マギ」の連載を行った。同作は2014年に第59回小学館漫画賞少年向け部門を受賞し、2期にわたるTVアニメも放送された。また「マギ」のスピンオフとなる「マギ シンドバッドの冒険」も連載され、同作もTVアニメ化されるなどシリーズを通して人気を博した。2018年からは週刊少年マガジン(講談社)にて「オリエント」を連載中。